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青葉の陰

「季節の花のスイーツセットをお願いします」


 三度目になるお洒落なカフェで、前回と同じようにメニュー表を渡される前にそう言えば、店員さんは前回と同じように笑顔で「かしこまりました」と言って、今日もカウンター席をすすめられてそこに座る。


 私はお店の隅の席をひっそり利用したいタイプだけど、このカフェだけは別だ。


「後半は何ですか?」


 店員さんとおしゃべりなんてできるタイプでもないが、それもこのカフェだけの特別だ。


 五月は一度ツツジティーを飲んだけど、そのときに月の後半は別メニューなのでぜひと言われて、ついついその言葉を鵜呑みにしてまたやってきた。


「なんだと思います?」


 にこやかに尋ね返される。


 店内にはテーブル席のおそらく家族だろう団体一組、他に誰もいないときより気持ち声を抑えたけど、賑やかな談笑の声が届いて自然と笑みがこぼれる。


「うーん五月ってなんだろ……ネモフィラとかカーネーション? あ、でも五月雨だからアジサイとか」


 いや、アジサイって毒あるんだっけ?

 でも甘茶ってアジサイだよな。

 旧暦の五月だから現在で言えば六月みたいな話を聞いたこともあるけど、それを言うと旧暦の五月の皐月も六月でサツキと似てるツツジも実際は六月が旬? 大学のツツジかサツキかわからない花はもう咲いてたけど……いやそれこそアジサイもちょっと咲き始めてたような。


「正解です。とは言っても見た目だけでアジサイを実際に使っているわけではないんですけどね」


 店員さんは綺麗なゼリーを出して言う。

 水色と紫とピンクで、アジサイをイメージしたとわかる。


「わー綺麗ですね!」


「和菓子方式ですね。季節の先取り」


「柏餅を四月に出すみたいな?」


「そうですね。これからその季節がやってきますよという。とは言ってもうちは適当にやってるカフェですので、六月になったら実際にアジサイ使ってまた別メニューでやるんですけど。和菓子的には先取りが美しくて、後追いは無粋みたいですけど」


 店員さんは笑顔で言う。


「でももうすぐアジサイの季節だなーって楽しみにアジサイイメージのもの食べて、アジサイの季節にアジサイ綺麗だなーって食べるのは二重に楽しい気がしますね」


「そう言ってくださると嬉しいです。では六月になったときはぜひまた」


「……なるほど、商売が上手い」


 店員さんは笑って小鉢をカウンターに置いてくれる。


「こちらも一緒にどうぞ」


 これも水色と紫とピンクが一粒ずつ、金平糖が小鉢にころんと可愛い。


「可愛い! 確かに金平糖ってちょっとアジサイっぽいかも。星のイメージが強かったです」


「金に米に糖と書くのが一般的ですが、糖の花と書く表記もあるんですよ」


 相変わらず物知りだ。


「へー糖の花かー、可愛いー」


 子どものときも可愛くて好きだったのを思い出した。

 最後に食べたのは小学生のときだった気がする。


 ピンクを手に取って、口に入れる。


「……金平糖ってこんなに美味しかったっけ。すごい美味しい」


「美味しいですよね。京都の金平糖専門店のものなんですよ」


「専門店なんてあるんだ」


 ただ見た目が可愛い砂糖の塊みたいな認識だった金平糖を思いがけず味わっていたらグラスを置かれる。


「ジャスミンティーです。こちらは実際にジャスミンを使ってます」


「ありがとうございます。そっかジャスミンって今か。たんぽぽコーヒーと一緒でよく聞くけど飲んだことはないってドリンクですね」


「ルイボスティーとか、プーアル茶みたいな」


「そうですそうです。あ、美味しい」


 ついつい無難を選びがちなタイプだから、こういう機会に経験値が増えていい。

 このカフェに来ていなければ一生知ることなく横目に通り過ぎ続けていたかもしれない。


「意外といける口ですね。どうしても癖はあると思いますが」


 あまり好んで飲んできていなかっただろう割にという感じで、少し不思議そうに聞かれる。


「家でご飯と一緒にとか、外でペットボトルで飲みたい味ではないかも。雰囲気込みで美味しいみたいな。喉が渇いて飲みたいのは緑茶ではある」


 そう言うと店員さんは少し笑う。


「ああ、それはちょっとわかります。私は紅茶やコーヒーや、花茶のようなものの苦味や渋味や癖は好きなタイプですが、それはそれとして運動終わりにガブガブ飲みたいドリンクではないですね」


