猟師
私は、これでも名のある魔法使いである。
おばあちゃんが腰を痛めてからは、私が家計を助けてきた。
魔法使いとして、薬や魔法具を作りながら。
そこまでの魔法使いになれたのは、師匠がいたからである。
「おや、ミア。どこかに出かけるのかい?」
家は、森のすぐ近くにある。
裏に行けば、そこはもう森の入り口。
玄関の扉を閉め、不審者が来たとき用の魔法具を設置していると。
背後から、見知った声が聞こえてきた。
振り返れば、そこには真っ黒なローブを着た男性。
「先生。おはようございます」
「おはよう。この度はご愁傷様だったね」
「ありがとうございます」
彼の名は、アレス。
黒い髪に、黒い瞳。顔立ちの整った、綺麗な横顔。
気品の良い紳士ではあるが、ちょっとヤバい魔法オタクなのだ。
というか、もうおばあちゃんが亡くなったことを知っていたとは。
己の師とは言え、侮れない相手である。
「ちょっと、森に採集へ行こうかなと」
オオカミ獣人のもとに見舞いに行くなんて。
そんなこと、口が裂けても言えない。
だから、私は言葉を濁して伝えた。
すると。
「そっか。レティさんの遺言を聞いたんだね」
レティとは、私のおばあちゃんの名前。
アレス先生は、おばあちゃんの古い知り合いだったらしく、よく家に遊びに来ていた。
あの頃が、とんでもなく懐かしい。
「……先生には、隠し事はできませんね」
「当たり前。僕を誰だと思っているのさ」
「宮廷魔法使い。この国一番の魔法使いです」
「いつかミアに越されそうだけどね」
そう言って、くすくすと笑ったアレス先生。
私は、この人が何を考えているのか分からない。
だけど、良い師なのは間違いない……はず。
「アレス先生は、おばあちゃんの古い知り合いでしたよね。いつから知り合ったんですか?」
「……もうレティさんから聞いているから、細かいことは省くよ。僕は、『赤ずきん』を助けた『猟師』だ」
「えぇ!?」
りょ、猟師!
『オオカミ』に食べられた『おばあちゃん』と『赤ずきん』を助けた、あの猟師!
まさかの事実に、私は震えあがる。
そんなことって──!
「つまり、先生は百歳を超えて──むぐっ!」
「余計なことは考えるなよっ!」
いやいや、この人が怪物級の『若作り』をしていたのは察していたけど。
まさか、ここまでとは。
口に突っ込まれたクッキーを堪能しながら、私は先生を見上げる。
つやつやの肌、若々しい風貌。
これは、魔法だ。
「魔法使いは長命だ。君だって、あと三百年くらいは生きるさ」
「それはそうですけど……。やっぱり、若作りはイタいものが──」
「うるさい!」
魔法使いは、軽く三百年近く生きる。
そのため、衰えなどは非常にゆっくりで、肌にシワができ始めるのはまだまだ先の話。
だから、若作りなどいらない。
それでも若作りをしているってことは、実はものすごく年寄りで、顔はシワシワなのでは?
「余計なことは考えるな。それで、今からオオカミの家に行くんだろう?」
無理矢理、話題を変えてきたアレス先生。
まぁ、奥底まで追求するのも面倒くさいので、その話題に乗っかることにする。
「はい。おばあちゃんの遺言ですので」
「じゃあ、これを着ていくと良い。僕から君へ、独り立ちの贈り物だと思ってくれたまえ」
先生が、ふわっと空中から取り出したのは、真っ赤なローブだった。
魔法使いがあまり好まない色。
魔法使いたちは、ひっそりと自分の研究をしている。そのため、あまり目立たない色を好んでいるのだ。
私もまた、地味にひっそりと生きたいタイプ。
だから、こんな色のローブはかなり目立ってしまう。
はっきり言って、迷惑である。
「失礼な。ちゃんと意味はあるんだよ」
私の心を読んだかのように、先生はふんと胸を張った。
「君は、これからもっと優秀な魔法使いになる。そのときに、自分のブランドとなるものを身に着けておいた方が良い。それに、」
そこで、先生は言葉を切った。
フード付きの赤いローブを、私にふわりと被せながら。
「今から森の奥に『お見舞い』に行くんだ。『赤ずきん』なんだからね」
「……ただの孫です」
「そうとは限らないよ」
私を第二の赤ずきんにしたいのだろうか。
そんなの、お断りである。
私は、好きな魔法を突き詰めながら、目立たずゆっくりと過ごしていきたいのだから。
「とりあえず、行っておいで。僕は『猟師』だからね。いつでも助けに行ってあげる」
「……猟師って、何を狩っていたんです?」
「主に魔物かな。この国に現れる魔物たちを狩って、スキルを高めながら、宝をがっぽり稼いで──って、そんな話はどうでも良い!」
……この国だけ、魔物被害が非常に少ないのは先生のせいでは?
魔物は被害を出すが、倒したときに得られる魔法石などは価値がある。
ただ、ルナリア王国では魔物の数が少ないが故に、その魔法石などはかなり希少なもの。
その原因は、きっとこの男である。




