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ぼくのひねくれ恋愛論

 映画館に入ると、薄暗い照明が室内を覆い、ある種騒がしいが落ち着いた雰囲気を感じる。それに、ジャンクフードの匂いだろうか、それが鼻腔をくすぐる。


 葵と吉川さんをぼく達は隠れるようにして見ていると、二人はなんだか話し合っているようだった。そして吉川さんを観察していると、心なしかいつもより数倍くらいきびきびとしている気がする。


「ねえ、これからどうするの?」


 視線は動かさず、隣の同士に話しかける。


「もちろん、尾行は続けますよ」

「え、劇場にも入るの?」

「はい。そのつもりですが」

「ま、まずいよ。二人にバレたらどうするの」

「一番後ろの席に座れば大丈夫ですよ、きっと」


 ぼくの忠告もむなしく、草加さんは堂々と、しかし人目をはばかる事を忘れずに二人に接近した。


 声を出して注意しようにも、声を出したら二人にも聞こえそうなほどの距離だったので、仕方なく見守ることにする。


 ほどなくして、二人は姿を消し、代わりに小走りで草加さんが戻ってきた。手には二枚の紙を持って。


 それをぼくに差し出し、彼女は言った。


「どうぞ。一番後ろの席で、真ん中辺りです」


 手渡されたものを見ると、それは映画のチケットだった。なるほど、劇場に入るのは本気のようで、先ほど購入してきたらしい。それを悪く思ったぼくはポケットの中を漁る。


「ごめん。いくらかかった?」

「あ、お金は大丈夫です」

「え、なんで?」

「川島さんはこの尾行でしっかり彼女を観察して、これからの行動に生かして、結果をだしてくれればいいだけですから」

「お願いします。お金を払わせてください」


 告白というものを婉曲した表現で勧めてくる彼女に、ぼくは全力で懇願する。その言葉を聞かなかったかのように、彼女はその言葉を無視し、ぼくに一つ尋ねた。


「まだ告白する気はないんですか?」

「ないよ」


 それに対して、即答。そして、少し間を空けて続ける。


「お金を払いたい気持ちに反比例してるほどね」

「……そうですか」


 残念そうな顔をする草加さん。そうだ、この機会に聞いておきたかったことを聞いておこう。


「ねえ草加さん」

「はい」

「なんで告白しなきゃいけないの?」

「…………」


 しばし、沈黙。そして唖然としていた草加さんが口を開いた。


「は?」

「いや、だから、なんで告白しなきゃいけないのって」


 ぼくがもう一度繰り返すと、彼女は「えっと、それは……」と戸惑っていたが、言葉をまとめたのか、顔を引きしませ、なんだか真面目な顔つきになった。


「好きだから、でいいんじゃないんですか?」

「でもぼくは一位なんだよ?幸せなんだからそれでいいんじゃない?」


 そう反論すると、彼女は呆れた顔つきに変わり、ため息を一つ吐いた。


「鈍いですね。幸せだけが感情じゃないでしょう?」


 困ったような表情。それはどこか達観しているような、懐かしんでいるような、そんな表情だった。


「そりゃ、そうだけど……」

「たとえ幸せでも、がんじがらめにされる時があるんです」

「えっと、それは体験談?」


 なんだか含みのある言い方だったので、ぼくはそう聞いた。まあ、がんじがらめの意味ってぼくはよく知らないんだけど。

 すると草加さんはぼくに嘲笑的な視線を送りながら、小さく頷いた。


「そうですね。きっと現在進行形です」


 草加さんが言い切ると、彼女は身を翻してつかつかと劇場に向かった。




 こそこそと、人目をはばかるようにして劇場内に入り、指定の席に座る。一番後ろの席なので、画面は遠い反面、ゆったりと観れるだろう。それにここからだと、葵と吉川さんの姿も確認できた。二人は中程の席に座っていて、一方的に吉川さんが葵に話しかけているようだった。……いいなあ葵。ぼくが出来なかったことを平然とやってのけてるよ。そこに痺れる憧れ──


「あ、始まりますよ」


 草加さんの声がぼくの思考を遮るようにして言いながら、画面を見やった。


 徐々に視界は暗くなり、少しして映像が流れ始める。


 それはジャンルでいうなら、ラブストーリーと位置づけるのが適切で、それ以外のジャンルにすることは不可能なくらい純度の高いラブストーリーだった。

 内容はテンプレートのようでいささか退屈だった気もするが、しかし恋愛というテーマはいつまで経っても人間の興味をそそるもので、面白くなかったと言えば嘘になるかもしれない。


 何故なら、ふと上映中に右隣の草加さんを盗み見ると、なかなか興味津々に見ていたから。やはり女子は恋愛モノが好きなのだろうか。いや、ぼくもそれなりに興味はあるけど。


 まあ感想としては、恋愛というものは伏線がないもんだな。以上。



「いやぁ、面白かったですね~」


 葵と吉川さんが出て行ったのを見計らい、少し遅れて出ると、開口一番、そんな感想を草加さんは漏らした。


「ああ、うん」


 適当に相槌をうってやり過ごす。こんな嬉々とした表情をしている人に、「そうでもなかったよ」と言うほど、ぼくは悪い人間ではないのだ。


「だけど、目的は二人の尾行って事を忘れてないよね?」

「も、もちろんですっ」


 ぼくが確認すると、草加さんは声のトーンを少し上げて同意した。彼女の表情を見て、忘れてないか確認してみたが大丈夫なようだ。


「さて、次はどこに行くんだろう」

「次、ですか……。あっ」


 ぼくが呟くと、彼女は急に何か思い出したような顔、そして焦りを伴った表情をして言った。


「すいません。私用事があるので帰っていいですか?」

「えっと、何か用事が?」

「ええ、まあ」

「そう。ならここでお別れだね」

「はい。川島さんは尾行を続けるんですか?」

「いや、草加さんが帰るなら、ぼくも帰るよ」

「そうですか、もったいない……」


 いかにも残念そうな顔をする草加さんを一瞥したあと、葵と吉川さんを見やった。


「ま、そういうチャンスはまだあるよ」

「そうですね、では」


 草加さんはそう言うと、会釈して葵と吉川さんとは別方向の出口へと小走りで向かっていく。


 ぼくはそれを彼女が出て行くまで見届け終えると、足を動かした。

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