「ガブガブ派だ」


「派閥があったんですか。ちなみにそちらは」


「ゴクゴク派」


「……なるほど、その勝負には負けたかもしれない」


 真剣な顔で言われてしまったので笑う。


「ゴクゴク派の顔をされているのに」


「……私を引き込もうとされている?」


 初見の雰囲気とは違って意外とノリがいい人だ。

 いや推理小説に挟まっていた紙にあの対応をしてくれる人だから、ノリはきっとすごくいい人なんだけど。


 店員さんの目線が下がって、自然とその視線の先を向いたのと同時に膝をポンと、子どもがいた。

 私の膝に手を置いて見上げてくる。


 小学校には入っているかどうかというくらいの男の子。


「あげる!」


「……え?」


「あのねーボクが見つけたのー!」


 思わず受け取ってしまった。

 まじまじと見る。

 クッキーが五枚入っていた。

 中学生のときにバレンタインで友チョコを作ったときに百均で買ったのを思い出す小袋だ。

 

「すみません!」


 びっくりした顔で飛んできたおそらく母親だろう女性が、男の子を捕まえて私から引き離す。


「あ、いえ……」


「お店で出しちゃ駄目ってさっきも言ったでしょ! 申し訳ありません!」


 店員さんの方にも謝って、私の方にも再度頭を下げて、このカフェもきっと多くの例に漏れず飲食物の持ち込みは禁止だとは思うけど、そんなに怒るような状況ではないと思う私の予想通り店員さんは全然怒った感じの対応ではなかったのに、その人は一緒のテーブルにいた人たちを呼んでそのままお会計をしてすぐに退店をしようとする。


 思わず店員さんと顔を見合わせた。


 以前別のお店ですごく怒られたとかだろうか。


 まだ残っているのにと言っている人たちを促すその人が背を向けたところで店員さんが顔をむぎゅむぎゅしたので、私は口元に手を当ててそちらを向く。


「そんなに怖い顔はしてらっしゃらないですよ」


 店員さんと目が合う。


「……それならよかったです」


 結局会計を終えてすぐに店を出ていった。


「あっそのクッキー」


 戻ってきた店員さんの言葉に私も「あっ!」となる。

 もらった袋を手に持ったままだった。

 慌てて立ち上がる。

 追いかけようとして、もう一度「あっ」となる。


「ちゃ、ちゃんと払うので」


「あ、はい、大丈夫ですよ」


 食い逃げじゃないですと伝えて、笑う店員さんを後ろに店を出る。


「すみません! このクッ……きー」


 振り返った三人の後ろで、おばあさんが膝をついて口元を押さえた。


「お母さん⁉」

「お、お義母さん、どうされたんですか?」


 普通に、まだ、そのときは心配するだけだったが、おばあさんが嘔吐するとその場が一瞬凍り付いたのがわかった。


 グシャッと持っていた袋を握りしめてしまって、ハッとする。

 初夏の暑さを思い出した。

 手には汗が滲んでいた。


 横を風が通り抜けた。


「救急車呼んでください!」


 おばあさんの横に跪いた店員さんと目が合う。

 しっかり見返して頷いたら少し微笑んでくれて、強張っていた体の力が少し抜けた気がした。

 スマホを取り出して、人生で初めて私は[119]と押した。


「大丈夫ですか! どうされました⁉」


 その声にハッとしたのか、一緒にいた女性二人も再度声をかける。


「持病やアレルギーは」


「……え」

「あ、アレルギーとか、ない、ですよね?」

「う、うん、ないと思う」



「……こんなことになって申し訳ありません」


 ガランとした店内で、カウンターの向こうではなくカウンター席で隣に座った店員さんが少し疲れた声で言う。


 救急車と、病院に向かうタクシーを見送って、お店に戻ったら、なんだかどっと疲れが出た。


「……いえ。あの、お疲れさまです」


 私は本当にただ救急車に連絡をしただけだけど、ご家族もパニックだし、結局この人がほとんど対応した。


 苦笑気味の少々疲れた笑みが返される。


 そこからゆっくりお茶という気分ではもうなくなってしまって、私は何も悪くない店員さんのサービスするのでまた来てくださいという言葉に、サービスは大丈夫ですがまた来ますと返して店を出る。


 体調を崩した店の店員がこういう人だったのはあの人からすると幸運だったと思うけど、お店側からすると不運なできごとだ。


 そして私は手元に残ったクッキーを思い出し、ちょっと溜息が出た。


 まあ、でも、向こうからくれたわけだし、なくなって困っている、ということもないだろう。

 ただ悪意なんてとてもなさそうな子どもからのものだったとしても知らない人からもらったおそらく手作りクッキーを食べる気にはなれなくて、しかし捨てるのもすごく心苦しい。



***



 [CLOSE]の札がかかっていて、私は思わず一歩下がってきょろきょろしてしまう。

 あれ、土曜日って休みじゃなかったはず……


 曜日を確認しようとしてスマホをカバンから出したところでドアが開いた。


 目が合った男性とまじまじと見合う。

 てっきり店員さんは店長さんかと思っていたけど、この人が店長さんだろうか。

 でも、スーツ……?


 じろじろ見られて、思わず一歩下がる。


「先週このお店の客が救急車で運ばれたときに救急車を呼んだ客ですね?」


「……あ、はい、そう、です、けど」


 店長さんではない?


