第1話 夢属性はチート級
死んだ。
トラックにひかれたとか、階段から落ちたとか、そういうわかりやすい死因は覚えていない。
気がついたら真っ白な空間に立っていて、目の前にはいかにも「神様です」と言わんばかりの老人が、雲みたいな椅子にふんぞり返っていた。
「うむ。よう来たのう」
白いひげ、白いローブ。テンプレ神様だ。
「え、ここどこですか」
「天国の手前じゃ」
「あ、まだ天国じゃないんですね」
「最近は異世界希望者が多くてのう。まずは面談からやっておる」
「おおっ! ということは、異世界に行けるんですか?」
神様は手元の本をぺらりとめくる。
「おぬし、現世では特に大したこともなく、かといって極悪人でもない、実にコメントしづらい人生を送っておった。いわゆるモブというやつじゃな」
「初対面で言うことですか?」
「じゃが安心せい。これでも異世界に転生させてやる」
来た。
剣と魔法、冒険者、チート能力、露出の多い女騎士との出会い。
人生逆転のフルコースである。
「で、わしが送り出すからにはそれなりのお土産も与えよう」
「というと?」
「属性魔法を操る最強の能力じゃ」
神様がもったいぶって指を立てる。
「おぬしに授ける属性は――『夢』じゃ」
「なにそれ!」
思わず声に出た。
「もっとこう、神様なら聖属性とか闇とかあるでしょ!? 夢って何ですか、聞いたことない」
「今わしが作ったからの」
「ドヤ顔やめてください」
神様はこほんと咳払いし、説明を始めた。
「夢属性は、相手の精神に干渉する希少属性じゃ。基本スキルは二つ。『悪夢』と『淫夢』」
「待ってください二つ目不穏なんですけど」
「説明は最後まで聞けい」
神様によると、悪夢は相手に恐怖の夢を見せるスキル。
淫夢はまあ、その、そういう感じの夢を見せるスキルらしい。
「ただし、どちらも寝ている相手にしか効かん」
「役に立たねえ!」
寝込み限定の奇襲専用能力じゃないか。
都合よく敵が熟睡している場面がどれだけあるというのか。
「まあまあ。夢を操る力というのは応用が効く。工夫次第よ」
「使う前から工夫を強いられてる」
「細かいことを気にするでない。では行ってこい」
神様がぱん、と手を叩いた。
「え、ちょ、最後まで聞いても意味が――」
視界が白く弾けた。
◯
次に目を開けた時、俺は草原に立っていた。
青空。揺れる草。遠くに見える城塞都市。きっと始まりの町に違いない。
「うわ、本当に異世界だ……」
腰には短剣が一本。服は初心者装備みたいな革鎧。所持金は小袋に銀貨数枚。神様、意外と気が利いてるな。あの感じだと裸で放り出されてもおかしくなかったんだが。
とりあえず町へ向かい、冒険者ギルドまでやってきた。
受付嬢は美人だったが、俺のステータスに書かれた夢属性の説明を聞いた瞬間、微妙に目をそらした。
「夢、ですか……珍しいですね」
「ですよね」
「ええ、とても……その……個性的で」
「使えなそうって言っていいですよ」
最初の依頼は、畑を荒らすスライム退治だった。
だが現実は厳しい。
スライムは寝ない。
いや、寝るのかもしれないが、夜まで待っても俺の目の前ではぴちぴち跳ねていた。
短剣で刺そうにも、ぬるっと避けられる。死に物狂いで戦って倒すことには成功したが、危うく逆に溶かされかけた。
「くそっ、夢属性、マジでどうしろってんだよ……!」
俺は安宿のベッドで天井を見つめながら考えた。
夢を操る力。
悪夢と淫夢。
寝てる相手にしか効かない。
……いや、待てよ。
「夢って、寝てるときだけのものか?」
ぼんやり空想することを、人は白昼夢とも呼ぶ。
授業中や会議中にぼーっとして、全然関係ないことを頭の中で思い描いている状態で、目を開けたまま見る夢のことだ。
もし夢属性で"白昼夢"を再現できるなら、起きている相手にも夢を見せられるんじゃないか?
