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第二王子の苦悩

ブックマーク1000件記念のかな様のリクエストです。

 思えば私の苦悩は勇者が召喚された時、いや召喚すると決まったころから始まっていたと思う。

 聖国から魔王の再来の神託があったとの報が入り、我が国も含めた人族の国は勇者の召喚を行った。あのときは勇者が他国ではなく我が国に召喚されたのは幸いだと思った。

 我が国は人族の国では最も歴史が古く、魔王の討伐に必要な武力をそろえられる国であったから、勇者の導き手としては最善な選択ができると思ったのだ。



 勇者召喚の儀式は、聖国の司祭により執り行われた。魔力に満ちた空間にまばゆい光が溢れだし、その中央の魔法陣に勇者であるリョウ・ワカミヤは立っていた。

 第一王子である異母兄は権力にしか興味がなく、勇者が女ならば自分が娶ると言っていたが、男であると分かった瞬間、私が勇者の面倒を押し付けられてしまった。

 勇者は利発そうな少年で、何故自分がこの場所に居るのか分からないという顔をしていた。自分の居た世界とは切り離された場所に無理やり呼び出されてしまったのだから、そう考えると私は勇者が少しばかり気の毒になった。

 とはいえ、召喚に成功してしまったのだから、こちらの事情を伝えたうえで帰還ができることを教えた。勇者はこちらを疑う様子を見せていたが、疑ったとしても帰還をするにはこちらを信じないことには始まらないと気持ちを切り替えたらしく、いくつか質問をし、待遇に満足したようで、しばらく滞在してから考えたいと言ってくれた。

 その時は、なんと豪胆な性格をしているのかと思ったが、勇者殿の目には打算と欲が籠っているのを私は見逃さなかった。


 もし、勇者の欲がこの国に関わることならば拙いことになると、私は勇者に対する認識を改めた。

 兄は、今のところ勇者には興味がなさそうではあるが、勇者をあちらの陣営に加えられてしまうと、日和見の貴族たちの勢力図が一変してしまう可能性があったからだ。

過去に小国が召喚した勇者が国を乗っ取ったことがあったと歴史が語るように、勇者を権力に近い場所には置くことは憚られたからだ。

 幸いにも、兄は勇者が男であったことで興味を失ったようであるから、教育係の手配は私の方で行うことにした。しかも、ボヤボヤしていると聖国の関係者が取り込みにかかるであろうことは容易に予想が付いたため、私の側近であるメルヴィンに指示を出し早急に兄の派閥にも属さない教師を用意することにした。



 手配した教育係は、研究やそれに関する論文を書く時間が取れるのならば特に問題ないと、第二王子である私に対しても豪語する変わり者の文官だった。勇者の周りに居た侍女は数名が勇者の魅了にやられていたために、教育係は男性にして正解だったと思い私は胸をなでおろした。

 戦術面に関しては、従姉妹のミケーレにお願いした。彼女ならば、公爵家の庶子として生まれているが、実家の反対も実力で捻じ曲げるほど婚約者のロビン・クライフ一筋で生きてきているために、勇者には堕ちないと確信があったからだ。

 ただ、それがきっかけで後々の政乱につながるとは、この時の私は考えもしなかった。勇者の持っている能力のことは、事前に彼女にはそのことを伝えてあったし、彼女からも勇者には学ぶ意欲があるから大丈夫そうだとの報告も上がっていたから、安心していたのだ。




 勇者が騎士団の演習で実戦経験を積み始めてしばらくした頃だった。初めての魔物の討伐ではかなり取り乱したそうだったが、心構えを新たに更なる訓練を積むようになったとの報告が上がってきた。メルヴィンと相談し、そろそろ勇者の魔王討伐パーティの選出を始めなければと陛下に申し出ることにした。

 特に反対もなく勇者の面倒を私が見ていることもあり、パーティ選出の任を賜ることになった。

 本来なら騎士団の腕利きの者をと考えていたのだが、王都の騎士団及び衛士たちは城下の地下組織の摘発で動いており、腕利きの者を引き抜かれるのはつらいと言うことだった。珍しくも断られたことから、それほど大事になっているのかと思ったら、勇者が見目の良い侍女を片っ端から口説き落としており、その中には腕利きの兵士の恋人も混ざっていたようで、誰もパーティには加わりたがらないとの噂を聞くことになり、一気に脱力をした。


