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知らないメールアドレスを受信したのに気付いたのは、3月の半ば、アトリエのこじんまりとしたテラスで日向ぼっこをしている時だった。
最初はなにかのイタズラだと思ったが、事情が事情だけに書いてある電話番号に電話した。
話し口に出た声は確かに、彼女の声に似ていて、メールに書かれていたことに否が応でも事実だと示した。
周りの景色が急に遠くなって、電話口の声も段々と聞こえなくなる。自分がいきなりに真っ白のキャンパスにぽつんと放り込まれたような、夢のように煌びやかなあの風景の絵がいいのに、何でこんなところに迷い込んでるんだろう。ぽたぽたと手に水滴が当たる感触で、色が舞い戻る。
電話口の女性が伝えるには、彼女は先週に亡くなったそうだ。
特急で神戸まで出て、そこからローカルな電車に乗って着いた頃には辺りはオレンジに染まっていた。
タクシーでメールに記された住所まで着くと、女性が出迎えてくれた。背が彼女よりも少し小さくて、でもくるくるとパーマがかかった髪はそっくりだった。
出迎えてくれた女性は一目でわかったと言って、そして何故かお礼も言われた。
家から少し離れたところに小屋があり、そこに案内される。ここにあのこの作品があるからと、次いで一通の手紙も渡された。
そこには所狭しと彼女の作品が並べられていた。わたしは先ほど女性から受け取った手紙を開く。
『拝啓
お元気ですか?
あなたがこの手紙を読む頃には、わたしはこの世にいないでしょう、なんてミステリ小説の下りみたいだね。
いや、実はね、わたし夏ごろに少しタチの悪い病気にかかってしまったみたいで、長くないらしいのです。調子が悪いってことで田舎に帰ったら、かかりつけの病院で発覚したんです。
夏ごろは楽なときは結構楽でさ、でも、ちょっと苦しいなってときに思い浮かんだのがあなたの笑顔でした。
恥ずかしいね。
わたしの絵画を大好きだと言ってくれた、あなたの笑顔を思い浮かべると、気持ちがふわふわして、調子も良くなるように感じました。
わたしが見てきたどんな風景よりも、あなたの笑顔は輝いていたよ。
それで、記憶の中のあなたを絵に描くことに決めたんだ。もう、絵は見たかな? わたしが人物像を描かないで風景ばかり描いていたのはね、絵の中の人間が感情を持っているように描けなかったからなんだ。でも、ね、この絵は我ながら傑作だと思う。
余すことなく現わせたと思う。
どうか、この絵をあなたに受け取ってほしいと思って、あなたに貰って欲しくて、お母さんにお願いしました。
ごめんね、いなくなっちゃうのにこんな事頼んで。
わたしの絵を好きって言ってくれてありがとう。わたしはね、あなたのことが好きだよ。こんな気持ちを抱けたことを幸せに思うよ。あなたがわたしの絵のファンだって言ってくれたように、わたしはあなたの笑顔のファンでした。
かしく』
すすり泣く声は、暗い空間に落ちて溶けてゆく。叫び出したかった。暴れて何もかもを壊してしまいたい。そんなことを今更になって伝えないでほしい。
ふと顔を上げると私の眼に一枚の絵画が飛び込んできた。
いつものアトリエ。
椅子に座り、なにが面白いのか満面の笑みでこちらを覗き込んでる。
無邪気で、ひたすらにこちらにあらんばかりの好意をむける私がいた。
なんだ。バレてたのか。
確かにこれは恥ずかしいや。
ああ、せっかく彼女が好きと言ってくれたんだ。笑おう。
泣きじゃくるのを止められないままに笑おうとするわたしからは、やっぱり嗚咽が止まない。
わたしもあなたが好きでした。




