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エピローグ


エピローグ




 抜ける様な青空の下。色とりどりのチューリップやアネモネが爽やかな風に揺られている。遠く潮騒を聞く花々に囲まれて、会沢診療所は春を迎えている。あれから10年の歳月が過ぎた。

 かつてほんの短い期間だが、ここに勤務していた越川康弘医師が整備していた花畑は、今年も変わらず美しい花々を咲かせている。

 診療所には、今日も付近に住むお年寄りたちが集まっている。

 だが老人たちは診察を受けるでもなく、ガヤガヤと談笑を繰り広げている。

 そんな中で今年79歳になった会沢医師は、手持ち無沙汰を誤魔化す様に診療日誌を書いている。

「ただ今戻りました」

 元気な声に老人たちはおっと声を上げて、入り口に注目する。

 ドアを開けて入って来たのは27歳になった越川俊一だった。

「お帰りなさい若先生」「待ってたんですよ」老人たちは話すのをやめて俊一に声を掛ける。

「なんだお爺ちゃんたち、また集まっちゃってしょうがないなぁ」

「朝からこの有様なんだよ、何とかしてくれたまえよ越川君」

「困りましたねぇ」

 と言いながら俊一は、目の覚める様に晴れやかな笑顔を浮かべる。

「またそんなぁ。あたしら待ってたんだからぁ」

 老人たちの目は嬉しそうに輝いている。

「もう皆さん診察なら会沢先生に診て頂いた方が確かなんだからねっ」

「オラ嫌だこんな老いぼれに診て貰うなんて」

「そうだそうだ」

 言われ放題な言葉に温厚な会沢も思わず渋面を作る。

「オホンッ! アンタに老いぼれだなんて言われたくありませんねぇ」

「おっとこりゃ失礼、でもわし等は若先生が目当てで来てんだから」

「そうよぉ」

「それじゃ、アタシが一番だから診て貰おうかね」

 と農作業の途中で来た様な老婆が立ち上がり、嬉々として診察用の椅子に腰掛ける。

「お婆ちゃん昨日も来てどこも問題無いって言ったでしょ、そんなに毎日来なくたって元気が有り余ってるくせに」

「いやぁね、朝からちょっと立ちくらみがするもんでさ、血圧でも測って貰おうかと思ったもんだからねぇ」

「またそんなこと言ってえ」

 と言いながら老婆の腕に血圧計のベルトを巻き着ける。

「だって、若先生に診て貰わにゃあ一日だって安心して暮らせないんだもの」

「そうだそうだ」

 と他の老人達も言う。

「キヨ子婆ちゃんだってそんなにお元気なのに。きっとあと20年はピンピンしてると思いますよ」

「いゃあだわたし、若先生の顔毎日見ないと死んじゃうもの!」

 どっと笑いが起こる。去年から赴任して来た俊一の人気振りには、会沢も感心するのを通り越して半ば呆れてしまっている。仕方なくゴホンと咳払いをして、また日誌に目を落とす。

「しっかし会沢先生よぉ、本当に良かったよなぁ、もし若先生が来て下さらなかったらよぅ、この診療所も無くなってたとこだもんなぁ」

 村の人々は俊一が来てくれたことを心から喜び、俊一はお年寄りたちからアイドルの様な存在に祭り上げられているのだった。




 この診療所が無くなると芳辺谷村は無医村になってしまう。会沢は老体に鞭打って頑張って来たのだが、来年は80歳を迎える寄る年波には抗うことも出来ず、どうしたものかと思っていた。

