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ぼくの葛藤

 迷いは、いつもぼくの心の中にある。それは告白すると決めてからも。


 草加さんの前では気丈に振舞っていても、家に帰れば、迷いが勝ってしまいそうだ。


 言い訳をしようと思えばいくらでも出来る。明日という日が本当にいいのだろうか?明日、彼女は気分がいいのだろうか?気まずくしないよう、席替えしてからのほうがいいのではないだろうか?


 それでも、とそんな言い訳を認めるような逆接を使うが、ぼくは明日、絶対に告白したい。


 自分の弱さを認めない限り、自分は強くなれない。人はよくそんなことを言うし。

 だからこそか、言い訳の種はぷつぷつとぼくの脳内から処理できない速さで生まれ、自分への怒りや羞恥で悶絶しかねない。


 そして小さい頃は広く感じ、高校生になればちょうど良く感じていたこの部屋も、今だけはとても狭く感じ、同時に自分の矮小さを強いられていた。

ぼすっぼすっと鈍く柔らかい音が聞こえ、右手に少しの反発を感じる。枕に感情を押し付けても益体はない。理解していたが、形だけでも適応機制をしておきたかった。ぼくはただただ、やわらかい枕を殴り続けることに専念した。


なんとか種を脳内から撃退し、呼吸を整える。しかし次は背中から冷や汗が垂れてきた。なぜだろう、と考えても今だけは答えを出したくはなかった。冷や汗の理由、解なし。それでいいんだ。


「くっそぉ…………」

 力も、やる気も無い悪態が口を切ると、それは段々何かを帯びてゆき、口をついて出てゆく。


「なんでだよ……」


 言い終わるのと同時に、右手を枕に振り下ろし、力強く当てる。

 自分が現在どんな形相をしているか判らないまま顔を上げると、机に置いていたくまの人形と目があった。


 嬉しくない偶然。幸の薄そうな顔つきをしやがって。それはぼくを哀れみの目で見ているようで、余計に怒りがこみ上げてきそうになるし、なによりその顔を潰したくなる。だがそこで、何かがブレーキを掛けさせてくれるように、ぼくは一つ思い出した。


「そっか……、くま作って名前だったな……」


 テンプレートなネーミングだ。もっと考えて名付けようよ、草加さん。

 そう呟くと、また一つ思い出した。

 ぬいぐるみを渡す時見た、彼女の笑顔を。

 吉川さんの方が断然可愛いなんて勝手に決めたけど、案外本当に劣ってなかったのかもしれない。


 なんて。こんなモノローグ、草加さんに聞かれたらどんな顔されるか。

 そうだ。そうだったね草加さん。

 失敗すると思ってやるのが当たり前なんです!だ。


「……ありがと、草加さん」

「なーに恥ずかしいこと口走ってんだ、お前」

「うん、そうだね。確かに恥ずかしかもしれない。それでも──えっ⁉」


 左方向へ顔を向けると、何かをボールのように手で転がし、何食わぬ顔でぼくと同じようにベッドに腰掛けている姉がいた。必死で羞恥心を抑えるために、慌てて口を動かす。


「ね、姉さんっ!ノックとかしてよ!」

「ああ、確かにしてない」

「認めるの⁉」

「だけど、あたしは空気を読んでやったんだぜ~?ぐだぐだ言っている弟のためにな~」

「うっ」


 短く唸り、悪態をつきながら枕を殴っていたことを思い出し、正直にその行動を恥じる。だけど口は反省してなかったようだ。


「聞いてたなら止めてよっ!」

「あぁん?そーゆーのはなぁ、出しちまった方が良いに決まってるだろ。ま、八つ当たりは感心しないがな」

「反省してます……」


 ようやく口も反省の言葉を発し、枕を摩りながら、ぼくは俯く。


「っかーー!それにしても恥ずかしいね!やっぱりあれだったけ?高校生ってのは熱いパトスが迸っちゃう年頃だっけ?」

「…………」

「まあでも?あたしもその気持ちは分からなくもないぞ?確かにあたしも甲斐凛の二年生だった時は、けっこうやんちゃしてたしなー?」

「…………」

「やっぱり高二ってのは色々ヤっちゃう年頃だもんな。だぁーーはっはっは!下ネタかっつーの!」

「…………」

「つーか誰だよ!草加って!あーっはっはっは!本当に恥ずかしいな~!」

「…………」

「つまりお前は──」

「しつこいよ⁉どれだけぼくの羞恥心をエグれば気が済むんだよ⁉つーか何しに来たんだよ!」


 嫌がらせだよ!絶対単なる嫌がらせだよ!


「あー、そうだったな。ほれ」


 そう推測したが、実際は違うようで、姉さんはさっきまでボールのように手で転がしていたものを、ぽん、とぼくの方に放った。距離が近いので難なくキャッチすることができた。


「なにこれ?」


 キャッチしたものに視線を向けると、それはただの、コンビニで購入できる、未開封のシュークリームだった。

 再度姉さんに視線を戻すと、姉さんはばつが悪い表情で言った。


「あー、なんだ。その、この前はお前のシュークリームも食っちまっただろ?まあそれで、プリン二個を買ってきてくれた律儀な弟にお返しと思ってな?嬉しいだろ?」

「…………」

「お?やっぱり嬉しい?姉の心意気に惚れた?」

「今更だよっ!もうただのこじつけじゃん!一週間経ってんだよ!シュークリームはいらないから、さっきの事忘れてくれよ!」

「大丈夫、母さんには言わないから」

「陽子姉さんに覚えられている方がよっぽど心配だよ!」


 事あるごとにネタにされそうだもん!


「わーった、分かったよ。なるべくネタに、特に下ネタにもしねーから」


 するなよ⁉絶対に捏造なんかすんなよ⁉と心の中で叫ぶ。

 姉さんはすくっと立ち上がり、ずかずかと扉へと向かってゆき、部屋から出る瞬間、振り返り、「悠一、」とやけに真剣味を帯びた口調でぼくの名を呼び、言った。


「女に告るときは何も考えない方がいいぞ」

「…………は?」

「だから、女に告るときは何も考えない方がいいぞ」

「あ、はい。ご指摘ありがとうございます」

「いや、いーんだ。姉だしな」

「ははっ、って、えっ!ちょっ、姉さんなんで知ってるの⁉」

「うーん、女の勘ってやつかなー?鎌をかけたらまさか本当にそうだったとは」


 急激に顔の血液は沸騰し、言葉すら発せれないほど、恥ずかしい。家族に恋愛事情を知られるとは、とんだ不覚だ。もうぼくの羞恥心はずたずたにされた。今なら何をしても恥ずかしくないかもしれない。きっと、告白をしても。


「ま、気にすんな。あたしも悠一と同じ頃似たようなことがあったから」


 そう慰めるように喋り終えて(全然慰められませんでした)、姉さんは陽気にぼくの部屋から去っていった。

 その後ただただ呆然とし、気付いたときには手の中のシュークリームが、ずっと手の中で包んでいたからか、すっかり温度が変わっていた。

 そして、ぼくはぬるくなったシュークリームを開封し、一口だけ口に含むと呟いた。




「よし、何も考えずに告白するか」

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