20話 その聖女、種明かし
「あの、ルドニーク様? 私なら何ともないですよ?」
馬車に乗り込んだ瞬間、ルドニーク様に抱きすくめられ肩口に顔を埋められた。
かれこれ10分はこの状態である。
「ほんっとうに心配したぞ!!」
肩口に顔を埋めたままルドニーク様は声を震わせている。
その様子が幼子のようでほほえましくなり笑ってしまった。
「ふふ、そんなに心配しなくても。作戦通りだったんですから」
「む。いやしかし。いくら作戦通り言っても、あの聖女の暴挙は読み切れていなかっただろう。オレは君が傷つくところは見たくない」
ルドニーク様は顔を上げる。
その顔はむくれていた。
「本当に怪我はしていないのか?」
「……まあ少し肩をぶつけはしましたけど、大丈夫ですよ。それよりカリンは無事ですか?」
私のことよりも、後頭部をビンで殴られたカリンの方が心配だ。
あの時は意識を失ったようにぐったりとしていたから余計に。
「ご心配ありがとうございます~。ですがこの程度じゃ死にませんから~。迫真の演技だったでしょう? それに~、あたしがあの部屋に潜り込んでいたのも気が付いていなかったようですし~」
馬車の影からぬっとカリンが出てくる。
殴られて倒れていたとは思えない程けろりとした顔に安堵感が広がる。
「カリン! 無事だったのですね。あまりにも迫真過ぎて心配しました」
「うふふ~。イレーネ様に心配してもらえるなんて役得ですね~」
にこやかに微笑むカリン。
どうやら本当にどうもない様で一安心だ。
「それよりもイレーネ様、肩冷やしましょうか~。陛下、どいてください~」
どこから出したのかカリンの手には氷の入った袋と薬箱があり、私にくっついていたルドニーク様を無理やり引きはがした。
「おい、お前なあ。仮にも主君に対してその扱いはないと思うぞ」
「あら~? あたしは陛下の命に忠実に従っているんですけどね~? ”なによりもまずイレーネ様を第一に”って~」
「ぐっ。それは……まあそうだが」
そんな二人のやり取りが面白くてくすくすと笑うと、二人いは安心したように微笑んだ。
「よかった。セイア王国の奴らに会ったのだから無理していないか心配だったが、大丈夫そうだな」
「ふふ、はい。私はもう昔のイレーネじゃありませんから。今回の作戦がうまくいって良かったです!」
そう。今回のパーティーでのできごと。
その全ては私たちの立てた作戦通りだった。
そりゃあ多少誤算はあったものの、おおむねうまくいったのだ。
「ああ。これでもう嫌がらせをしてくることはなくなるだろう」
ルドニーク様はそう言って微笑む。
私もその笑みに微笑みで返した。
時は少し遡り……。
パーティーの1か月前。
「はあ、またか」
「ええ、またです~」
ルドニークはルスラン、カリンと執務室にいた。
その前にはセイア王国から送られてきたプレゼント。
いくら軍事国家のグレノスの機嫌をとる為と言っても頻繁に送りすぎなそれは明らかにイレーネにむけられていた。
セイア王国からというよりは昼の聖女クレアから送られたのであろう。
「なんで昼の聖女はこんなに分かりやすい嫌がらせをしてくるのだろうか? 馬鹿なのか?」
ルドニークの呟きに2人が頷く。
「馬鹿なんでしょう」
「馬鹿っぽいですよね~」
「そうだな。馬鹿だな」
満場一致だった。
というのも、その贈り物は全て食べ物。
そしていつも軽微な毒物反応が出ているのである。
巧妙に気づかれない程度の毒を盛り込んでいるのだ。
単体であれば全く毒にならない程度の量。けれど積み重なれば確実に中毒症状に陥るもの。
つまりイレーネの毒殺を狙っていると考えるのが打倒だろう。
「毎回毎回ご丁寧にメッセージカードまでつけてきやがって」
ルドニークは不機嫌そうに眉を上げてプレゼントを掴む。
その箱に付けられたカードには”ちゃんと食べないと大きくなれないわよ♡”という素晴らしくムカつくメッセージが書かれていた。
「毒殺ではなくこちらの気分を害する為のプレゼントならば成功しているのが余計に腹立つな」
