ぼくのデート(?)
木曜日と金曜日、そして土曜日は何事もなく過ごした。いや、なにもなかったってわけじゃ無いんだけど、これっといって吉川さんと発展があったわけでもなく、草加さんに話しかけられることもなかったのだ。
草加さんを時々盗み見ると、彼女は難しい顔をして考え事をしていることが多かった。多分、二つ目の課題を考えているんだろう。そしてその考える時間はぼくに告白のことを考えさせる時間にもなった。
好きな人の隣で好きな人のことを考えるというのは、いささか変な感覚を覚えたけど、正直すごく精神力を要することだと後々理解することができた。告白する、と考えただけで感情はすごく揺さぶられ、とても危うく、破滅的なほど、二文字の好きという言葉が脳内を占領するだけだったからだ。
成功するか、失敗するか、脳内で告白をシミュレーションしてみると、必ず成功してしまう。想像しているのだから当たり前だが、それでもその結果はありがたく感じられてしまう。
それを偶然ではなく必然として本当に受け取ってしまいそうな気持ちを抑え、何度もシミュレーションを繰り返す。まあこんなものを想像して、彼女と話すことに慣れることが可能という訳ではないが、やっぱり少し告白のことが気にかかったので、授業中一人で始めてしまっていた。いわゆる妄想、である。
しかし、彼女の隣にいるだけで幸せな気分になれるぼくが、何故告白までしなければいけないのだろうか。草加さんに聞いてみたくなった。隣の席にいるだけで一位を取れているんだから、それ以上を目指す必要はあるのだろうか。今の彼女は難しい顔をしていて話しかけられる感じの雰囲気ではないが今度機会があったら尋ねてみよう。
まあシミュレーションなんてしちゃったけど、今のぼくに告白をする気なんて、告白する勇気と同じくらいになくて、あるのはただただ彼女への愛である。愛って、ちょっと自嘲気味に使ってみた。高校生が使っていい言葉じゃないよな、愛って。使うとなんとなく罪悪感が生まれ、まるで自分が逆に誰も愛していない気分になる。
そんなことばっかり考えてたせいか、草加さんの考えていた二つ目の課題ことは頭からすっかり離れており、そのことが頭に入ってきたのは四月十三日、日曜日のことだった。
昼過ぎ、草加さんからメールがきた。その内容はとてもシンプルなものだった。
『至急、甲斐凛駅まで!』
「今度は短いな~……」
そう部屋で一人呟き、文面から目を離した。
甲斐凛駅。学校の近くにあり、甲斐凛学園生徒の窓口ともなっている場所である。交通の便がいいためか、さまざまな店が並んでいて、近辺で買い物を楽しむなら、まず甲斐凛駅があげられるだろう。
日曜日、晴天の休日、そんなお出かけ日和に草加さんからメールが届いた。前回みたいな長文を送られても困るが、今回みたいなコミュニケーションすらないできない文章、いや、命令をされても困る。もっと女子と会話やメールを楽しみたいという欲求が満たされなくて困る。こういうちょっとした努力が吉川さんとの円滑なコミュニケーションへの道のりだとぼくは思うんだ。
まあそれはともかくこのメールはどういう意味なのだろうか。甲斐凛駅に来いというのはわかるが、駅もそれなりに広い、闇雲に草加さんを探そうとしても日が暮れるだけだ。……とは言っても、目星はついているわけなんだけど。学校の近くにあるんだから、ある程度若者が集まる場所くらい把握しているのだ。
呼ばれたので行く、とは随分シンプルな理由だが、行く理由を考えるよりは、彼女のメールで初めて見た、感嘆符、エクスクラメーションマークが文面についた理由を行って聞いたほうが早そうである。
肌寒い季節に合わせた暖かい服装にして、ぼくは駅に向かった。
「あ、川島さん。こっちですこっち」
目標としていた地点に着いた瞬間、ちかくの茂みからひょっこりと現れた彼女、草加雛子さんは音もなく手招きをしながら、小声で僕の名を呼んだ。
至急とあったので、とりあえず走ってきたわけだが、草加さんを見やると、彼女自体に緊迫した雰囲気はなく、逆に「隠密行動してます」という雰囲気が醸し出されていたので、ぼくもつい摺り足で彼女に近寄り、小声で尋ねた。
「なんでエクスクラメーションマーク付けたの?」
「すいません。質問の意図が解読不能です」
「ええと、呼んだ理由はなに?」
「ほら、あれです」
言いつつ、手で前方を指し示す草加さんを尻目に、ぼくも視線を前方へと移した。
驚愕の光景とまではいかなくとも、それはある程度驚きのある光景だった。
「葵が、……なんで吉川さんと?」
目の前に広がる光景、それは葵と吉川さんが駅で一緒に歩いているというものだった。その二人をまじまじと見るぼくに、草加さんがいきさつを教えてくれた。
「えっと、ですね。私が買い物しに駅まで来ましたら、その帰りになんと二人を見つけたのでしたー、あらびっくり」
