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後進中  作者: 矢野華
1/3

前編


 今回は前編、後編で書かせていただきます。

 恋愛は含まれておらず、少しシリアスめです。あと、ミステリーも少しだけ。

 ちなみに私が書くSFはサイエンスフィクションというより「少し不思議」のSFなので、そこのところご理解の方お願いします。


 小さい頃からよく人間じゃないものが見えた。怪物とかではなく幽霊だ。他の友達に見えた、と言ってもからかわれるだけ。そんなことはもう卒業した。小学生になるのに、いつまでもからかわれるわけにいかない。

 入学してすぐになかなか友達が出来なくて悩んでいた。友達なんているだけでこのことを隠して仲良くしていかなくてはいけない、と考えるだけで疲れる。

 そんな中話しかけて来たのは東城鈴。

 「はじめまして」と挨拶されなくても東城のことを知っていた。

 みんなよりも足が遅くて、みんなよりも話すのが下手で、みんなよりも頭のネジが三本くらい外れている変な女子。

 つまり、僕も東城も変な人間同士がくっついたのだ。

 しかし、僕と東城が一緒に下校していたのはたったの一か月ほど。僕が東城と呼びかけているのを見ていたクラスの男子が「東城なんかと一緒にいたら、お前も変な菌付くぞ」と彼なりに僕を庇ってくれた。

 僕はそれが疑問でならなかった。どうして東城がクラスから省かれるか僕には分からない。それなのに僕は首を横に振る勇気はなかった。

結局僕は東城を拒否し、自分を護ることでいっぱいになっていた。幽霊が見えることなんて知ったら簡単に輪から外されてしまう。それだけはどうしても避けたかった。

みんなと違った紫のランドセル。誰が決めたか分からない「女の子は赤いランドセル」というルールを東城は全く気にしていない。

僕は東城があのランドセルをとても大事な宝物だと前に一度だけ聞いたことがあった。

それが羨ましかったのかもしれない。気付けば僕はみんなに東城のランドセルの秘密を話していた。

そこで話が終ればよかったと今でも後悔している。僕らはとっておきの計画を思いついてしまったのだ。

「東城のあのランドセル、川に流そうぜ」

 輪の中の誰かが言った。

 誰がそう言いだしたかまでは覚えていない。満場一致でその作戦は決行されることに。

 学校からの帰り道、僕らの中の誰かが東城と一緒に帰る。通学路の途中にある川へと東城をおびき出し、ランドセルだけ川へ投げ込む。それだけのことだ。

 川のことはみんな知っていた。学校に行くときも、学校から帰るときもみんな一度は見ていくからだ。水流が速く、あそこに落ちたら助かることなんてないとの噂だ。

 東城と帰ることになったのは僕。相変わらず断れずに二つ返事で頷いてしまった。決まったのは休み時間。それからの授業も、帰りの会の先生の話なんて全く耳に入らなかった。汗ばんだ手で拳を作り、やり場のない怒りを抑えた。その中にあったのは怒りだけではなかった。焦りや心配、不安。そして、後悔。

 きっとこの作戦は成功しても失敗しても僕の心に傷を付ける。そして、それは僕だけじゃなく東城にもだ。


 そしてきてしまった放課後。

 大きくガラス窓を叩きつける風に不安な気持ちが煽られる。

 僕は下駄箱で東城の後ろ姿を見つけ、何て話しかけようかと真っ白な脳内で考えた。

 東城とこうして話したのは数か月ぶりだ。

「と、東城。ひさしぶりに一緒に帰らない?」

 裏返る声を誤魔化すように咳払いをする。冷や汗をかいている僕の顔を見て東城は遅れて返事をした。

「だいちくんもすぐ帰っちゃうの?」

 東城の話し方は変わらずに幼稚なままだった。まだ保育園児のような。ランドセルに背負わされているように思える背中。

「う、うん。帰る」

「なら早く帰った方がいいよ」

 東城はそう言うと急いで外履きに履き替え、校舎から出て行く。僕も「待って」と言いながら東城の後を追おうとする。

 その時だ。

 強く後ろに腕を引っ張られた感覚に襲われた。僕はみんなの誰かが様子を見に追いかけて来たと思い、後ろを振り向く。

「なんだよ」

 そこには僕と同じくらいの身長の女の子が僕の腕を引っ張っていた。

 だが、それは人間じゃない。幽霊だ。見慣れて来た僕の目が確信づいていた。周りに誰もいないことを確認し女の子に話しかける。

「手、はなしてよ」

 しかし、女の子は何も言わずに首を横に振るだけ。

「君と遊んでる場合じゃないって」

 僕は必至に腕を引っ張るもの、女の子は全く離す気配はない。それどころかどんどん掴む力が強くなっていき、腕が少し痛んだ。

 おかしい。

 いつもだったら幽霊は僕にちょっかいをかけたり、驚かすことはあるもののここまで干渉してくるのは初めてだった。女の子は僕をこうして掴めている。そして、力を込めている。

 この女の子は実在している?