 50歳になる会沢の息子も医者なのだが、同じ家に住んではいても長年他市にある総合病院に勤務しており、会沢の後を継いで診療所をやって行こうという気はまるで無かった。

 10年前に会沢は、都内の大学病院で医局長をしていた友人から、越川康弘という医師を紹介された。

 だが、会沢はその時越川が抱えていた特殊な事情を知り、初めは躊躇していたのだが、一度だけでも会ってやって欲しいという友人の頼みから、面談したのだった。

「私にもう一度医師を続けて行くチャンスを貰えるというのなら、私は生涯賭けて勤め上げ、ご恩返しをさせて頂こうと思います」と越川は涙を浮かべて言った。

 会沢は越川の身体中から溢れ出る誠実さを感じ、心を打たれた。また家族が悲劇に見舞われてしまった境遇にも同情して、勤務して貰うことを了承したのだった。

 だが、そうしてやっと診療所を続けて行ける後継者が見つかったと思い、越川への信頼も出来つつあった矢先に、越川は診療所の先にある断崖で、飛び降り自殺を図った女性を救おうとして巻き込まれ、転落死してしまったのだった。

 それから10年が経ち、さすがに体力の限界を感じていたところへ、昨年また思いがけず、越川の息子で医大を卒業したばかりの俊一が、父の意志を継がせて下さいと言って、研修医として勤務を希望して来てくれたのだった。




 10年前の10月13日。芳辺谷村付近の断崖の下の岩場で、越川康弘と倉田亜希子の遺体は発見された。

 警察は亜希子が所持していたキャッシュカードから身元を確認し、家族に連絡を取ったところ、亜希子は末期癌に侵されており、余命幾ばくもない身体であったことが分かった。

 また亜希子の着ていたコートのポケットからは遺書が発見された。

 警察は亜希子が病を苦にして自殺したのだろうという判断を下した。一緒に転落したと思われる越川医師については、自殺しようとしていた亜希子をたまたま見つけ、止めようとして揉み合っているうちに一緒に転落したのではないかと思われた。

 生前の越川を知る人たちは「普段から思い遣りのある素晴らしい先生だった」「如何にも優しいあの先生らしい」と、自分の命を犠牲にして亜希子を助けようとした越川の勇気に賛辞の声をあげた。

「若先生のお父さんも立派な人だったけど、さすが息子さんも素晴らしいねぇ」

 この村での俊一の人気は、そんな立派な父親の息子だということでも裏付けされているのだった。

 芳辺谷村の住人の中で、俊一が母親を刺殺して少年院に入院していたということを知っているのは会沢だけだった。

 その会沢も越川康弘は立派な医師だったと思っており、度重なる越川の悲劇に胸を痛めた。会沢が俊一のことを思う気持ちには、そんな思いも結び付いているのであった。




 亜希子の身に付けていたコートから見つかった遺書には、次の様に書かれていた。

『お父さんお母さんごめんなさい。でも私は病気を苦にして死を選んだ訳ではありません。本当です。お父さんとお母さんに育てて貰って本当に感謝しています。私の方が先に人生を終えることになってしまって申し訳ないと思うけど、信じて下さい。私は精一杯生きました。私が何故こういう道を選んだのか、いつかお父さんたちにも分かる日が来るかもしれません。私としては前向きにこの道を選んで行動したのだと思っています。今は分からないかもしれないけど、どうかお願いです。貴方たちの娘の言うことを信じて下さい』




 警察は、自殺する直前に診療所を訪れていた亜希子が、その一月ほど前にも訪ねて来たことがあるという会沢の証言から、亜希子が診療所付近の断崖から投身自殺を図ったのは、以前に来て知っていたので、その場所を選んだのではないかと判断した。

