ぼくの呼び出し
四月十四日。月曜日。
本日は快晴なり。朝からとても気温は高く、ぽかぽかした日和だ。なんだか高揚してしまうような、そんな天気。
今日は部活紹介の前日ではあるが、あれ自体それほど大袈裟でも、重大なイベントでもなく、終わってしまえばすぐ忘れてしまうような行事である。現にこの前のユニフォームを運ばせてもらった日以来、これといった仕事はしていない。つまり前日でも、当日でも、別に早く学校にくる必要はないのである。
いつも通りの時間に登校すると、やはり教室内は騒がしく、クラスメイトの雑談などが響いている。
素知らぬ顔をして、自分の机に向かう。席替えをして六日が経ったが、未だにこの行動に慣れが訪れない。今まで自分がどういう風にして、机に座っていたかなんて意識してなかったので、せめてもの羞恥を誤魔化すために考えられた行動がこれだ。
結果、とりあえず怪しまれてはいない。
そぉっと、視線を動かして彼女の姿を盗み見る。彼女、もちろんこの言い方は代名詞で、決して恋人である女性という意味ではない。その彼女というのは、もちろん吉川さん。隣の席の女子生徒。ぼくの好きな女の子。
見ると、吉川さんは草加さんの席にもたれるようにして、その席に座っている草加さんと楽しげに会話していた。
素知らぬ顔を続けて机に鞄を置き、着席する。このクラスにも一年生の時からの知り合いはちらほらいて、朝なんかは雑談をしたりするが、今日はこちらから出向くことはせず、頬づきをしながら耳を澄ます。もちろん、彼女の声に。
「つまり理系と文系の対立が絶えないのと同じように、インドア派とアウトドア派も同じように争ってるってことだね」
「はい。とても無駄な行為だと思うんです。どちらもいいところはあるのに」
「そうだね。あ、ちなみに私は文系なの」
よっしゃ。ぼくも文系。好きな子と共通点があるとなんか嬉しいよね。
「あ、私は理系です」
へぇ、ふーん。吉川さんが述べたように、草加さんも自分の立場を補足する。
「あ、そうだったんだ。それでね、私サッカー部のマネージャーさせてもらっているけど、運動部に所属しているからといって、サッカー一筋ってやつはそうそういないの」
「まあ、それはそうでしょうね」
それはぼくも同感だ。というよりほとんどの人がそんなもんだろう。高校生にとって何かを捨てることは、苦痛に等しい。
「それでもやっぱり私はアウトドア派だな~」
「その考え方がおかしいのです」
「どういう事?」
「自分をそういう風に決めつけるのは早計だと思います。だから戦争が起こるんだと思います」
なんの脈絡もなしに、彼女は言った。スケールが大きくなってるよ?
「…………」
ほら、吉川さんが黙っちゃったじゃん。この雰囲気が教室に伝播したらどうするんだよ。
そう危惧したが、
「は~い。みんなおはよ~♪」
という掛声と共に入ってきた担任によって話は打ち切られ、どうやらぼくの考えは杞憂だったようだ。
吉川さんは前を向き、元気な声で号令をかける。うん、これが普通の吉川さんだ。
それにしても、どうやって草加さんにあれを伝えよう。
この日、ぼくは草加さんに伝えたいことがあった。それはぼくにとって言うは易く行うは難しで、人気のあるところで話すわけにはいかない内容だった。ましてや、好きな女の子の隣で。
そして草加さんをどうやって人気の無いところへおびき出すか。それが問題だ。ところで人気の無いってなんかエロいよね。いや普通にエロいですけどね。
その方法を模索しているうちにどんどん時間は過ぎてゆく。そんなに都合よく時間が経ってくれるわけではなかったが、それでも隣に吉川さんがいるという幸せも相まって、いつもより時の流れが早かったのは確かだった。
時刻は昼休みに当たる時間となり、今に至るまでに方法を一つしか思いついていない。その方法は、普通に話しかけること。
いや、でもなー。男子が女子を人気の無いところへ呼ぶってなー。なんかヤル気ありそうだもんなー。なにかのレッテルを貼られそうだもんなー。なにか、こう……偶発的な出会いがいいんだけどなー。
そう心の中で、愚痴をこぼしていると、突然背中に衝撃が加わり、少し前のめりになる。
驚き、振り返ると、
「よっ」
気勢のいい声で軽く手を挙げて笑う爽やかな奴が立っていた。
「あ、葵」
「おう」
「今日は来るのが早いね」
実際昼休みが始まって、まだ数分しか経っていない。普通は部活の用事があったりして、昼休み中盤に来るのだが。
「ああ、さっきの授業が世界史でさ。えっと、なんだっけ。七山?あの先生、『今日やる範囲は終わったから~』とか言って最後の一、二分くらい前に授業を終わらせてくれてさ。それに今日は特に用事もないからな」
「あー、そうすか」
あの教師、全然積極的に仕事しないな。
「ん?葵。さっき社会って言った?」
「あ、おう」
なるほど。世界史、授業か……。これは使えるな……。
「葵。先に弁当食べてて」
「いいけど……。何か用事でもあるのか?」
聞かれ、その質問は今ぼくがやろうとしている事と合致していた。大きく息を吸い込み、教室に響き渡る音量で叫んだ。
「あー、ぼくは地学倉庫に用事があるんだったー!」
教室にいたほとんどの生徒が肩を震わした。まあ突発的にこんな事をすれば誰だって驚くよね。なんだか棒読みっぽくなってしまったけど、やることはやった。これで彼女が気づいてくれるかどうかは賭けだ。
「いや、俺たちが今習っているのは、世界史だろ……」
唖然とする葵が冷静に指摘する。そんな彼を、
「じゃ、急ぐから」
とかわして、ぼくは地学倉庫へ向かった。




