はっきりしない男
ギィィと古い扉が軋みながら開き、カランとドアベルが鳴った。
そうっと中を確かめるように顔を覗かせたのは、一人の若い男だった。
その男は滑るように店内へ入るとぐるりと辺りを見回した。そして右側の棚へと足を向け、数々の商品をしげしげと眺めた。上から下へ、右から左へ。どうやら何かを探しているらしい。
男はカウンターに座るフランチェスカに気がついていないのか、こちらへ視線を向けることをしない。その事をいいことに、フランチェスカは一見の客を観察することにした。
歳はフランチェスカよりも幾つか上の様子だ。
平民の服装をしてはいるが、上着もズボンも余計なシワひとつない。昼過ぎの今までシワを付けずに働くなど、一般市民には到底不可能だ。わざわざ平民の服を着て真っ直ぐにここに来たと考えられた。
これはどこぞのお貴族様のお忍びだな
フランチェスカはそうアタリをつけて、内心ため息をついた。
貴族であれば各家で魔女や魔法使いを雇っているものだが、お抱えに相談しにくいような問題を解決しに市井の魔女に頼ることは稀にあるのだ。
男はフランチェスカの視線に気付くことなく左の棚へも足を伸ばして調べ始めた。
肩甲骨辺りまで伸ばした黒髪を一つに結わえ背に流し、その身体は均整がとれ筋肉質であることが服を着ていても分かる。普段から身体を鍛えている、騎士身分か。文官ではなさそうだ。
眺めていても仕方がないな、と悟ったフランチェスカは嫌々ながらも声をかけることにした。
「何かお探しですか」
明らかに面倒がっている声が出たが、フランチェスカは気にしない。
フランチェスカの声に男はカウンターへと顔を向けた。
黒髪と同じ黒い瞳。
適度に日焼けした顔に緊張を貼り付けている。
「ご要件、伺いますけど」
男は瞳を左右に泳がせ、口をパクパクとさせてから閉じた。
少し俯いて思案する素振りを見せる。
冷やかしか
フランチェスカは目を細めて男を値踏みするように睨めつけた。
と、勢いよく顔を上げた男が緊張から掠れた声を喉から振り絞った。
「ま、魔法薬を、探している」
フランチェスカが首を傾げた。
「魔法薬、だ。ここは魔女の店なんだろ?」
「はい」
「魔女は魔法が使えるんだろ?」
「ええ、まあ」
「それが欲しい!」
「…どんな、です?」
男はハッとした顔をして、また俯いた。
なんだ、コイツ
騎士であろうその男は、フランチェスカが知るどんな騎士よりもハッキリしない。フランチェスカが知っている騎士たちは、いつも堂々として悪く言えば俺様気質だ。
それが、今目の前にいる男はどうだ。
言いたいことがあるだろうに、なかなか口にしようとしない。そして、どこかオドオドしているような、迷う素振りが酷い。
フランチェスカは出かかったため息をすんでのところで飲み込んだ。