新たな我が家と初めての出会い
頬を気持ちの良い風が撫でていく。
目の前には広々とした草原が広がっていた。
その正面には、建物が二つ並んでいる。
ここが、私の牧場となる土地だろうか。
だとすれば、あの二つの建物は鶏小屋と動物小屋かな。
牧場施設の確認の為に周囲を見渡し、最後に背後を振り向けば、こじんまりとしてはいるけどれっきとした一軒家が建っていた。
木の家だ。
ここが私の新しい家かな、悪くないね。
よし、中も見てみようかな。
私は意気揚々と、家へと向かって足を踏み出した。
草原の中に点々とある倒木や切り株、小石、石、岩などを全て見なかった事にして。
そしてその草原が、畑を作るスペースであろう事も知らない振りをして。
「わあ、ベッドが五つもある! うち四つが小さいのって事は、子供用かな。六人がけのテーブルに、小さなキッチン! よしよし、調理用具と調味料、食器も揃ってるね! それにトイレも完備! あっ、道具箱もある! 中身は……じょうろと種とクワだ! やったね!」
家に入りぐるりと一周して中の様子を確かめた私は笑顔を浮かべ、わざとらしいほどの明るい声を出した。
うんうん、素敵な家だ。
たとえ歩き回れるスペースが僅かで、家具が密集していて狭く、冷蔵庫もタンスもお風呂も見当たらなくとも、素敵な家だ。
素敵なんだ、そうに違いない。
あれおかしいな、目が潤んできた。
素敵な我が家に感動したのかなぁ。
「いいのよ……あの牧場経営ゲームそのままの生活って事だったんだもの。キッチンと調理用具、調味料にトイレまで最初からついてたんだから、上等じゃない。うん、上等なのよ!」
それに、お風呂はきっと、山に温泉があるはずだ。
それもここからそんなに離れてない場所に。
今日中に探しておかなくちゃ。
あと、食材の確保もしないとね。
たぶんたけのこと、あと食べられる野草が山に生えているはず。
それから…………畑の整備、しなくちゃ……。
私は覚悟を決め、くるりと体を反転させると、クワとじょうろと種を手に、再び外へ出た。
「ふふっ、鎌を使わず素手で草取り! なんて素敵! こんなに広い草原の草を全部引っこ抜くにはどれだけかかるのかなぁ、楽しみ楽しみ! 点在する倒木と切り株と石と岩はどうしたらいいかなぁ、あははっ! ていうか、倒木と小石は、いや、百歩譲って切り株と石も、台風で運ばれて辿り着いたのだとしても、あの聳えるような大きな岩達はどうやって来たんだろうな~。やっぱり台風なのかな。面白いねえ、あっはっは!!」
私は雑草を根本から引っこ抜いては投げ、引っこ抜いては投げながら、またも明るい声で独りごちた。
作業をしながら、心の買い出しリストに鎌と斧とハンマーを加える。
あのゲームそのままの生活なのだ、きっとそれらがあれば何とかなるはずである。
「さて。これだけ抜けば、とりあえずはいいかな。今ある種を全部蒔けるぐらいのスペースは空いたよね。ふぅっ。さあ次は、土を耕して畑にしなくっちゃ」
更にそう独りごちて、私は種とクワを置いた場所へと向かう。
すると正面から人の足音が聞こえてきて、そちらへと顔を向けると、少し離れた場所に複数の人影が見え、それは段々と近づいて来た。
誰だろうと思って見ていると、みるみるうちに私のすぐ前まで来て、まず一団の大人達が膝まずいて頭を下げる。
その様子を見た子供達が、続くようにして慌てて同じ動作を取った。
「えっ、あ、あの?」
見知らぬ人達に突然膝まずかれるという体験をした私は、ぽかんと口を開けてその人達を見下ろし、困惑の声を出した。
すると先頭にいる男性が被っていた帽子を取りながら、顔を上げる。
うっ!?
ま、眩しいっ!!
光ってる、光ってるよ、頭がっ!!
「お初にお目にかかります、神子様。私は大神官を務めるウチョク・ピカンシルと申します。女神ラクレシア様の命により、ひとまず先日闇市にて捕らえた人買いの手に墜ちていた子供達の中で、既に親がなく行く宛のない者達を四人、お連れ致しました」
男性は畏まりながらそう言うと、顔だけを動かして背後を振り返り、視線で子供達を指し示した。
その動作で、陽の光を浴びて光る面積が更に増し、私の目を苛んだ。
うぅ、眩しい……けど、これはきっと真面目な話をしてるんだ、耐えなくちゃ……っ。
「え、えっと、既に人買いの手に墜ちていて、親がいないって事は、今回は引き換えに渡す金銭は必要ないって事、ですか?」
「はい、そうなります。いやはや、貧困者を憂い、売られる子供達を憂い、双方に救いの手を差し伸べようとは、女神ラクレシア様は本当に慈悲深いお方です。それに貴女様も、十五歳という若さで子供達の面倒を一手に見ようとは……ご立派です、神子様」
「へっ? じゅ、十五歳?」
「? はい、女神ラクレシア様からそう伺いましたが……?」
「え。……あっ!」
そ、そういえば、十代中頃まで若返らせておくとか、最後に言ってたかも!?
え、中頃って、十五歳って、本当に十代ぴったり真ん中じゃない!
そっか、十五歳かぁ……いい、それ、凄くいい。
若返り万歳、私は今日から十五歳!!
「?? ……あの、神子様。それで、子供達、なのですが……四人のうち、女児の二人は親より授けられた名前を持っているのですが、男児の二人は、幼児の頃に人買いの手に渡ったらしく、授けられた名前を覚えていないようでして……よろしければ、神子様がお付けになって戴けないかと存じます。神子様に名を与えられるのは、とても光栄な事でございますから」
「えっ、えっ!? わ、私がこの子達に名前をつけるんですか!? ……あの、貴方達は、それでいいの?」
若返りの事実に歓喜していたのも束の間、ふいに大神官さんから告げられた重大任務にびっくりして、すぐに男の子達に視線を移して問いかけた。
すると男の子達はぴくりと体を揺らした後、無言でこくりと頷く。
「そ、そっか……いいんだね。……わかった! いい名前を考えるね!」
「おお、良かった。ではお願い致します。それでは、私どもはこれにて失礼を。子供達をどうかよろしくお願い致します、神子様」
「あっ、はい。頑張ります!」
私が力強く頷くと、大神官さん達は立ち上がり、最後にもう一度深々と頭を下げて去って行った。
残されたのは私と、どこか不安げに佇む、四人の子供達。
……よぅし、まずは交流、自己紹介からだね!
一分一秒でも早く私とこの牧場に、馴染んで貰わなくっちゃ!!