表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
35/46

その35

お待たせいたしました。連載を再開します。



     三十五



 雨が続いていたある日、離れの書斎にいた阿求のもとに来客の知らせが入った。


「霊夢さんが?」


「はい。さほど時間はとらせない、ただ確かめたいことがあるだけだとのことです」


「分かりました……こちらにお通しして」


 阿求は筆を置くと机から離れ、ふすまを開けて隣の部屋に移動した。この離れはふすまによって二つの和室に区切られており、一方は執筆に使っている書斎、もう一方は休憩用兼来客用の部屋となっていた。


 やがて障子の向こうから「入っていいの?」と声がした。


「どうぞ、お入り下さい」


 阿求が声をかけると、障子が開き、霊夢が姿を現した。


「悪いわね、いきなり押しかけてきちゃって」


「いいえ、いつかおいでになるとは思っていましたから……どうぞ、お座り下さい」


 ふたりは座卓をはさんで向かい合う。


「あの人の言い回しを借りるわけじゃないけど……あなたに分かって欲しいのは、文句をつけに来たわけじゃないということよ。同じ人間同士で角付きあわせたって、いいことは何もないもの」


「はい……そうですね」


 霊夢の言葉に、阿求は肩を縮めながらうなずく。


「……もしかして、わたし、いま怒ったような顔してるかしら?」


「いえ、そんなことはありません」


「そう。正直言うと、わたし、もともと言葉で自分の考えを伝えるっていうのは苦手なのよ。だから、もしも怒ったような言い方になってたとしても、それはうまく言えない自分にイライラしてるんだと思って。あの人、そこらへん全然分かってくれないんだもの」


 それは分かる、と阿求は思った。彼とこの巫女との組み合わせだと、きっとそういうことになるのだろう。


 ある程度共有できる基盤があるもの同士では伝わることも、そうではない場合は誤解を生みやすい。彼は彼なりに相手に分かるように話をする努力をしてはいるのだろうが、それだけでは伝わらないことも多いだろう。


「で、ひとつ確かめておきたいことがあるんだけど……あなた、今回の件より前に先生に会ったことがあるの?」


「……あります」


 ただでさえ勘が鋭い相手に対して、ごまかしは意味が無い。


「そう。いくらあなたが阿礼乙女として知られている人だからといって、初対面の人にいきなりそういう話を持ち込むってことはないだろうと思ったの。むしろ、あなたがこの幻想郷なり人里なりでどういう立場なのかってことを分かってたんじゃないかと」


「一度家にお招きしたことがありまして。ただ、わたし自身のことについて九藤様に詳しくお話をしたわけではないのですが」


「話しているうちにある程度分かっちゃうのよ。まあ、そこらへんは大人の男の人なら当然なのかもしれないけどね」


「…………」


 必ずしもそうとは限らないが、ここで彼に対する評価を言うのは余計な勘繰りを生むかもしれない……。


「ただ、ちょっと不思議な感じはするのよね」


 霊夢は無表情に言う。


「なぜかっていうとね、あまりにも段取りが速かったから。慧音に訊いたら、あなたの家に呼ばれたのは亥の刻よりは前だって言ってたの。わたしが一本桜に行った時は戌の正刻と亥の初刻の間ぐらい……先生はあのあと里に向かったはず。つまりせいぜい小半時かそこらであなたのところに話が持ち込まれて、すぐにまとまったとしか思えない。でも、かなり差し迫ったことが起きたんならともかく、そこまで早く話を進めなきゃならない理由ってあったのかと思うわけよ」


「…………」


「いちばん自然なのは、あなたと先生、双方の知り合いの誰かが、いわばあなたを隠れ蓑にして事を決めた……とかね。もちろん、これはわたしの勝手な想像だけど」


 霊夢はそこで薄く笑みを浮かべる。


「たぶん、永遠亭の立場が大変なことになるとか、そんなことを言われたんじゃない?」


「!」


 阿求は思わず眼を見開いてしまった。


「なるほどね。でも、その理由までは聞いていないのかな? あの人自身、それを知らないのかもしれない。気絶してたしね」


「あのう……」


「いいのよ。わたしはわたしなりに確かめたかったことがあって、勝手にひとり合点してるだけ。でもあなたもすぐ分かるわよ。わたしがなぜ、永遠亭の件を知っていたかについて、考えればね。あなたのほうが頭がいいんだから」


 霊夢は立ち上がる。


「要は、これは里の人達のためにあの人が考えて決めたことだという形を作りたかったのよね。それ自体はべつに間違っているわけじゃないわ……周りの連中に下手な動きをさせないようにして、幻想郷を穏やかに保つためのやりかたとしては、『正しい』と言ってもいいくらい」


