その41
四十一
無縁塚では、不死人のふたりが向かい合っていた。
西の山の端にはすでに赤みを帯びた太陽が沈み始め、咲き並ぶ彼岸花の群れを燃え上がらせている。
「じゃあ、先生はお前のところにずっと身を隠していたのか?」
妹紅の問いに、輝夜は静かに首を振る。
「いいえ。一度、永遠亭にその件で来たでしょう。前ぶれもなく来たあなたを、永琳がすぐに案内したわよね。あなたの好きなように探したはずよ。隠し部屋のたぐいなんてなかったでしょ?」
「ああ、そうだった」
「ただ、場合によっては……この先、彼には永遠亭に滞在してもらうことになるかもしれない」
「……どういう意味だ」
「彼はもはや普通の人間ではないのよ。わたしたちと同じ、不死人なの。それも完全な再生能力も備えている」
「……!」
妹紅は絶句した。
「前に、山の妖怪と勝負をしたという話があったわよね。あなたがその件を、前もってうちに知らせに来たでしょう。その勝負の最中に彼の力が暴発して、腕が吹き飛んだのよ。そのとき、肉体の再生が起きた。それを八雲紫が目撃していたの」
輝夜はそこでくすりと笑った。
「そこで、あの境界の妖怪は、わたしたちをかばってくれたのよ。分かるでしょう? 不死人なんてものが新たに出てきたら、まっさきに疑われるのは永遠亭ですものね。そして、わたしたちを追い詰めないために、この幻想郷から彼を隔離した。なんというか……皮肉な話ではあるわね。あのひと、うちのことは扱いにくい連中だと思っていたらしいから」
「…………」
「問題は、なぜ彼がそんな風になってしまったのかよ。これは永琳にもわたしにも分からなかった。調べようと思ってもそのときはもう本人がいなかったしね……そして、ついこのあいだ、彼は突然訪ねてきて、ある提案をしてきたの。実験をしたい、とね」
「実験……?」
「彼は理科の教師をしていたそうね。再現性という話をしていたわ。同じ条件で同じ現象を起こせば、同じ結果が出る。つまり、一年前のあの日と同じことをしてみようというのよ。去年、あのお人形さんがいたとき、似たようなことをしたわよね? でも、あのときは魔法使いと花の妖怪のあいだであの奇妙な現象が起こった。そして、結局は巫女の力で、あの現象は解決した……。でも、それでは『条件』が違うというわけ。戦うのはわたしとあなた。そして、巫女はいま、博麗神社にいる。そして、彼……九藤雅樹と人形は、外界から入ってくる」
「!」
「つまりね、あの人はこう言うわけ。前の実験では、九藤雅樹という『条件』が欠けていた。だから、『結果』は違うものになった」
「…………」
「彼はつまり、もう一度、あの人形に宿った魂を召喚しようとしているの。それを『自分に欠けているもの』だと言っていた。どういう意味かはわたしにはよく理解できなかったけど……その欠けているものを召喚して、自分とひとつになれば決着がつくはず、だそうよ」
「チビと先生がひとつに……」
「ただ、困ったことに、一年前のそのとき何があったのか、わたしたち自身はふたりとも憶えていない。そこがいちばんの問題で……そしてわたしたちにとって危険をはらむ点でもある。そこで、わたしは言ったの。賭け金が必要だと」
「賭け金?」
「記憶が吹き飛ぶほどの何かが起きる危険を冒すんだから報酬が要ると言ったのよ。そこで彼は言ったの。わたしがあなたとの勝負に勝ったら、自分を好きにしていいと。要するに自分そのものを賭けたわけね」
「お前は……」
妹紅の眼に怒りの色が宿る。
「あなただって、立場は同じなのよ。いわば、九藤さんはわたしたちを実験の材料として利用しようとしているわけなんだから。ただ、問題が起きた時のために監視をつけるようには言われたけどね。実験の記録が必要だから」
輝夜の口元にふたたび笑みが浮かぶ。
「要は、あなたはわたしに勝てばいいのよ。自分が望むものを手に入れるためにどれだけのことができるか、どちらかの心がへし折れるまで戦い抜けば、答えは自然と出るわ」
「……いいだろう。お前がどれだけの覚悟をもっているか、見せてもらう」
妹紅は凄惨な笑みを浮かべた。
「久し振りの殺し合いをしてみようじゃないか」
☆★
部屋の窓の外から聞こえたかすかな衝撃音に、レミリアは首をかしげた。
「今のは何?」
「見て参ります」
咲夜の姿がかき消え、すぐにまた現れる。
「無縁塚のあたりで何者かが戦っているようです。弾幕の様子から見て、おそらく不老不死コンビかと」
「あの二人が? なんだか久し振りね……ん」
レミリアは眉根を寄せる。
「デジャビューめいたものを感じたわね。そういえば、去年の今頃、竹藪の赤青な薬屋が来て、チビの人形を預けにきたんだっけ……たしか、そのときもあの愉快な二人組がやりあっていたのよね」
「それからしばらくしてから、黒白魔法使いと花の妖怪がやりあった一件がありました」
「なんかくたびれた果てた連中がぞろぞろ来た時ね……あれも、チビとのからみがあったんだったかな? 確かそうね」
「そういえば、八意永琳が来たのはたしか秋の彼岸の中日でした。キッチンでお萩を作っていたら、美鈴に呼ばれたので」
レミリアは、ああそうか、というようにうなずく。
