神話魔獣。
『神話魔獣』
その名の通り、神話時代に存在したという魔獣。
魔人大戦にて、魔神達が約50体の神話魔獣を使役し、人類へ多大な被害をもたらしたという災害の獣。
そして一一。
「魔神妃フィルドレアが封印を解こうとしていた、賢者や人類に対する切り札、神話魔獣リヴァイアサンか......」
男とレシアのやり取りを傍らで聞き、魔法で強化した視力がその姿を捉える。
鋭い角を持ち、濃い青で全身が染まった巨大な鯨。テリープシップとほぼ同じくらいの大きさ。動く度に小波を起こし続ける重量は、最早考えるまでもないだろう。少なくとも、あのサイズと重量に体当たりをされれば、テリープシップが粉々になるのは容易に想像できる。
「助手! 何が見えるの!」
波の衝撃で甲板に座り込んだリターが声をあげる。状況を飲み込めていないのだろう。他の呼ばれた冒険者や関係者も阿鼻叫喚している。だが、その張り詰めた声がリゼルの理性を正しく働かせた。
「バカでかい鯨が10km後方に出現した。ゆっくりこっちを追いかけてる。そこの犯人男の言葉を信じるなら、あれが封印されていた神話魔獣ってことになる」
身構えた緊張を解き、背筋を伸ばす。冷静に、理性的に神話魔獣の鯨を見つめながら答える。ついでにやかましい彼らにも大人しくしてもらう。
「神話魔獣......その封印が解かれたってこと? どうして?」
「恐らく、鯨が出現した真下辺りに封印の術式があって、この海域一体は術式範囲だったんだろう。ジョンが魔法使いを中心に冒険者を殺したのは、必要な魔力を集めるためってところか」
足りない魔力を自身の魔力と血液、そして船の魔石を使って補ったのだろう。リゼルが推測を立てる。
封印の解き方や神話魔獣について犯人が何故知っていたかは分からないが、こちらの知らない情報があると言うことは、今犯人を殺しても意味はないと判断できる。
一度冷静になればもう大丈夫。頭に登った血は降りて来ている。現状を正しく把握し、これからの行動を考えられる。クールダウンクールダウン。
「問題は、神話魔獣の目的だ。魔獣である以上、意識は間違いなくある。こっちに向かってきてるなら尚更」
「何が目的なのかを調べるって事ね」
揺れる甲板の上で何とか立ち上がったリターが相槌を打つ。彼女も落ち着きを取り戻したようだ。
「それで、どう調べるの? 直接聞ける訳でもないでしょうし......聞けないよね?」
「なんで疑問形なんだよ」
「君なら魔獣と会話できるって言ってもおかしくないから」
「そういう魔法は確かにあるけど、今は多分無理だろ。ただ、本人の意思を確かめるってのはその通りだ」
「と言うと?」
リゼルの言葉にリターは首を傾げる。彼女の方には振り返らず、代わりに船長へ、大人一人海落としても引っ張れるやつワイヤーかロープはないか、と聞いた。残念ながら首を横に振る船長の返答に、リゼルは肩を竦めつつ、探偵少女の疑問に答える。
「あの神話魔獣がこっちに向かって来てる理由として、考えられる可能性がいくつかある。それを1つずつ確かめていくってことだ。まず1つが、術式発動者を追いかけてる説。あれば楽だったんだが、ないなら魔法で作るしかない」
そう言いながら氷漬けにされたジョンの方へ手を翳すリゼル。すると次の瞬間、掌から植物の太い蔦を放ち、氷ごと持ち上げる。同時にレシアにも小声で指示を出しながら、リゼルはそれを船から放り出した。かなり遠くへ。
「ちょっ、大事な犯人! 何してるの?!」
「まあ見てろって」
放り出され、波に流され徐々に通さがっていくジョンを見て、リターは焦った様子で抗議する。対するリゼルは問題ないと言うように、彼女とは別の場所を見つめていた。
「言っただろ。封印解除の術者を追ってるか確かめる。これでこっちについてきたら......狙いはこっちにあるみたいだ」
「え? あっ......」
蔦を伸ばしたまま再び神話魔獣の方を向いたリゼルが溜め息を着く。その視線と言葉の意味を辿るようにリターも神話魔獣の方へ向き直り、リゼルの狙いを理解する。
「術者を追いかけてるか確かめるために、犯人のジョンさんを海に放り投げるって......確かに方法としては1番良いのかもだけどさ......」
「元から殺す気はねぇよ。情報引き出す必要もあるしな。ただハズレだったようで」
そう言って、リゼルは蔦を引いて犯人を引き戻す。時間として1分程度。放り出した距離と波の流れで300mほど術者のジョンを船から引き剥がしたが、神話魔獣はがそちら向くことはなかった。
幸いなことに、ジョンは先程の封印解除に血を使いすぎたのかいつの間にか意識を失っており、海に投げ出されても目覚めていない。もちろん死んでもいない。死体のように顔が真っ青になっているが、なんとか死んでいない。
「次だ。そろそろレシアが戻って......お、ちょうど来たな。レシア、例の持ってきた?」
「うん。これ、何使うの?」
「そもそもこっちを視認してるのか、どうやって認識してるのかに使う」
そう言いながら受け取ったのは、昨日の事件で使われた花火だった。
「朝から打ち上げ花火とは、だいぶ迷惑だね」
「未だに寝てる乗客を起こすには最適だろ?」
「まさか、それが目的?」
「んなわけ」
リゼルは氷と木の魔法で小型の大砲を作り、そこへ花火をセットする。即席の打ち上げ花火だ。と言っても、打ち上げるのは上ではなく、後方から迫ってくる巨大な鯨へ向かって。火の魔法で着火し、そして、放つ。
ヒューッ…… ドンッ、ドォン! ドンッ、ドンッ!