 阿求は胸を切りつけられるような思いだった。博麗の巫女としては、そう言わざるをえないのだろう。


「そんな顔をしないで。あなたが悪いわけじゃない。ただ、ひとりごとを少し言わせて。これはあなたに向かって言ってるんじゃないからね?」


 霊夢は息を吸い込み、視線を天井の方に向け、そこに誰かがいるかのように言う。


「わたしは先生を信じてるから。あの人は必ず戻ってくる。戻ってくる手立てを自分で考えて、戻ってくる。だからわたしはそれまでは自分のやれることをやる。そしてそれはそれとして、どこぞの誰かさんには、この件のおとしまえは必ずつけさせるからね!」



     ☆★



 霊夢が去ってから、部屋の中に空間の裂け目が現れ、そこから紫が姿を見せた。


「もう完全にバレてるわね……」


「……そうですね」


 阿求は紫の登場にはとくに驚かなかった。


 紫が手にしていた扇子を拡げ、やや感慨深げな調子で言う。


「まあ、あの子は学問はやってないけれど、地頭はいい子だからね」


「ヂアタマ?」


「持って生まれた思考の資質といったところかしらね。勘がいい子というのは、基本的には思考能力も資質は十分にあるの。ただ、勘に頼ってばかりいると、いつまでも能力が眠ったままになる。そういう意味では、チビさんといい、九藤くんといい、とてもいい刺戟になったとは思うわね」


「博麗の巫女の能力が向上するのはあなたとしては喜ばしいことかもしれませんが、本人はあなたを喜ばせるつもりは毛頭なさそうですよ?」


「無視されるよりは、関心をもたれたほうがいい、という妖怪の存在意義に関する原則はわたし自身にもあてはまることなのよ。それはともかく、いささか雑なことをやってしまったのも確かね。あなたにもかなり無理なことを強いてしまったし」


「……わたし自身のことは別にいいのですが。ただ、この状況がどれぐらい続くのか気になります」


「今回の件、里の連中はさほど関心を持ってはいないでしょう? まだ『流れ者』的な扱いだったでしょうから」


「まあ、そうですね……」


 阿求は忸怩たる思いでうなずく。もうすこし里の人間たちから何らかの反応があるかと思ったのだが、人一人いなくなったからといって、さほどのことはなかったのだ。


「ある意味、霊夢の言うとおりではあるわ。問題を解決できるのは、九藤くん自身しかいないの。ただねえ……」


 紫は扇子で顔を隠し、ため息をつく。


「わたし、いま彼自身に起きている問題を、彼に正直に打ち明けたものかどうか、それを判断しかねているのよ。できれば、それを自力で推察してくれると嬉しいなっていうのが本音よ」


「例の晩に何が起きたかをすべて把握させてもらっているわけではないのでよく分かりませんが、それはずいぶんと都合が良過ぎる言い分のような気がします」


「まあね、それはその通りよ……でもたとえば、深刻な病に侵されている者に、いきなりその事実を打ち上げてしまったら、その人の心から前向きな思考を吹き飛ばしてしまうかもしれないじゃない? 自分で事実にたどりついたなら、また違った姿勢をとることができるかもしれないでしょ?」


 阿求は驚いて頭を上げ、紫を見つめる。


「……九藤様はご病気なんですか?」


「違うわよ。これはあくまでたとえ。あの人は今現在、健康そのものよ。むしろ、能力的には並の人間以上のものを身につけている。下手をすれば、そこらへんの妖怪では太刀打ち出来ないような霊的な能力者になれるかもしれない……ただ、その力に沿った振る舞いができるかどうかは未知数なのよ」


「幻想郷の常識に馴染んでいただく必要があるというのなら、書籍の提供ぐらいはこちらでできますが。わたしたちが知っていて当然、と思っていることを、ご本人は案外知らないという可能性は高いですよ」


「そうね……ただ、それもそうだけど、あっちの『彼』のことももっと知らせておくべきかもしれないわね。そこらへん、おおざっぱなことしか知らせていなかったという嫌いはある……」


 紫は阿求に向かって言う。


「幻想郷縁起の内容の充実につながるということで、ひとつ協力してもらえないかしら?」


「例のチビ霊夢さんのことですね? かまいませんよ。もともとわたしの方でも調査は進めていましたから。その代わり、あなたご自身の協力も必要になりますが」


「もちろんよ。事実にたどりつくための事実を歪曲したりはしないわ」


 果たしてそうだろうか、と阿求は思ったが、すくなくともこの状況が紫にとっても厳しいものだということは確かだろうとも思った。調査を進めれば、阿求自身がたどりつける事実もあるかもしれない。


「分かりました。よろしくお願いいたします」



     ☆★



「妹紅……どうしたの、その格好」


 神社の母屋に戻ってきた霊夢は、玄関の脇に腰を降ろしていた妹紅を見つけて言った。全身ががほこりと泥で汚れ、服はところどころ破れている箇所がある。


「まあいちおう捜索活動と言うと聞こえはいいんだが……周りの連中からすると、ただの嫌がらせという感じだろうな」


「……とにかく、中に入って」


「いや、ここでいいんだ。ひとつ、わたしの方から言い訳というか、念の為に言っておきたいことがあったんでな」


「言い訳?」


「ああ。なんでわたしがこんなことまでしているのか……わたしがあの男にこだわっているかという理由だ」


「…………」


「知っていると思うが、わたしはこの幻想郷に流れ着くより以前は、妖怪退治の真似事をやっていた。不死の身ということもあって、あちこちを旅して回っていたから、なんていうのか……行き当たりばったりというのかな、そういう生き方をしていた。できるだけ避けるように努めていはいたが……情に流されて、連れ合いをもってしまうことも何度かあった」