 大柄な男性というのもあってちょっと怖くなっていたら、その人は横に押し退けられて目を丸くする。


「すみません、大丈夫ですか、店は……ちょっと、しばらく開けられない状況でして」


 パチパチと店員さんを見て、押し退けられた腕を払っている大柄な男性を見て、何事もなかったかのようにただ申し訳なさとこちらを心配するような様子の店員さんを見る。


「あ……そう、でしたか、じゃあ今日は、帰ります」


 そう言って一歩下がり、踵を返そうとしたところに、押し退けられた場所から腕を伸ばしてきた男性が私の目の前に手を出した。


 ドラマで見たことがある光景だ。


 まさか自分が警察手帳を見せられるときがくるなんて。


「少しお話を聞かせていただいても構いませんか」


「彼女はただの客だ⁉」


「わかってるよ! 別に疑っちゃいない。本当に少し話を聞きたいだけだ!」


 私は店員さんを見て、警察官さん?を見て、店員さんを見る。


「警察署に連行するって話ではないので。場所もここで」


 勝手にここでとか言っちゃっていいのだろうかと思うが、警察官さんがどうぞと店内に手を向けるのと、店員さんも何も言わずに入り口を開ける。

 私はよくわからないまま会釈してお店に入った。


 そしていつものカウンター席に座る。


 もう一人スーツの男性がいて、その人にも会釈をしたら会釈が返ってきた。たぶんこの人も警察官なんだろうけど、平均身長くらいの穏やかそうな人でちょっとホッとする。ただでさえ警察官というだけでちょっと圧があるのに、大柄で怖そうな人が二人になると圧が倍以上に……


「どうぞ、緑茶です」


 カランと氷の音がした。

 顔を上げる。


 確かに今は、お洒落な飲み慣れない癖を楽しめる心理状態ではないかもしれない。


「あ……ありがとうございます」


「……おい、この店は今営業中止中だぞ」


 警察官さんの言葉に、すでに口元まで持ってきていたグラスがそこで止まる。


「だから商品を出してないだろ。知人にお茶を出してアウトなら警察官も飲むなよ。お前ら自分たちは暑い中来て汗をかいていたところに冷たいお茶を出してもらっておいて。そういうところが警察官が一般市民に嫌われるところだぞ」


 もう一人の警察官さんが笑顔でどうぞという手を向けてくれたので、私は会釈してグラスに口を付ける。冷たい飲み物を飲んでホッとしたというのも変な感じだけど、なんだかちょっと強張っていた力が抜けたような感覚になる。


 店員と客だから当然と言えば当然だけど、店員さんはいつも柔和な雰囲気に優しく丁寧な口調なので、別人を見ているような感覚になる。

 警察官嫌いで、という感じではなく、まるで友達を相手にしているような感じに見えた。


「オレたちは客じゃな……知人? 彼女も客ではなかったのか。まあこんな趣味でやってるような店に通うのはほとんど知人か……」


 いやそれは、客って言ったらこの緑茶にお金が発生するみたいになるというか、営業中止中だから便宜上知人という体にしたというか……私はそう考えながら店員さんを見たら、ちょっと呆れた顔をしていた。うん、たぶん、私が思っている通りな気がする。


「甘いものもどうぞ」


 先週出してもらった金平糖を同じ小鉢で出してくれる。

 いつもの柔和な笑顔だった。


「おい、それは商品だろ」


 店員さんは瓶ごと警察官の前にドンと置いた。

 まるでお前らにも出してやるよ、ほら食えと言わんばかりに……


 私は紫を摘まんで、そっと口に入れる。

 こんなときでも甘くて美味しい。


「警察官って言ったって適当でいいですからね。適当に答えて適当に帰っていいですから。警察も適当にやってますから」


 笑顔で言われる。


「……真面目にやってるよ。あ、気軽に答えていただいて……」


「柊先輩は間違いなく真面目にやってる警察官ですね」


 ぼそっとこぼしたもう一人の警察官さんも、悪く言われて店員さんに怒っているふうでもないので、やっぱり店員さんとこの柊さん?は友達とかなのだろうか。


 まず自己紹介……いや警察官に身分証を提示する状況を自己紹介なんて可愛い表現にしていいのかはわからないけど、カフェの中でお茶を片手に、金平糖を舐めていても怒られることもなく、店員さんのおかげで空気も緩いので。


「春歌さんが春の歌持ってきたわけだ」


 柊さんから学生証を返してもらう横で店員さんに言われる。


「あ、確かに」


「何の話だ?」


「こっちの話だ」


「……警察に話を聞かれて誤魔化すなよ」


「関係ない話だ」


 知人なのに今まで名前知らなかったの?というツッコミは特にされなかった。

 一応私は店員さんの名前がヒガサスイさんだと聞いて、知ってましたけどねという顔をしたのに。心の中ではS・Hだーと感動していたわけだけど。

 珍しい名字ですねと言ったら、名字も名前も単独ならいいけど、くっつけるとねぇと微妙な顔でメモ用紙に漢字を書いてくれた。日傘翠さんだった。あ、傘と翠ってなんか、似てる……と似てる字が並んでいる微妙さに、苦笑になってしまった。