 そういった経緯もあり、最終的には推薦者でトーナメントでも開き、勇者と相性のよさそうなものを選出するかという意見も出たが、メルヴィンに一応勇者にパーティメンバーにするなら誰が良いかと聞いてみたらと言われ、それもそうだと思い直し聞いてみることにしたのだ。



「リョウ、そろそろパーティに加わる人員の選定に入るが、誰か希望者は居るか?」


「ああ、そうだな……。できればミケーレさんが一緒なら頼もしいと思う。俺の担当教官をしてくれてたし、気心知れているっていうか」


「ミケーレか? 一応聞いては見るが、彼女は難しいと思うぞ?」



 勇者はミケーレを慕っている。いや、横恋慕していると言ったらいいのだろうか?

 確かに、勇者としての役目を課すならば、実力や血筋をとってもミケーレは確かに適任ではあるが、彼女だけは勇者のパーティに入れることは出来ないと思った。

 もし彼女に勇者のパーティに加わる王命を与えたとしたら、宰相と公爵家筆頭のロア公爵が黙ってはいないし、そんなことをしたら確実に怒りの矛先が私の方に向く。話の流れで聞いてみるとはいったものの、承諾はできないことだった。

 ロア公爵には、母の身分が低く後ろ盾が弱い私の代わりに身勝手が過ぎる兄の抑止力として世話になっているため、彼らを裏切ることは私にはできなかった。



「俺は強制なんかしたりしないよ。こっちでも会う機会があるから直接聞いてみる」


「それならいいが……」



 勇者はそんな風に話してはいたが、ミケーレ自身は確実に断るだろうことは予想が付いた。彼女はロビンから離れることはないだろうし、その上しばらくしたら式を挙げる予定になっている。

 隣国の姫の護衛隊を率いる役目も決まっている状態で、彼女が放り出すことはないだろうと判断し、私は彼女に強制しないのならば一応の許可を出した。



 数日後、勇者のお披露目と称して夜会を開いた。秘されていた勇者を一目見ようと、多くの貴族が足を運んでいた。

 流石の勇者もこの時ばかりは見世物になっており、ひきつった顔をしていた。

 パーティ選考のことは既に勇者には話を通していて、勇者もこの時にミケーレには断られてしまったと報告をしてくれた。おそらく断られたことが言い難かったのだろう。

 夜会の為に招いたマナーの教師は、堅物と有名だったヒース女史を手配したのだが、勇者の魅了にやられたらしく、人に言うのも憚られる関係になったようで、貴族社会で必須のマナーの完了報告が大分甘めな評価になっていたとメルヴィンから報告が挙がり、私は再び頭を抱えることになった。



「な、なぁどうすればいいと思う? ダ、ダンスとか俺自信ないんだけど!」


「ダンスは苦手だと言って通せ。あとは、相手から話しかけてくるだろうが、必要なこと以外は話すな。何がきっかけで言質を取られるか分からないからな、好き勝手しゃべることはお勧めしない」


「わ、わかった……」



 情けない声を出しながら、私にどうすればいいのかと聞いてきた勇者をしげしげと眺めた。この日の為に仕立てた衣装は間違いなく似合っているため、勇者は貴族の令嬢たちに群がられることは確実だろう。とりあえず、いい気になってこちらに不利な発言をされてはたまらないから、釘だけは刺しておくことにした。



「メルヴィンを付けるから、困ったら聞け」 



 もちろん、勇者に群がる者の中には彼を好意的な目で見ている者も居るだろう。

 だが、一応私の派閥に居る勇者は、私を蹴落とそうとしている者たちの恰好の獲物になるだろうことは、容易に予想が付いた。無様な言動をされるのも拙いため、仕方なくメルヴィンと一緒に行動するように言った。側近であるメルヴィンが一緒ならば、勇者のフォローも可能だし、まず下手な言動をするような輩は居ないからだ。

 勇者は、メルヴィンから言質を取られたがゆえに身を固めなければいけなくなった貴族の話を吹き込まれて身震いしていた。そんな様子を見た私は、一応は釘が刺さったようだと思った。

