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その17



     十七



 あの感覚。昨日のあれはなんだったのだろう。


 私は神社の山へと向かう道々、考えた。


 得体のしれない気配の襲撃よりも、そのあとに起きた体の反応、体の中から浮き出てきたような『何か』のほうがむしろ問題だった。


 あの腕の動き。あれはつまり、私を襲ってきた何かを指し示したということだ。あのとき、私は何を思っていたか。求めていたか。


 私を襲った何かを『視よう』としていた。その結果……腕が、指し示した。まるで『もうひとつの眼』が宿ったかのように。


 ただ、それだけではない。視ようとしていただけではない。私は、そこにあるべき何かを求めていた。そこに『それ』があれば、私にはできることがあった……。


「どうかしてるな」


 思わず声に出してしまう。


 私は妹紅のような妖術使いでもないし、魔理沙のような魔法使いでもない。あの博麗の巫女のような、神の意志を伝える者でもない。


 私にできるのはせいぜい人形を作ることぐらい……。だが、その手段もいまここにはない。


 まあ、気のせいだという風にごまかすのはやめておくにしても、そこから先を追求する手段がない以上は、保留しておくしかない。進むための橋がかかったらまた先へと進めばいいのだ。


 道の入口の『砕石置き場』につくと、いつものように麻袋に採石を入れ、猫車に積んで参道へと向かう。


 まだ短い区間ではあるが、砕石を敷いた部分だけはそれなりに参道らしき雰囲気になりはじめている。これが、神社に達するまでどれぐらいかかるか……。しかも、神社に近くなるにつれて麓からの石の運搬距離は長くなる。これについてはすこし魔理沙あたりの知恵を借りたほうがいいのかもしれないが……。


 上り坂で石を積んだ猫車を押し上げていくのはなかなかきつい作業だが、そこは砕石を敷いてある区間でもあるのでなんとかなる。このあたりは忍耐力と身体の鍛錬と思って頑張るしかない。


 ようやく昨日作業していたあたりにたどり着いたとき、奇妙なことが起きていることに気づいた。


 道の途中から完全に砕石が消えてしまっていたのだ。


 それも乱暴にほじくりかえした跡はなく、ただ、敷いた石だけが綺麗に消えてしまっていて、路面がまるで細かいクレーターの群のようになっていた。


「…………」


 確認してみると、ざっと五十メートル近くに渡って石が除去されていた。ほぼ一週間分の作業が徒労になったわけだ。


 しかし、取り除くほうが相当な苦労だっただろうという気もする。それを昨夜のうちにやってのけたのだとしたら、ある意味たいしたものだ。


 そこでふと、気配を感じた。周りを見て、それから上を見ると、特徴的な紅白の服を着けた彼女がスカートをたなびかせて空中から降りてくるところだった。


「ちょっ、見ないで!」


「えっ?」


 そのまますこし手足をばたつかせながら目の前に着地した彼女は、足元をふらつかせ、前によろめいて転びそうになった。とっさに前に出て肩を支える。


「……大丈夫かい」


「だ、大丈夫です……」


 すこしあわてたように身体を離す。


「いきなり近くに降りてきたわたしも悪いんで……」


 考えてみると、ここしばらく彼女とは顔を合わせていたなかった。この間の一件で、「知りません!」とか言われていたきりだったし……。


 しかし「お久しぶりだったね」というのもなんか嫌味だしな、などと考えていると、彼女は周りを見回して言った。


「これは間違いなく妖怪の仕業でしょう。人の手ではこういう凝ったことはできませんから」


 声がなんとなく緊張している感じだ。どちらかというと、妖怪を退治する巫女としての役割に沿って発言してるのかもしれない。それならそれで、こちらも気が楽ではある。


「だろうね」


 路面に埋まった砕石だけを除去するというのは、簡単にはいかない。


「それに、これは参道そのものを壊したり塞いだりしているわけではないからね。私が勝手に敷いた石を取り除いただけなんだから、きみの立場だと妖怪に対して文句をつけることはできないだろう」


