1 新たなる戦場
アシュラは戦っている。
自らの有能を証明しなければならないから。
=数列の巨人= Aju
サイバー空間が「戦場」に加わったのはいつ頃からだろうか。
国家の安全保障として政府に認識された時からだろうか。
それとも、資本が資本を増殖させるために競争力で優位に立たねばならない空間として認識した時からだろうか。
あるいはエニグマと戦うためにチューリングマシンが開発された時から始まっていたのだろうか。
いずれにせよ、人類は物事を「戦争」に喩えたがる。
戦わないゲームの方が少ないし、戦わないアニメの方が少ない。戦争は人々にカタルシスを最も容易に提供できる娯楽だ。
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「遅れをとるわけにはいきません。それは国を守るという政府の役割を放棄することと同じです。1年以内、いや、数ヶ月以内にミノタウロス級を開発しなければ、我が国のあらゆるインフラは脅威にさらされるでしょう。防衛費に特別予算枠を付けます。防衛省サイバー防衛隊X室の新設を急いでください」
鷹嘴総理は厳しい表情で防衛大臣の穴黒に指示を出した。
「し……しかし、数ヶ月以内とおっしゃられても、我が国はまだ民間ですら人材育成の段階で……」
穴黒が戸惑った顔で言う。
「頭を切り替えなさい。A国の大統領の癇に触れて職を失った技術者や科学者が大勢いるでしょう。C国に取られる前に、我が国が高報酬でつかまえればいい」
少し顔を歪めるようにして出ていった防衛大臣の後ろ姿を、鷹嘴は厳しい目で見ていた。
穴黒の頭の中は古い。軍事は状況に応じて変化するスピードが大切だ。それは戦国の昔から変わってはいないが、現代の戦争はもはやミサイルや空母が使われる以前の段階のサイバー空間で勝負が決まってしまう。
サイバー攻撃と防御の戦いに負けてしまえば、あらゆる軍事システムそのものが機能しなくなりかねないのだ。
AIの性能は、もはや安全保障の中核と言っていい。
穴黒をクビにして次官を据えた方がいいかもしれないな。
「沙堂くん」
鷹嘴は控えていた総理補佐官を呼んだ。
「この予算、何がなんでも国会を通すよう根回ししてくれ。平和ボケとポピュリズムの野党をいくつか抱き込め。この予算以外は、彼らが手柄と誇れるような政策をいくつか丸呑みしてもいい」
「承知しました、総理」
出て行こうとする補佐官を鷹嘴はもう一度呼び止めた。
「ああ、そうだ。今夜、防衛次官の幕田くんをいつもの料亭に呼んでくれないか。たまには美味いものでも食べて英気を養おう、と。誰にも知られないよう内密にな」
幕田宅真は10年も前から「サイバー防御こそが国家の安全保障の要になる」と言い続けてきた男だ。
総理から内密に呼ばれた、ということでさすがにこの出世頭の男も指定された部屋に先に来て緊張した面持ちで座っていた。
誰もいないのに正座のままで膝を崩さないあたり、この男の性格を表しているかもしれない。
「やあ、待たせてしまったかな? 申し訳ないです」
定刻よりやや遅れて入ってきた鷹嘴が、気さくな笑顔で片手をあげて挨拶した。
部屋に入ってきたのは、総理と補佐官の沙堂の2人だけだ。幕田はいよいよ緊張する。視線は首相の手元を見るような位置にある。
この男の目には、どういうわけか黒目の中に光がない。見ようによってはひどく陰鬱な顔に見えるが、次官にまで上り詰めるほどだから頭は切れる。
「どうぞ、足を崩してください。それでは私も緊張してしまう。緊張していてはせっかくの料理の味がわかりませんよ?」
鷹嘴はそう言って幕田の向かいの席に膝を崩して腰を下ろした。
程なく仲居が前菜を運んでくる。
「これが気に入っていて私はよくここに来るんですよね」
鷹嘴が嬉しそうに箸をつける。
「どうぞ。遠慮なく。今日は腹を割って話したい」
そう言われて幕田もおずおずと箸をつけるが、味を感じるような余裕がない。
いったい何の話だろう?
そのあとも鷹嘴は料理の話やら官邸での笑い話など、しばらくは雑談を続けた。幕田の緊張をほぐそうという意図なのだろう。
料理が少し進んだ頃、幕田も少しはリラックスしてきたかと思われるあたりで鷹嘴総理が持ち出した話は単刀直入だった。
「大臣をやってみませんか?」
その意味は十分わかったが、幕田は丁寧にそれを辞した。
「私はトップは向きません。今の位置の方が力を発揮できます」
それは幕田の本音である。このやや溌剌としない雰囲気の男は、具体的に組織やシステムを回すことには長けていても、大向こうを前に見栄を切るというのは苦手な性質だった。そこは上司にやってもらいたい。
「そうか。ここだけの話だが、実際のところ穴黒は君が仕事をする上で邪魔ではないか?」
「そ、そんな……。めっそうもない」
「腹の探り合いをしているんじゃないのだ。私はX室に本気だ。これが出遅れたら、我が国は最悪滅びるぞ」
「予算は必ず国会を通します。何をやってでも」
同席していた補佐官の沙堂が静かに言った。
幕田は小さく身震いする。責任は重大だ。ならばなおのこと、大臣などという芝居役者をやっている余裕はない。
「穴黒は防衛畑のたたき上げだが、いかんせん頭の中身が古い。君がトップでは動きにくいと言うなら、君が動きやすい大臣を据えよう。ハキハキとモノが言えて国民ウケが良く、中身の薄い扱いやすいやつを。」
「失言癖のあるお方だけは、ご勘弁を……」
幕田の暗い目にわずかに光が宿った。
「それはわかっているとも」
幕田さんの了解を得て特別ゲストで名前出演していただいております。演じるのは個性派俳優の古本都紙魚。