 全く、いざとなって困るくらいならば、女史を口説き落としたとしても真面目に授業を受けておけば教えてもらえたものを……。



 夜会は自分の派閥の貴族との情報交換の場でもある。王位に興味があるのは兄の方ではあるが、王位に伴う権力には興味があっても、それに付随する責任と義務を疎んじているようだ。私は外戚の後ろ盾が弱く、王位にはそれほど興味がないのだが、この国の王位は長子相続ではなく王位に付くものの資質が問われるため、直系の男児が二人いる以上は継承権争いに巻き込まれることは決定事項だ。

 現状、継承権はどちらにもあるうえに、王太子の地位は空いている状態である。兄と私のどちらが王位に付くか不明確である以上、派閥は維持しなければならなかった。



「殿下、少しだけお時間よろしいでしょうか?」


「なにかあったのか?」



 メルヴィンの他に勇者に付けていた従者が、耳打ちをしてきた。

 メルヴィンが勇者から少し離れた際に、近衛騎士団のシントラー公爵が声をかけたとのことだった。

 兄の母親である第一側室の派閥であるシントラー公爵は、筆頭貴族であるロア公爵に匹敵する程の力を持つ家である。中立派ありながら筆頭貴族の地位にいるロア公爵を目の仇にしており、隙あらばロア公爵家の力を削ごうとする動きを見せているために、権力の均衡を崩しかねない要注意人物として名前が挙がっていた。

 様子を見ていた従者の話によると、シントラー公爵は勇者とパーティメンバーの選出の話をしたとのことだったが、直接話を聞いたわけではないために、シントラー公爵の行動が読めなかった。

 しかし、奴が勇者に接触を図ったとなると、今後の勢力争いがかなり拙いことになるだろうと不安がよぎった。







 そんな私の不安は、夜会の後になり、現実のものになってしまった。

 手の者にシントラー公爵の身辺を探らせていたのだが、それよりも先にモンターニュ将軍が私の前に現れた。



「ライオネル殿下は居られるか!」



 いつもは飄々とした様子で陛下をも手玉に取るモンターニュ将軍が、普段よりも慌てた様子で、私やメルヴィンが許可を出す前に私の居室に飛び込んできたのだ。

 これに驚かないことがあるだろうか!



「将軍、堅苦しい言葉は無しでいい。何があった?」


「すまぬ、殿下に対する言葉使いではないのだが、お言葉に甘えさせていただく。近衛の若造が勇者の取り込みにかかった」



 騎士団上がりのモンターニュ将軍は慣れない敬語で私に何かを訴えようとしたのだが、流石に何を言っているのか理解できなかったため、普段の言葉使いで良いとの許可を出した。気を利かせたメルヴィンが、将軍にお茶を淹れたが、アツアツの茶をそのまま一気に飲み干し、次の発言で私たちに爆弾を落とした。



「どういう事だ?!」


「あの若造。ワシの許可もなくロビン・クライフを近衛に異動させよったわ!」


「!?」



 ロビン・クライフが所属する第五騎士団は、隣接する魔国との国境に面しており我が国の中でも特に魔素が濃い場所である。

 濃い魔素がある場所には強力な魔物が多数出没するため、その地域を守護する第五騎士団は頻繁に出没する魔物を駆除することで、周辺の領地に魔物の被害がないようにする重要拠点であった。

 彼の騎士団は日々魔物の脅威にさらされているため個人のレベルが非常に高く、誰を引き抜いたとしても他の騎士団では上位に入る程の実力者が多い。その中でも、騎士団長の弟であるロビン・クライフ大隊長は剣聖との二つ名を持ち、彼が率いた大隊は災害級と呼ばれた魔物の群れを打倒した精鋭中の精鋭と言えた。

 


「あ、兄上は気でも狂ったか!? 地位こそ大隊長とはいえロビン・クライフを近衛に異動させるなど……、第五騎士団は魔物の被害を食い止めるうえで最重要拠点だぞ?! 一人とはいえの要になる者を抜かれたらどうなるか分かっているのか!?」