 また転落した二人とは少し離れた場所で発見された一冊のノートは、亜希子が所持していた物と思われた。

 両親によれば、それは亜希子が学生時代に使っていたノートであり、自宅の二階にある亜希子の部屋の押入れにあった物を持ち出したのだろうということだった。

 ノートには学生の頃授業で黒板を書き写したと思われるメモ的な内容だけが書かれており、自殺するに当たって何故そのノートを持ち出す必要があったのかは不明だった。




 俊一は集まっていた老人たちの診察を終え、ようやくお引取りを願った。老人たちが帰ってしまうと、診療所の中は灯が消えた様に静かになる。

「ただいまぁ!」

 俊一が夕方の回診へ向かおうとしていた時、勢いよくドアを開けてセーラー服を着た可愛らしい少女が駆け込んで来る。

「沙緒里ちゃん。帰って来るのはこっちじゃなくて母屋の方でしょ?」

 高校が終わると必ずと言っていい程沙緒里は母屋ではなく、診療所の方へ顔を出す。

「表に若先生のチャリがあったから、何かお手伝いすることないかと思って」

 弾ける様な笑顔を向けられて、俊一は眩しそうに顔を背けてしまう。

「沙緒里ちゃん。いつもまっすぐ帰って来ないで、部活とか、お友達と遊びに行ったりしないのかい?」

「へへっ、だって友達といてもつまんないんだもーん」

 と恥じらいを誤魔化す様に言う。

「ふふ……俊一君が来るまでは診療所を手伝おうなんてひとことも言ったことなかったのにな」

 と会沢も苦笑を漏らす。

「煩いよーお祖父ちゃんはもう~そんなこと言うともう手伝ってあげないからねっ」

「それじゃ沙緒里ちゃん。神山村の西本さんの風邪薬を届けに行くの、頼んでもいいかな」

「はーい」

 沙緒里はまるで宝物の様に俊一から薬の袋を受け取ると、タッタッと風の様に駆けて行く。

 俊一はふと、沙緒里を見送る会沢の横顔を見た。それは孫娘を心配している祖父の顔だった。

「……まだ高校生ですから、きっといろんなことに興味があるんでしょうね。そのうち大学へでも通う様になれば、診療所とか僕のことなんて吹っ飛んでしまうと思いますよ」

 俊一の目線に気付いた会沢は、ハッとした表情を浮かべる。

「いや、越川君。違うんだよ、そうではなくてね……」

 と慌てて取り繕う様に言う。

「大丈夫です。ちゃんと分かっていますから、何も心配しないで下さい」

「いや、本当にそうじゃないんだよ、私は……」

「では、吉山さんの回診の時間に遅れますので」

 と遮る様に言うと、回診用の鞄を持って部屋を出て行く。




 外で俊一の自転車が走って行く音を聞きながら、フゥーと溜め息をついた会沢は、ふと診察室の壁に飾られた一枚の水彩画を眺める。

『永遠』と題されたその絵には、東京湾をバックに海辺でキスしている男女のシルエットが描かれている。

 それは俊一がアパートで描いていたのを沙緒里が見つけ、俊一が嫌がるのを無理に持ち出して額に入れ、飾ったものだった。




 越川康弘の死を俊一が知ったのは10年前、家庭裁判所による審判を前に鑑別所に入っている時だった。

 担当の係官から父の死と、その時父が助けようとして共に落下した女の名前を聞かされた時、俊一の胸にはどの様な思いが去来しただろうか。

 凄まじい叫び声を上げたかと思うと放心状態になり、押し黙ったままどんな問い掛けにも応じることは無かった。

 精神に異常を来たしたのではないかと思われたが、数日後容態が落ち着いた俊一は、それまで語っていた母親殺害に至る供述を翻して、実は鬼の様に厳しく教育に当たっていたのは母ではなく、父親の康弘の方であったということを告白した。

 真実を語り始めた俊一は、まるで心理学者が客観的な精神分析に当たっているかの様に、冷静かつ明晰であり、実に淡々とした口調であったという。

 自分が母親を刺したのは、恐ろしい父親には逆らうことが出来なかった為に、優しかった母への八つ当たりであったと語った。

 母は決して鬼の様な人ではなく、いつも自分のことを思ってくれる優しい母だったとも語った。

 係官たちはその時始めて、殺された母親は厳しく教育に当たっていたのではなく、実は俊一と共に夫の康弘から日常的に暴力を振るわれていたのだということを知ったのだった。

 それ等の事を俊一が係官たちに語った日の夜。就寝後の灯りの消えた鑑別所に、単独室からすすり泣く俊一の声がいつまでも響いていたという。




 だが、俊一は母を刺して自宅を出てから、4ヵ月後に中央区の交番に保護されるまでの経緯については、ホームレスに助けられながら転々とし、やがて悪い連中に捕まったところを逃げて来たという、当初の証言を変えなかった。




