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その12



     十二



 結局、押しの強い早苗さんの勢いに負けて、私は彼女と一緒に博麗神社に行くことになった。大人の足で行けば小一時間程度の道のりだという話だったが、雪がまだかなり残っており、おまけに道がろくに整備されていない感じだった。こちらに来た時に履いていた冬用の長靴があったから良かったものの、そう簡単には行き来できるような印象ではない。


「まあ正直、ウチなんかお正月はともかくとして冬の間は参拝客なんてほぼゼロですよ。人も妖怪も込みで」


 早苗さんは白い息を吐きながら言う。


「博麗神社に比べると、山の奥の方にあってもっと条件が悪いですしね。そもそも妖怪の山って言われてる山ですから……」


 早苗さんは神社を目指す道中、山に住む妖怪、とくに天狗たちの話や、神社周辺で起きたことなどについて話をしてくれた。そして、その中のひとつとして『チビさん』に関する話も出た。


「去年の秋、霊夢さんと一緒に挨拶に来てくれたんです。そのときは、外の世界でこの幻想郷を知っている人はいるのか、とかそういうことを訊かれましたねえ」


 人物としてはどういう印象だったかを訊くと、

「穏やかで、優しいお父さんみたいなそんな感じの人でしたね。というか、やっぱり似てますよ、九藤さんに。話の仕方とかが同じ感じです。ただ、あれかな。変な話ですけど、チビさんのほうが、もう少し年長者、みたいな感じかな。あ、もちろん九藤さんが年長者らしくないという意味ではないですけど」


 年長者か。すくなくとも幻想郷生まれで私と同年代の男性がいたとしたら、確実に私よりは年長者らしい振る舞いをしているだろうし、心構えもまったく違うだろう。環境の違いといってしまえばそれまでだが。


「生身の肉体としての感覚がない状態というのは、どういう感じなんだろうな」


「あー、それはわたしも興味がありました。でも、あるべきものがないという苦痛はないそうです。身体があった時の感覚そのものを忘れているし、案外ラクなものだよと言ってましたね」


「なるほどな」


 はじめから無いものは失いようがないということなのだろう。


 道とも思えない道を辿り続けてようやく入り口とおぼしき石段が見えてきた。それを上がると、眼前に石造りのくすんだ色合いになった鳥居が近づく。残り数段となったあたりで、雪の残る境内の奥に、注連縄が張られた拝殿が見えた。このあいだ見たのは夜だったので、印象がかなり違う。


 鳥居の側に立つと、三方を囲む白い山々と、さっきまでいた人里、そして森とその向こうの湖が一望のもとに見渡せた。まるで箱庭のような世界だった。


 私がその眺めを思わず見入っていると、早苗さんが言った。


「ここって、観光スポットになったっておかしくないですよね。夏休みに親子連れで賑わったって不思議じゃないと思います」


「まったくだね」


 まさに秘境という感じだ。もっとも、外界から隔離されているのだから、正真正銘の隠れ里ではあるのだが。


 私たちは手水舎で手と口を清めると拝殿に近づいた。が、そこでふと疑問に思ったことを訊いてみた。


「この神社って、どんな神様が祀られているんだろうな」


「さあ……それは実はよく分からないんですよ。霊夢さんも知らないって言ってるぐらいで」


「神社を守る巫女さんが知らないのかい」


「ただ、この博麗神社は外界との境界にあると言われていますし、博麗大結界の結び目にあたるなんていう話もありますから、きっと境界を守る神様なんだろうとわたしは思ってますけどね」


「境界を守る神というと、例えばどんな神様がいるんだい」


「そうですね、まあポピュラーなのは猿田彦神とかでしょうか。天孫ニニギノミコトが降臨したときに道案内をしてくれた神様ですし。あとは道祖神とか塞の神とか……村の境界で悪しき者の侵入をふせぐ神様は各地にいらっしゃったといいますね」