「ああ、ワシもそう言うたが。だからこそ、最強の剣士は近衛にふさわしいとか、寝言を抜かしよった。あ奴め、ロビンを飼い殺しにするつもりだろうよ」


「殿下、まさか……」



 一緒に話を聞いていたメルヴィンも、ここまで話を聞けば兄の狙いに予想がついていたようで、緊張した面持ちでこちらを見つめた。



「まったく、勇者の性格を考えると面倒なことになる故、極力勢力争いに巻き込まぬようにしていたが、かえってこじれてしまった」


「勇者殿はミケーレ様に執着しておられますからな、そうなると邪魔になってくるのがロビン殿ですね。実力では敵わないでしょうけど、懐に入れてしまえばやり様はありますし」


「第一側室殿は、兄をどうしても王位に就けたいようだからな、持てる駒は増やしたいだろうよ。こちらが囲っていた勇者を切り崩す糸口が見えたものだから、兄上に話を持ち込み、王族の特権で近衛に異動させたのだろう」



 これがきっかけで頭が痛い問題が次々と出てくるようになった。

 まずは、ロビン・クライフを異動させたことにより、ロビン・クライフを慕う者が多い第五騎士団からかなりの数の不満の声が上がったのだ。これは、兄やシントラー公爵のやり方が気に食わないとの理由で、私の派閥に付くことになったモンターニュ将軍に任せることにした。

 騎士団の問題は事情を知らぬ外部の者がつつくと問題が大きくなるために、モンターニュ将軍が居てくれたことで本当に助かったと、私とメルヴィンをはじめとした派閥の中でも力を持つ者たちは胸をなでおろした。



 近衛騎士団に異動になったロビン・クライフに関しては、異動してしまった以上は頻繁に人事を動かすことができないために、ロビン・クライフには苦労を掛けることになってしまった。

 一先ず、こちらの事情を説明したところ王族直々の詫びに恐縮しながらも、現状の苦労は飲み込んでくれることになった。しかし、周囲に味方がおらずシントラー近衛騎士団長の勢力下にある近衛騎士団での無茶な指令や訓練などで、彼が疲弊している姿を目にすることが増えていった。

 なんとか現状を打開するために、近衛騎士団に所属するのであれば、王族の護衛などの任に付けてもいいはずであると、宰相からの助言を得て、ロビン・クライフを私の護衛に据えようと動いたのだが、シントラー近衛騎士団長の方の動きが早かった。近衛騎士団は滅多なことでは遠征をすることはないのだが、ロビン・クライフを遠征に出す様になったのだ。

 これには、モンターニュ将軍から近衛は王都や王宮の守りを専門とする騎士団であるはずが、何故遠征をする必要があるのかと抗議をしてもらったが、魔王の討伐で騎士団が出陣した際の訓練であるとの発言をされ、私も苦言を呈したために、シントラー近衛騎士団長は以後控えるとの発言をし、一度は引き下がった。


 その頃には、近衛騎士団にロビン・クライフが引き抜かれた影響で、あの王家の剣として名高いクライフ家が第一王子の派閥に付いたとの噂が流れ始めた。確かにロビン・クライフは急な異動で兄の派閥の先鋒であるシントラー近衛騎士団長の部下にはなったが、兄の派閥に属したという事実は全くと言っていいほどなかった。そのため王族を交えて行う会議の場でクライフ家の当主であるヴェンデル第五騎士団長は噂を否定する羽目になり、忌々しげにどちらの派閥に付くかではなく、クライフ家は王家に仕える者であると改めて自らの地位を宣言した。

 ロビン・クライフに関しては、私の方でも手は尽くしてみたのだが、私の苦言はことごとく無視されており、彼の近衛騎士団内での扱いは、精神的なものから死地に遠征に行かされるなど生死に関わるような内容に至るようになった。結局はロビン・クライフもこれ以上は自分の生死に関わると、シントラー公爵へ抗議をしたのだが、それがシントラー公爵への暴言として取られてしまい、騎士の職を辞することになってしまった。

 これに怒ったモンターニュ将軍は、シントラー公爵と敵対する立場をとり、貴族の騎士団に関わる派閥争いは、シントラー近衛騎士団長とモンターニュ将軍による二極化することになり、両者はにらみ合うことになった。

 王宮内の派閥争いは騎士団内のみにとどまらず、侍女や下働きの下男、王宮に出入りする商人に至るまで波及し、商人に至っては自分の取引する貴族との収賄や癒着といった不正などが横行し、沈静化するまでかなりの時間を要することは想像に難くなかった。