「まあ、そうなりますね。その程度の知恵は持っているんでしょう。それで……その、どうするつもりですか」


 対応策ということだろうか。とりあえず交渉できるような相手かどうかだが。


「こういう連中って、言葉は通じるのかな」


「いろいろですけど……たとえば群を率いている長のような立場の妖怪なら、人並みに話ができるかもしれませんね。たぶんこれは一匹でできるようなことじゃないと思うので」


「だったら、話し合いをしたいものだね」


 すると、懐から時代劇でよく見る感じの書状らしきものを私に手渡した。


「どうぞ」


「うん?」


「今朝、うちに投げ込まれていたんです。宛名も何もなかったので中身を読んでしまいましたけど」


 たどたどしい感じの筆字だったので読みにくかったが、短い文なので判読はできた。



 いしをまくおとこへ


 ほんじつ とりのせいこく さかいのいしにまいられたし



「石をまく男ねえ……まあ私のことだろうね。さかいのいし、というのはなんだろうな」


「里からの道の分かれ道にある石のことですよ。あの石の山ができた場所の近くです」


「ああ、あそこか……」


 妖怪にとっても、あそこは目印になっているのかもしれない。


「いちおう言っておきますが、こんなものは無視したって構わないんですよ。自分の都合のいい時間に勝手に呼び出しているだけですから」


「しかし、これにどう反応するかで私という相手を測ろうとしているわけだろう。それに、無視した場合、『追加』が来るのは目に見えている」


「わたしは妖怪を退治する立場ですが、個々の人と妖怪の争いには立ち入らないという考え方なんです」


「そうであるべきだろうね」


 いちいち立ち入っていたら、身体がいくつあっても足りないだろう。


「……ですが、助言ぐらいはできると思います。たぶん、この妖怪はあなたを利用をしようとしているんでしょう」


「利用?」


「ええ。あなたをダシにして何かしようとしているんです。妖怪にとっては自分を周りにしらしめるということが大事ですから。どこぞの神様が信仰を得ようとするのと同じです」


「妖怪も神様も、おのれの存在を維持するためには必要ということか。まあ人も同じだけどね」

「あなたが想像している以上に妖怪は狡いですから。それといざとなれば脅しにかかります。夜に呼び出しているのは、力に訴えようとしている証拠です」


「最悪は殺される?」


「殺しはしないでしょう。でも、必ずしも力づくとは限りません。たとえば取り憑かれて正体を失うぐらいのことはあり得ますね」


「そうか……」


 取り憑かれるというパターンは考えていなかった。


「そこらへんは襲われる側の意志の力、ないしは精神力にかかっているということだね」


「…………」


「でも、妖怪と人って、善悪という尺度で測るとあまり大差ないんじゃないかと思うんだが、どうだい? 妖怪が一方的な悪というわけではないだろう?」


「それはその通りですけど……人とは異なるものです」


「そうだね。異質だということはある程度分かる」


 酒井縁だった八雲紫も、今から考えてみれば異質な印象はあった。その異質さは、外の世界ではある種の魅力でもあったのだが。


 とにかく、言葉が通じるのなら話をしてみるべきだろう。どういう形であれ、経験が必要だ。


 ふと視線を上げると、彼女が私の顔をじっと見ていた。


「もしかして……もう呆れ果ててるのかい?」


「いいえ。助言はしましたし。意味のない口出しはしません」


 何を言ったところでやることが変わらないと見れば、そう言わざるを得ないだろう。


「ありがとう。わざわざ呼び出しの書面を届けてくれて。それと、助言もおおいに参考になったよ」


「そうですか?」


 彼女は笑顔を見せる。うーむ、この笑みはちょっと分からない。解釈次第ではどうとでもとれる曖昧な笑顔。腹の底には怒りがくすぶってるのかもしれない。


 妖怪よりもこの巫女さんのほうがよほど手強い気がする。まあ、この幻想郷ではもちろんそれが当たり前なのだが。



     ☆★



 早めにいったん家へ戻り、自分なりに準備を整え、日没前にふたたび家を出た。暗くなってから家を出たのでは、呼び出した妖怪に会う前に別の妖怪に襲われてしまう危険性が高くなる。


 例の分かれ道の石の前にたどりついたのは五時半近くで、既に薄暗くなりかけていた。あたりの風景は逢魔が時のそれだった。草木は薄黒くなって、夕闇の中に静かに沈んでゆく。山の端も次第に滲んで見えなくなる。


 果たして、どんな妖怪が出てくるのだろうか?


