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幼馴染がクズな彼氏に裏切られた。……「もう遅い」はずの僕たちの、不器用なやり直し  作者: novelnovel


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エピローグ:不器用な僕たちが手に入れた、当たり前の明日

エピローグ:不器用な僕たちが手に入れた、当たり前の明日


朝、スマートフォンにセットしていた目覚まし時計の無機質な電子音が鳴るよりも少し早く、遮光カーテンのわずかな隙間から差し込んだ朝日が顔を照らした。

ゆっくりとまぶたを開けると、すぐ隣で規則正しい、静かな寝息を立てている葵の姿があった。

少し乱れた前髪が頬にかかり、無防備な顔で眠っている。大学時代、他人の目を極端に気にして、常に完璧なメイクと流行りのファッションで武装していた彼女からは想像もつかないほど、穏やかで、そして自然な寝顔だ。

俺は起こさないようにそっと布団から腕を出し、彼女の頬にかかった髪を指先で避けてやった。


俺たちがあの修羅場を乗り越え、不器用ながらも一緒に歩み始めてから、もう四年という月日が流れていた。

大学を無事に卒業した後、俺は中堅の専門商社に営業職として就職し、葵は昔から密かに憧れていたというインテリアコーディネーターとして、都内のデザイン会社に就職した。

お互いに社会人としての生活のペースが掴め、仕事も軌道に乗り始めた一年前。俺たちは長年住み慣れた実家と学生用アパートのあった街を離れ、二人でこの少し手狭な1LDKのマンションを借りて同棲を始めている。


「……ん、亮太? おはよ……」


俺が体を起こそうとしてマットレスがわずかに沈み込んだ気配で目を覚ましたのか、葵が眠たげな目を擦りながら身をよじった。


「おはよう。まだ時間あるから、寝てていいぞ。昨日の夜も遅くまで図面引いてただろ」

「ううん、起きる。今日、私がお弁当作る当番だもん」


葵はそう言って、もそもそと温かいベッドから這い出した。

パジャマ代わりの大きめのTシャツ姿で、少し寝癖のついた頭をポリポリと掻きながらキッチンへと向かう。その後ろ姿を見送るこの何気ない日常のワンシーンが、俺にとってはたまらなく愛おしく、何にも代えがたい幸福な時間だった。


朝食のトーストとコーヒーを済ませ、それぞれの職場へと向かうために玄関で靴を履く。


「亮太、ネクタイ曲がってるよ。貸して」

「あ、本当だ。サンキュ」


葵が少し背伸びをして、俺のネクタイの結び目を丁寧に直してくれる。至近距離で見つめ合う形になり、葵がふふっと小さく笑った。


「今日も仕事、頑張ってね。外、少し冷えるみたいだからコートの前ちゃんと閉めてね」

「おう。葵も無理すんなよ。最近、コンペの準備で残業続いてるんだから」

「平気平気。今の仕事、すごく楽しいし、やりがいあるから。じゃあ、行ってきます!」


元気よくドアを開けて出ていく葵を見送り、俺も自分の通勤カバンを手に取った。

「今の仕事、すごく楽しい」と笑う彼女の顔に、嘘や無理は微塵もない。他人にどう見られるかではなく、自分がどう生きたいかで行動するようになった葵は、昔よりもずっと強く、そして何倍も綺麗になった。


満員電車に揺られながら、俺はスマートフォンの画面を開き、ニュースアプリを流し読みした。

あの頃、俺は自分が傷つくのを恐れて葵から逃げ、彼女が絶望の淵に突き落とされるのを安全な場所からただ静観しようとしていた。最低の幼馴染だった俺を、葵は責めることなく許し、受け入れてくれた。