 家庭裁判所は俊一が自ら真相を語り、深く反省している態度を考慮した結果、検察庁へは送致せず、中等少年院への入院という裁決を下した。

 少年院に入ると俊一は、愛知県で病院を経営している祖父母に宛てて手紙を書き、事件の前まで俊一の家庭内で起こっていたことや、事件の起きた経緯について正直に全てを告白した。そして犯してしまった罪に対する後悔と、祖父母に対する謝罪の気持ちを書いた。

 それまで俊一のことを孫ではなく、娘を殺した犯人と言う認識でしか見ることの出来なかった祖父母たちは、重ねて送られて来る俊一の手紙によって、娘の死の真相を知ることになった。

 また訪ねて来た家庭裁判所の係官から、俊一が心から自分の犯した罪を反省し、更生に努めているという報告を受けるに及んで、祖父母は少年院に出向いて俊一と面会することを決めた。

 そして面会した時「これから一生掛けて償いをしたいと思います」と言って俊一が深々と頭を下げるのを見るに及んで、祖父母は保護者として俊一の退院後の引受人になることを了承した。




 1年の入院期間を経て俊一は仮退院し、祖父母は俊一を愛知県日進市の自宅に連れて帰った。

 一緒に近くにある詩織の墓を訪れた時、俊一は墓石に縋り付き、大声を上げて泣き崩れた。

 放っておけばいつまでもそうしていたであろう俊一の姿に、詩織の父と母は初めて、心が救われるのを感じた。




 日進市で暮らすことになった俊一は、祖父たちが大丈夫かと心配になるくらいひた向きに勉強し、高卒認定試験(高等学校卒業程度認定試験)に合格した。

 そして国立の医大へ入り、6年間の課程を経て、医師国家試験にも合格した。

 だが俊一には祖父の経営する病院を継ぎたいという意志はなく、卒業するとすぐに上京し、房総半島へと会沢診療所を訪ねて行ったのだった。




 芳辺谷村の畦道を息を切らせながら沙緒里が走って行く。俊一に言付かった風邪薬を胸に抱きながら。

 沙緒里は知っている。若先生は他の人には見せない様にしているけど、老人たちから「ありがとう」と言葉を掛けられる度にふと、顔に暗い影が過ぎることを。

 それはとても辛そうで、まるで深い悲しみの中にいる様な、苦しさを感じる表情だった。

 それが何なのかは分からない。けれどいつもの晴れやかな表情とはあまりにもギャップがあって、若先生のそんな表情を見る度に、沙緒里も何か居た堪れない気持ちに襲われてしまうのだった。




 沙緒里は隣村で待っていた患者さんに薬を届けた後、診療所へ戻る途中、森の近くを通り掛ってふと立ち止まった。

 微かだけれど、森の中から人の咽ぶ声が聞こえて来る……。

 風の音に混じって響いて来るその小さな声を聞き分けることが出来るのは、この村の中で沙緒里だけだった。

 沙緒里は歩いていた道を外れると、そっと足音を忍ばせて森の中へと入って行く。

 やっぱり……木陰に身を隠しながらそっと見ると、海に向かって腰を下ろし、肩を震わせて泣いている俊一の姿がある。

 沙緒里は知っている。若先生は時折りここへ来て、人知れず声を殺して涙を流している。




 それは去年の10月のことだった。10年前に若先生のお父さんが転落死した命日に、自殺を図って一緒に転落した女の人の御両親が来て、ここで若先生と一緒に海へ向かって花束を投げているのを見た。