 警察官さんは柊さんと望月さんらしい。


「若菜さんは救急車で運ばれた客とは面識はなかったんですよね?」


 望月さんに聞かれる。


 なんだかこの空間青々としてますねぇと、柊、若菜という名字二人に、翠さんというメンバーを見て朗らかに言われた後に、切り替えて急に警察官っぽくなる。


「あ、はい」


 そもそもこのカフェに来るのもあのときでたったの三回目だったし、と言っていいのだろうか。知人ではなくなってしまうけど。嘘って、その後がめんどくさいな。


「だから初めて来た客だと言っただろ。知り合いだったようにも見えなかったし。子どもがクッキーくれたのは若菜さんの他に客がいなかったから……というか、子どもの行動に意味を求めてもしょうがないという類の行動だろう」


「一応話が一致しているかどうかの確認を」


 望月さんは笑顔で言う。


「気にしないでくださいね、若菜さん。あなたが疑われているわけではなく、私が疑われているだけですので」


「え……」


 日傘さんは笑顔で言った。

 笑顔……で。


「まあそう言わず協力してくださいよ。日傘さんだって、オレらが本気であなた疑って鬱陶しく捜査してるわけじゃなくて、疑ってないからさっさと疑い晴らそうとしてることはわかってるでしょ」


 柊さんだけでなく望月さんも懇意らしい。

 確かに追い返したりせず日傘さんもお茶出してたみたいだしな。


「そもそもお前が紛らわしいメニュー出してるから悪いんだ! ツツジには毒があるだろ! そんなの出すな!」


 柊さんは怒っているが、日傘さんはどこ吹く風という様子だ。


「毒がある、ツツジもある……な」


「ツツジティーを出していること自体は全然構わないんですけどね。調べてみたら他にも出しているところありましたし。問題はトリカブトを摂取して救急車に運ばれた人が直前までいた店が、そういうコンセプトのお店だったというのが……」


「トリカブト⁉」


 びっくりして大きな声が出たら三人に同時に見られ、思わず手で口を塞ぐ。


「そういえば薬学部の学生さんでしたね。トリカブトもご存じですか」


 さっき学生証を見せた柊さんに言われるが、いやトリカブトは……


「……トリカブトは、なんかもう、そういうんじゃなくないですか?」


「知名度高いですよね」


 疑われているらしいのに日傘さんは他人事のように笑顔でそう言ってくれる。


「持病もない、アレルギーもない、ということで調べたところ、トリカブトが検出されました。ただ少量だったことと、迅速に救急車を呼んですぐ病院に運ばれたことで命の別状はなく、もう退院もされています」


「……それはよかったです」


 望月さんが続けて説明をしてくれる。


「トリカブトが検出されたということで一応直前に口にしていたもの、運よく完食せず残っていたので調べたところこの店で食べていたものの中からは出てこず」


「出てこなかったのに疑われてるんですか?」


 一時的に営業中止になるのはわかるけど、もうちゃんと調べて出てこなかったのにと日傘さんを見る。


「ホントですよね」


「食べていたものが都合よく残っているのが逆に怪しいみたいなね。アリバイ工作じゃないですけど」


 望月さんに笑顔で言われる。


「推理小説の見過ぎだろ」


 日傘さんは冷たく返す。

 それを日傘さんが言ってるのちょっと面白くはあるな。


「お前ならそういうことができると思われてるからだろ」

「……警察はオレをなんだと思ってるんだ」


「このお店に来る前に食べられたんじゃないですか? トリカブトって即効性の毒って言っても、食べてすぐウッてわけじゃないですよね?」


「家でお昼ご飯を食べてからこのカフェで飲食するまで約三時間、何も口にしていなかったそうです」


「……なるほど」


「トリカブトって言ったらニリンソウとの誤食ですが、食べていたのはケーキと紅茶ですしねぇ」

「日傘が間違えると思えないが、そもそも間違えそうな食材も使っていないとなるとな」


「切り刻んで入れてたらわからないけどな」


「……言うな、そういうことを」


「つまりそう疑われているということだろ。まあそうなると食べかけで残っていたところからも検出されるだろうけど」


「でもその場合って、もうわからなくないですか? 山から一枚採ってきて全部入れちゃえば完全犯罪? あ、でもそれは完食した場合か」


 ミステリーはよく青酸カリとか入ってて食べてる途中でウッ……食べかけを調べたら毒が検出されなくてトリックを考えるというのが定番だけど、トリカブトみたいな一口食べて即ウッとはならないやつは勝手に被害者が完食して証拠隠滅してくれるのか。