 妹紅は顔をうつむかせながら言った。


「その中に、困った性質の男がいてな……無鉄砲というわけではないんだが、やることなすこと危なっかしいんだ。つねに自分をぎりぎりのところにおいて生きているというか……しかも本人はまったくそういう自覚がない」


「……いるわよね、そういう人って」


「ああ。そうなんだ」


 妹紅は口元にかすかに笑みを浮かべる。


「だが、不死人である以上、その男のそばにはいつまでもいられなかった。年月を重ねればそれは否が応でも明らかになるからな……いろいろとあったが、わたしは結局、家を出てもとのその日暮らしに戻っていった……」


「…………」


「わたしは不死人であることを隠さずに生きていけるいまの暮らしを大切にしたいと思っている。だからこそ、不死人としてのけじめも守っていきたい。ただ、あの男が姿を消した件に関しては、わたしはどうしても納得ができない……自分の不手際がからんでいるような気がしてな。それだけなんだ」


「……あなたの気が済むようにすればいいと思うわよ」


 霊夢はせつなそうに妹紅を見つめる。。


「わたしはあの人がやりかけていたことを引き継いで……それを続けながら、帰って来るのを待つことにするから」


「そうか」


 妹紅はうなずいた。


「さあ立って。やっぱり服ぐらい洗ったほうがいいわ。どうせ嫌がらせをするなら、かっこ良くした恰好でやったほうがいいわよ」


「はは、そうかもな」


 妹紅は苦笑して立ち上がり、それからあらためて霊夢の顔を見つめる。


「……お前さんは、信じてるんだな。あの男を」


「ええ。何もかもがひとつにまとまるときが、きっと来る……そのときあの人も帰って来る」


 霊夢は赤く染まり始めた空を見上げ、静かに言う。


「わたしは、そう感じているの」



     **********



 部屋の中が薄暗くなってきた。


 夕凪、という言葉がある。海辺の土地で、陸風から海風に変化するときに起きる無風状態のことだ。ただ、それはごくわずかな時間、昼と夜の境界で起きる現象に過ぎない。


 だが、ここでは常に空気の動きというものがまったく感じられない。こうなると凪とか現象といった言葉をあてはめることはできない。


 風がない、ということがあたりまえの世界。そのことだけでも、ここが幻想郷とはまた異なる領域なのだということが分かる。


 そして、風がないがゆえに、音もほとんど聞こえてこない。思い返してみると、幻想郷のあの小屋に住んでいた頃は、夜になるといろいろな音がしていたものだ。風の音、雨の音、雪が溶け落ちる音。遠くから静かに響く川の流れの音。


 それに較べると、ここはまさに時間が止まっているような世界だ。ある意味、それはいまの私の状態にふさわしいということなのかもしれない。


 と、廊下から密やかな足音が聞こえてきた。


 とりあえず私の近辺でこうした人の気配を感じさせる存在はひとりしかいない。


「九藤様、お食事の用意が整いましたので、お知らせに参りました」


 障子の向こうから声がする。


「分かりました」


 わたしは窓を閉め、立ち上がって障子を開ける。


 廊下には、まるで時代劇の武家の娘のように膝をついて姿勢を正している女の子がいた。


「それでは、ご案内いたします」


「はい」


 妖夢さんは中学生ぐらいの少女にしか見えない。肩に届かない程度に切りそろえられた髪は銀色で、虹彩の色も灰色に近いが、混血ということにしておけば、外の世界でも違和感なく受け容れられるだろう。


 ただ、その身体のそばにまとわりついている霊?らしきものが、彼女が通常の人間とは異なる存在であることを示唆している。それを脇においておけば、やたらと古風な感じの話し方をする人間の女の子、としか思えない。


 いつも食事の時に使っている部屋に入ると、すでに卓の上に用意ができていた。彼女自身が食事を作っているかどうか、そのあたりはさだかではない。


 現状では、いま私がいるこの場所の性質について言葉で質問するのは控えておくと決めている。なにしろ、丁重に扱われてはいても囚われの身であることには変わりがない。


 ただ、おかげで自由な時間だけは前よりも格段に増えた。それを有効に活用して、考えることにしよう。。


 これまでに考えることを避けていた問題……もう一人の自分について。


「いただきます」「いただきます」


 私たちは小さな座卓に向き合って座り、食事を始めた。


 妖夢さんの表情には、まだ緊張がかなりある。この緊張が解けたあたりに、彼女から視た幻想郷の姿などについて訊いてみるのもいいだろう。


 とにかく、いまの自分にやれることをやっていくしかない。



その36につづく



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