翌日から、俺はひたすら練習した。
坐禅を組んで瞑想し、夢属性の感覚を探る。
最初は何も起きなかった。
だがふと宿の主人が帳簿を書き込んでいるところを見ていたら、俺は確かに感じた。
相手の意識の表面に、薄い膜のようなものがある。
そこへ、夢を滑り込ませる。
「――【白昼夢】」
宿の主人が「あっ」と声を漏らし、虚空を見つめた。
「若いころの初恋の子が……」
「すいません、実験です」
成功だった。
俺は震えた。これだ。これを悪夢と組み合わせれば――
「【白昼夢】+【悪夢】」
数日後、森でゴブリン相手に試した結果は劇的だった。
こん棒を振り上げて突っ込んできたゴブリンが、突然その場で硬直したのだ。
目を見開き、見えない何かに怯え、がたがたと震え始める。
「ギ、ギギ……ッ!」
そこへ俺は走り寄り、喉元に短剣を刺し込んだ。
ズブリ、と嫌な感触が手に伝わる。
ゴブリンは短く痙攣し、動かなくなった。
「うあ……っ」
ゲームみたいにはいかなかった。
魔物とはいえ、生きているものを刺し殺した感触は、想像以上にきつかった。
手が震えて吐き気がする。
だが、殺らなければ殺られる世界だ。
俺は唇をかみ、短剣を引き抜いた。
「……勝った」
その方法は、あまりにも陰湿だった。
正面から打ち合うでもなく、派手な魔法で吹き飛ばすでもない。
相手の心に悪夢を流し込み、恐怖にすくんで無抵抗になったところを殺す。
確かに勝てる。しかし気分は最悪だった。
それでも……それで勝てるなら進むしかなかった。
◯
俺の戦い方は、じわじわと評判になっていった。
「夢使いのナイトメア」
「勝つには勝つけど、なんか嫌」
「陰険野郎」
最後のやつ、ただの悪口である。
だが成果は出していた。
ゴブリン、ウルフといった下級モンスターに留まらず、オーガ、グリフォン、果てはドラゴンまで、俺は次々と討伐を成功させていった。
知性を持つ相手ほど【悪夢】はよく効いた。恐怖心がある生き物には、夢属性が刺さるのだ。
そしてある日、俺はもう一つのスキルにも可能性を見いだしていた。
「……【白昼夢】と【淫夢】を組み合わせたら、どうなる?」
試した。
相手は山賊の頭目だった。
「うおおおおっ!」
「【白昼夢】+【淫夢】」
発動した瞬間、山賊の頭目はぴたりと止まり、なぜか急に中腰になって内股になった。
「なんだこれは……! お、俺の◯◯◯が……!」
「ええっ、何その効き方」
「くっ……集中できん……!」
剣を構えるどころではなくなった山賊を、俺は普通に取り押さえた。
「何をした貴様ァ!」
「説明しづらいなあ」
ただし、後日わかったことだが、この技は相手によって効き方に差があった。
特に女性相手だと妙に好戦的になって逆効果になるケースがあり、俺の体力が持たないので封印した。
結局、主力は【白昼夢】+【悪夢】のコンボだ。
地味で、陰湿で、でも強い。
俺はその力でS級冒険者に上り詰め、ついに魔王討伐隊へ加わることになった。
◯
討伐隊の精鋭たちは皆、俺を微妙な目で見ていた。
「本当にこいつを連れて行くのか?」
「戦力にはなる。やり方が気に入らんだけだ」
「魔王に悪夢って効くのか?」
知らん。けど、やるしかない。これまでだって、そうしてきたのだ。
立ちはだかる幾多の魔王幹部を倒し、血と汗と未だに慣れない嫌な手ごたえを積み重ね、俺達はついに魔王を玉座の間に追い詰めた。
そこにいた魔王は、想像以上に威厳のある存在だった。
青い肌。額から伸びた角。黄金の瞳。立っているだけで圧倒的な魔力を発し、空気が重く感じる。
「人間どもよ。よくぞここまで来た」
仲間たちが一斉に斬りかかる。
魔王はそれを炎の嵐で一蹴し、闇の槍で後衛を貫き、討伐隊はあっという間に壊滅状態に追い込まれた。
そして、立っていたのは俺だけだった。