「その場合は採取していた形跡がないかの捜査ですかね。私は最近山菜採りには行ってませんが」


「でもあのお客さんは山菜採りとかしてそうな人でしたよね」


 そう言ったら警察官二人がバッと私を見た。


「……どういうことですか?」


 柊さんの声がちょっと怖くなる。


「……あの、男の子にもらったクッキーに、花と葉っぱが付いてたので」


 そういえばバッグに入れっぱなしだったと、私は袋を出してカウンターに置く。


「ああ、だからあの子、ボクが作った……じゃなくて、ボクが見つけたって言ってたんですね」


 日傘さんは四つ葉のクローバーが乗せられた手作りクッキーを指差して言う。


「これは庭の雑草とかじゃないのか? クローバーってどこにでも生えてるだろ?」


 柊さんは日傘さんの方を向いて聞く。


「まあどれも山に行かなくても採れる草だけど、こういうものを作る人は、誤食する可能性のある人ではあるだろ。子どもの、クッキーに乗せたい植物の選び方なんて、形が可愛い葉っぱとか、変わってるやつとか、とりあえず花とか、そんなので、親が採取してる横で子どもが葉っぱ一枚だけ持ってきて、親がそれはトリカブトだと気付くのは難しいだろうし、ましてや焼かれた後に孫にプレゼントされた祖母となってくると」


 花が乗ったクッキーが二つに、葉っぱが乗ったクッキーが三つ、葉っぱの方は、四つ葉のクローバーこそわかりやすい形をしてるけど、他は素人目線ではその辺の葉っぱだなとしか思えない。確かに私も知り合いにこれもらっちゃったら何も考えずに食べるな……まさか毒草入ってるなんて思わない。花の方は詳しい人ならわかりそうだけど、私には片方がタンポポっぽいとしかわからない。


「でもあの被害者この辺りの人なんだけどな。マンション暮らしで。実際に家には行ってないからベランダで観賞用として育ててましたはあり得るが、その場合はうっかり混入はないし、親も気付くだろ」


「公園行って四つ葉のクローバー探しましたはあっても、うっかりトリカブト生えてましたは……ないですよね」


 私の地元ならまだしも、こんな都会の公園にうっかりトリカブト生えてましたは怖いな。


「……この辺りの人なのか?」


 みんなで日傘さんを見る。


「それがどうかしたのか?」


「いや……この花が、エゾノリュウキンカに見えたから」


「「「エゾ」」」


「……ああ、生息地は北海道だ。東北でも生えてるけど、関東には、ないと思うんだけどな。さっき自分でも言ったけど、クッキーの上に乗って焼かれたやつなんて判別は難しいから断言はできないけど」


 柊さんが席を立つ。


「最近被害者の周辺で北海道や東北に行った者がいないか調べてみる」


 柊さんが出ていって、望月さんも会釈して出ていく。


「でも根本的に、このカフェで食べる前の三時間、何も口にしてないんですよね?」


 何も食べていないなら、手元にトリカブトがあったって誤食も他者による混入も起こり得ないわけで。


 ピンクの金平糖を口に入れて、不思議な話だなーとこぼす。


「トリカブトの誤食も北海道で聞く話ですから、気にはなりますが、結局のところですよね」


「あ、北海道なんですか」


「北海道、東北が多いですかね。ただ関東に生えてるとおかしいってわけではないですし、柊も言ってましたが、トリカブトは観賞用で育てているパターンもありますしね。まあ観賞用の場合は入手経路が警察にすぐバレそうですが」


 日傘さんは小鉢をもう一つ出してきて金平糖を瓶から適当にドサッと出すと、一粒取ってから私の方に小鉢を寄せてくれる。

 日傘さんも一緒に食べているというのが店員さんの時間ではなくプライベートという感じがする。


「トリカブトって言ったら授業で昔の有名な事件知りましたけど、あれも発症を二時間遅らせたみたいな話だったから難しいですよね」


「ああ、トリカブトの毒とフグの毒を同時摂取すると毒性が拮抗するから発現まで二時間遅れて、アリバイを作れる、という事件ですね」


「それです。さすがお詳しい」


「……さすががどこにかかった言葉かは言及しないでおきましょう」


「投与量によってはなんとかできるんですかね。三時間に調節とか」


「それはそちらの専門では?」


 笑って言われるが、たかだか一年ちょっと勉強しただけの人間でしかない。というかまだ薬学を勉強したというよりは化学、物理、生物なんかの基礎とか、もっと薄っすらしたところを触っただけだ。


「半減期がフグ毒の方が短いから二時間経ってから発現って話みたいなんですよね」


「へーそういう理由だったんですね。だから死因がトリカブト毒の方だったんですね。フグ毒の血中濃度が早く減ってしまうために拮抗していたのが崩れてトリカブト毒の作用が発現してしまう。そんなものよく思いつきますね」