 ゆっくりと時間が過ぎてゆく。


 やがて、空の色が完全に夜のそれになった頃に、妙にかすれたような聞き取りにくい声が草むらの奥から聞こえてきた。


「……明かりも点けずに待つとはなぁ」


 昨日の気配と同じ……だが、あのときのような張り詰めた感じはない。


「こんばんは」


 とりあえずそう言ってみた。相手が妖怪だろうがヒトだろうが、挨拶しておいて悪かろうはずがない。


「こんばんは……か」


 それから喉の奥を鳴らすような笑い声。


「おかしな男だ。しかし、たったひとりで来たところをみると、ただのおかしな男というわけでもないかな」


 声のしたほうから何か影が膨らんだような気がしたが、よく見てみると四本足で立っている動物に見えた。そして、おもむろに体を起こして、後ろ足だけで立ち上がる。


 その愛嬌のある感じの輪郭が、昔テレビのCMとかで見たような何かを連想させる。


「プレーリードッグ……か?」


「ば、馬鹿野郎!」


 動物は叫ぶ。


「ありゃ、げっ歯類だ。ネズミ連中と一緒にするな! っていうか、俺は妖怪だぞ。動物じゃねえ!」


「それは悪かった」


 しかし、プレーリードッグを知ってはいるんだな。案外、知識はあるのかもしれない。


「あなたは……元は動物だったのだが、長生きしたら妖怪化したとかそういう感じじゃないのか」


「いや、まあ……そうなんだけどな」


 呆れたような声。


「俺みたいのを見たことないのか?」


「……ないな。そっち系の野生動物に出くわす機会はあんまりなかった」


 見かけから想像するに、オゴジョと同じような系統か。そういえば……。


「イヅナとかそういうのは聞いたことがあるな。飯綱権現といったら神様だものな」


「はっ、そんなご立派なもんじゃねえ。だが、俺はただのイヅナじゃねえぞ、だいたいこんな大きさになれるやつはそうはいねえ」


 なるほど、たしかに立った状態での背の高さは一メートルぐらい、中型犬ぐらいの体長は十分にある。もっとも暗いのでシルエットがなんとなく分かる程度だ。


「私を呼び出したのはあなたかい」


「そうだよ」


 ちょっと不機嫌そうに言う。


「俺はここらへんの山を縄張りにしている者さ。お前が妙なことを始めるもんだから、周りの連中が騒いだあげく、駆りだされたのさ。こっちはいい迷惑だ」


「周りの連中ね……つまり、ここにはいろいろな妖怪が昔からいるということか。しかし、私が神社の参道を整えることが、その妖怪たちにとっては迷惑なのか?」


「いや、道を辿って人が来るっていうのは、妖怪にとっては悪いことばかりじゃないんだ。だが、その中には『自分たちの居場所に人間が近づきたがらない』ってことだけで、かろうじて己を保っているような奴もいるんだよ」


「そこに何か怪しいものがいる、と人々に思われることが大事なんだな」


「そうだ。だから、俺たちが『いる』んだってことを分からせなきゃならない。お前の敷いた石を掘り返したのもそういう意味さ」


「すると、結局のところ……」


 私は相手との距離を目測しつつ問いかける。


「私を呼び出した用件はどういうことになるんだ?」


「かんたんだ。俺と勝負しろってことだ」


「勝負……もしかしてスペルカード戦のことか? 私は弾幕なんてものは撃てないぞ」


「弾幕ごっこなんてのはあれは女連中の遊びだ。そんなものは俺はしない」


「じゃあ、体術で勝負するということか」


「妖怪と人間じゃ、殴り合いの勝負なんて成り立たねぇ。身体の作りが違う。俺たちの身体はお前らみたいに血や肉でできてるわけじゃない。もっと言えば、人間を殺す方法じゃ、俺たちは殺せない。俺たちにとって痛手になるような力をもつ武器をそっちが使わなきゃならない」


「……武器ねえ」


 たとえ武器を手に入れたとして、私に扱えるかどうか、はなはだ疑問だ。


「だが、お前にはそんな武器は要らないはずさ。お前には力があるからな。その力を使えば、俺と勝負はできるはずだ」


「力?」


「そうさ。昨日、俺に向けたあの力だ。覚えがないとは言わせないぞ」


「…………」


 それは、腕を自然に上げてしまった時のことだろうか。だが、結局あのときに何が起きたのかは分かってはいない。


「覚えがないわけじゃないんだが……正直、あれは自分が何をしたのかよく分からないんだ。もしかして、なにか被害を受けたのか?」


「ああ? なんだそりゃ?」


 イヅナの妖怪は首を傾げる。


「べつにあんときは俺は何も食らわなかったさ。食らう前に引いたからな。そうか……お前、まだその力が何なのか、よく分かってないんだな。それだとちょっとこっちも都合が悪い。ちゃんと使いこなしてくれるようじゃないと、勝負にならねえ」


「そうなのか」


「そうさ。赤ん坊がでっかい剣を振り回してるようなのを相手になんかできねえよ。自分で調べてみるんだな」


「調べて……分かるまで、待ってくれるのか?」


「……ひとつお前に考えて欲しいのは、なんで俺がわざわざこんな真似までして、勝負しようと言ってるかってことだよ。それが分からないんじゃ、勝負したって意味はねえ」


 イヅナの妖怪は一呼吸置いて付け加える。


「もう少しだけ教えてやる。勝負っていうのは、勝ち負けを決めるだけのものじゃないんだ。そして、相手は他にもいろいろいるってことだ」


「…………」


「肝腎なのは勝負の『段取り』だ。その『段取り』の中身はお前と俺だけが知っていればいい。他の連中はそれぞれの理屈で納得できりゃいいんだ。人間にしろ、妖怪にしろな」


「……私が考えればいいんだな?」


「そうだ。できれば、お前が一人で考えた方がいい。まあ、なんなら俺も相談に乗る。俺がこんなことを言うのはおかしいと思うかもしれんが、すこし考えれば分かる」


 二本足で立っていた影は身体を下ろして四本足に戻る。


「俺に用があるときは日の高いうちに呼び出しの合図をしておいてくれ。そこの『境の石』の後ろ側に窪みがある。そこに小石を3つ並べておいてくれよ。そうしたらその日の夕方に来てやる。刻限は今日と同じだ。じゃあな」


 彼はそう言うと、木々の闇の中へと静かに姿を消した。


 私は用意してきたランプに火をつけると、きた道を引き返しはじめた。遠くに見える里の家々の明かりの群れ、そして周りを黒々と囲む山々。それらがひどく現実離れした光景に感じられた。が、さっきイヅナ君と交わした会話は間違いなく現実なのだ。彼の言葉をしっかり思い返して心にとどめておかなくてはならない。



その18につづく

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