「船長!」
「わかっている」
打ち放たれた花火はリヴァイアサンまでは届かず、その手前で爆ぜる。同時に、テリープシップは僅かに旋回し、リヴァイアサンの射線から外れる。
「なるほど。花火の光で目眩し、その間に神話魔獣の進行方向......少なくとも正面から外れて追ってくるかを確かめる訳だね?」
「そういうことだ」
「でも大丈夫なの? こういう事態になったとはいえ、本来の船の進路は?」
「問題ない。元から船は途中で旋回する必要があった。本来はもう少し先だがな」
リターの疑問に、鋭い視線でリヴァイアサンさんを睨む船長が答える。分かりやすく敵意を剥き出しだった。豪華客船を運行する船長としては、今回の事件に憤慨するのは当然だろう。
巻き込まれたことを面倒だと嘆くリゼルと事件そのものに怒りを抱く船長は、それぞれ真逆の感情を犯人と彼が呼び出した獣へ向けている。
「ダメ、みたいだね......」
不意にレシアが小さく呟く。その理由は考えるまでもない。全員が花火の放たれた鯨の方を向き、その姿が船の後ろをついてきている事を認識する。この神話魔獣は、視覚以外何かを基準に、この船を追っている事が判明した。だがそれ以上に......。
「やっぱ、近づいてきてるよな。徐々に」
視力強化の魔法は解除したリゼルが言う。約10km以上離れていた船と魔獣との距離が少しづつながらも迫ってきていると。レシアが認識したのが十分な証拠だ。同時にそれは、船の移動速度よりもリヴァイアサンの移動速度の方が速い事を意味する。
「この速度だと、あと1、2時間ぐらいで追いつかれるね。あちらの動き次第ではもっと早い可能性も......」
「リゼル、どうするの?」
「......」
全員の不安そうな視線がリゼルへと向けられる。
リゼルは顎に手を当て、少し考え込むように沈黙した後、レシア達の方へ振り返って言葉を絞り出す。
「リヴァイアサンの視界がどうなってるかは分からないが、少なくとも視力でこの船を追ってきてる訳じゃない可能性が高い。となると、あと考えられるのは2つ。人の密度と魔力」
「人の密度と魔力?」
「うん。ゆっくり説明してる暇もないから聞きながら動いて」
そう言って、リゼルは説明と共に指示を出す。
「まず人の密度、つまり人が多い所を狙ってる可能性だ。その可能性を潰すのと同時に避難も始める。船長、脱出用の小型ボートあるよな? 何台ある?」
「均等に振り分ければ満員の乗客と船員が全員乗れる分は用意してある。ただ、ここからの距離じゃ港に到着は難しいだろう。恐らく燃料が足りない」
「元々夕方の到着だからね。この船であと10時間以上の航海を想定していた距離だから当然と言えば当然だけど......」
「いや、あるだけ十分だ。船長はアナウンスで今の状況を船の全員に伝えてくれ。さっきの花火で寝てた乗客も起きてるだろ。あとリターとレシアと......おい、そこのお前ら」
船長とリターの話に「十分」と頷きながら、リゼルはいつの間にか事態を飲み込み落ち着いたらしい冒険者と関係者達にも同様の指示を投げる。
「お前らにも仕事をしてもらう」
「俺らも?!」
「お前らは2人と一緒にスタッフの指示を聞いて、船の全員をボートに乗せろ。その中に必ず魔法使いを1人乗せるのは絶対だ。そしたら、そのボートで目的地の港に向かえ。この船を真ん中基準にしたら、左右から分かれてて向かう感じな」
「い、いや、燃料足りないんだろ? この距離じゃ港に着かないんじゃないのか?」
「そこは魔法使いだ。燃料が魔石なら魔法使い達の魔力を。それ以外なら風の魔法でボートを動かすか、氷の魔法で足場を作って移動するかだ。休み休みにやれば問題ないはず。あとは他に乗ってる奴らで人力だ」
「そんなめちゃくちゃな!」
「うっせぇよ。死ぬよりマシだろ。死にたくなきゃテキパキ働け。ほら、行った行った」
やや強引な指示で尻を叩き彼らを働かせる。動揺も困惑もあるだろうが、それを気にかけて優しく接する余裕など、今のリゼルにはない。
「君はどうするんだい?」
「俺も当然移動する。けどそれは最後だ」
「リゼル、どうして?」
リゼルが口にした言葉に、船長達と共に移動しようとしていたレシアの足が止まる。相変わらず感情が表に出てない無表情。だが、その瞳は不安を抱えてるように、見えた。それでも、リゼルは詰まらせる事なく言葉を発する。
「人の密度の次に考えられるの可能性は魔力だ。今この場で1番魔力が多いのは、船の魔石を含めても間違いなく俺。だからレシア達が避難準備が終わった後に、この腕輪で魔力を制限してから移動する。大丈夫。レシアと一緒のボート乗るつもりだから」
安心させるつもりか、キザったらしいウィンクをしながら「大丈夫だよ」とリゼルは言う。その言葉に嘘はない。レシアもそれを理解してか、或いは素直にリゼルを信じてか、「わかった」と頷く。
「助手、君の今の話だと......」
そのやり取り見て、呆れたように溜め息着く探偵少女。どうやらリゼルの説明に何か引っかかったらしい。それについて問い詰めようリターが一歩詰めた時、リゼルは目を見開きながら勢いよく振り返り、少女を追い越すように飛び上がった。
「ッッッ!!!」
次の瞬間、眩い閃光がリゼルに向かって一直線に放たれた。
身体能力は魔力で強化出来ますが、五感は魔法じゃないと強化出来ません。難易度も上級魔法程度で一般人誰でもというレベルではないです。