だからこそ、俺はもう二度と彼女から目を逸らさないし、この手を絶対に離さないと心に誓ったのだ。

あの誓いから今日まで、俺たちは何度もぶつかり合い、本音で話し合い、時間をかけて少しずつ、しかし確かな絆を築いてきた。


会社に到着し、いつものように営業の準備を始める。

午前中の打ち合わせやクライアントへのメール対応をいくつかこなし、時計の針が正午を回った頃、背中をポンと叩かれた。


「お疲れ、吉野。今日、昼飯どうする? 下の定食屋行かないか」


声をかけてきたのは、同期の木村だった。

木村は大学時代からの腐れ縁で、情報通でお調子者な性格は社会人になっても相変わらずだ。まさか同じ会社に入社するとは思っていなかったが、今では気心の知れた良い同僚になっている。


「ああ、いいぞ。今日は弁当ないしな」


俺たちは連れ立ってオフィスビルの一階にある定食屋へと向かった。

昼時の混雑した店内で、なんとか相席でテーブルに座り、日替わり定食を注文する。


「そういやさ、吉野。星野さんとは最近どうなんだよ。同棲始めてもう一年くらいだろ? そろそろ結婚とか考えてんの?」


熱いお茶をすすりながら、木村が唐突にそんなことを聞いてきた。


「まあ、な。お互い仕事も落ち着いてきたし、近いうちにちゃんとプロポーズしようとは思ってるよ」

「おー! ついにあの幼馴染コンビがゴールインか。めでたいねえ。大学の時はどうなることかと思ったけど、結局お前らが一番安定してんな」


木村は感慨深げに頷き、そして少しだけ声を潜めた。


「あの頃のこと思い出すとさ、やっぱり世の中って因果応報なんだなって、つくづく思うわ」

「因果応報?」

「お前、一ノ瀬のその後のこと、知ってるか?」


一ノ瀬拓海。

その名前を聞くのは、本当に久しぶりだった。

あの夕暮れの公園で、葵から完全に決別を告げられ、惨めに泣き崩れていた彼の姿を最後に、俺は彼の情報を一切シャットアウトしていた。共通の知人がいなかったわけではないが、あえて聞こうとも思わなかったのだ。


「いや、全然知らない。そもそも興味ないし」

「まあそうだろうけどさ。実は最近、地元の連中から一ノ瀬の噂を聞いてさ。あいつ、マジで終わってるらしいぞ」


木村は自分のスマートフォンを取り出し、画面を数回タップしてから俺に見せてきた。

そこに表示されていたのは、MINEのトーク画面のスクリーンショットだった。相手の名前は『一ノ瀬拓海』となっている。


「これ、俺の地元のツレのところに一ノ瀬から突然送られてきたMINEなんだけどさ」


画面を覗き込むと、そこには異様な長文がびっしりと書き込まれていた。

『久しぶり! 実は今、絶対に儲かる投資の案件があってさ。初期費用はかかるけど、半年で元が取れるから一緒にやらない? 仲間内の特別なルートだから……』

不自然に絵文字が多用された、典型的な怪しい情報商材やマルチ商法の勧誘メッセージだった。


「あいつ、大学を休学した後、結局そのまま中退したらしいんだよ。サッカーも完全に辞めて、しばらくはフラフラしてたみたいなんだけど。で、今はこういう怪しいビジネスに手を出して、手当たり次第に昔の同級生とか知人にMINEを送りつけまくってるらしい」

「……マジか」

「ああ。当然、誰も相手にしないし、みんな気味悪がってブロックしてる。一ノ瀬の親も流石に愛想尽かして、実家から追い出したって噂だぜ。昔はあんなにチヤホヤされてたエース様が、今じゃ借金まみれで、誰からも相手にされない詐欺師まがいのチンピラだよ」


