ぼくの隠蔽工作
「よしっ。このくらいでいいかな?」
「うん。ありがと。けっこう体が楽になったよ」
礼を言いつつ立ち上がり、肩を数回ぶるんぶるんと振る。ダンボール箱を両手に抱えていた時と比べ、とても肩は軽くなり、例えるならさっきのダンボールを抱えてもう一往復できそうなくらいだった。
部室内の窓を覗くと、空は茜色に染まっており、外のサッカー部員はシュート練習をしているところだった。
「それじゃ私は部活に参加してくるから。じゃあねっ」
「マネージャーの?」
「うん」
「そう、頑張って」
ぼくがそう言って話を締めくくると、吉川さんは勢いよく部室を飛び出し、グラウンドへと向かっていった。
「それにしてもこの部室はほんとに臭いですね。ゲロ以下の匂いがします」
背後から声がかけられた。鼻声だった。
「違うよ。部員全員の汗と努力、柑橘系が融合した匂いなんだよ」
失礼な物言いをする草加さんを諭すように訂正する。
「聞こえはいいですけど、本質は臭いままですからね」
「うん。ぼくもそう思った」
苦笑しながら振り返り、応じる。見ると草加さんは鼻をつまみ、手をパタパタと振っていた。きっと吉川さんがいるときは我慢していたんだろう。う~ん……やっぱり女子って裏表はあるのか……。それじゃあきっと吉川さんにも……。いや、それはないな。勘だけど……。
「それじゃあ、帰りますか」
話しかけるように呟くと、草加さんは鞄を手に取りそそくさと部室から退場した。ぼくもそれに倣い、部室から出ていく。部室は誰もいなくなったわけだけど鍵とかはかけなくてもいいのかな?吉川さんに聞いたほうがいいかな?
そんなことを考えながら立ち往生していると、背後から草加さんが声をかけてきた。
「どうしたんです?」
「いや、部室はどうしとけばいいのかな~って思って」
「吉川さんに聞いてくればいいんじゃないんですか?」
振り返ると草加さんと目があい、その目が促してくる。男なんだから行けよ。って感じに。いや、でもそれは男女差別でしょう。それにぼくが吉川さんと会話できないの知っているのに。男子代表として一緒に聞きに行くことを目で訴えます。
「…………」
「…………」
「……行くよ。行きますよ。行けばいいんでしょう」
負けました。
思わずため息をついて、夕空を仰ぐ。雲はほとんど見えず、綺麗な夕日も見ることが出来た。
視線を戻し、グラウンドへとゆっくりと足を踏み出した。
それと同時に「きゅーけーいっ」という疲れたサッカー部員には癒し効果があるだろう声が聞こえ、グラウンドを眺めると、サッカー部員の方々は吉川さんと他のマネージャーらしき女子生徒の近くへ集まって行った。なんだマネージャーは吉川さん一人じゃなかったのか。安心した。
運動部の休憩というと、水分補給をしたりタオルで汗を拭いたりするのだろう。マネージャーは彼らにドリンクを渡したり、タオルを渡したりするのが仕事。というのがぼくの予想。
まあ予想とは言っても、現にそうし始めた訳だし、忙しいとは思うけど吉川さんに聞いてくるか。
「あれ、もう聞いてきたんですか?」
戻ってくると、鞄を手に、ふらふら、ぶらぶら、どちらを形容すればいいか分からない状態で部室付近を歩いていた草加さんに聞かれ、適当にあいづちを打つ。
「で、部室はどうすればいいって言われました?」
「ああ。えっと、そのままでいいって」
「では帰りましょうか。私から話したいこともありますし」
「へー」
再度、適当な相槌。
「むっ。吉川さんと話してきた割には幸せそうじゃありませんね」
「そんなことないっ!そんなことないよっ!」
「うーむ、確かにまだトップ独占しているってのが証拠ですよね」
