26話 その聖女、本音
「……?」
私はふいに突き刺さるような視線を感じて振り返る。
(あれは……確か)
視線を辿った先には会場の隅からこちらをにらみつける様に見ている年端もいかない少女。
記憶が正しければグレノス公国とは5年ほどの付き合いのあるポプリンゲルグ王国の第一王女、ティアラローズ様だったはず。
もとより付き合いのある国同士、パーティーが始まってすぐに挨拶を済ませた。
その時はこれほど敵意を出されてはいなかったと思う。
むしろとても素敵な笑みを向けられたのを覚えている。
(なにか不躾なところがあったかしら……)
例えば歓待が不十分だとか、国への配慮が足りていないだとか。
だが友好国を立てる為に、ポプリンゲルグ王国の特産品である食器を使っていたり、食事にも特産品の「レインコーン」というものを使用したりして細かいところにも気を配ったつもりだ。
(何が原因かは分からないけれど、このままにしておくことはよくありませんよね)
私はそう考え彼女の元に向かう。
「ティアラローズ様、なにかございましたか?」
慎重に言葉を選びながら接する。
自分にできうる一番柔らかい笑みで話しかけた。
「……ふん。しまらない笑みですこと。あなたご自身が大公様の隣に立つという自覚はあって?」
「え?」
向けられたのは明らかな敵意。
顔の筋肉が凍り付くのを感じた。
グレノス公国に来てからというもの賞賛の言葉ばかり掛けられており、敵対する相手がいなかったためびっくりしてしまったのだ。
もちろんすべての人から好かれるだなんて思っていないが、久しぶりにこういう視線を浴びた気がする。
「どうなんですの? ワタクシはあなたが大公様にふさわしいとは思えないのだけど」
黙っているとさらに付け加えられ睨まれる。
私はその視線を真っ向から受けた。
なにか違和感があったのだ。
というのも、セイア王国で浴びていたような嘲笑の混じったどろりとした重たいものではなかったから。
敵意はあれど、こちらを嘲笑するものではなく純粋な疑問をぶつけられたような感覚だ。
「……どういう意味でしょう」
その真意が読み取れず尋ねる。
「言葉のままの意味ですわ。大公様にはあなたのような方よりもっと優れた人間でないと釣り合わないと思いますの。それこそワタクシのような!」
胸に手を添えて自信満々といった表情で声を張るティアラローズ様に、会場の注目が集まる。
そんなこと一つも気にせずにティアラローズ様はさらに言い募る。
「そういうわけですので、そのお役目はワタクシが引き継いであげてもよろしくてよ? そうしませんこと?」
王侯貴族は己の腹の中をそうやすやすとは明かさないもの。
けれど彼女は混じりっ気のない本心だけを今口にしているようだ。
確かになんでも完璧にこなせて文武両道なルドニーク様と私では釣り合わないという指摘も、言われるまでもなく分かっている。
だが……。
「……私に足りない部分があるということは痛いほどよく分かっております」
「でしたら!」
「ですがお断りさせていただきます」
「なっ!?」
私は背筋を伸ばして彼女に向き合いきっぱりと断わりを入れた。
真摯な思いには真摯に答える。それだけだ。
「私はもともと貴族でももちろん王族でもない、聖女の力を持っただけの平民です。幼いころより貴族教育を受けてきた皆さんとは違い経験も実績も何もかも足りていない。ですからすぐに皆さんのように素晴らしい人間になれるわけではありません」
聖女は保護の観点から王族や高位貴族、神官などの地位ある人間と婚姻を結ばなければならないと決められている。
だからこそティアラローズ様がいうように、たまたま聖女の力を持ったから大公妃になったのだと思われたり、身分を理由に相応しくないと指摘されても仕方がない。
それは変えることのできない事実なのだから。
「だからと言って私に期待された役割を放棄していいということではありません。私に機会をくださった陛下のことはもちろん、受け入れてくださった公国の民の期待やこれから交易を結ぼうとしてくださる皆さまからの期待を裏切るようなことをしてはならないと思っています」
