此岸の贅沢
絶好のハイキング日和であった。山葵は小枝にクズのつるを縛り付けて、サーカスの猛獣使いよろしくブンブン振り回しながら上機嫌に歩いていた。決して獣や蛇が怖いから虚勢を張っているわけではない。ののめも真似してヒュンヒュン振り回しているが、こちらはいろんな風切り音が鳴るのが楽しいようだ。速度や縄の長さを変えて音が変わるのを興味深そうにしている。
河原の石も次第に大きくなり、だいぶ上流に来た感がする。湿地に嵌まるのを避けるために大きく迂回する必要もなくなってきたため、進む速度があがったのだ。ゆぐりさに書いてもらった地図、もとい、結んでもらった縄からするとここが最後の目的の支流だ。地図が泥縄でないことを祈るばかりである。
日暮れまではまだ間がある。しかし、深い川をほとんど泳ぐような状態で渡らねばならなかったため、ずぶ濡れになってしまい川の側でもう一泊することにした。ののめの判断とも一致したので、きっと正しいチョイスに違いない。
玉石ノ大川奥の村はこの支流沿いにあるはずで、あと少しというところまでは来ているはずだ。だが、なにせ正確な位置も距離もわからない。日が暮れるまで歩いて、たどり着けなかった場合や、夕食などの食料調達の時間もろもろ考え不確定要素が多いので安全バッファーを多めにとることにしたのだ。
そもそも、先方さんに電話をしていくよーと伝えているわけでも手紙を出したわけでも、ましてや先触れを遣いに出しているわけでもない、突撃はじめまして状態なのだ。突然晩ごはんをくださいと訪れられてもお前誰なんだよ状態から信用してもらわねばならず、結果によっては歓迎されず村に入れないなどのケースが考えられる。日が暮れてからでは劣悪な環境で野宿をするよりなくなる。
しかし、それが早い時間の訪問であった場合や、近くに前日の宿泊地があれば我々の生存確率がだいぶあがるはずだ。死が近いこの世界では効率のために安全を軽視してはならない。さらには、もし近場に集落があるのであれば、食事の用意などして煙でも立てれば、あちらからこちらを見つけてくれるかもしれないという打算もあった。
ののめは川を渡ることを今までに無いほど気にしていた。
「川を越すと見たことない獣や植物、人も言葉が通じなくなったりするの。気をつけて。」とのこと。
橋もない時代の川は、それが十分に深いものであれば動物や植生を変えるのに十分な境界になる。動物も人間もわざわざ足もつかない深さの川を命を賭してわたりはしないのだ。この時代に住まう人にとって、大きな川を渡るというのは三途の川に隔てられた此岸と彼岸が如き異界なのだ。我々はこの川を渡ることで山の動物のテリトリーに足を踏み入れた。注意はいくらしてもしたりない。
野営用の手作り仮設テントもだいぶ作るのに手慣れてきた。今夜は樹木と傾斜面を利用して寝床をつくる。トイレの穴も昔のように気取りすぎたり、過剰な深さのにすることもない、質実簡素なものがつくれるようになってきた。進歩である。
河原では、石を積んだ急ごしらえのトラップをつくり、いわなを捕まえた。枝に刺し、運んできた藻塩をまぶして姿焼き。ああ!これ!これがやってみたかったんだよ!
河原で石をどけ深く掘ると水が染み出してくる。そこに、焚き火で焼いた大きな石を投げ込んで簡易的なお風呂をつくる。ふいーっと息をついて遠くを見ると、鹿のような動物が崖の上からこちらを見ていた。
食べ物も美味い、大自然の中でくつろげる、控えめに言って贅沢の極みである。
翌朝、日の出とともに準備して二人は出立したが、奥の里は考えていたより遠く、山道も相まって集落への到着は黄昏時になってしまった。やはり、昨日あそこで一泊して英気を養ったのは正解だった。
「ようやく、ついたー!!」
山葵とののめ喜びはしたが、形だけである。
「で、ここ・・・、留守村かな??」
集落には人影がない。
日が沈んだ暗い山の森から狼の遠吠えが風に乗って聞こてくるだけだった。