そう言って彼女はぼくを凝視した。数秒間、ぼくを見つめたあと、彼女は自分の目を、自分の能力を信じたのか、ぼくから目をそっと離した。
校門を抜け、ぼくと草加さんはちらほらと下校してゆく生徒の一組みになる。
「さっきは大変でしたね~」
少し後ろを歩く草加さんが嘲笑を含むような口調で、呟きに似たものを発したので歩調を緩める。
「さっき?」
「いやぁ~、肩もまれて嬉しかったんじゃないんですか~?」
「もちろんっ!」
「正直に言われるとなんか引いちゃいますね……。なんかもう手のつけようがないって言うか……」
一言多いよ。
「で、どうだった?吉川さんの行動に他意はあったの?」
目にする人物の幸せ順位が分かるんだ。肩をもんでいる吉川さんに他意があったなら、順位の変動が目に見えるのではないだろうか。
「まあ川島さんの言う他意を追求することは保身のためにしませんが、結論から言うとなかったですよ、他意」
「そっか、そりゃ残念」
「当たり前じゃないですか。二日で恋が芽生えたら吉川さんはビッチ確定ですよ」
「彼女はビッチじゃないもん!」
「そうですね。他意がないのでビッチじゃないですね」
「じゃあ彼女はビッチなんだ!」
「支離滅裂ですね」
目を細めながら言い、歩道をゆっくりとマイペースで歩く彼女を横目に、さっき言ったことを心の中で訂正しておく。吉川さんは痴女なんかではございません。
「ところで話は変わりますが」
「え、うん」
なんだろう。そもそも共通の話題が吉川さんについての考察な訳だし、それ以外の話題って特にないしなあ。そんな疑問を胸に抱いていると、草加さんは驚くべきことを発した。
「告白しないんですか?」
「んグッ!」
言葉を呑もうとしたら、動揺してしまい、変な音が出てしまった。
「まだした事ないんでしょう?でしたらまずは当たってみるのが得策だと思ったんですが」
言葉を練る時間すら与えずに、彼女は続ける。
「どうでしょう。部活紹介が終わったあとにでも。お互い委員長なんですし、時間は作れるんじゃないでしょうか」
「部活紹介って……もう一週間をきってるじゃん!」
今日は九日水曜日。部活紹介は十五日の火曜日。あと六日しか残ってない。吉川さんに会う機会はもっと少ないからもう全然余裕がない。
「そうですよ。一発勝負ですよ!」
「いや、一発勝負って……」
いざ彼女と面と向かって告白するのを想像すると、言いようのない恥ずかしさに見舞われる。
「失敗すると思ってやるのが当たり前なんです!」
確かに一理はあるけど。腑に落ちないというのが一番の感想だった。告白はそんな優しいものじゃないと思うから。
唸り続けていると、草加さんはため息を一つついて、
「まあ考えてみてください」
と言って告白の話を打ち切った。
それからしばらく沈黙が続き、歩いていると周りの景色も都会っぽさを失ってゆき、おだやかな郊外の分かれ道に出た。
「ぼくは右だけど……、草加さんはどっち?」
「残念ですが、左です」
尋ねると、そう言って小さく左を指差す草加さん。
「じゃあここで、お別れだね」
「はい、考えておいてくださいね」
「うっ……」
まだその件を引きずっているとは思わなかった。低い声が喉から出る。
「はは……、考えておくよ」
「では」
小さく会釈して、左方向へ歩いていく草加さんを少し見守ったあと、ぼくは同じように倣って右方向へ歩き、プリンを買いにコンビニへと向かった。
プリンを買いに行く。そう言い訳して逃げるつもりだったけど、口から出てきたのは「考えておくよ」という前向き思考な発言だった。それがぼくには、自分でもわからないけど意外だった。
姉に渡すためのプリン(二個)を購入したあとも、家に帰ったあとも、そのことはぼくの頭から離れなかった。