木村は呆れたように鼻で笑い、スマートフォンをポケットにしまった。


「プレッシャーから逃げて、一番大事な彼女を裏切った挙句がこれだ。結局、中身が空っぽだったってことだよな」


俺は木村の話を聞きながら、運ばれてきた定食の味噌汁を一口飲んだ。

拓海に対して、ざまぁみろというような暗い喜びはもう湧いてこなかった。ただ、自らの手で全てを壊し、転落していった男の惨めな末路に、微かな哀れみを感じるだけだ。

あの時、葵に縋り付こうとした拓海の顔が脳裏に浮かんだが、すぐに霧のように散って消えた。


「で、もう一人。松下結衣の方なんだけどさ」


木村が定食の唐揚げを頬張りながら、思い出したように口を開いた。


「あいつも相当ヤバいことになってるぞ。お前、最近Twotterで炎上してた『パパ活女子の末路』ってアカウント知ってるか?」

「いや、知らないけど。ていうか、よくそんなの見つけてくるな」

「ちょっと待ってろ」


木村は再びスマートフォンを取り出し、Twotterの画面を開いて検索をかけ始めた。


「大学の時に浮気がバレてハブられた後、松下も結局大学を辞めたんだよ。で、承認欲求を拗らせたのか、アウスタとかYourTubeで怪しいインフルエンサーの真似事みたいなのを始めたんだ」


木村が見せてきた画面には、派手なブランド物で着飾り、不自然なほど加工された顔でカメラに微笑む結衣の姿があった。

背景は高級ホテルのラウンジや、夜景の見えるタワーマンションの一室。しかし、そのアカウントのコメント欄は、目を覆いたくなるような罵詈雑言や嘲笑で埋め尽くされていた。


「パパ活で稼いだ金でブランド物買って見せびらかしてたんだけど、結局そのパパに騙されて多額の借金背負わされたらしい。おまけに、美容整形のモニター案件で顔の形がおかしくなっちゃって、それをYourTubeで泣きながら暴露したんだけど、逆に『自業自得だろ』って大炎上してさ」


木村が画面をスクロールすると、結衣のTwotterの裏アカウントらしき投稿の数々が現れた。

『誰も私のこと分かってくれない』

『死にたい。なんで私ばっかりこんな目に』

『あいつらは幸せそうなのに、私だけ地獄。絶対に許さない』


夜中から明け方にかけて、数分おきに連投される病んだ呟き。

かつて、葵の親友というポジションに収まり、裏で葵を見下しながら優越感に浸っていた彼女の面影は、そこにはもう微塵も残っていなかった。


「大学時代に星野さんを裏切って、自分が特別な存在になれると勘違いした結果がこれだ。承認欲求の化け物になって、怪しい連中に搾取されて、ネットのおもちゃにされてる。……本当、自業自得としか言えないよな」


木村は冷酷なまでに事実を言い当て、最後に残っていたご飯をかき込んだ。


俺は黙って結衣の投稿画面を見つめていた。

彼女もまた、自分が犯した罪の代償を、これ以上ないほど重い形で支払い続けている。葵を傷つけ、陥れようとした悪意は、結局のところ自分自身を最も残酷な形で焼き尽くす炎となって返ってきたのだ。