 外来者である私は果たして神にどう評価されるだろうか。


 拝殿の階を登り、参拝をする。まずはこの幻想郷で無事に過ごせることを祈った。


 それでは母屋に行こうかというところで、木々の間を縫うようにこちらに向かって歩いてくる彼女に出くわした。


 まず彼女は早苗に向かって「おや」というような顔をしてみせ、それから私に対してはすこし不審そうな顔になり、それから「あっ」というように口を開けた。


「あなた……」


「どうも、お久しぶりです」


 私はお辞儀をした。


「わたしが誘ったんですよ。天気もいいし」


 と早苗さんは妙に元気のいい調子で言うと、手に提げていた布鞄から紙袋を取り出して彼女に押しつけた。


「あっ、これお土産です、お茶請けに。里で買ったんです、安かったんで」


「そりゃどうも……」


 彼女はすこし当惑したような面持ちで紙袋を受けとる。


「それじゃ……とりあえずわたしは向こうの分社の掃除をして来ますので。またあとで……」


 早苗さんは、そう言うとなぜか後ずさるような感じで、分社があるらしい森のほうへと姿を消していった。


「……なんなんだろう、あれは」


「こっちが聞きたいくらいですけど。ところでええと……九藤さん」


「ああ、はい」


「うちに参拝するために里からわざわざ足を運んで下さったんですか?」


「いや、ええと……もちろん参拝はするつもりで来ましたが……」


 半ば成り行きで来てしまったようなものだが、このあいだの一件のこともある。


「すこし、お話しなければならないこともあるなと思っていて」


「分かりました。それじゃ、こちらにどうぞ」


 彼女はあっさりとうなずき、踵を返して母屋の方へ歩き始めた。私もその後に続く。


 その後ろ姿には、なんとなくではあるが、話しかけづらいような空気が漂っている。というか、さっきの早苗さんもそれを感じてああいう態度になったのだろうか。


 と、彼女が前を向いたまま私に問いかけた。


「外に戻らなくていいんですか? お家とかほったらかしなんでしょ?」


「もう決めてしまったから。後始末は、あの……八雲さんか。彼女に任せています」


「ずいぶん信用してるんですね、紫のことを」


「全面的に信用しているというわけではありませんよ。ただ、これまでの実績というのがある。とりあえず裏切られたと思ったことはないのは確かです」


「……あの、ひとつお願いしていいですか」


 彼女は立ち止まり、私に向き直る。


「わたしは、たぶんあなたよりはけっこう年下で……あなたは立派な大人なわけですから、そういう丁寧な言葉で話されるとかえって窮屈な感じがします。ですから、前に外でお会いした時みたいに、普通に話してくれませんか」


 たしかに言われてみれば、あのときは初対面なのにごく気軽な感じで話していた。まあ、彼女たちの身なりも普通の女子高生ぐらいの印象だったということもあるが。


「分かった。そうするよ」



     ☆★



 母屋の茶の間に通され、お茶を出される。


「先生の仕事って、うまくいってるんですか」


「ああ……知ってたのか。まあ、なんとか見よう見まねでね。いくら教師をやっていたことがあるといっても、外の世界とは違うから……一人前になるためには修行中というところだね。でも子供たちは楽しそうにしてくれてるんで、そこが励みになってるかな。ただ、私がどういう経緯でここに来たのかは伏せてるので、小さい子なんかは人形に入っていた『彼』と私は同じ人物ということに、いつの間にかなってしまっているようだ。申し訳ないが、そのままにしてしまっている」


「……その方がいいと思います。むしろ、ほっとしました」


 彼女はそう言ってから、ため息をついた。


「本当はわたし、お詫びしなきゃらないって思ってたんです……ただ、あのときは言い出せなくて」


「きみが私に謝るようなことなんて、あったっけ?」


「ひとつは、わたしが魔理沙と一緒にあなたの家を訪ねたときのことです。一方的に、人形を譲ってくれって言って。あなたが断れないような頼み方をしてしまったんじゃないかって」


