交信中
東城は力なく僕の肩から手を離す。
「お姉ちゃんは数年前、交通事故に巻き込まれて亡くなってる」
そう言う東城は泣きそうな顔だった。僕はこれ以上詮索するのはよくないと分かってはいたが、そういうわけにはいかなかった。
つまり東城鈴と東城玲の姉は何かしら関係があるというわけだ。
「どうして僕をダイチくんって呼んだの?」
「……お姉ちゃんがそう呼んでいたから」
「じゃあ、東城のお姉ちゃんと僕会ったことあるの?」
東城は静かに頷いた。
「なら、何で僕、そのことを知らないの!」
「覚えてないと、思うの。ショックで」
「ショックって」
「ねぇ、ダイチくん」
「な、なに」
東城は僕を恨んだように唇を噛みしめる。
「君って見えるんだよね」
「え?」
僕は自分の耳を疑った。どうしてそのことを東城が知っているのか。このことは誰にも言わないで、家族にも秘密にもしているはずなのに。秘密。
『約束だよ』
ふいに頭を過った誰かの声。女の子の声だった。優しく僕に言ってきた誰か。その誰かにだけ僕は多分、このことを打ち明けていたんだと思う。
「もしかして」
その誰かって――
「お姉ちゃんがそのこと知っていたから」
「な、なんで」
嫌な汗が頬を伝った。
「お姉ちゃん言ってたよ。最近面白い子と友達になったって。ダイチくんって子で、人じゃないものが見えるってすごく暗い子だけど、悪い子じゃないって」
俯きながらつらつらと説明を続ける東城の握っていた拳は僅かに震えていた。このやり場のない気持ちをどこにぶつければいいか悩んでいるようだった。
さっきよりも倍の強さでもう一度僕の肩を掴んできた。
「ねぇ、思い出して。お姉ちゃんは事故で死んだって言ってたけど、あの場所にはキミもいたの。多分。ううん、キミ絶対あの事故と関係してるよね? 何があったの?」
「事故……」
「そう、事故」
力強くそう言って顔を上げた東城は泣いていた。その涙は何を意味するのか。後悔なのか、悔しいからなのか、もしかしたら悲しいからかもしれない。
けれど、僕は真摯に向き合ってくれる東城から目を背けた。
「僕のせいで、起きた事故」
口から出た言葉が脳内に反芻されていく。僕だけが知っていること。僕だけが。
少しずつ、記憶の糸を手繰り寄せる。そうして僕が忘れようとしている記憶を隠している靄が晴れてくる。
散らばった破片をかき集めていく手は僕とか裏腹にゆっくりと形を完成させようとした。
「い、いやだ!!」
僕は勢いよく東城の腕を振りほどいた。
「ど、どうして!」
「だって、思い出したら僕は本当に一人ぼっちになっちゃう」
気付いたら僕も泣いていた。
何が悲しくて泣いているか全然わからない。でも止めどなく溢れてくる。
「君はまたそうやって目を背けるの。あの時と何も変わってないよ!」
「あの時?」
「君をこうやって責めたのは今回だけじゃないよ。その時のことも覚えてないの? お姉ちゃんが死んじゃって、そのあとに君の両親が謝りにきたの。でも、肝心の君はまるで死人のような顔をしてた。何も言わないで。私が責めたら今みたいにさ、思い出したくないって頑なに拒否して何も答えてくれなかったよね? 私はその時のこと、今でも覚えているんだよ」
「一人になるのは、もう嫌なんだよ」
震えているのは東城の声ではない。紛れもなく自分の声だった。
そうだ。東城の言う通り、あの時もそうだった。どうしてか分からいけど、僕は泣きながら東城の質問に震えた声でも自分を護る言葉を何度も繰り返した。それはきっと、僕が東城のお姉ちゃん以外の人間を信じられなくなり、心を閉ざしたからだ。
僕は、あの時から本当に一人ぼっちになってしまったのだ。いや、一人ぼっちに自分からなった、自分から殻に閉じこもった。
そんな僕に手を差し伸べてくれたのが、彼女だった。
僕と同じくらいの妹がいると言った彼女は不思議そうではあったが、楽しそうに僕の話を聞いてくれた、それが嬉しくて嬉しくて、たまらなかった。
そんな風に僕の言葉を信じてくれる人に初めて会えたから。
彼女は僕が指さしても幽霊なんて見えないし、でも、皮肉にも僕と彼女を繋いでくれたのは幽霊の存在だ。僕はとても複雑だった。
幽霊が見えることを隠したい。けれど、彼女とそのことを話したい。そんなジレンマに駆られながらも僕は毎日彼女と会った。
ある日、どこか心を開ききっていない僕に彼女はある言葉を言った。
『君は一人じゃないよ。外に出ればいろんな人がいるの。君の言葉を信じてくれる人、信じてくれない人。でもね、世の中には信じてくれない人だけがいるわけじゃないよ。私みたいにきっと耳を傾けてくれる人がいるの。だからね、一つだけ約束して。君のことを信じてくれる人がいるように、君も君の味方になってくれる人を信じてほしいの』
僕は彼女が僕の味方だと信じて疑わなかった。だから僕はきちんと幽霊たちとも仲良くすることにした。例え一緒に遊ぼうとしても彼らが彼女に見えることはない、僕だって彼らに触れることはない。でも、一緒に出来ることはきっとある。
だけど、それが油断だった。
幽霊の女の子と遊んでいた時だ。公園から飛び出した女の子はそのまま車道へ。勿論女の子は死んでいるため、轢かれることはない。けれど、僕はすっかり生死の境が分からないでいた。女の子を止めるべく、飛び出した僕を彼女が庇ってそのまま亡くなってしまった。
それが僕の心の傷となって今でも残っている。そう、東城鈴の正体は東城のお姉ちゃん。
僕はずっと、彼女に未練という鎖で繋がれていて彼女の幻覚を見続けていた。
「一人になろうとしてるのは君だよ!」
その言葉に僕は気付かされた。やっぱり東城は彼女の妹だ。
東城の涙は止まり、腫れた目でこちらを見つめている。
「……僕のこと恨まないの?」
「恨む。恨んでるし、悔しい。でも、お姉ちゃん言ってた。君と仲良くしろって」
そう言って東城は僕に手を差し出してくれる。だけど、僕はその手を掴めないでいた。誰かと友達になる時は、きっと最後にやっぱり終わりがあるなんだ。
「お姉ちゃんのお願いだよ」
僕はその言葉に背中をおされた。唇を噛みしめながら彼女の指先だけ触れた。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
また、中編を投稿する予定なのでその時もよろしくです。