もちろんセイア王国などから来たものをイレーネに渡すなどありえない。
来た傍から燃やしてなかったことにしている。
そういう訳でイレーネからはなんのお返しもされていない。
それをイレーネの体調が悪いからだと考えたのか、苦しむイレーネの姿を見ておきたいと思ったのか。
昼の聖女からは贈り物のついでに招待状が何度も送られてきていた。
「いいかげんうんざりだ。ここいらで一度痛い目にあわせておかないと今後もずっと続くだろう」
ルドニークはプレゼントと一緒に送られてきた招待状を心底いやそうな顔でつまみ上げる。
その言葉に反応したのはルスランだった。
「では、それに参加されるおつもりで?」
「まあな。だが、オレだけで行くわけにもいかないだろう。それに聖女には保護魔法が掛けられている。殺すのはたやすいがその後が問題になってしまう」
聖女に掛けられる保護魔法は聖女自身を守る盾となる。
しかし穴は存在する。
例をあげれば、同じ保護魔法が掛けられている相手からの攻撃は弾かれないし、攻撃の回数が多かったり攻撃力が保護魔法を上回っている場合には弾かれないこともある。
要は無敵ではないということだ。
「殺すのが目的であれば不可能ではないが、その後聖神国が敵に回るのは困る。この国、ひいてはイレーネも罰を受ける可能性があるからな」
だからこそルドニークは昼の聖女からの件には慎重にならざるを得なかった。
聖女を糾弾するには確たる証拠を提出しなければならない。
そういう意味ではクレアから送られてくるプレゼントに毒が仕込まれているのは好都合なのだが、単体で毒になるほどの量ではないし、知らなかったと言われてしまうと追及できない。
それが分かっているからクレアは強気にプレゼントを送り続けているのだ。
「あの~」
カリンがそろりと手をあげた。
「どうした?」
「暗殺をお望みでないとするなら、なぜあたしをここにお呼びになったんです~? いつもは鑑定結果だけを報告して終わりなのに~」
カリンはどんな毒でも見抜ける鑑定眼持ちゆえ、毒を操るのにも長けている。
さらに特殊な生まれから隠密行動を得意としており、糸さえあれば誰にも気づかれずに人を消すことも可能な人物であった。
そんなカリンが大公であるルドニークに呼ばれた。
それはすなわち誰かを消せと命令される可能性が高いということ。
それなのに主人から暗殺の命令が出てこない。
カリンが戸惑うのも無理はなかった。
「ああ、それなんだがな。カリン、お前は変装も得意だったよな?」
「はい~。一応見抜かれない程度の変装術は身に着けてますよ~。……あ。もしかしてイレーネ様に変装してパートナーとして連れて行きたいとかですか~?」
ルドニークは意味ありげに笑う。
「ああ。行けば罠が張ってあるとみていいというのに、何も本物のイレーネを連れて行かなくてはいけないことはないだろう?」
「あらぁ~。その顔はもう決定事項みたいですね~」
つられてカリンも笑みを浮かべた。
どちらもただパーティーに出向くものの顔ではない。
ルドニークはこのパーティーで張られているであろう罠を利用し、逆に昼の聖女を失墜させるつもりなのだ。
「わかりました~。それで、作戦は考えているんですか~?」
「大体はな。見るに、昼の聖女は随分とこらえ性がないらしい。ならばフラストレーションを与えればつれてくれるだろう。それにうまくいけば、もっと大物をつることもできる」
ルドニークは悪い顔で笑っている。
「でしたら初めのうちはガードを固くしてよりフラストレーションを与えましょう。そして良いタイミングでわざと隙を作る。そうすればそこでアクションをかけてくれるでしょうから」
ルスランもメガネを光らせて笑う。
わずかにずれた眼鏡を押し上げるその仕草は黒幕のごとし。
「現場を押さえてしまえば確実に昼の聖女を糾弾できますからね」
そう言うルスランはとてもとても良い笑顔だった。
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