「君、幽霊じゃないの?」

「何言ってるの君。とりあえず、先生が呼んでるからはやく」

 ここで教室に戻るわけにはいかない。何もしなくて帰ってきました、なんてみんなに言ったら僕の居場所がなくなる。

 僕は女の子の手を無理やり振りほどき、校舎を飛び出した。

「ちょっと、どこ行くの一人で!」

 女の子の言葉をよそにぐんぐんと強い風の中、進んで行く。


 女の子が追ってきていないことを確認すると、大声で東城のことを呼ぶ。

「東城! どこー!」

 しかし風で声はかき消された。

 学校から出た僕は東城との帰路をなぞるように歩いていく。

 きっとこのまま歩いていけば東城にも追いつくはず。

 気付けば風どころか雨まで降ってきていた。吹き荒れる風と無数の雫にさらされた僕の体はどんどん冷えて行った。

 まるで嵐だ。

 歩道の近くに生えていた木はごうごうと鈍い音をたて、雨はアスファルトを黒く染めていく。

 きっと傘があってもこんな風の中でさしたって意味がない。みるみるうちに服も靴もびしょびしょに濡れていく。一歩進むのだってそう簡単ではない。

 僕がどれだけ苦労しても東城の後ろ姿は見えない。あの紫色のランドセルが見つからない。

 こんな雨風の中、どうして東城に追いつくことが出来ないのだろう。そもそもこんな天気の中、本当にみんな川に来ているのか。

 嵐に煽られるように僕の不安はどんどん大きくなっていった。

 そこで気付いてしまった。

 自分が孤独であることに。

底知れぬ不安に落とされた気分だった。

 誰も自分のことを分かってくれないことに怖くなり、歩みを止めた。

 代わりに涙が頬を伝う。雨と一緒に流れる涙を拭うもの、止めどなく溢れてくるそれを止めることは出来ない。

 誰にも理解されない。からかわれる自分が嫌で隠してへらへらと笑って、自分のために人が傷つくことを恐れていない。しかも、自分を助けてくれた女の子を自分のために陥れる。東城は傷つくどころか、泣いてしまうのかもしれない。

 そんな恩を仇で返すようなことに僕は加わっていいのだろうか。

 今なら引き返せるかもしれない、と少しだけ考えてしまった。

でも、どうやって今から戻ればいいのか。

 いや、そもそももう後戻りは出来ない。

 あの女の子の言う通り戻っておけば、僕がこうなることはなかった。

 どうしようもなくなった僕の名前が呼ばれた。

「ダイチくん」

 東城は初めからそうだった。

 僕が自己紹介した時、彼女は迷いなく僕をダイチだと呼んだ。

 僕を呼ぶその声はとても優しい。優しくて、あたたかい。

 泣きながら僕は呼ばれるままに、声のする方へ歩みを進める。

「ダイチくん、ここだよ」

 ようやく見えた。ランドセルを背負った東城が。

 僕は一目散に東城に向かって走り出していた。不思議とさっきまでの風は感じなかった。音も抵抗も感じない。

「ダイチくん、こんな天気の中、私のこと捜してたんでしょ。どうして?」

「そ、それは」

 正直に東城のランドセルを川に捨てるため、なんて言えなかった。

「ねぇ、東城。僕の言う通りにしてほしいんだ」

 僕は実力行使をしたくなかった。東城の悲しんだ顔は見たくないんだ。

「なに?」

 首を傾げる東城の髪は何故か濡れていないように見えた。一瞬疑問に感じたが、僕は話を続ける。

「ランドセル」

 ゆっくりと東城のランドセルを指差した。すると東城は「やっぱりね」と呟いた。

「ランドセルを川にぽーんってするんでしょ?」

「どうして……」

 東城の言葉に絶句した。

 どうして東城がそのことを知っているかも分からなかったが、何よりも東城が知っていながら東城が平常心であることだ。

「どうしてそんな風に言えるんだよ。そのランドセルは東城の大切な宝物じゃないのかよ! それが、流れるかもしれないんだぞ!!」

 川の方へ目を向けると、ただでさえ急流の皮がいつにも増して荒れていた。きっとこの川に落ちたら助かることはないだろう。

「どうしてって、東城くんの言ってることはお見通しだだよ」

 刹那、今まで東城が平然と立っていたことが嘘のように突風に東城の体が攫われた。

 一瞬のことがまるで数分間に感じられるようなスロモーションに襲われた。

「東城!!」

 僕が必至に手を伸ばすのと裏腹に東城は全く手を伸ばそうとしない。

「何で!!」

 怒声に似た声を吐き出した。

 だめだ。東城が死んだら、僕が一人になってしまう。

 そんなの嫌だ。一人は怖くて、寂しくて、そんなの嫌なんだ。

「だって、せっかく新しく東城が友達に……」

 つんのめりになってまで伸ばした手を東城が初めて握った。しかし、僕が引っ張られるよりもはやく東城に引っ張られ、

「え?」

 僕は川の中へと引きずり込まれた。

 川の中を驚くほど冷たかった。足も冷え、目も開けず、唯一確かに温度を保っているのは東城と繋いでいる手だった。

 荒波に抵抗しようともがけばもがくほど溺れていく。

 冷たくて、寒くて、怖くて。

 誰か助けて、と声を出そうとしても声が出ない。

 体力も体温も奪われ、遂には意識まで途切れ始めて来た。

 体も、心も酷く冷たくなっていく感覚に全てを預けていく。

 色も光も触感もなかったそこは無であって、多分、始めに還るだけ。

 どうしてか僕も分からない。でも、死ぬのが怖くないと感じてしまったのは生きることを諦めてしまったからなんだと思う。

 静寂と暗闇の中、伝わってくるのは自分の心臓の鼓動だけ。だけど、それもどんどん静かになっていく。

 いつの間にか東城の体温も離れていた。

 東城を確かめようと辺りを確かめるように手で水をかき分けていた僕の耳に囁いた。

「君は昔も今もひとりぼっちだよ」

 がほ、っとため込んでいた二酸化炭素が泡になって消えていくのを見つめていたところで僕の世界を途切れた。


 最後まで読んでいただきありがとうございました。

 来週に後編を投稿させていただきます。

 良ければ後編までお付き合いいただければ幸いです。


 ちなみに来週に、もしかしたらもう一つ短編or掌編を書く予定です。

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