表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
火を聴く器  作者: katari
PR
2/24

2 火と仏との境界にて

火嶺ひみねを後にした清人ら一行は、水守みずもりへと向かう山道を進んでいた。

朝の光が差し始めた山肌には、まだ火の気配が残っているようだった。


「……あの女、何をしていたのだ」

清人きよひとが口を開く。


誰もすぐには答えなかった。

やがて、成通なりみちがぽつりと呟く。


「語っていたのだと思います。火に、あるいは……火を通して、何かに」


「だが、声は聞こえなかった」

道信どうしんが言う。

その声には、わずかな苛立ちと、戸惑いが混じっていた。


「妙な力で、我らを出し抜く気なのか?」

清人が訝しげに言う。


「いえ、今のところ政の一手は我らが上。問題ありますまい」

成通が応じる。


道信は小さく呟いた。

「火が語るとは、どういうことなのか……」


山を下りると、湿り気を帯びた空気が迎えた。

湧水の流れる音が、火嶺とは異なる静けさを湛えている。


水守郷――

火嶺の南に広がるこの地には、豊かな湖があり、荘厳な寺院・玉鏡山ぎょくきょうさん水源寺すいげんじがそびえていた。

その姿が見えると、道信の心は少し平静を取り戻した。


門前で出迎えたのは、水守郷司・水実みみの清澄きよすみのみことだった。

端正な顔立ちに、どこか冷ややかな眼差しを湛えた男である。


「水守へお帰りなさいませ。遠路はるばるご苦労様でした。火嶺はいかがでしたかな?」


三人は苦笑いを浮かべる。

「なんとも。皆が清澄様のようにヤマトと友好であればと、痛み入ります」

道信が応じた。


実のところ、三人は先に水守郷へ入ってから、火嶺へと出向いていた。

寺院もあり、水守は仏の庇護を受ける地である。


清澄は一行を寺へと案内しながら、続けて尋ねた。

高見たかみ殿は、あいもかわらずでしたかな?」


「……不遜な男であった。ヤマトを何と心得る」

清人が吐き捨てるように言う。


「不遜、ですか」

清澄は笑みを浮かべた。

「私たちも、火巫ひみには手を焼いております」


道信はその言葉に、含みを感じ、わずかに眉をひそめた。

(清澄様は我らに何か隠しているのかもしれん)


「火の語り部というのを見ました。ご存知で?」

不穏な空気を察した成通が取り繕うように清澄に尋ねる。


「つまらぬ古い慣習ですよ」

清澄は軽く流すように言った。


そういって、寺院へと誘う清澄に、三人は何やらもどかしさを感じながらも、後に続いた。


清人と成通は早々に、客間へと向かった。

道信は本堂で一人、仏と向き合っていた。

水源寺には百済由来の釈迦像とともに、水煙すいえん菩薩と慕われる像が祀られている。

その顔は、深い静かな水の如く、うっすらと開いた眼差しを道信に向けていた。


「水煙菩薩様は、仏教がこの地に来る以前、はるか昔より、我らをお守りくださっている方です」

音もなく本堂に入ってきた清澄が言う。


「祖父の話では、水煙菩薩様は元々、象られるものではなかった。

我が水守の一族は、形をもたない水を通じて、その御心を感じていたといいます」


「水の語り……」

道信は菩薩から目を離さず、つぶやいた。


「いかにも」 清澄はうなずき、道信の様子を少し眺めていたが、やがて静かに本堂を後にした。


残された道信は、静かに合掌する。 瞑目したその瞼の裏に、久玖里くくりの舞う姿がよぎる。

火の揺らぎに合わせて動く腕。 火との語りと、そこにある信仰。

(仏になり代わるものがこの世にはあるというのか、いや……まさか)


道信は、疑念を払うように、経をあげ始める。

(仏の救いがあらんことを)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