変えられない事実で思い悩むより、自分にできる努力を積む。
皆に失望されない為にはそれしかないのだ。
「私はそのための努力を惜しむつもりはありません。自分にはできないのだと諦めるつもりもありません。道は険しいでしょうが、覚悟ならとうに出来ています」
私は期待もされていなかったあの頃とは違う。
期待される嬉しさ、それに伴う重さ、期待の詰まった皆の気持ちを知った。
だからこそそれを叶えたい。叶えられる自分でありたい。
期待してくれる人が一人でもいる限り、諦めたくないと思うようになった。
「私はグレノス公国の聖女という立場、そして大公妃という立場に誇りを持っています。この責をまっとうするのは私の役目。誰にも譲る気はありません」
どれも忌憚なき私の本音。
私は真っ直ぐにティアラローズ様を見つめる。
「どうぞご承知おきください」
ふと隣に影が落ちる。
そして私の肩にかかる手の重み。
「素晴らしい思い、しかと受け取った」
ルドニーク様だ。
柔らかく微笑んで見せる。
「王女の気持ちは嬉しいのだが、私としてもイレーネ以外の妃はとる気はない」
「な、なぜです!?」
ティアラローズ様は傷ついたように叫ぶ。
フルフルと震え、今にも泣き出してしまいそうだ。
「……皆も知っての通り我が国は魔物の侵攻が多く、不夜城とまで呼ばれていた。それが理由で今まで交流を持っていなかった方も多いはずだ。だが今ではそれも過去のこと。イレーネがいなければ今の我が国はなく、今日という日も迎えられなかっただろう」
ルドニーク様の心地の良い低い声が会場を満たしていく。
「それに我らはイレーネに大公妃としての素養がないとは思わない。それは今日のパーティーを見ても分かると思う」
その言葉にざわめきが上がる。
「確かに」
「我が国の特産品もご存じでしたし」
「機転もききますしな」
「器もおありですし」
そんな声が聞こえてきた。
認められた。私の努力が。
何とも言えない高揚感が心に満ちる。
「そして聖女としての力は疑うべくもない。強い力を持った優秀な聖女だ。そんな彼女を守る役目をいただけることは我が国の誉となろう。私とてその役を誰にも譲つもりはない」
ルドニーク様はそう締める。
私にとっては何よりもうれしかった。
目がジーンと熱くなる。
こんな場所で泣くわけにはいかない。
私は必死に力んで耐えてみせた。
「……して」
蚊の鳴く様な小さな声が聞こえる。
顔を向ければ、ティアラローズ様が手を握りしめて涙を必死に耐えていた。
「どうしてですの~~~~!!!! ワタクシ、ずっとあなたのことが好きでしたのに!!」
ついにはわっと泣き出してしまった。
それはもう号泣だった。
再びざわつく会場内。
私も呆気に取られてしまいぽかんとしてしまった。
その時慌てたような一人の声が響いた。
「ティア! お前何をやっているんだ!?」
騒ぎの中心に駆け寄ってくる一人の男性。
ティアラローズ様の兄、ポプリンゲルグ王国第一王子のヨセフロマーニュ様だ。
彼は泣きわめくティアラローズ様の前に進み出るとすぐさま謝り始める。
「陛下、聖女様申し訳ございません! 私の監督不行き届きです」
顔面蒼白にして頭を垂れるヨセフロマーニュ様はがたがたと震えながらも下を見続ける。
それと入れ替わるようにティアラローズ様は走り去ってしまった。
「あっおい! ティア!!」
ヨセフロマーニュ王子の制止もむなしく、ばたんと勢いよく閉まるドアにざわめく会場。
なんだか大事になってしまった。
ちらりとルドニーク様を見ると彼もこちらを見ていて視線が絡んだ。
何かものを言いたげな目線だ。
恐らく私の思っていることと同じだろうと思い、軽く頷く。
「まだ幼い王女様ですもの。一人にしておくわけにはいけませんわね。探してまいります」
「ああ、頼んだ」
会場はルドニーク様に任せ、私は外へと向かった。
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