河原陶土器物語
「1つ積んでは母のため〜 ほい♪ 2つつんでは父のぉ〜」と、陽気なメロディに暗い歌詞をのせながら石を積んでいたら、いつのまにかののめがじっとこちらを見ていた。見られてしまった・・・。
「の、ののめ!土器をつくるときに使う粘土がほしいんだけど、どこなら近い?」
ののめは川の浅瀬に入っていくと、
「石をどけて、砂をどけて、土をどけて出てくるのが粘土さ!どこでも取れるよ!」と教えてくれた。どこでも取れるけど川の底からとったほうが簡単に質のいい粘土までたどり着けるのだという。
「何かつくるの?」
まだ水が冷たい川の中央部までいって、粘土を一塊とるのを手伝ってくれた。ののめさん様々である。粘土で積み上げた石の隙間を埋め、上部と前面下部が空いた台形円筒にする。まだプロトモデルなので直径30センチぐらいと小さめだ。
「火をつければ粘土も乾くかな?」という適当な心持ちで、その円筒の中で焚き火を始める。
うろ覚えの知識で、粘土で小さな碗をつくってみる。はじめてにしては上出来だなと一人関心していると、ののめも小さいが綺麗な碗を見せてきた。山葵も学生時代はその器用さを学内外で褒め称えられてきただけに、この認めざるを得ない実力差が悔しい。実地の差だろうか?
天日でゆっくり乾燥させた方が割れない丈夫なものができるそうなのだが、今は試しなので、炉の側においてゆっくり目ではあるが強制的に乾燥させていく。急に火に近づけると中の水分が急に吹き出してひび割れて割れてしまうらしい。
乾燥を待つ間、近くにさらに一回り大きい炉の石積みを始める。
ののめのアドバイスに従って、手前の地面を掘って一段下げる。灰を掻き出しやすいようにする工夫なのかと思ったら、こうするだけで下から空気が入って上に抜けるようによく燃えるようになるのだという。小さい方の炉も手前を少しだけほってみたら本当に円筒の上部から炎が吹き出すまで昇るようになった。すごいな、生活の知恵。
小さい方の炉内の炎の広がり具合や立ち上り具合をみて、大きいほうの炉の円筒のサイズや、縦横の比率を修正していく。そして、上部を石と年度でふさぎ浅いすり鉢の固定鍋釜をつくる。
火というのは根本と先端では先端の方が温度が高くなる。よって円筒の炉も上部は高温になる筈だ。上蓋を厚めに作ってしてしまうと、上にまで熱が伝わらない可能性はあるが、石板一枚分ぐらいであれば、大丈夫だろう。焼いた石を水たまりに投げ込むよりは効率はいいはずだ。
鍋がわりになるほどの大きな土器はなかなかつくれなくとも、湯を沸かすことだけを目的とした専用炉なら石と土器の複合でつくれるだろうという算段だ。葛を煮る程度ならこれが機能すればもっと効率がよくなるはずだ。
遠火で乾かしていた土器が枝で叩くとカスカス、コンコンと乾いた音を出すようになったので、割れないように慎重に枝ではさみながら炉の中に並べながら入れていく。割れずに焼けたらいいなという期待を込めて。大きいほうの炉や、土器はこのまま自然に冷めたり乾いたりする明日まで待ってみよう。
「さ、そろそろ浜が引き潮だから、夕飯を採りに行こう!」
すっかり、こちらの生活パターンが身についてきた山葵であった。
しかして明朝、薄いガラス質を被った土器がいくつかは割れずにできていたのである。
大きいほうの炉も水漏れすることなく湯沸かしとしては十分に機能した。