 三人は始めのうち悲痛な顔をしていたけれど、花束を投げた後、並んで海に向かって手を合わせると、最後には笑顔になって談笑していた。それはとても不思議な光景だった。




 亜希子の両親は、俊一が少年院を退院し、祖父母に引き取られて暮らしている時に、愛知県の日進市を訪ねて来た。

 それは娘の道連れにして父親を死なせてしまったことを、俊一に詫びる為だった。

 二人は俊一の前に並んで両手を着き、言葉を尽くして謝罪の気持を述べた。だがその時、俊一の身体がガクガクと震え出し、遂には泣き崩れてしまうのを見て、二人は唖然としてしまった。

 それまで俊一は、亜希子との関わりについては誰にも語らなかった。それはずっと以前から暗黙のうちに出来ていた、亜希子との大切な約束の様に思っていた。

 だが、亜希子の両親と相対し、謝罪を述べる二人の心痛な顔を見ているうちに耐えられなくなり、両親にだけは亜希子とのことを語ってしまった。そして両親はその時初めて、娘の遺書に書いてあったことの意味を理解したのだった。




 沙緒里が見ていることにも気付かずに、若先生はここからでも分かるくらいに激しく肩を震わせて、時々涙を拭っている。

 沙緒里は始め、若先生がここで泣いているのは、10年前にここでお父さんが死んでしまったからだろうと思っていた。

 けれど最近では、若先生が泣いているのは、そんな悲しみだけではなく、何か他に、もっと強烈な苦しみがあって、それに耐えているのではないだろうかと思っている。

 それが何なのかは分からない、でも沙緒里は思っている。いつかきっと私に胸の内を話して欲しい。先生はいつも私を子供扱いにするけれど、私だってもう身体は大人の女の人と変わらないんだから。胸だって、自分で触ってみても不思議なくらいに、こんなに大きいんだから。

 いつか若先生に、私の胸に顔を埋めて泣いて欲しい。そうしたらきっと私は、先生のことを身体中で包んであげて、どんなことでも受け止めて、先生の力になってあげる……。




 俊一は生涯自分が許されることは無いと思っている。あんなに優しかったお母さんを殺してしまった自分……。

 絶対に取り返しのつかないことをしてしまった自分には、これから死ぬまで、一瞬たりとも救われることは無いと思っている。こうして自分が生きていることを思う度に、もっと苦しまなければ、もっと償わなければという気持ちだけが起きてくる。

 自分のことをどんなに責めても、苦しめても苦しめ足りない。生涯足りるということは無い。そう自分に言い聞かせている。

 なのに、まるでそんな気持ちに抗うかの様に、胸の奥から湧き出てしまうこの勇気は何だというのか……。

 そんなことは無い、僕は生涯生きることに喜びを感じることなんてあってはならない! なのにその気持ちを押し退ける様にして次から次へと胸の奥から湧いて来てしまう勇気を、自分で止めることが出来ない。

 それが身体に納まりきれない激情になって、涙が溢れ出てしまうのだ。

「アキコ……ねえアキコ! 僕は許されて良いの? 良い訳ないよね? そうだよねアキコ、ねぇ、アキコ、ねぇ何か答えてよ……」

 止め処もなく湧き出て来る勇気と呼応するかの様に、青い青い東京湾の彼方から、いつ果てるともなくさざ波が、俊一の元へ寄せて来ている。





                                                      おわり


最後まで読んで下さって本当にありがとうございました。

 実は某コンクールに応募したのですが落選し、こういう形でしか発表することが出来ませんでした。

落選したということは、それだけのレベルに達していないということだと思うけれど、書くのに足掛け3年も掛かった原稿を読んで貰うことが出来た方は現時点で8人しかいません。作品に掛けた自分の思いはまったく報われず怨念となって漂っています。 