 半減期って一般常識だったのかな。私は大学に入るまで知らなかったけど。


「会社員がその方法思いつくのがすごいですよね」


「才能の無駄遣いですね」


「本当ですよ」


「二時間じゃなくて三時間になる投与量もありそうな気はしますが、それは素人には調節できなさそうですよね」

「……確かに。トリカブトだけじゃなくてフグも入手してこないといけないですしね」

「最初に思いついた人はともかく、二度目以降は警察にすぐ捕まりそうですね」


「では探偵さんの見解は」


 拳をマイクのようにして向ける。


「私が探偵役なんですか?」


 日傘さんは笑みをこぼす。


「それは当然」


「今回は薬学生の方が探偵役に相応しいですけどねぇ」


「ただの大学生にそんな能力はありません」


「……私はただのカフェ店員ですが」


「でも柊さんは趣味って言ってましたよ」


「……本業で探偵はしてないですけどね」


 グッグッと拳を向ければ、日傘さんは少し考えるような素振りをする。


「前提が間違ってるんじゃないでしょうか」


「前提、ですか?」


「警察が調べたケーキと紅茶以前に、三時間食べていない」


「えっ⁉ それは確かに食べてたら難解なトリックとかがなくても簡単な話になってくると思いますけど、なんで被害者が嘘つくんですか?」


「そこですよね。そう仮定した場合、被害者は嘘をついたことになる」


「ですよね?」


「今回の事件で被害を受けたのは、もちろん倒れた女性、そして店が営業中止になった私ですね」


「はい」


「ではその場合考えられるのは、狙ったのが女性ではなく私の方で、私に恨みがあって事件を起こしてやろう……の可能性も、ありますね。トリカブトが混入する可能性があるんじゃないかと思わせるコンセプトのカフェでピンポイントで事件が起こったわけですし。お昼ご飯を食べた後、三時間飲食をしていないという情報は、この店以外で食べたものが原因であるという可能性を完全に消してしまう」


「……えぇ」


 それは笑顔で言うことなのだろうか。


「私はあの人と面識はありませんけどね」


「トリカブトはちょっと頑張りすぎじゃないですか? 食中毒でお腹壊した振りくらいならともかく」


「そうですね。となると被害者は実は加害者でもあった、だから嘘をついたという今の仮説はちょっと微妙に感じますよね」


「はい」


「純粋な被害者なのに、嘘をつく場合って、何があると思います?」


 笑顔で聞く日傘さんは、なんだかもう答えがわかっているかのようだ。


 私は一度ちゃんと考えてみる。

 自然と口元に手をやって少し目線を上にやっていた。

 人間って考えるときホントにこういう仕草するんだ。


「あ、犯人を庇ってる!」


「私もそう思います」


「そっか、お孫さんだ、心当たりがお孫さんにもらったクッキーだったから、黙ってた」


「あのお母さん、男の子に怒るとき……出しちゃ駄目って“さっきも”言ったでしょ……って言ってましたからね。きっと店内で、一度クッキーを出していた。そのときおばあさんにあげて、おばあさんは食べてしまったんでしょう」


「なるほどー」


 持ち込み品の飲食禁止だから駄目だよ……と言っていれば回避できたのかと思うとなんとも言えないな。でもどうせ後で誰かが食べてしまっていたから、迅速に対応できる日傘さんがいるところで食べたのはマシだったということになってしまうのかな。日傘さんからすると災難だけど。


「こうやって飲食店への持ち込みは制限されていくわけですね」


「……そのお店で何かあると、こういうことになってしまいますもんね。でもみんなで黙ってたってことですか? このカフェが営業中止になってることは警察とかから聞いてないんですかね……」


 お孫さんがおばあちゃんにうっかり毒盛ってしまったみたいになったのは悲しい事故だけど、もう退院もされたということだし、言ってくれればいいのに。お孫さんの耳に入らないようにこっそりでも。


「後から警察に話を聞かれたときにはもうトリカブト、営業中止、事件、みたいに大事になってしまっていて怖くなったのかもしれませんね」


「不運ですね。でもこれクッキー食べちゃってるわけだから、証拠とかもないですよね。どうなるんだろう」


「誤食だろう、ということで終わるんじゃないですか? もしこの仮説通りなら、被害者も犯人、事件解決、とは求めないでしょうし」


 カウンターの向こうの日傘さんを見上げる。

 目が合った日傘さんは首を傾げた。


「本当は最初から気付いてたんですか?」


「まさか。これも仮説でしかありませんし」


「この仮説を話したら、警察が男の子に話を聞きにいってしまうから」


 おばあさんにも改めて確認しにいくだろうけど、きっと男の子にも聞くだろう。おばあちゃんにクッキーをあげた?って。嘘をついた大人より、素直に真実を話してくれるだろうから。