 中立派の貴族であったロア公爵は、ミケーレを第一王子の婚約者の護衛に付かせ、息子である宰相は第二王子寄りの相談役として据えることで、立場的な均衡を保っていたのだが、立場を利用したシントラー近衛騎士団長が兄の名でミケーレに勇者のパーティに加わるように辞令を出したために、彼女はそれを拒否しロビン・クライフの後を追うように騎士の職を辞してしまったのだ。

 これに対して、ロア公爵はミケーレには逃げられてしまったと言ったが、公爵家の持つ力は強いために、彼女を捕まえておこうと思えばできたはずなのだ、おそらくロア公爵が中立派としての立場を捨てるための口実を作るために、わざとミケーレを逃がしたのだと予想が付いた。

 兄の派閥が下手を打ったおかげで、宰相とロア公爵が正式にこちらの派閥に付いてくれたのは僥倖とも言えた。



 そんな中で勇者は、自分の失言が原因でこのような事態になったことを侍女たちがミケーレの噂をすることで察したようで、彼女に対する執着よりも自分の保身について考えるような素振りを見せていた。

 真剣にミケーレと向き合いたいのならば、すぐに追えばいいだろうとメルヴィンが言ったところ、合わせる顔がないと言い、自室に引きこもるようになってしまった。

 それもそのはずだろう、ロビン・クライフを慕う騎士は多く、勇者の訓練に付き合っている者たちは、ロビン・クライフの待遇に不満を持ち、王族である私にですら抗議をしてきた者も居たくらいだ。そのくらい人望が厚かったものを追いやったのが、ミケーレに懸想をしていた勇者であると思わぬはずがなかった。

 それに、ミケーレは派閥を問わず侍女たちに人気が高く、身分の差はあれども純愛を貫く姿勢に共感する者が多かった。そのこともあり、横恋慕をしていた勇者への非難の視線が突き刺さったのだろう。


 引きこもりになられても困るため、仕方なく勇者との交流を深めるために滞在していた聖女と引き合わせたところ、聖女に励まされパーティメンバーは自分たちで決めると言い出し、居心地の悪い王宮から逃げるように出て行ってしまったのだ。



 これには、開いた口がふさがらなかった。

 自分が蒔いた種が処理できないために、こちらに押し付けるのかと思ったが、こいつはそういう奴だと思うようにした。



「殿下、どうなさいますか?」


「これで死ぬようであれば、それまでであったということだ。私たちは、彼にできるだけのことはした。だが、その恩を仇で返すようなことをしたのは奴の方だ」


「左様でございますか」


「まぁ、ここから先の処理は私たちの領分だ。足手まといが居なくなっただけ良かったと思わなくては……。それに、勇者の騎士団での訓練は順調だったという。ミケーレも生きる術は叩き込んだと言っていたからな。異世界召喚で呼び出された者は身体能力が高くなっていると神託にあった。そう簡単には死にはしまい」


「いつ何時こちらに頼ってくるか、些か不安ではありますが」


「そうなったら、助けるまでだ。こちらの事情で呼び出したのだから、その責任は持たねばなるまい。ただし、助けを求めなければそれまで。自分の口があるのだから、こちらから手を差し伸べることはない」



 私は旅立った勇者の背中を眺めながら、メルヴィンと話をした。

 王宮は問題が山積みになっている。騎士団の対立、文官と貴族や商人たちの収賄問題、王位継承問題。問題を挙げて行けばキリがない。

 勇者が手元からいなくなっただけ、問題が発生する確率が下がったと言える。旅先で問題を起こしかねないので、手の者を付けて情報を流すようにはしているが、勇者が問題を起こさないことはないのだろうなと、早々に諦めてしまっている自分が居る。



「さて、殿下。何から手を付けますかな?」


「そうだな。現状を静観なさっている王妃様の助力を願うか」


「では、文をしたためなければなりませんね。ご用意いたします」


「ああ、頼んだメルヴィン」



 現状の問題を打開するには力が要る。誰かに任せておくには、時間がない。

 後ろ盾ならば、既に得た。外戚の派閥が小さいと言い訳もできないだろう。

 王位には興味はないが、王族として国民を路頭に迷わせることは出来ない。

 王座に座る覚悟はできた。

 さぁ、私も動く時だ。



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