3話 その聖女、涙を思い出す
ワアアアアア……
国中の喝采が徐々に小さくなっていく。
城の中にいた使用人や兵たちも次々と倒れていった。
ルスラン様までもがふら付き膝をつく。
「えっ!? だ、大丈夫ですか!?」
「う……すみ、ません……もう……」
ぷつりと魔法が途切れ、がっくりと力なく転がるルスラン様。
私は慌てて駆け寄り容態を診る。
脈拍は正常。呼吸も問題ない。
この状態は何というか……。
「陛下、これは……」
陛下を振り返れば、陛下も安心したような顔で笑っていた。
「ああ、心配ない。ただ眠りに付いただけのようだ。ずっと寝てなかったからな。イレーネ殿の結界に安心したんだろう」
「よ、よかった」
私はほっと息を吐く。
結界に不備があったのかと思ってしまったが、そういう訳ではなさそうだ。
「不安にさせたようですまない」
陛下がシュンとして謝ってきた。
「い!! いえ!! そんなっ陛下が謝るようなことでは……すみません!!」
私は勢いよく地面に伏した。
「申し訳ありません! わ、私が出しゃばった真似をしたばかりに……」
「いや、やめてくれ。謝らせたいわけじゃない! 君は誇ってくれ。この国を救ったのは紛れもなく君なのだから」
「え?」
陛下は優しく私の顔をあげさせると微笑みを向けてくる。
「君は優秀な聖女だ。イレーネ殿。それはオレが保証する」
陛下はそのまま私を立たせ、服についてしまった埃を取り払う。
「え!? そ、そんなこと!!」
「いや、これはオレがしたくてしていることだからな」
ポンポンと優しく払われ、なんだか胸がむず痒い。
でも嫌な気分じゃない。不思議な感覚だった。
「しかし、国中の者が眠りについたようだな」
「え?」
そういえばいつの間にか喝采が止んでいる。
さっきまであれほどしていた物音が今は一切聞こえないし、ついていた火の灯りもいつの間にか消えている。
夜の静けさが戻ってきたようだ。
「まるで世界にオレと君だけのようだな」
「へっ!?」
陛下がすごくうれしそうに微笑んで私を見た。
目線は熱く、直視してしまえば火傷をしてしまうのではないかと思えるくらいだ。
「っ!!」
私は何だか急激に恥ずかしくなって下を向く。
いったい何が起こっているの?
陛下の視線を受けると心臓が騒がしくなるっ!
私はその感じたことのない感覚に戸惑ってただ下を向き続けることしかできなかった。
「っはは! そんなに可愛い反応をされるとは! ふふ、これは期待してもいいのだろうか?」
「へ、陛下?」
しばらくの沈黙の後、陛下がこらえきれなかったように笑い声を上げた。
「いや、これは失敬。あまりに可愛かったので、つい、な」
「か、可愛い??」
初めて言われた言葉だ。
もちろん言葉の意味やどういうときに使われる言葉なのかという知識はある。
「えっと、な、何がでしょうか?」
「もちろん君だ」
「わ、私!? ですか!?」
さらに驚く。
なんと陛下は私のことを可愛いとおっしゃったのだ。
「? ……??」
えっと。可愛いって何だっけ?
大混乱に陥った。
「ははは! そんな困った顔せずともよいだろう? そういう時は礼を言っておくとよい」
「礼……。あ、ありがとう、ございます?」
「ふ。なんで疑問形なのだ?」
私は言われた通りお礼を言うと陛下はまた微笑んだ。
本当によく笑う方だ。そして穏やかな方でもある。
私にはどうしても野蛮国と呼ばれている理由が分からなかった。
この国の人たちも皆温かかった。
最初に私が国に入った時も、使用人の皆さんは揃ってお出迎えをしてくださった。
一体どうして野蛮国だなんて呼ばれるようになったのだろう?
「イレーネ殿、おいで」
陛下が屋上に用意してあった椅子に私を導く。
誘われるままに座れば、陛下も隣に腰を落ち着けた。
薄い銀色の結界の中に優しい月の光が降り注ぐ。
月に照らされた陛下の横顔は、何よりも美しかった。
「……そうみられると、むず痒くなるな」
「!!」
盗み見ていたつもりなのにバレていたようだ。
「も、申し訳ありません! じろじろと」
「いや、君になら構いやしないさ。見てくれると嬉しい」
「え、あ。……はい」
陛下がこちらを見る。
その目はどこか眠そうだった。
国中の人が寝てしまったのだから、陛下も眠たいに違いない。
「あの……陛下はお眠りにならないのですか?」
「オレは……もう少し、君と二人だけの時間を過ごしたい。それに伝えておかなくてはいけないこともまだ伝えて……いないしな」
そう言いつつも陛下はうとうととし始めた。
睡魔と戦うように目をこすっている。
「イレーネ殿」
「はい」
「改めて本当によく来てくれた……。我が国は……いや、オレは本当に嬉しい。あのイレーネに会えたこと……が、嬉しいんだ……」
そういってふにゃりと柔らかい笑みを向けてくる陛下。
そしてそのまま私の肩に寄りかかって眠りに落ちていった。
陛下の言葉が、福音のように私の心にしみわたる。
温かい。何もかもが。
奥に奥にしまい込んだ私の凝り固まった感情を呼び覚ますように包み込んでくれる。
「っ!!」
雫が落ちて、ようやく自分が泣いていることに気が付いた。
自覚してしまえば次々と流れ出てくる熱い雫。
10年以上、泣くことが許されなかった。
無理に笑って人の顔色ばかり伺って……。
そんな生活だった。
だから自分はもう泣けないと思っていた。
いや。泣いてはいけないと。
けれどそれは違ったようだ。
陛下が眠っていてよかった。
きっと彼は驚いてしまうから。
「ありがとう、ございます」
私は陛下の頭を膝の上に乗せる。
少しでも楽な体勢で寝てほしい。
陛下の顔を涙で濡らさぬように気を付けて、掛かった髪を取り払う。
私の中に芽吹いた暖かな気持ちを絶やさないように、祈りを込める。
(どうかこの国の人々が幸せであるように……)
その思いを受け、結界は一層きらめきを増していく。
この結界を破れる者などいないだろう。
「おやすみなさい。良い夢を」
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