9話 その聖女、浄化す
私は陛下の前に横抱きにされたまま馬に乗せられていた。
馬に乗ったことがなかったからだ。
顔に熱が集まっていたが、今はそれどころではない。
(集中よ集中!)
そんなこんなで魔素溜まりの報告のあった場所へとやってきた。
その現場は国境に位置する森の中だった。
朝の森だというのに清涼な空気はなく、ピリピリと肌を刺すような澱んで固まった空気だ。
生物の気配はなく、その中心には瘴気の塊のような黒いモヤがたまっていた。
「ありゃー。結構たまってるね~」
緊張感のないゆるやかな声が聞こえる。
一人で馬に乗ったルイだ。
彼女はとんっと馬から下りると徐に足につけていた短剣を引き抜いた。
「イレーネ! 見ていてねぇ!!」
ぶんぶんと短剣を振り回してアピールするルイ。
「あ、危ないですよ!!」
「うふふ。始めます!」
そう言うと目にもとまらぬ速さでモヤに突っ込んでいくルイ。
「せええええええええいいいいい!!!」
「ええええええ!!!!」
と思ったら今度は短剣でモヤを切り刻み始めた。
私は予想外の出来事に叫び声をあげた。
「はあああああああいいいいい!!!!」
ズバババババババッ
「どええええりゃあああああ!!!」
思っていた浄化の術とだいぶ違うそれは、けれども的確にモヤの核を消していく。
「す、すごい……!!」
見ていると鮮やかな舞に見えてくる。
剣舞だ。剣舞を魅せられているのだ。
数分もするとモヤは完全に消え去り、森には元の朝のざわめきが戻ってきた。
「へへーん! どうだったイレーネ!!」
「す、すごかったです!! なにかとっても……何か凄かったです!! 初めて見ましたが、気迫がとても感じられました!」
本来、魔素溜まりに漂っている瘴気には触れると瘴気が移り人命を犯す。
剣で切ることもできず、剣が呪われてしまう。
だがそれをルイは切って見せた。
それもあんなにも鮮やかかつ迅速に。
これをすごいと言わずして何というのだろう。
私はあんまりにも興奮してしまって両手をぎゅっと握った。
「でしょでしょ~!」
「一体どうやって切っていたのですか!? 浄化の力ですか!?」
「ええ、そうよ。この剣は聖物を使って作ってあるの」
「聖物?」
首を傾げる。聞きなれない単語だった。
「ああそっか。聖物っていうのは聖女の祈りの力の結晶みたいなものよ。それをこの短剣に仕込んでいるの。作り方はまた後で教えてあげるわね。さて最後の仕上げ」
ルイはそう言うと胸の前で手を組み祈りを捧げる。
すると朝日が一筋降りてきた。
地面に朝日の模様が浮き上がり光が地面に吸い込まれていった。
「うん、上出来」
「今のは?」
「ああ、地中に残った魔素を浄化したの。これでここはもう大丈夫」
そういって笑うルイは本当に誇らしそうな顔をしていた。
「……すごいです。こんなにも早く魔素溜まりを浄化してしまえるなんて!」
「ふふ、そう言ってもらえてうれしいわ。でも、あなたの力も相当強いのよ? 小さいとはいえ一国を包み込む結界なんて歴代聖女様でも聞いたことがないわ!」
またしても初耳だった。
「え? そうなのですか?」
「やだ、無自覚なのね。末恐ろしいわ」
そう言われてもいまいちピンと来ない。
私にとっては当たり前にやらなくてはならないお勤めだったから。
「さて、もう終わったことだし。城に帰りましょ? あなたもう眠そうよ」
ルイに言われて気が付いた。
太陽が既に高くなってきている。
もうそろそろ寝ておかないと夜のお勤めに支障が出てしまうかもしれない。
「そうですね。では帰りましょうか」
「さあ、イレーネ。オレの前に」
「陛下」
そうだ来るときも横抱きだったら、帰りも当然そうだろう。
意識してしまって顔が熱くなってくる。
「やだ、真っ赤よ? 大丈夫?」
「だ、大丈夫です!!」
ルイに指摘されてしまう程真っ赤だったようだ。
陛下も楽しそうに笑っている。
そうして私は部屋に戻り侍女たちにお世話をされてから眠りに付いたのだった。
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