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さよならを、先に言われた  作者: ニィギンヤ


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5/5

だから、忘れることにした

 選択は、案外あっさり来る。



 もっと悩むと思っていた。



 もっと時間があると思っていた。



 でも現実は違った。



「……時間、もうない」



 少女が言う。



 静かに。



 焦りはない。



 ただ事実を伝えるみたいに。



 周りを見る。



 色は、ほとんど抜けていた。



 空も。



 街も。



 人も。



 全部が薄い。



 まるで、世界そのものが消えかけているみたいだった。



「このままだと」



 少女が続ける。



「また同じになる」



 分かっている。



 説明されなくても。



 もう十分に。



 理解している。



 繰り返す。



 出会って。



 好きになって。



 そして。



 忘れる。



 中途半端なまま。



 終わる。



 それを。



 何度も。



 何度も。



 繰り返してきた。



「……じゃあ、どうすればいい」



 聞く。



 分かっているくせに。



 それでも、聞く。



 答えを。



 ちゃんと自分の中に落とすために。



 少女は、少しだけ間を置いて。



 それから言った。



「ここで、ちゃんと終わらせる」



 静かに。



 はっきりと。



「そのために必要なのが」



 一拍。



「“忘れること”」



 やっぱり、それだった。



 最初から。



 ずっと。



 そこに戻る。



「……俺が?」



「うん」



 頷く。



 迷いなく。



「今ここで、私との記憶を全部なくす」



 簡単に言う。



 簡単に。



 でもそれは。



 全然簡単じゃない。



 むしろ。



 最悪に近い選択だ。



「それで終わるのか」



 確認する。



 最後に。



「うん」



 短い返事。



「ちゃんと終わる」



 続ける。



「もう繰り返さない」



 その言葉は。



 確かに。



 救いだった。



 でも同時に。



 完全な終わりでもあった。



「……そっか」



 それだけ言う。



 それ以上、言葉が出なかった。



 沈黙が落ちる。



 静かな。



 でも重い沈黙。



 その中で。



 少女が、小さく笑った。



「ねえ」



 呼ばれる。



「最後に一個だけ、お願いしていい?」



「……何だよ」



 聞く。



 もう拒否する理由はなかった。



「ちゃんと、こっち見て」



 言われる。



 ゆっくりと。



 顔を上げる。



 少女を見る。



 まっすぐに。



 その顔は。



 最初に会った時と同じで。



 でも少しだけ違っていた。



 少しだけ。



 大人びて見えた。



「ありがとう」



 少女が言う。



 小さく。



 でも、はっきりと。



「また、付き合ってくれて」



 ——。



 その言葉が。



 胸に刺さる。



 じわっと。



 遅れて効いてくる。



「……ああ」



 それしか言えなかった。



 本当は、もっと色々言いたかった。



 聞きたいこともあった。



 でも。



 全部どうでもよくなるくらい。



 その一言で、満たされてしまった。



「じゃあ」



 少女が、一歩近づく。



 距離が縮まる。



 手が伸びる。



 俺の方へ。



「いくね」



 軽く言う。



 いつも通りみたいに。



 その手が。



 触れる。



 額に。



 ほんの少しだけ。



 冷たい感触。



 その瞬間。



 何かが、ほどけていく。



 記憶が。



 感情が。



 時間が。



 全部。



 ゆっくりと。



 静かに。



 消えていく。



 最後に見えたのは。



 少女の笑顔だった。



 泣いているのかどうかは、



 分からなかった。



 たぶん。



 分からないままでいいんだと思う。



 そして——



 全部、消えた。




 目を開ける。



 空が青い。



 風が少し強い。



 どうでもいいくらい平和で。



 見慣れた日常。



 知らないはずの違和感も、



 もうない。



 ただ一つ。



 目の前に、誰かがいる。



 見覚えはない。



 記憶にもない。



 でも。



 その人は、少しだけ困ったように笑って。



 それから。



 小さく頭を下げた。



「——はじめまして」



 そう言った。



 その声を聞いて。



 なぜか。



 ほんの少しだけ。



 胸がざわついた。



 理由は分からない。



 分からないままでいい。



 たぶん。



 それでいい。




 これは、出会いの物語だ。



 そして。



 ちゃんと終わった、



 別れの物語だ。

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