「ただの仮説ですよ。古本に挟まっていた紙についてああだこうだ楽しむのとは違って、被害者がいて、加害者がいるかもしれない事件は、探偵ごっこをするには重すぎる」


「どうして話してくれたんですか?」


「あなたは警察に話しにいったりしなさそうだから」


「……日傘さんが話さないのに私が話すことではないような気がします」


「探偵ごっこは内緒話くらいでするのがちょうどいいですね」


 その笑顔にはどこか無邪気な幼さが感じられた。


「ワトソン役は任せてください」


 笑顔で言ったら目を丸くした後日傘さんは相好を崩す。


「Wですしね」


「あ、確かに」


 そういえばワトソンの名前って何なんだろう。


「日傘さん、ワトソンの」


 チリンとドアベルが荒く鳴って、ドアの方を向く。

 柊さんと望月さんが入ってきた。


「おい、もう少し丁寧に扱え」


「状況がおかしくなった」


「……は?」


「嫁と孫が北海道旅行に行っていたそうだ。夫、被害者にとっての息子は今単身赴任中らしくて二人だけで」


「予想通りだったなという話じゃないのか」


「向こうの担当の刑事が話を聞いたら、確かに北海道で草花を採取して、クッキーも作ったと答えたそうだ。だがトリカブトなんて採ってない。ニリンソウも採ってないから間違って採ったなんてこともないはずだ。クッキーを作ったときに、生地を型で繰り抜いた後に葉っぱと花を乗せてから写真を撮って夫に送った。トリカブトなんて乗せてない。と、嫁は話したそうだ」


 柊さんが話す横で、望月さんがスマホの画面を見せてくれる。


「これがそのクッキーの写真です。確かにトリカブトの葉っぱはないように見えます。日傘さん、どうですか?」


 スマホを日傘さんに渡す。


 柊さんはため息を吐いた。


「被害者がここでクッキーを食べたと話したそうだ。持ち込みOKの店じゃなかったから警察にテーブルに残っていたケーキと紅茶以外には口にしていないかと聞かれて思わずしていませんと答えてしまった、クッキーは変な味がしたりしなかったし食べてすぐ気分が悪くなったりしていないから関係ないと思った、孫が怒られるのがかわいそうだと思った……と」


「まあいろいろ言い訳を言ってくださったわけですが」


 おお、望月さん……


「なんにせよ被害者もトリカブトの写真を見せてもそんなのじゃなかったとは言っている」


「でも焼けた緑の葉っぱなんてよくわからなくないですか? 持ち込み禁止の店内だったら、お孫さんがくれても、わーありがとー可愛いねー……みたいにはならなくて、ささって食べちゃうから碌に見ないんじゃ」


「いや、それはおそらく見間違いではないと思われます」


「四つ葉のクローバーだな」


 どうして?と聞こうとしたら、日傘さんがその前に答えた。

 望月さんにスマホを返す真剣な顔はどこか少し怖く見える。


「ああ、そうだ、四つ葉のクローバーだったから、トリカブトのはずはないとはっきり答えたそうだ」


「その写真にも四つ葉のクローバーだけ二個あるよ。トリカブトは見当たらないな」


「……やはりそうか」


「他のクッキーはみんなで食べて誰も体調を崩さなかったそうなので、生地にトリカブトを練り込んでいたとかでもないですしね。あ、若菜さん、そのクッキー警察でいただいても構いませんか。一応調べますので」


「あ、はい、どうぞ」


 望月さんに渡そうとしたら、日傘さんに持っていかれ、三人で日傘さんを見る。


「その前に私が一つ調べても構いませんか」


「え、わ、私は構いませんが」


「お前が実食する以外なら好きにしろ」


 柊さんのその言葉を聞いてから、日傘さんは袋を開けて小皿にクッキーを出す。


「まあ別に食べてもいいけど」

「よくないという話をしているんだよ!」


「このクッキーは関係なかったってことですか?」


「……でもそうなるといよいよ、摂取しているはずのないトリカブトで病院に運ばれた謎の被害者事件になってしまうんですが」


 望月さんはちょっと疲れたように言う。


「警察は歪んだものばかり見ているから不思議に思わなかったんだろうけど、少なくとも自分が毒を食べたのに孫を庇おうと思うおばあちゃんという存在は、四つ葉のクローバーを選んで取ったりはしないんだ。そういうものは孫にあげようとする」


 警察官二人はハッとした顔をした。


「……待ってください、それじゃあ」


 日傘さんは、フォークで四つ葉のクローバーのクッキーだけを割った。


 中から、もう一枚、葉っぱが出てくる。


「お母さんにはわかっていたんだろうな。息子は、おばあちゃんボクが見つけた四つ葉のクローバーあげるよ……と、選んでそのクッキーを食べさせるということを」


「「…………」」


 タンポポのクッキーの方を割っても、中には何も入っていなかった。


「中に葉っぱが入っていたとしても気付くのは難しい。上に一枚乗っているんだから、葉っぱの感触はあるに決まっている。被害者が不審に思ったとしても、普段から孫をすごく可愛がっている人なら追及はしないだろう」


