35話 その聖女とルドニーク
――ガキイイイイイン!!
次の瞬間聞こえたのは、私の肉を切り裂く刃の音ではなかった。
白刃をはじき返す紫色の魔力を宿したレイピア。
はためく黒い外套に濃い紫の髪の後ろ姿。
涼やかな香りが微かに香った。
「……る、ど」
もう一撃踏み出した彼はセイブリア王子を押し返した。
ざざっとすぐさま戻ってくる彼を見間違えることなどない。
「ルドニーク様……」
涙が溢れた。
もう会えないと思っていた愛しい人。
「ああ。遅くなってすまない。イレーネ、よく耐えた」
彼が今自分の傍にいることが信じられない。
次から次へとあふれる涙は止まることなく流れ続ける。
本当は怖かった。
痛いのも苦しいのも、死ぬのも嫌だった。
だけど仕方がないと。命がけでやるしか方法がなかったから。
それしか出来ないと思っていたから。
「う……うぅ、ルドニーク様」
「ああ、ここにいるぞ」
未だ顔は見えないが確かにルドニーク様だ。
彼はセイブリア王子とにらみ合ったままじりじりと間合いをとっている。
「君はそのまま国王を頼む! 王子は任せろ。君には近づけさせない」
「!!」
そうだ。泣いてばかりではいられない。
今はまだ術の途中なのだ。
勝手に罠にはまって捕らわれた私でも、ルドニーク様は信頼して任してくれる。
それがとても嬉しい。
私は涙を拭き、国王へと向き直る。
背中にはルドニーク様。
私とルドニーク様は背中合わせにそれぞれの敵を見据えた。
「はい! もちろん!!」
そう告げるとルドニーク様は風のようにセイブリア王子に切り込んでいった。
辺りに紫電が迸る。
それはルドニーク様の怒りを表すかのように激しく無数の攻撃となってセイブリア王子を刻んでいく。
私もそれに呼応するように祈る力を強める。
早く! 早く! お願い! どうか早く完成して!
「くそっ! 何故あの男がここに!? いやそれよりも! セイブリア! そっちはよい! 早くこの女を殺せえ!!」
国王の叫びに反応するも、こちらに向かおうとするセイブリア王子の前にルドニーク様が立ちはだかる。
ルドニーク様は圧倒的な強さでセイブリア王子を追い込んでいく。
誰がどう見ても力量は明らかだった。
「オレが行かせるとでも思うのか? 愚かな」
「ぐうう」
悔しそうな国王の声。
私は術に集中した。
もう心配ごとは何もないのだから。
国王の足元が淡い銀色に光る。
術式が完了したのだ。
あとは言葉を紡ぐだけ。
両手を胸の前で組み、祈りを捧げる。
不思議と紡ぐべき言葉が分かる。
『廻る命よ。流れる詩よ。紡がれる物語よ。我が言の葉を聞き届け給え』
何をいえば神に届くのか。
手に取るように理解した。
『芽吹く大地の。あまねく天の。産声を上げるすべての神の声を我は聞かん』
「ぐうううぁああああ!!!」
国王に纏わりついた光の膜は輝きを増し彼を締め上げる。
それはだんだんと小さくなり国王の体は端の方から徐々に消滅していく。
『古の契約によりこの身、この命は汝らの語り草となろう!』
「イレーネ!? それはっ!!」
初代聖女様でさえなしえなかった大魔を消滅させるためには神を降ろさなければならない。
そしてそれを為すには私の中にある力だけでは到底足りない。
足りない分を、私は魂で補うつもりだ。
最後に愛しい存在に会えた。
もう思い残すことなく旅立てるだろう。
ガキインと響いた剣の音と共にルドニーク様の声が届く。
彼は私がこのまま消えるつもりだということに気が付いたのだろう。
驚愕に目を見開いて走ってくる。
こんな時にも自分の心配でなくて私の心配をしてくれるルドニーク様。
口元が緩む。
(ああ、私はこの上なく幸福でした)
柔らかく微笑む。
「大好きでしたよ。ルドニーク様。こんな私に良くしてくれてありがとうございました」
「やめろ!! それ以上は!! イレーネ!!」
この身を対価に差し出そうとも、この思いだけは神にすら奪われはしない。
だから大丈夫。なにも怖くはない。
私は満足して頷いた。
そうして告げる。
最後の言葉を……。
『我、神の御力を欲す! わが身を受け皿に降臨せよ!!!』
「イレーネェェェェェエエエ!!!!」
最期にルドニーク様の絶叫が聞こえた気がした。
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