page17「同級生」
「じゃあ、今朝発見された沢良木七海さんと、今回遺体で見つかった吉田咲さんは、どちらも陽子ちゃんの中学時代の同級生ということで、間違いないのね」
里奈の質問に、陽子は黙って頷いた。俯き加減な表情だけで、かなりのショックを受けていることがうかがえる。
今日の夕方、隣町の七女市で殺人事件が発生したという通報が入った。女性が腹部を刺されて、市内の公園の茂みに放置されていたのだ。
所持していた健康保険証から、被害者が市内に営業所を置く物流業者の事務員、吉田咲、十八歳であることが発覚した。司法解剖はこれからとのことだが、検視から傷口がおそらく肺にまで届いていること、被害者が七海と同年代で女性であることなどから、沢良木七海の事件と何らかの関連がある可能性が高いとして、夢見署にも情報共有が行われたのだ。
そのことを先ほど愛流に電話で報告している時に、新たな事実が発覚した。その二人は、陽子の中学時代の同級生であったのだ。
こんな偶然があるのか――里奈は驚きながらも更なる情報を求め、こうして九十九と共に喫茶「私生活」に飛んできて、陽子に事情聴取を行っている次第だ。
被害者二人の写真も見せてみたところ、陽子は間違いないと答えた。これによって、少なくとも被害者二人の共通点はハッキリしたということだ。
「あんたは、この二人とクラスメイト以外にどういう関係だった?」
背後から九十九の声が飛んできた。高圧的な声量に圧を感じたのか「どうと言うのは?」と言った陽子の声は震えていた。九十九は気怠そうにため息を吐く。
「沢良木七海や吉田咲とは仲が良かったのか、もしくは悪かったのか。あるいはこの二人はいつも吊るんでいたのか」
「私は、二人とはそんなに仲は良くありませんでした。同じクラスではありましたが、挨拶をするぐらいで、それ以外の会話はほとんどしていませんでした。ただ、沢良木さんと吉田さんは一緒にいることが多かったです」
顔を上げないまま陽子は答える。九十九がさらに何か聞こうと口を開いたが、それを愛流が手を上げて制した。そして膝をつき、陽子の顔を覗き込む。
「七海ちゃんと咲ちゃんは、いつも二人でいたのかな? それとも三人とか四人とか、不ループで動いていた?」
「えっと――」
「焦る必要はない。ゆっくりと、冷静に思い出していけばいい」
愛流が陽子の肩に触れ、なだめるように優しく叩いた。陽子はゆっくりと頷く。心なしか、表情がわずかにほぐれたように見えた。
こういう時に愛流がいて良かったと、里奈はつくづく感じた。
九十九の言動は、相手を思いやる要素が一切ない。ただ淡々と、聞きたいことを言っているという冷たさがある。
対して愛流は、下手に高圧的な態度を取っても、それが上手くいかないことをよく知っていた。もし焦らせれば弱りきった陽子への負担は大きくなり、スムーズに話をさせることもできない。
一度は事件を通して共に行動した間柄というのも、少なからず関係しているのだろう。それによって、信頼関係ができあがっているのだ。
「二人、だけではありませんでした。いつも三人で行動していました。あくまで中学二年の時だけで、一年や三年の時は、三人で一緒にいるところは見たことありません」
「三人、か」
愛流が復唱しながら首元を触った。もしかしたら次の被害者は、そのグループの最後の一人かもしれない。
里奈の中で、そんな漠然とした不安が大きくなりつつあった。それは里奈だけではないはずだ。
愛流も陽子も、神妙な顔つきをしている。里奈と同じことを考えているだろうことは、聞くまでもなかった。
「その三人目の名前って覚えている?」
「はい。大平理香という名前でした」
愛流がこちらを真っ直ぐ見つめてくる。里奈は黙って頷いた。
安田に報告し、大平理香が現在も無事なのか、今後警護をつける必要があるか、相談する必要がある。
「あの、つまり、次に襲われるのは大平さんっていうことなんですか?」
ズボンを握りしめながら、陽子が訊ねてきた。愛流は首を横に振り「まだわからない」と答える。
