ぼくの積極思考は彼女のために。
四月十五日。火曜日。
行事的には、この日はただの部活紹介がある日で、だけど、ぼくにとっては大事な意味をなす日だった。
もちろん、イエスかノーかの選択を彼女に委ねるという事。それは決断を下す方も勇気がいることだと、ぼくは思う。ただでさえ彼女は情緒豊かな女性なのだから。
部活紹介は五六時間目を通して行われ、彼女が所属しているサッカー部は、部活紹介の始まってすぐやるほうだろう。人気がある部活が先に行われるのは、一年生の頃の部活紹介で知り、吉川さんとのプリント作業でそれを思い出した。
授業中は告白のことを意識しないと時間はどんどんと流れてゆき、意識すると時間の流れが遅く感じた。それはきっと、朝に草加さんから聞いた計画が、完璧ではないが故の不安からだろう。
「川島さん」
いつも通りの時間に登校すると、小声でぼくを呼ぶ声が聞こえて、流れるように地学教室に向かうと、彼女がそこには待っていて、ぼく達は作戦会議を始めたのだった。
しかし、告白に完璧なものがないというのは当たり前で、だからこそ博打じみた物に頭を抱えなければいけなかった。
とはいえ、意識してもしなくても、時間の流れが遅く感じる授業がぼくの前に立ちはだかった。
四時間目、世界史。
「先生ね、男性だったら爽やかな人が好みなの。だからやっぱりスポーツやっている男性?そういうのに憧れちゃうのよね~。女子のみなさんはお分かりいただける?特にアメフトとサッカーかしら、マッチョなのもいいけど、バランス型もいいと思うし。でもね?男性諸君はそれで諦めちゃダメよ。
帰宅部でも、文化系の部活動でもそれぞれの個性が生まれてくると思うの。例えば帰宅部っていうのは、やっぱり自由な時間が作りやすいじゃない?その時間で己を好きなように鍛えることが出来るのよ?相手の好みに変えることもできれば、自分のオリジナルを作ることも出来る。頑張ってね、みんな。そーよ、やっぱり人間は恋をすべきなのよ~!
あ、問四の答えはヘンリー八世ね」
話が長いッ!
そして、雑談の割合が恐ろしい程多かった。
ぼくらの担任、七山教師は異性における好みの相違を一人で勝手に議論していた。そんな議論のせいで、教室にはまるで保健の授業の時のようななんともきまずい雰囲気が漂っていた。
なんだか気の抜ける先生だ。こういうのは逆に肩の力を抜いたほうがいいのかもしれない。
「ふぅ」
「あ、川島くん。真面目な態度で授業を受けろとまでは言わないけど、だらけた態度で受けるのは感心しないなぁ」
「ご、ごめんなさい。吉川さん」
「いや、そこまで真面目に謝れとも言ってないから」
苦笑しながら吉川さんは両手を左右に振った。そして、彼女は顔の向きを七山先生の方に戻し、自分で言っていた少しだらけた雰囲気を纏って、頬づきをした。注意なんかせず、ただそれを眺める。
「でも先生の言っていたことは納得いかないなぁ。恋愛って好みが合ってればうまくいく訳でもないと思う」
急に彼女が提示したその話題に戸惑いを覚えた。吉川さんにしては意外な話題だったし、なによりタイムリーな話題だからだ。
「へ、へぇ~」
聞いているのか聞いてないのか分からないような曖昧な相槌を打ちながら、気怠げな彼女に見蕩れる。憂いのような、何かを渇望するような、それが中途半端に混じって整理のついてない表情だった。
そんないつもは見ないような表情に見蕩れるぼくを一瞥もせずに、彼女はぼぉっとするように目を少し細め、滔々と続ける。
「恋愛って、本当に難しい。理解するのも難解だし、そもそもどこからどこまでって線引きをすればいいのかも分からない。誰かを好きになる事って、好きになった瞬間だけでは、それが正解かもわからないって本当に最悪だよね」
子供が駄々をこねるように、しかしそこには大人のような落ち着きが含まれていて、その狭間の感情の表現を抑えるように、彼女は唇を一文字に結んでいた。
「…………」
どう返答すればいいか、わからなかった。
ぼくが子どもなら、理解することにさじを投げればいいのだろうか。
ぼくが大人なら、何か気の利いたことを言えたのだろうか。
理解したかった。まずは吉川さんが言った言葉を反芻し、ノートに要点でも書いて、しっかり考えて、答えの選択肢を六つくらい用意して、だけど最後には鉛筆でも転がして決めたかった。
ぼくが何を理解したかったのかと問われると、単純な答えを言うならば、ただ好きな女子の事をもっと知りたいだけなのだ。
だけど複雑な答え、例えば大人に説明するような答えを用意するならば、それは小説家が書いたような筋道の通る、ごくごく普遍的な答えになりそうで、ぼくとしてはそんな正解っぽい答えを述べるのはまっぴらごめんだった。でも、好きな女子をもっと知りたいという答えも、ごくごく普通だなって思う。だから両方、ぼくの中では不正解。
ぼくが黙っていると、彼女ははたと表情を変えて、
「い、いやぁ、その、物思いにふけて、格好良い台詞を言いたい年頃でして……」
恥ずかしそうに頬を染め、自嘲的な笑みも少し漏らしながら話を打ち切った。
彼女の言ったことを理解することは、出来たかもしれないのだろう。過去の記憶とか漁れば、それはごく簡単に、辞書を使うみたいに、出てくる答えだったろう。そんな大事な事を、告白を控えたぼくならなおさらするべきだったろう。だけど、それはぼくにすることが出来なかった。
だって、ぼくはポジティブだもの。




