表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
10/10

密着最終日

 昨日のジョーデッド探索で、探検隊は多くのものを失った。河丘(かわおか)がクーラーボックスに入れていた異臭を放つ(えさ)。すべて使ったが、ジョーデッドを釣り上げることはできなかった。そしてレーダー隊員。彼の頭に突き刺さったダツのクチバシは脳の中枢部分を貫通し、命を奪った。


 これほど多大な損失が出た状況でジョーデッドを捕らえることなど、逆立ちしてもできまい。諦めて中断するべきだ。そういう雰囲気が、我々の間で静かに醸成(じょうせい)されつつあった。




 朝八時、河丘が宿泊しているスイートルームの扉をノックする。ミッションを続行するか中断するかは、彼の判断次第だ。その確認をしようと思ったが、扉の向こうから「中に入ってくるな」という河丘の声が聞こえるだけ。これからどうするか決めあぐね、部屋の中で一人、悩んでいるのだろう。


河丘「三十分後、一階のロビーに集合だ。少し時間がほしい」


 そう告げられたのを最後に、我々がいくら呼びかけても河丘からの返事はもらえなかった。ひとまず、言われたとおりロビーで待つしかない。エレベーターで一階に下りると、出入り口の近くにあるソファにわかめクンが座っていた。神妙な顔つきで、貧乏ゆすりをしている。彼もまた、思い詰めているようだ。


わかめクン「限界ですよ。僕たちにできることは、もうありません」


 今の彼に、数日前までのハイテンションっぷりは一ミリも残されていない。ジョーデッドを探索する間に蓄積された疲労、次々に失われていく仲間たち。わかめクンの元気を奪い取る要因は、あまりにも多い。


 彼がどのような気持ちで探検隊に加入したのか、それはわからない。ただ確かなのは、こんな極限状態に追い込まれるとは予想していなかったということだ。日本の領海内での探索。誰もが安全な旅になると思っていた。しかし(ふた)を開けてみれば、犠牲者多数。こんなことになるとは、我々スタッフはもちろん海に詳しいわかめクンも、サバイバルのプロである河丘も予想できなかった。




 ロビーにある柱時計の針が八時三十分を指し示す。それとほぼ同時にエレベーターの扉が開き、河丘が姿を現した。はたして河丘は、どのような決断を下すのだろうか。


河丘「俺とわかめクン、二人でミッションを続ける。準備をしろ。今日こそジョーデッドを捕まえるぞ」


 河丘の精神は、まだ折れていなかった。誰もが諦めるであろう暗闇のような状況でも、彼は前を向き続ける。光が差す場所まで歩み続ける。探検隊が進むべき道を照らす灯台であれ。それが河丘の座右の銘だ。


 河丘の気持ちは充分に理解できる。隊員たちを失ったことに対する自責の念や責任感も、彼を駆り立てているのだろう。だが、今の我々に残されたリソースでジョーデッドを捕獲することは極めて困難。強い精神だけで覆せる状況ではない。それを最も理解していたのは、わかめクンだった。ソファから立ち上がり、ホテルの出入り口に向かおうとする河丘の行く手を(さえぎ)る。そして、恐る恐るといった面持ちで口を開いた。


わかめクン「あの、隊長……今さらなんですけど、ジョーデッドの動画がAIか何かで作られたフェイク映像って可能性もありませんか? ジョーデッドなんて存在しないんじゃないですか?」


 まさに今さらな発言だ。しかしこれは、わかめクンなりの気遣いなのである。河丘に「これ以上のジョーデッド探索はやめよう」と、オブラートに包んで伝えているのだ。単に「やめよう」と進言(しんげん)するだけでは、河丘のスカイツリー並みに高いプライドが邪魔し、首を縦には振ってくれないだろう。河丘がミッションを断念せざるを得ない大義名分を提示するべく、わかめクンはフェイク動画だった可能性に今さら言及したのだ。


河丘「あの動画が偽物なら、俺たちはまさしく餌に釣られた魚だな。しかし一昨日、俺たちはこの目で巨大なサメを見たじゃないか。あれはジョーデッドだ。間違いなくこの海のどこかに存在している」


 わかめクンの言葉は、河丘に一蹴された。気遣いが水の泡となる。河丘は良くも悪くも、ストレートな言い回しでないと言葉の意味を理解しない。そういう(おとこ)なのである。


 一瞬だけ視線を落とし、再び河丘の顔を見るわかめクン。その表情はさっきまでと違い、強い覚悟を(はら)んでいるように見える。おそらく、自身の言葉をオブラートに包むことをやめたのだろう。


わかめクン「ええ、見ました。でもサメの体の一部だけです。あれだけでジョーデッドかどうかは断定できません。別のサメだった可能性も考えられます」

河丘「それを見定めるためにお前を連れてきたんだぞ、わかめ。もう一度、奴を見つける。今度こそしっかりと見極めろ」


 わかめクンの言うことには、一理どころか七理くらいある。けれど、河丘の決心を曲げさせるには、まだ弱い。理屈で説き伏せようとしている時点で、この猪突猛進男ちょとつもうしんおとこを止めることなどできないのだ。


 それでも、わかめクンは引き下がらない。


わかめクン「見つけたとして、どうやって捕獲するんですか!? もう餌も、罠も、武器もないんですよ!? あんな人喰いザメを……どうやって捕まえるっていうんです!? あまりにも無謀だ……もうおしまいにしましょうよ!」


 温厚な彼からは想像がつかないほど強い語気だ。わかめクンは、今まで被っていた「わかめクン」というキャラクターの皮を脱ぎ捨て、「ワタナベヨシハル」という一人の人間として、全力で河丘にぶつかる。本音を包み隠さず伝えたのだ。これしか、今の河丘を止める方法はない。