「正直、可能性はあると思う。だけど確実なことは言えない」
「そう、ですよね」
「陽子ちゃん。その中学で、何か変わったことはなかったかい?」
愛流の問いかけに、陽子は何も答えない。ただ肩を飛び上がらせた。
それは明らかに、心当たりがあるという反応だ。
「君が中学二年生の時のクラスメイトが、立て続けに襲われた。これを偶然で片付けることはできない。もし心当たりがあるのなら、話して欲しい」
愛流は膝をついて陽子を見上げながら、あくまで優しく語りかける。陽子は数秒の間を置いてから「あります」と弱々しく答えた。
「二年生の夏――つまり五年前のこの時期に、自殺した女子生徒がいます」
「その子の名前は?」
「加藤舞優――私の、当時の親友でした」
そう言った陽子の瞳からは、涙がこぼれ落ちた。里奈は驚きつつも、声を上げそうになるのを何とか我慢する。
陽子のクラスメイトの一人が自殺していたという話を、今初めて知った。もっともこのような話、軽薄に他者に話せる訳がないのだが。
「自殺の原因は?」
「私にもわかりません。いつも一緒にいましたけど、何か相談されたこともありませんでしたし、弱っている姿を見たこともありませんでした。でも――」
陽子がそこで言葉を詰まらせた。呼吸が乱れ、目が右に左にと動き回る。
何か異常が起きていることは明らかだ。里奈は立ち上がり、陽子に歩み寄ろうとした。しかし愛流が手を上げて制し、陽子の背中を擦る。
「大丈夫、大丈夫だから」
陽子の手を握り、愛流はあくまで優しく語りかけた。その影響が働いてなのか、陽子の呼吸は徐々に落ち着きを取り戻し、目の焦点も定まってくる。
「ありがとうございます」
一度深呼吸した陽子が、愛流に礼を述べた。愛流は黙って頷き、軽く笑ってみせる。
里奈は安堵のため息を吐いた。ストレスがピークにまで達し、過呼吸の一歩手前の所まで悪化したのかもしれない。しかし愛流がそれを宥めてくれたおかげで、何とか事なきを得た。
里奈にはできないことだ。この二人だからこそ、何とかなったのかもしれない。そう考えると、陽子を探偵助手として働かせることに反対している里奈としては、今後どうすれば良いのかと、つい考えてしまう。
――今は、それどころじゃないか。
里奈は軽く首を振り、スマートフォンを手に取った。加藤舞優が自殺した事件について、インターネット上に何か記事があるかもしれない。
「話せるかい?」
「はい。おかげさまで」
陽子は弱々しくも頷いた。そして俯きながら口を開く。
「さっきも言ったように、舞優がどうして自殺したのか、それはわかりません。ただ、その状況はひどいものでした」
陽子の話を聞きながら、里奈は「七女市 中学生 自殺」と検索した。すると「七女市内にて女子中学生の焼死体発見」という五年前の記事が検索結果の一番上に表示された。時期も七月であり、陽子の話と一致する。
「舞優は、自分の身体を焼いて死んだんです」
「つまり焼身自殺だったって訳か」
「はい。河原で焼けた死体が見つかって、それが舞優だったって言うんです。その日は舞優が無断で欠席して、何かあったんじゃないかって心配していたんですけど、まさか――」
陽子が言葉を詰まらせる。自らの肩を抱き、震え出した。
さすがにこれ以上喋らせるのは限界だ。愛流もそう感じたのか「よく話してくれたね」と陽子を優しく抱きしめる。
里奈は今にも壊れてしまいそうな陽子の姿に心臓を鷲掴みにされたかのような辛さを覚えた。しかし何があったのか、より具体的に知る必要がある。
スマートフォンの画面に表示された記事に目を向ける。そこには次のような内容が記載されていた。
〈十五日の朝、東京都七女市の河川敷にて、通行人から焼かれた人が倒れているという一一九番通報があった。近くに落ちていた学生証から、死体は市内に住む女子中学生の可能性が高いと見られている。女子中学生の自宅には遺書と見られる手紙が置かれており、警察は自殺と見て捜査を進めていくと発表した〉