「そんなことはないさ。それは確かに、きみの言葉に心を動かされたという部分もある」


「わたしの、言葉?」


「『この子の中にはわたしを視てくれている魂がいるんです。空っぽだったわたしに生きる人としての形を与えてくれています』と言ったんだよ」


「…………」


「あのときの衝撃は……言葉ではとても言い尽くせないものがあったな」


 精神的なものだけではなく、身体にまで響いてくるものがあった。単に彼女の言葉に衝撃を受けたというより、それをきっかけにして何か得体のしれない感覚が身体の底から湧き上がってくる、そんな感じだった。


「どちらにしてもそれはきみが持っているべきものだとあのとき思ったからね。私が視た女の子……人形をあげたいと思った女の子はきみなんだと、いまでも思っている」


「でも、その人形を壊してしまって……」


「そこらへんの話も聞いたよ。でも、それはきみの責任じゃない。ただ、その人形を壊したという……吸血鬼の女の子だっけ? その子には会って話をしてみたいものだね」


「ダメよ!」


 ものすごい剣幕で言われた。


 私が思わずのけぞってしまうと、はっとしたように彼女は口を押さえる。


「ご、ごめんなさい。でも、あの子は……フランドールは幻想郷の妖怪の中でも並外れた力を持っているの。普通の人間が近づくのは危険です。命にかかわるわ」


「そうか……しかし、きみはそういう妖怪たちを相手にこれまで戦ってきてるんだろう。もちろん、スペルカードルールという決め事の範囲内なのは知っているが、場合によっては命を落とす危険性もあると聞いたよ」


「……戦っているときはわたしは『人』ではなくなりますから。わたしを人外を超えた化物と呼んだ妖怪もいますし、鬼の化身だと言われたこともあります」


「なぜそういう仕組みになっているのかな……」


「え?」


「きみは、博麗の巫女を辞めたいと思ったことはないのかい」


 すると、彼女はすこし首をひねって、それから答えた。


「もし仮に辞めて、たとえば里で暮らすことにしたとしますよね。たぶんその場合、妖怪たちは……まあたぶん中心になるのは紫でしょうけど、連中は新しい博麗の巫女を連れてくるんでしょう。でも、力がある巫女がすぐに見つかるとは限らない。その場合、しばらくは神社は空になってしまうかもしれない。そんなときに外から見たこともない強い妖怪とかが入ってきて厄介事を引き起こしたら……人間にはどうすることもできません。でも、妖怪同士の力任せの闘いになってしまったら、下手をすれば幻想郷はめちゃくちゃになります。そんなときに、わたしが黙っていられると思いますか?」


「……無理なんだろうな」


「だから、巫女を辞めるとか、そういうこと自体にあまり意味が無いんです」


「つまりきみにとって代われるような後継者が見つかるまでは、どうしようもない……ということかい」


「まあそうですね。でも、巫女をやめようと思ったことはありませんよ。ここがわたしの居場所ですから」


 だが、年若い女の子の居場所としてはこの神社はあまりにも寂しい。


 だからこそ、あの人形に憑いた『魂』の役割は大きかったんだろう。


「ところで、九藤さんもお話があるんでしたよね」


「ああ、そうだった」


 私は境界の妖怪、八雲紫のもうひとつの顔、酒井縁についてかいつまんで話をした。学生のときに知り合ったこと、卒業してからも交流があったこと、私が教師を辞めてからのこと……。


 ひと通りの話を聞き終えると彼女は言った。


「たぶん、なにか理由があったんじゃないかっていう気もしますね。人形を作ることを勧めたっていうのは」


「そうだな。いまになって考えてみると、そうなのかもしれない。もっと勘繰れば、初めから私をここに連れてくる計画だったのかもしれないが……それはちょっと考え過ぎかな」