「今日は昼と夜が等分される日だったわね……なかなか魔術的にも意味ありげな日ではあるわ。で、去年のその日にチビは来たというわけね。ということは、その二人は一周年記念行事を……ってそんなわけないでしょ」
「吸血鬼のノリツッコミ……そういうのもあるんですね」
「見に行くわよ、咲夜」
レミリアは従者の感想を無視して立ち上がる。
「わたしの勘では、間違いなく例の男もからんでるわ」
☆★
肩に大鎌をかついだ小野塚小町は、紅魔館寄りの位置からこの戦いを眺めていた。
そこへ、日傘を手にした妖怪が上空から近づいてきて、ふわりと降り立つ。
「こんにちは、死神さん」
「おや、これはまた。風見……幽香さんだったね」
小町は愛想よく返事をする。
「あの花の酒はなかなか忘れがたい味だったねえ」
「よければまた差し上げますけど。それはそれとして、こんなところでこの勢いで騒がれちゃ、様子見に来たくもなるわよね?」
幽香の問いに、小町はややあいまいな笑顔でうなずく。
「ま、ここもいろいろとめんどうな場所だからねえ……」
「墓地は生者と死者の境界でもあるものね。ここは人間が迷い込むと魂が抜けるなんて噂もあるし、そうなると妖怪なんかじゃ存在そのものが危うくなるかもしれないわよね……ところで、あんな調子で変なのが集まってるのは、死神さんとしてはどうなの?」
幽香は動きまわる光球の周辺を取り巻くように集まり始めた、黒々とした瘴気の流れを指さして言う。
「あれって、結界に影響しない?」
「するでしょな……でも、そこらへんはあたいが仕事として手が出せる範囲じゃないんでね。むしろ、順当な流れとしちゃ、ここに巫女が飛んできて、集まったああいう連中を浄化してくれるっていうのがいちばんかと」
そこへ、背後から別の声が割り込んだ。
「しかし、そうは問屋が降ろさないんだ」
「おや。こんどはお狐さまかい」
振り返った小町は、すこし驚いたように八雲藍の顔を見る。
「……博麗の巫女は、いま神社にいて、結界の緩みを抑えている。つまり、ここで騒ぎが起きていても神社から離れられない状況だ」
「ははあ……そういうことかい」
小町は納得したようにうなずいた。
「悪い時に悪いことが重なるってやつだね」
「ただ、今回は違う。初めから分かっていたからな」
藍は冷静に言う。
「だから、備えはある」
☆★
無縁塚周辺に不気味な瘴気が立ち込め始めた。幻想郷の臍の緒とも言われる無縁塚の付近は、さまざまな霊的エネルギーの吹き溜まりとなっているため、ただでさえ危険な場所とされている。それに加えて、秋分の日没という結界の緩みが発生する条件が加わり、きわめて不安定な状態になりはじめていた。
妹紅と輝夜の姿は彼女たちが発する強大な力の流れのせいで、遠目には光る球のように見えた。二つの光球はときに交差し、弾き合い、また接近して交差する。一方が炎を噴きだしたかと思えば、一方は五色の光弾を機関砲のように相手に浴びせる。それは弾幕戦と言うよりは、肉弾戦に近いものだった。
この激しい不死人同士の戦いは、怨霊・雑霊の類を呼び込みはじめ、彼らの周囲には陰気な影が渦巻き、いびつな力が空間を支配し始めていた。
「姫様はずいぶん張り切ってる感じだね、お師匠」
「そうね」
永琳とてゐは、魔法の森寄りの位置から遠巻きに二人の戦いを観ていた。
「それにしても、どこまで本気なのか分からなかったわ。妹紅を煽るにしても、もうすこし言い方があると思うけど」
「でも……男の不死人っていうのは、なかなか微妙な立ち位置ではあるよね」
「いくらなんでも、人間に対してそういう興味を持たないと思うけど……」
「でも、もしこれで、あの男の問題がけりがつかなかったら、そういう処置も考えられるだろ」
「……それは、そのときになったら考えるわ」
「らしくないねえ……」
「何か言った?」
永琳が片眉を上げて問い返す。
「ひとりごとです」
てゐは肩をすくめつつ、周りを見回す。
「部下たちからの報告だと、だんだん見物の連中が増えてきたみたいだって。ただ、距離をおいて、近づきすぎないようにしてはいるみたい」
「まあ、いつとばっちりが来ないとも限らないものね……」
そう永琳がつぶやいたとき、二つの光球の動きが止まった。
「!?」
光球は、まるで双子星のようにお互いに回転をしはじめ、やがてひとつに重なりあっていった。
「……どうやら、始まったようね。行くわ。あなたはここで部下と連絡を絶やさないようにしていて」
「了解」
永琳は、重なりあった光球に向かって一直線に飛んでいった。
☆★
「西のほうで騒ぎが起きてるみたいだな。どうやら、あの二人が始めたらしいぜ、霊夢……霊夢?」
石段の降り口近くにある鳥居の正面に立っていた霊夢は、鳥居の下の空間を見つめたまま、不動の姿勢になっていた。眼は開いているが、魔理沙の言葉はまるで聞こえていないかのようだった。
「下手に起こさないほうがいいのか? しかし、ほうっておくわけにも……」
魔理沙がつぶやいたそのとき、ふいに霊夢の前がまばゆい光で満たされた。
その瞬間、魔理沙は強い力で腕を引っ張られるのを感じた。
その42につづく