未成年ということもあってか、加藤舞優と言う名前は出てこなかったが、間違いはなさそうだ。しかしそのことを陽子に確認することは憚られた。
里奈は愛流に記事を見せた。スマートフォンに目を向ける愛流は、黙って里奈に頷いて見せる。
愛流は陽子から離れると、店の端にまで移動した。里奈もその後について行く。
「姉貴は陽子ちゃんから得た情報も含め、安田のおっちゃんに報告してくれ。七女市の警察とも共同捜査となるなら、その自殺事件についてもより詳しいことがわかるだろう」
陽子のことを気にしてか、小声で愛流は言った。里奈も陽子の様子を眺めながら頷く。「それから聞き込みの範囲だけど、被害者の今の交友関係と並行して、陽子ちゃんが中学二年生の時のクラス関係者にも聞いた方が良いかもしれない。あくまで色んな可能性を考えてな。まだ加藤舞優ちゃんの自殺が今回の事件と関係しているって決まったわけじゃないし」
「わかった。で、あんたはこれからどうするの?」
「俺は俺で、聞き込みをしていこうと思う。中学のクラスメイトを中心にしてな」
「でも、それだと効率が悪くない?」
警察側は被害者の現在の関係者と中学のクラスメイト、この双方を追う。そして愛流も陽子の中学時代のクラスメイトに聞き込みを行う。
どうしてもダブってしまう。もっとうまく役割分担した方が良いだろうが、まずは陽子の中学二年時のクラスメイトが誰で何人いるのか、どこに住んでいるのか、そこを把握する必要もある。
二日の内に二件も殺人事件が発生している以上、のんびりしてはいられない。三人目の被害者が、今この瞬間に出てもおかしくないのだ。
「あの、少なくとも二人は大丈夫だと思います」
背後から陽子の声が飛んできた。どうやら愛流との会話は聞かれていたらしい。
「大丈夫って?」
「実は中学二年の頃のクラスメイトが、私と同じ大学に通っているんです。それも二人。それと、当時担任だった先生も、七女市内に住んでいるって話を聞きました」
愛流が宥めたからなのか、先ほどよりも落ち着きを取り戻したようだ。まだ陽子の目は充血しているが、少なくとももう取り乱してはいない。
「じゃあ、少なくともその二人と先生については、俺の方で請け負う。ちなみにその先生の住所ってわかるかい?」
「すみません、そこまでは。市内に住んでいるとしか」
「いや、十分だ。じゃあ姉貴は、その先生の情報がわかったらこっちにも流してくれ。当時の、五年前の情報でも構わない。安田のおっちゃんに話せば、そこらへんは可能だろう」
「わかった」
里奈は大きく頷いた。どうやら今後の方針はだいぶ決まったようだ。今から九十九と共に署に戻り、安田に報告しなければならない。
――そういえば九十九は?
望まない相棒の存在を思い出し、里奈は周囲を見回した。九十九はカウンターに手を突き、茂に何か話しかけていた。
仏頂面は相変わらずだが、普段より前のめりな姿勢になっているように里奈には見えた。心なしかいつも死んでいる目に、好奇とも生気とも取れる色が宿っているような気がする。
対して茂は、珍しく困り顔を浮かべていた。眉間に皺を寄せて苦笑し、チラリと里奈の方を見る。父が助けを求めているのが、娘の里奈にも伝わってきた。
こんなにも困っている茂は、そうそう目に出来るものではない。もう少し見ていたい気もするが、さすがに業務に戻らなければならない。この後やらなければならないことは、山ほどあるのだ。
「九十九さん。一度署に戻りましょう」
九十九は不快感を隠すことなく、大きく舌打ちをした。腹は立つが、愛流のおしゃべりと同じだ。一々相手にしていたらキリがない。
「さぁ、行きましょう」
「――あぁ」
九十九がカウンターから手を離し、扉へと向かった。そのことを確認した里奈は、自宅を後にする。
「父とは何を話していたんですか?」
車道を横切りながら里奈は九十九に訊いた。しかし九十九は「あんたには関係ない」とだけ言って口を噤んでしまう。
――トラックにでも轢かれてしまえ!
内心で里奈は毒づきながら、署の駐車場に足を踏み入れた。
(続)