「ほう。今のを耐えたか。だが一人で何ができる?」
「やってみなければ分からないだろ。いやマジで」
「面白い。来い、人間」
やることは一つ。
俺は息を吸い、夢属性を信じて魔王へ叩きつけた。
「【白昼夢】+【悪夢】!!」
一瞬、魔王の眉がぴくりと動いた。
「馬鹿な……我が、恐れるものなど……」
効いた。
「あ、ああ……白い……」
魔王の視線が揺れる。玉座の間にいない何かを見ている。額に汗がにじむ。
「あるんだな、魔王にも」
俺は走った。
魔王が見ているのは何だ。勇者か。敗北か。孤独か。知らない。知りたくもない。ただ、その隙を逃すわけにはいかなかった。
短剣を握る。
踏み込む。
そして――
「う、おおおおおッ!」
腹に、全力で突き立てた。
肉を裂く感触が、骨に当たる鈍さが、手のひらに残る。
魔王の口から血があふれた。
「き、さま……こんな……卑劣な……」
「……知ってるよ」
俺は歯を食いしばり、さらに刃を押し込んだ。
魔王が崩れ落ちる。
世界を恐怖に陥れた魔王は、悪夢に足を止められ、短剣で刺されて死んだ。
なんとも陰湿で、締まらない最期だった。
◯
それからの俺は、英雄になった。
王都では凱旋パレードが行われ、国王から莫大な報奨金と爵位を授けられた。
「そなたこそ真の勇者である!」
「はあ……」
そして、やたら美しいお姫さまとの結婚も決まった。
「勇者様、わたくしは幸せでございます」
「俺もだよ。セレスティナ」
人生の全盛期が一気に来た。
俺は連日連夜行われている夜会から抜け出し、王宮のバルコニーで風に吹かれながら物思いにふける。
勝ったんだ、と。
嫌な戦い方でも、手を汚しても、最期に全部報われるなら、それでよかったのかもしれない、と。
自室に帰った俺は天蓋つきのベッドに寝転がり、深く息を吐いた。
「……長かったな」
窓の外には満月。
静かな夜。
柔らかな寝具に身を沈めると、急にまぶたが重くなった。
ああ、疲れていたんだな。
そう思って、目を閉じた。
◯
「――うむ。おかえりなさい、じゃ」
聞き覚えのある声で、俺は飛び起きた。
「は?」
真っ白な空間。
雲の椅子。
白いひげの老人。
神様だった。
「え……?」
「いやあ、見事な夢じゃったのう」
「なに?」
「おぬしに与えたのは夢属性。まずは適性を見るため、異世界の夢を見せておったのじゃ」
「は???」
頭が追いつかなかった。
魔王討伐も、報奨金も、爵位も、セレスティナも、全部。
「夢?」
「夢」
「俺が苦労して戦って、嫌な感触に耐えて、魔王倒して、人生逆転したの、全部?」
「夢じゃなあ」
「最ッ低だな!? ああ!?」
神様はけろりとしていた。
「いやしかし、適性は十分とわかったぞい。悪夢の使い方もなかなか筋がよかった」
「褒めてる場合か! こっちは人生の絶頂から叩き落とされたんですけど!?」
「ホッホッホ、夢オチは古典じゃし」
「古典で済むか!」
俺は膝から崩れ落ちた。
「……もう嫌だ」
「まあそう言うでない。次は本当に異世界に行かせてやるから」
「本当でしょうね?」
「ほんとほんと」
「信用できねえ」
神様はどこ吹く風で、また手を叩こうとした。やべ、また異世界に送られる!
「では夢属性で」
「――ちょっと待った!!」
「なんじゃ?」
「夢属性はもう十分でしょ! 別の属性にしてください!」
「でもせっかくわしが考えたのに……」
「お願いお願いお願ーい! 一生のお願い!」
恥も外聞もなくねだる。もうあんなのは嫌だ。あと地味だし。
すると神様はため息をついて「しょうがないのう」と言った。
「今度は変な属性はやめてくださいよ……!」
こうして俺の、ろくでもない異世界ライフ第二幕が始まろうとしていた。
だがしかし、この時の俺はまだ知らなかった。
次に引く属性が、夢オチ以上にひどいことになるなんて。




