恒心中 中編
重い瞼を持ち上げると、白い天井が広がっていた。
視線だけで周りを見てみる。どうやら自分はベッドに寝っ転がっているみたいで、いつのまにか着替えさせられている。
浅い緑色の質素な服、よくテレビで見たことある病院服というものだ。ということは病院に運び込まれたのだろうか。
あんな急流の川で僕はどうやって助かったのだろう。
未だにぼやける焦点が捉えたのは、学校から出る直前に僕を止めたあの女の子だった。
「うわああああぁ!」
僕は反射的に布団を掴みながら彼女からなるべく距離をとる。
「ここ病院なんだから静かにしてよ」
耳に指をつっこむ彼女は僕の隣で迷惑そうな顔をしていた。
「人間……だよね」
すると彼女はぱちくりと瞬きをし、
「それよりも知ること、いっぱいあるでしょ」
「いっぱい?」
「君、半日寝てたんだよ」
「半、日?」
それまでは気付かなかった窓に目をやる。
橙色に染められた空に白い雲が散らばっている。日が暮れ始めていることを示唆している空を見て、僕は彼女が言っていることを実感した。
続けて彼女にもう一度視線をやると、彼女も自分の赤いランドセルを膝の上に置いていた。
「ランドセル?」
反芻する自分の言葉が東城の紫のランドセルを結びつける。
「そうだ! 東城は! 僕と一緒にいたよね?」
しかし、いくら見渡したところで東城の姿は見つからない。
「東城、知ってるだろ!」
必至に目の前の彼女にしがみつく。そのまませがむように彼女の肩を揺らすが、彼女は不思議そうな顔をした。
「君に名前、教えてたっけ?」
「……どういうこと?」
僕は東城のことを捜しているのに、どうして彼女の名前を僕が知っていることになる?
全く関係のない二つのことに僕は頭を悩ませていると、彼女は種明かしをしてくれた。
「だから、東城って私の名前。東城玲。早坂くん、同じクラスだから確かに知ってて変じゃないか」
「東城……玲? 君と同じ苗字の東城鈴って子知らない?」
こんがらがる頭の中の糸は、一層解けなくなっていく。
「知らないよ、そんな子。あのクラスの東城って苗字だけは私だけだよ」
「そんなわけない!!」
僕は力の限りベッドを殴りつけた。鈍い音をたてながらじわじわと拳が痛んでいくのを感じる。
「東条も見たはずだよ。紫のランドセルをいつも持っている子。クラスのみんながいじめていた子だよ!」
「むら、さき?」
そこで東城の瞳が微かに揺れたのを僕は見逃さなかった。
「そう!」
「そ、それよりもいじめられていたってもしかして私のこと?」
「話をそらさないで! って、は? 何言ってる――」
ふと冷静になった。
いじめられていたのは東城鈴だけだ。この東城玲はいじめられていないはず。けれど、どうして僕は自分のクラスにいじめられていた人が二人もいたのに気が付かなかったのか。
それに、この子は東城鈴という生徒が僕のクラスにはいないと言っていた。
「もしかして本当に東城って子は君だけなの?」
静かに縦に頷く東城を見た僕は途端に悪寒を感じた。
だったら僕が知っていた東城鈴という人物はこの世にいないのだろうか。そうして繋がった答えは東城鈴が幽霊ということだ。
パニックになっている頭を必至に落ち着かせる。そんなこと僕が見える体質ならいつものことではないか。驚くことはない。
深く深呼吸をし、心配そうに顔を覗き込んでくる東城に声をかける。
「大丈夫、ごめん。なんでもない」
「ほんとに大丈夫? なんか、すごく混乱してたみたいだけど」
「いや、本当に大丈夫だから」
だって、僕はずっとこうやって誰にも理解されないで生きてきたのだから。
「落ち着いてくれたならいいけど」
「うん、そういえば僕ってどうやって助かったの?」
「私がついていったの。そしてあの川にいつの間にか入っていくんだもの。びっくりだよ」
東城には見えていなかったみたいだ。やっぱり、東城鈴というのは幽霊だった、ということで腑に落ちる。
けど、おかしい。
最後に東城鈴は僕の手を引いた。僕に触れた。力を込めていた。
彼女は幽霊じゃない。紛れもなく、人間だった。
「ほんとにそこには僕しかいなかったの?」
「そうだよ」
「なら、僕のクラスでいじめられていた東城って子は、君だけ?」
「本人にそれ聞く?」
そう言って寂しそうに笑う東城を見て、少し罪悪感に襲われた。
「なら、東城。ちょっとついてきてくれない?」
「どこに?
「僕が言っている東城って子の家」
3
大事には至らなかったため、僕はすぐに退院できた。
僕の前から東城の鈴が消えて気付けば一週間が過ぎていた。
そこで気付いたことがある。クラスの男子が言っていた東城という子は確かに東城玲の方だった。東城玲へのいじめは、いじめというよりも嫌がらせに近かった。クラスの何人かが彼女を省るとか、そんなところだ。しかし、今度の僕はいじめの空気に臆することはなかった。それは、恐らく東城鈴の存在があったこと、そして、彼女への後悔と未練。
そして、彼女が言う通り、のクラスに東城鈴という女子はいない。他のクラスも見て周り、先生にも聞いたがやっぱりいなかった。
僕は東城鈴の家を訪ねてみることにした。それには彼女もついてきてもらうことに。
彼女の家への道、何故だか記憶によく残っていた。その道中、何度か東城が足を止めていたが気にしないで歩くこと約二十分。学校からの道しか僕は知らないが、迷わず着いたことにほっとした。
その時だった。
東城が「えっ」と声をあげた。
「なに?」
「間違ってない?」
「え、どういうこと?」
「う、うん」
彼女は家から目を逸らした。
家とは信用しがたいような建物だった。どこからか生えているか分からない蔦が絡みつき、ところどころコンクリートが錆びている一戸建て。
「やっぱりいるじゃん。ほら、表札も東城って書いてあるよ」
「あぁ、やっぱり」
そうやって自分一人で頷く東城の声は少しだけ震えていた。そして、病院の時とは逆に僕の肩を掴んできた。
「え、と。東城?」
「ダイチくん、だよね。落ち着いて聞いてほしいの」
「う、うん」
僕は初めて東城にダイチくん、と呼ばれることに緊張しながら彼女の話に耳を傾けた。
「ここは確かに東城の家。けど」
「けど?」
「人が住んでるんじゃなくて、住んでたの」
「え?」
「今は、誰も住んでいないよ」
「ど、どうして。いや、というか何で東城がそのことを知ってるの?」
「それは、私のお姉ちゃんが住んでいた家だから」
伏し目がちに答える東城の言葉に耳を疑う。
最後まで読んでいただきありがとうございます!
すみませんがもう少しだけ続きます。