「……『何を考えているかわからない』というのが紫のウリですからね。そういう意味では、こういう話はわたしに対して手の内を明かすことにつながるわけですけど、このことは紫は承知してるんですか?」


「もちろん。ただ、自分で話すのは嫌だから、私から話してくれと言われた。きみはこういう話を軽々に言いふらしたりする子ではないとも言っていたが」


「そういう言い回しで、わたしを操れると思ってるところが癪に障るんですよね……まあ言いませんけど」


 そう言ってから、彼女は笑みを浮かべた。


「でも良かった。こうしてお話ができて……気になっていたから」


「……私のことがかい?」


「ええ。えっ? いや、気になっていたっていってもそういう意味じゃなくて」


 慌てたように彼女は手を横にぶんぶんと振る。


「その、なんていうか、あのまんまだと後味も悪かったし……あ、そうだ。それから」


 彼女は手を首の後に回した。何をしているのだろうと思ったら胸元から、何かを取り出した。


「それは……」


「もしかしてあなたのものじゃないですか?」


 コーンフラワーブルーのサファイア。確かに、それは人形に入れておいたものだ。


「そうですが……これが、なぜ?」


「チビが腕につけていたんです。いろいろと経緯はあったんですけれども……」


 魂の依代として、その人形には彼女自身の血で名前を書いた紙を髪の毛で封じたものを入れたのだが、それだけでは依代としての力が弱かったために、その宝石を後から腕輪としてつけたのだという。


「だとしたら、なおさらそれは、きみが持っていたほうがいいのでは?」


「でも……これは今のあなたにこそ必要なのじゃないかと思うので。それに……これは誰か身内の方から譲り受けたものじゃないですか?」


「母が持っていたものだが……」


「だったら、やっぱりあなたが持っているべきです。きっと、あなたを守るための力になってくれると思います」


 そう言うと、彼女は私の首に手を回して、首飾りのようになっているそれをつけてくれた。


「……ありがとう」


「いいえ」


 お互いの身体が近づき過ぎているか……と思ったそのとき、


「あー、やっと終わりましたよ」


 いきなり引き戸が開いて、廊下から早苗さんが入ってきた。


「雪が凍ってて落とすのが大変でした」


「……お疲れさま。お茶、淹れてくるわね」


 彼女はすばやく身体を私から引き離すと、早苗さんと入れ替わるように勝手に引っ込む。


「……って、どうされました?」


「い、いや……まあ、お疲れさま」


「もしよろしかったら、あとで分社のほうに参拝していただけるとうちの神様たちも喜ぶと思うんですが。せっかく掃除しましたので、きれいなお社を見ていただきたいなと」


「ああ、そうするよ。きみのおかげでいろいろと助かった。さきにご利益をいただいたようなもんだ」


「そう言っていただけると嬉しいです」


 早苗さんは邪気のない笑顔を見せた。



     **********



「どうだった、神奈子」


「ついさっき来た。実直そうな、それでいて一癖ありそうな好青年だった」


「褒め言葉としてはちょっと複雑な言い方だね。ま、見かけはともかく、中身はどうだったんだい」


「……やはり『同じ』だった。チビさんのほうが『薄い』感じだったが。でも、魂の色合いは『同じ』だ。あのチビさんは、九藤雅樹というあの男の魂だったとしか思えないな」


「いったいどういうことなんだろうねえ……」


「分からない。わたしたちでは、これ以上はお手上げということだ」


「どうするの。この件、例の賢者さんに伝えるのかい」


「まあ約束だしな。こんど顔を合せたときにでも言っておこう……ただ、別の意味で興味深い点がある」


「なんだい」


「わたしの観るところ、なかなかいい素質をもっているようだ。その手の血を引いてるのかもしれん。まあ、さすがにわたしが見てることには気づかなかったようだがな」


「へえ……それはたしかに興味あるねえ。我が家の将来のことを考えるとね」



その13につづく

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