 柊さんが額を押さえて俯いた。


「……なんてことだ、母親が息子を使っておばあちゃんに毒を食べさせた事件になってしまった」


「……どうしましょう。トリカブトの誤食なんて絶対ニュースになりますよ。今その子に誤魔化したところで、大人になって知ってしまうかもしれない」


 警察官二人は、悲壮感を漂わせて視線を落とす。


 そうだ、あの男の子が偶然千切った一枚がトリカブトだっただけなら、その不幸な事故だったなら、日傘さんはわざわざ言及する気はなかったのに。


 だってこれは、悪意のある犯人が存在してしまう事件だった。


 日傘さんは、明らかにするしか、なくなってしまった。


「柊の裁量に任せるよ」


「……難しい話だが、ここから先はお前に頼ることではないな」



***



「今日のおすすめは薔薇の和紅茶です」


 今日は先手を打たれて、私は目を瞬かせながらメニュー表を受け取ってカウンター席に座る。


「あれ、六月に入ったらアジサイって」


「柊に、絶対にやめろと」


 それに苦笑をこぼす。


「こうやって世の中の制限はきつくなっていくのかもしれないですね」


「全くです」


 メニュー表は開かず返して、おすすめを頼む。


「ネット記事になってしまっていましたね」


「そのようですね」


「学校で薬用植物学の授業で先生が話してました」


「……あぁ。トリカブトみたいな事件は一生医療系で話題にされ続けてしまいますからね」


「ただの誤食事件だったら、話題にし続けた方がいいんですけどね」


 次の誤食を生まないためにも。


「そうですねぇ」


 ニュースで孫のことは出ていなかった。

 嫁が、クッキーに入れて食べさせたというそれだけだ。

 

 望月さんから少し聞いた話では、スマホでトリカブトについて調べた履歴が残っていたとかで、小さな葉っぱ一枚では致死量にはならないのをおそらくわかっていた、だから悪意はあったという証明であると同時に殺意はなかったという証明にもなったということだった。


 嫁姑問題というやつですよと、苦笑交じりに言われ、それ以上は聞かなかったしそれ以上は話されなかったので、詳細はわからないけれど、犯行方法だけはもう少しどうにかならなかったのだろうかとは、どうしても思ってしまう。


「六月は季節の花のスイーツセットは中止ですか? 何か代わりに?」


 話題を戻せば、日傘さんは笑顔で、まずローズタルトを置いてくれるので「ありがとうございます」とフォークを持つ。


「六月はバラの季節なので、通常メニューのバラを推してもいいですけどね」


「あ、バラって六月なんだ」


「何かご希望があれば」


「……六月の旬の花を調べるところから始めなければいけませんね」


「案外パッと出ないですよね。キンモクセイって秋の花ですが、何月のイメージが一番あるかと言われると。もちろん北海道と沖縄では違いますが、自分が住んでいる場所で考えても」


「……えぇ、いつだろ。やっぱり十月? 九月ってまだ暑いですもんね。でもキンモクセイの秋のイメージに引っ張られているだけで、実はまだ汗をかいている時期から案外咲いている可能性も? 逆にマフラー巻いてる時期だったかもしれない。駄目だ私の記憶はなんて適当なんだろう」


「ハハっぜひ今年の秋に確かめてみてください」


「すごいキンモクセイが待ち遠しくなってきた」


「アジサイはきっちり六月ですね」


「ですね、大学のアジサイが咲いててついつい写真を撮ってしまいました」


「そういえばいいお茶請けがありますよ」


「え、なんですか?」


 私はてっきり金平糖のようなものが出てくるのだと思っていた。


 日傘さんが持っていたのはペラペラしていた紙だった。


「……え、な、なんですか?」


 同じ言葉に違う感情が乗って出た。


「送られてきたんです、クロスワードパズル」


「……日傘さん全国の推理マニアから挑戦状でも送られてきてるんですか?」


「ずいぶんしょうもない探偵ですね。解いても爆弾の隠し場所とかは出てこなさそうですよ」


「でもクロスワードパズルって今時スマホ片手にやっちゃうとすぐ解けちゃいません?」


「そうやって科学の発展とともにミステリーは年々書けなくなっていくのでしょうね。博識な探偵も、スマホを持った小学生に知識量で負けてしまう。すべてにおいて防犯カメラを考慮しなくてはならず、誰でも買えるハイテクグッズは凡人を容易に高度な犯罪者に変え、すごいことができるというだけで魅力を描けていた探偵も怪盗も、その先、いや奥が必要になる」


「いいことですね?」


 ハードルが高くなった分、薄っぺらいものが消えて、世に出てくるものはすべて内容が濃いということなのではと思って言ったら、ため息を吐かれた。


「防犯カメラ対策に情熱をかけたミステリーが面白いかは評価が分かれますよ」


「……ま、まあそれは」


「かけまくったら一周回って面白いような気もしてきたな」


 自分で言う日傘さんに私は笑う。


「すごい高度な科学駆け引き回続いた後に、全員予想外の落雷の停電で全部壊れる回やってほしい」


「……すべての叡智が自然にいとも簡単に破壊されるわけですね」


「それはミステリーとして許されるのか」


「…………」


「微妙そう」


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