芝居じみたこの場の雰囲気にあわない口調で教えてくれた草加さんに、少し呆れた気持ちを抱きつつ、意外と対したことのないいきさつに安堵し、なんとなく、ぼくは別の視点で質問した。
「はーなるほど。それで、何を買ったの?」
と言ったが早いか、ガラリと顔色を変えた草加さんは嬉々として語りだした。
「一言で言えばゲームなんですけどね。しかし私は思うんです。そんな一言で終わ
らせていいのかと。言い換えればこれは戦場を買ったようなもんですよ。ゲームシステムが私好みっていうのもあるかもしれませんが、それでも秀逸なBGMやSEはたくさんの人が認めてくれると思いますよ、きっと。それにこれは他のものに比べれば、重量感あるゲームでして、シリーズ全般に見られるテーマ、そう【命】です。それを深く考えさせられ──ハッ!」
「おかえり」
我に返った草加さんを暖かく迎えてやると、ぼくの律儀な行動に反して、彼女は頬を染め、そっぽを向いてしまった。正確には葵と吉川さんに視線を戻したのだろう。仕方なく、ぼくもそれに倣い、ゆっくりと視線を二人に向けた。
「それにしてもなんで葵と吉川さんが一緒にいるんだろうねー」
さきほど抱いた疑問を再度、今度は草加さんに話しかけるようにして、呟いた。
「だから、さっき説明したじゃないですか」
「いや、そういう意味じゃなくて。普通は用事がないと、会わないでしょ?」
「まあ……、そうですね」
ぼくの意見に小さく頷きながら、肯定する。そしてその理由をぼくは推理し始めた。数秒後、
「そうか、わかったよ!」
つい大きな声を出してしまったが、葵と吉川さんは少し遠くにいて気づいてはおらず、ぼくは一つの可能性を思いついた。
「きっとぼくの誕生日プレゼントだっ!」
「曲解してますね……」
呆れた調子で言う草加さんを見て、ぼくは補足説明をする。
「ぼくの誕生日が四月二十二日なんだって。だから、さ?あると思わない?」
「思いません。恐ろしいほどポジティブですね。というか誕生日は四月二十二日なんですか。メモメモ……」
「いや、なんでメモする必要があるの」
「なっ、なんとなくです!……と、とにかくっ、その可能性は皆無ですっ!」
顔を赤らめながらばっさりと切り捨ててきたが、他の可能性を示唆させる言動を二人は行っておらず、草加さんと意見が食い違い、対立する。
「いやいや。このあと二人で何かしらのお店に行って、ぼくへのプレゼントを……」
好きな子に選ばれるプレゼント……、そしてそれを知らないふりして受け取る偽りの好青年、……なんてドラマチックなんだ!
「あ、映画館に入りましたよ」
茂みから顔を出し、二人を目で追う草加さんの声を聞き、素早く体を動かす。木々の隙間から、確かに映画館のほうへ向かう葵と吉川さんを確認できた。
「ほ、本当だ……」
自分の推理が外れたことに少々傷つき、少し気落ちした声が漏れた。それを意味ありげな視線で送る草加さんに気づくと、彼女はさっと目をそらし、口を開いた。
「さて、追いましょうか」
追随の意思を見せる草加さんに、ぼくは首を捻る。
「うーん、別に追う必要はないんじゃない?」
「なんでですか?続きが気にならないんですか?」
「いやー、ちょっと……、なんというか……、同年代で……、しかも好きな子のプライベートを覗くというのはいささか恥ずかしいというか……」
「何言ってるんですか。こんなに同年代の女子に近づいて」
「へ?」
草加さんに言われ、気付く。ぼくと草加さんは頭を連ねるようにして、しゃがんでいた。確かに近い。彼女のパーソナルスペースは狭い方なのか。それでもこれだけ同年代の女子に近づいたら、十分失礼にあたる距離だった。
「ご、ごめんっ」
慌てて立ち上がり、その場から少し遠ざかる。
慌てて行動してしまい、少し拒否感を抱いていると思われてしまうと思ったが、幸いそう感じる様子はなく、安堵する。
「いえ……、別に構いませんが」
安心したとは言っても、彼女の口調は少し尖ったようにも聞こえた。男子の行動としては褒められたものじゃないし、きちんと行動を改めないとな。
距離をとって草加さんを見ると、彼女は黄緑色を基調とした暖かそうなワンピースを着ていた。それを見ると、女子の慣れない格好に照れてしまい、つい声が漏れてしまった。
「同年代の女子の私服ってのも、うん、なんかいいね」
「私に見蕩れてどうするんですか。早く追いかけましょうって」
「いや、別に見蕩れてはないんだけどね」
「…………ばか」
「ごめんなさいとりあえず訂正します」
「とりあえずは余計です」
行動をきちんと改めないとね。ちょっとニュアンスが違ったけど。
不機嫌そうな顔になりながら、草加さんは立ち上がり、葵と吉川さんを追いに映画館へと向かい、ぼくも草加さんに促されるように少し遅れて後を追い始めた。