 自費出版ということも考えたのですが、大変な費用が掛かるし、書店に並んだとしても無名作家の自費出版作品なんて読む人がそれ程いるとも思えません。

 パソコン画面で小説を読むということにどれだけ需要があるのか分からないけれど、近頃例のiPadアイパッドが発売されると同時に電子書籍は注目され始め、殆ど費用も掛けずに多くの方に読んで貰える可能性はある訳だから、やってみようと思った訳です。




 本作はずっと以前から「文庫本一冊分くらいの小説を書いてみたい」と思っていた夢がやっと実現出来た作品でした。

 最初の発想は「完全なる飼育」という映画みたいな、中年男が若い女の子を監禁して自分の性の欲望の捌け口にする話の、男女を逆にした様なのを書いてみたいというものでした。

 なので多分に官能的な内容になると思っていたのだけれど、現実に起こりそうなリアリティが無ければ詰まらないので、若い男が年上の女に監禁されるに及ぶ必然的な設定を探していたところ、英会話NOVAのイギリス人女教師が殺された事件で、荷物も持たず裸足のまま逃亡した市橋達也容疑者が2年間も捕まらないでいるのを見て、これはきっと誰かが匿っているに違いないと思いました。

 後に市橋容疑者は逮捕され、建築現場等で働きながら整形手術を繰り返していたことが判明しましたが、逃亡してから最初の11ヶ月間は何処にいたのかは未だ明らかにされていません。




また俊一の起こした母殺しの事件は、お気付きの方もいるかと思いますが、2006年に奈良で起きた16歳の少年が自宅に放火して継母と弟妹を死なせてしまった事件が大きなモチーフになっています。

 奈良事件を起こした少年の父親は、自分がそこまで息子を追い詰めてしまったことが原因であると深く反省し、息子さんと一緒に立ち直って行く為に誠心誠意努力をなさっていると聞きます。

 その件について本作がご迷惑を掛けてしまう程の影響力は無いとは思うけれど、本作に登場する康弘は全くの創造上の人物であり、奈良事件のお父さんとは一切関係ないことを明記しておきます。





   参考文献



「OL10年やりました」(唯川恵)

「負け犬の遠吠え」(酒井順子)

「大独身」(清水ちなみ)


「危ない少年ーいま、家族にできること」(町沢静夫)

「やっとお前がわかったー子どもたちへ」(朝日新聞社会部)

「仮面をかぶった子供たち」(影山任佐)

「男の勘ちがい」(斎藤学)

「家族が壊れてゆくーDV・最も身近な犯罪」(梶山寿子)

「僕はパパを殺すことに決めた」(草薙厚子)

「17歳のバタフライナイフ」(宮崎学・別役実)


「研修医 純情物語」(川渕圭一)

「知らなかった大病院」(病院研究会編)

「大学病院倒産」(米山公啓)

「〈イラスト図解〉病院のしくみ」(木村憲洋・川越満)

「先生、なまらコワイべさァ 田舎医者への峠道」(小川克也)

「日本でいちばん幸せな医療」(泰川恵吾)

「病める地域医療ー大分からの報告」(毎日新聞大分支局)

「まちの病院がなくなる!?ー地域医療の崩壊と再生ー」(伊関友伸)



その他、インターネットで現実に癌との闘病生活を戦っていらっしゃる方々のブログを読ませて頂き、後半亜希子が癌を再発してからの手術や入院生活の描写の参考にさせて頂きました。お名前も分からない方々ですが、この場を借りてお礼を申し上げます。


 そして全編に渡って医療上の描写の間違いを正し、適切なアドバイスを施してくれた中嶋賢尚医師と薬剤師の和多田明子さん。また独身女性の生活環境や仕事について取材に応じてくれた知人の女性たち。また未完成だった第一稿の読者となって励ましてくれた同級生の松井文恵さんにも心から感謝しています。






                                         平成22年7月4日

                                                          竹村直久


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