赤ずきんの世界
「やだ! おばあちゃん死なないで!」
「ふふ、ミアったら、泣き虫さんなんだから……」
必死に掴んだ細い手は、氷のように冷たくて、指の隙間からすり抜けそうだった。
目の前はゆらゆらと揺れていて、おばあちゃんが見えない。
最後に、おばあちゃんの笑顔が見たいのに。
溢れ続ける涙が、私の頬を伝って落ちていった。
「ミア……。最期に、お話をしましょうかね」
「最期じゃない。これからもずっと……!」
「いいかい。聞いておくれ」
おばあちゃんの手が、すっと私に伸びてきた。
私の金髪をさらさらと撫で、愛おしそうに目を細める。
「実は……、けほけほっ」
「やだ、無理しないで!」
「よく聞いて、ね」
「うん、聞くから……っ」
おばあちゃん、震える口を開いた。
私は、その言葉を聞き落とすことがないように、しっかりと耳を傾ける。
「おばあちゃんね、『赤ずきん』なの」
……え!?
ここは、ルナリア王国。
深い森と月の光が満ちる、幻想的な国。
そんな国には、『赤ずきん伝説』がある。
何年か前に、『赤ずきん』と呼ばれる少女が存在していたことから、『赤ずきんの物語』は実話なのではないかと噂されているのだ。
ただ、それが本当なのかは分からない。
国は『赤ずきん伝説』を高く掲げ、他国からの観光業に力を注いでいる。
私は、このルナリア王国に『ミア』として生を受けた。
両親にのびのびと育てられていたある日、彼らは事故で命を落とした。
それからは、おばあちゃんと二人暮らし。
しかし、おばあちゃんまで亡くなってしまい、私は一人ぼっちになった。
いつもの家が、広く感じる。
「おばあちゃんが『赤ずきん』って、どういうこと?」
悲しみに暮れ、遺品を整理すること二日目。
段々と冷静になってきた私は、ハッとして手を止めた。
「あの赤ずきん?」
この国で『赤ずきん』の本は、一家に一冊は置いてある。
確か、私の家にもあった気がする。
ゴソゴソと本棚を漁ってみると、やっぱりあった。
古びた本だけど、綺麗な装丁が施されているもの。
それを、私はそっと開いた。
すると。
ひらり。
一枚の紙が、本から躍り出た。
何だろう。
丁寧に折られた紙を、私はおそるおそる開いた。
『ミアへ
この手紙を読んでいるということは、私はもうこの世にいないみたいね。
(一度、言ってみたかったセリフなの!)』
お、おばあちゃんらしいや。
これに憧れてたのは知らなかったけれど。
『おばあちゃんはね、赤ずきんなの。この国に伝わっているあの赤ずきんで間違いはないわ。昔、オオカミに食べられて、猟師さんに助けてもらったの。あれは良い経験だったわ』
良い経験なのね……。
おばあちゃん、ユニークだなぁ。
『……というのは、ウソよ』
「ウソ!?」
『私の祖母のお見舞いに行く途中で、そのオオカミさんと出会って、そこから仲良くなったの。何かがこじれてオオカミは悪役になってしまったけど、本当はとてもダンディで素敵な方なのよ』
は、はぁ……。
『お互い惹かれ合っていたの。でも、恋人同士にはなれなかったわ。人間と獣人は、結ばれてはいけないから』
「確かに、そういう決まりはあるね……」
ルナリア王国は、人間・獣人・魔法使いが住んでいる。
一応、全て対等の地位とはなっているけど、獣人が一番恐れられているのは確か。
その影響もあって、おばあちゃんはその恋を叶えられなかったのだろう。
ちなみに、私は魔法使い。
お母さんが魔力を持っていて、それを受け継いでいる。
『でね、ここからが本題なんだけど。どうやらオオカミさんが体調を崩しているみたいなの』
へぇ。
嫌な予感がしてきたよ……?
『だから、お見舞いに行ってきてくれないかしら。クッキーとワインを持って』
ほら、やっぱり!
そうくると思った!
クッキーとワインを持ってお見舞いだなんて、本当に赤ずきんの世界だよ。
『道草はだめよ?』
おばあちゃんには言われたくないよ!