河丘「魚群探知機があるだろう。あれを使ってジョーデッドを見つけたら、探知機を電源につないだまま海に投げ込む。そうすればショートして、電気が海中を流れ、ジョーデッドを感電死させられるはずだ」

わかめクン「頭おかしいんですか!? そんなことしたら近くにいる魚たちも死んじゃいますよ!」

河丘「目的のためなら雑魚どもの犠牲はやむなしだ!」


 わかめクンに呼応するように、河丘も強い口調で言い放つ。その言葉は、海の生物を愛するわかめクンを失望させるものだったに違いない。何より「犠牲はやむなし」という考えが、隊長である河丘の頭の中にあったことに衝撃を受けたようだ。数秒、わかめクンの言葉が止まる。彼が再び口を開いたとき、その声はこれまでのエネルギーを失っていた。


わかめクン「雑魚どもって……そうですか。それが隊長の本心ですか。死んでいった隊員たちもジョーデッドの捕獲に必要な犠牲、いや、雑魚どもだったってことですか」

河丘「……そんなことはない。今もあいつらのことを心から想っている。だからこそジョーデッドを捕らえなければ、死んだ隊員たちが浮かばれない」

わかめクン「自己欺瞞(じこぎまん)じゃないんですか? 本当はジョーデッドを捕まえて名声を得たくて、隊員たちを言い訳に捕獲を続けようとしているだけでは?」

河丘「違う! ……そんなことは……絶対に違う……」


 ヒートアップしかけていた二人のやり取りが沈静化していく。河丘の燃え盛る執念を、失望を帯びたわかめクンの指摘が、まるで炎に海水をかけたかのようにかき消した。


 河丘の言い分は、すべてが欺瞞というわけではないはずだ。彼は隊長として、隊員たちの犠牲を無駄にしないためにもミッションの成功を強く願っている。一方、もしジョーデッドを捕獲できた場合、世間から最も称賛されるのは河丘だ。探検隊のリーダーとして、テレビやインターネットで河丘の名前が大きく取り上げられる。その状況に憧れる承認欲求が河丘の中に全くないかというと、また違うだろう。わかめクンの言葉は、河丘の心の奥底に眠る感情を浮き彫りにした。


 口ごもる河丘。図星を突かれたことは否めない。会話は、明らかにわかめクンのペースだ。彼がこれまで築き上げてきたキャラクターを捨てたことが、流れを引き寄せた。この後、わかめクンが口にする言葉が探検隊として進むべき方向を決めるだろう。すでに決定権は、河丘の手の中にはない。もちろん、わかめクンの意思は固まっている。


わかめクン「また出直せばいいじゃないですか。幸いにも、僕たちはまだ生きています。ジョーデッドもどこかで生きている。なら、またチャンスは巡ってきます。他の生物を巻き込んで、環境を壊してまで、今すぐ捕まえる必要はありません。僕が言っていること、間違っていますか?」


 まるで親が我が子を(さと)すかのように、言葉を(つむ)いだわかめクン。彼は冷静だった。(いつく)しみさえ感じるその言葉は、河丘を逆撫(さかな)ですることもない。きっとわかめクンには、その失望から河丘を罵倒(ばとう)したいという気持ちもあっただろう。しかし、その感情を発散するように罵倒しようものなら、河丘の頭にも血がのぼり、また暴走を招くことになる。河丘にジョーデッドの捕獲を諦めさせるには失望と怒りを押し殺し、あえて慈愛(じあい)に満ちた言葉を投げかけることこそ有効だと、わかめクンは判断したのだ。


河丘「……そうだな。ミッションは……ここで中止にしよう」


 生き残った探検隊メンバー二人の意見が、ついに合致した。 




 未知の巨大ザメ・ジョーデッド。謎に包まれたその正体を暴くことはできなかった。今ごろ海の深くで、我々のことを嘲笑(あざわら)っていることだろう。しかし、河丘寛(かわおかひろし)探検隊によるジョーデッド捕獲ミッションは、失敗に終わったわけではない。これは一時撤退だ。体勢を立て直した後、探検隊は再びジョーデッドの捕獲に乗り出す。


 与那国島(よなぐにじま)を出発し、石垣島(いしがきじま)に向かって走るクルーザー。しばし、ジョーデッドが潜む海域とはお別れだ。だが、クルーザーを操縦する河丘の目は死んでいない。確実に存在しているジョーデッドを、今も見据えている。


 今回の探検の中で、一度はジョーデッドと思われるサメに接触できた。その生態について、わずかではあるが新たに判明したこともある。次に捕獲するときには、万全な準備で(のぞ)めるはずだ。


 加えて河丘は、ジョーデッドよりも大切な、他の何にも替え(がた)い教訓を得ることができたと語る。


河丘「もう少しでジョーデッドを捕まえられたんだがな。俺たちの中で最初に命を落とすべきだったのはわかめ……いや、失っていい命などない。それは、凶暴なジョーデッドも含めてだ。その広さと深さであらゆる生命を受け入れて(はぐく)む海。これから先、俺も探検を続けるならば、この海のようにあらねばな」


 探検隊のリーダーが守るべきなのは、隊員たちの命だけではない。足を踏み入れた大自然の中で生きるすべての命を尊重し、むやみに殺傷しないよう自制しなければならないのだ。




“この作品は、サバイバルエンターテイメントです。一部、演出・脚色を加えた箇所があります。なお、取材中に亡くなられた方々のご冥福をお祈り申し上げます。”

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