他人のものを奪って得た硝子の優越感なんて、ほんの少しの衝撃で粉々に砕け散り、自分を血だるまにするだけのものだったのだろう。


「吉野? どうした、気分悪くなったか?」

「いや、なんでもない。ただ……俺たちは、あいつらみたいにならなくて本当に良かったなって、そう思っただけだ」


俺は定食の最後の一口を飲み込み、箸を置いた。

木村が言う通り、因果応報だ。

過去の行いは、決して消えることはない。俺が葵から逃げた過去も、俺の中の醜い感情も、消えはしない。

でも、俺と葵は、その過去から逃げずに正面から向き合った。泣いて、傷ついて、それでも手を離さずに、一緒に泥だらけになりながら這い上がってきた。

だからこそ、俺たちは今、こうして当たり前の平穏な明日を笑って迎えることができている。


「お前らなら大丈夫だろ。星野さん、昔よりずっといい顔して笑うようになったしな」


木村がニカッと笑って、お茶を飲み干した。

俺も釣られて笑みを返し、二人で席を立った。


夕方、仕事を終えて会社を出ると、冷たい秋の風がコートの隙間をすり抜けていった。

スーパーで夕食の買い出しをしてからマンションに帰ると、すでに部屋の明かりが点いていた。


「ただいま」


玄関を開けて声をかけると、リビングの奥からパタパタとスリッパの音が近づいてきた。


「おかえり、亮太! 早かったね」


エプロン姿の葵が、嬉しそうな笑顔で出迎えてくれる。

部屋の中には、温かい出汁の匂いが漂っていた。


「ああ、今日は定時で上がれたから。ほら、頼まれてた牛乳と卵、買ってきたぞ」

「ありがとう! ちょうど今、肉じゃが煮込んでるところ。着替えてきたら、すぐご飯にしようね」


葵から受け取った買い物の袋をキッチンに置きながら、俺は彼女の後ろ姿を見つめた。

木村から聞いた、拓海と結衣の悲惨な現状。

それを葵に伝えるつもりはなかった。彼女の人生に、もうあの二人は必要ない。彼女はすでに過去を乗り越え、自分の足でしっかりと未来を歩いているのだから。わざわざ汚い泥を、彼女の綺麗になった心に投げ入れる理由なんてどこにもない。


ネクタイを外し、洗面所で手を洗いながら、鏡に映る自分の顔を見た。

俺も、昔に比べたら随分とマシな顔つきになったと思う。

劣等感に苛まれ、自分が傷つくことを恐れて逃げ回っていたあの頃の俺は、もうどこにもいない。

守るべき人がいて、その人が隣で笑ってくれている。ただそれだけの事実が、俺に絶対的な自信と強さを与えてくれているのだ。


リビングに戻ると、テーブルには湯気を立てる肉じゃがと、炊きたてのご飯が並べられていた。

葵が向かいの席に座り、両手を合わせる。


「いただきます!」

「いただきます」


葵の作った肉じゃがを一口食べる。じゃがいもがホクホクに煮えていて、優しい味が口いっぱいに広がった。


「どう? 味、濃くない?」

「うまい。完璧だ」

「えへへ、よかった。今日ね、職場で新しいプロジェクトのチーフに抜擢されたんだ。すごく緊張するけど、やってみたいって思ってた仕事だから、頑張ろうと思って」


葵が目を輝かせながら、その日の出来事を弾むような声で話し始める。

その話に相槌を打ちながら、俺は心の中でそっと決意を固めていた。


来月の、彼女の誕生日。

大学時代、彼女が自分を偽り、裏切られて全てを失った、あの冷たくて暗い秋の季節。

その忌まわしい記憶を、今度は俺が最高の思い出で完全に塗り替えてやる。

スラックスのポケットの奥底で、俺は週末にこっそりと買ってきた、小さな指輪の入った箱の感触を思い描いた。


「ねえ、亮太。聞いてる?」

「ん? ああ、聞いてるよ。お前なら絶対うまくやれるさ」

「本当? 亮太がそう言ってくれるなら、なんかできそうな気がしてきた」


葵は屈託なく笑い、俺の茶碗におかずを取り分けてくれた。


全てを失いかけたあの時から、俺たちの時計は再び動き出した。

遠回りをして、たくさんの涙を流したけれど、あの不器用なやり直しがあったからこそ、今のこの絶対的な幸福がある。

嘘の自分を脱ぎ捨てた彼女と、逃げることをやめた俺。

因果応報という言葉があるのなら、俺たちが手に入れたこの温かい日常は、俺たちが諦めずに必死に紡いできた時間の、正当な報いなのだと思う。


「明日も、お弁当作るね。唐揚げでいい?」

「ああ、頼む」


テレビから流れるバラエティ番組の笑い声と、葵の弾むような声。

俺は温かいお茶を飲みながら、この何気なくも尊い時間が、この先もずっと続いていくことを確信していた。

窓の外には、都会の夜景が静かに広がっている。かつては冷たく感じたその光の海も、今の俺には、未来を照らす温かい道標のように見えた。

二人で歩む明日は、きっと今日よりも少しだけ、明るくて優しい。

不器用な俺たちがようやく手に入れた、何にも代えがたい、確かな未来がそこにあった。

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