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宮くんは不思議な人

歓声は完璧だった。

何万人という観客の波。

光の海の中で名前が呼ばれ続ける。

スクリーンには自分の姿。

リアルタイムで伸びていく数字。

世界中から流れ込むコメント。

すべてが「成功」を示している。

それでも――


どこか、足りない。

歌い終えたあと、ほんの一瞬だけ訪れる静寂。

その隙間に入り込むように、冷たい感覚が胸に残る。

この音は、自分のものじゃない。

与えられた楽曲。計算された構成。

確実に“当たる”ように作られた完成品。

間違いなく良い曲だ。

間違いなく評価もされている。

でも—―


届いていない。

かつて、世界を塗り替えたあの時代のようには。

ステージを降りたあとも、拍手は続いていた。

それを背にしながら、星原冬は振り返らなかった。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


楽屋に戻ると、スタッフが一斉に声をかけてくる。

「今日もすごかったよ!」

「トレンド入り確定だね」

「海外の反応もかなりいい」

どれも正しい。

どれも嘘じゃない。

それでも、頷くだけで十分だった。

モニターには、配信のアーカイブが流れている。

再生数は、もう見慣れた桁に到達していた。

それでも、思う。

まだ、足りない。

いや――


違う。

これは、違う。

自分の中で、はっきりと線が引かれている。

“ここまで”と“その先”。

その先に自分はいない。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


帰りの車の中で、画面をスクロールする。

歴代再生数ランキング。

上位には、ほとんどが日本人の楽曲。

あの時代。

世界が、日本の音楽だけを聴いていた時代。

けれど、その並びはもう、更新されていない。

止まっている。

誰も、届いていない。

これは“今”じゃない。

過去の延長だ。


だから進むしかない。

国立風雅学園。

日本で唯一、学園の制度を採用している国立学校である。

春から私、星原冬はその高等部に入学する。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


入学初日。

目の前に建っているのは、全国一の名門校の校舎。

美しく、洗練されたその建物から感じ取れる風格で、その学園がただの進学校ではないことを再確認させられる。

目的を持った人間だけが集まる場所。

数多のライバルを蹴落とし、ようやくスタートラインに立つことが許される。

しかし、今年は例年とは違う。


推薦入学者が4人。

そのうち1人は特待生。

前例がほとんどない異例の年。

推薦入学者数は過去最多であり、特待生に至っては、学園創設史上2人目である。

かくいう私も、推薦入学者の内の1人である。


校門をくぐると、視線が集まるのを感じる。

「あれ星原冬じゃない?」

「実物ちょー可愛い!!」

「お近づきになりたい...」

右手を少し持ち上げ、声の聞こえた方向に小さく手を振ると、「キャーッ!」と喜ぶ声が聞こえた。

しかし、すぐに視線が離れるのを感じた。

こうなることは分かっていたので、特に驚きも傷つきもしない。

ここでは全ての実績が”過去”でしかない。

所詮、私の容姿や、アイドルとしての実績に視線が集まっただけ。

星原冬という1人の人間のことは、誰も見ていない。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


ここに来た理由は2つ。

1つは、生徒会長になること。

この学園で任期を終えれば、進路が確実に保証される。

試験も面接も、私には無関係となる。

そしてもう1つ。


――Retu。

今や”日本で”その名を知らない人はいない、正体不明のアーティスト。

顔も、年齢も、何もかもが非公開にも関わらず、楽曲提供とボーカロイドを使用した楽曲のみで、”現代”の日本のトップアーティストとして活躍している。

しかし、彼は定期的にワンマンライブツアーを開催しており、その歌声は、まさに「美人薄命」を体現したような、ひたすらに哀しく、儚く消えてしまいそうで、でも芯がある力強い歌声。

しかし私は、生で聞くまでは半信半擬――


いやほとんど信じていなかった。

そんな”全盛期”のような歌声がまだ存在するのか、と。

しかし、中学2年生のとき、人生で初めて人のライブというのに参加し、”彼と会話したことで”、疑っていたのが馬鹿らしくなるほどに疑いが晴れた。

ではなぜ、彼は彼自身の歌声が入った曲を出さないのか。

私はそれを”聞きそびれてしまった”。

だが、”会話をすることで”分かったこともある。

それは彼が私と同学年でありながら、当時齢13にしてドームツアーを成功させ、日本のトップアーティストとして活躍していること。

そして、私にも同じ土俵に立てる可能性があること。

中学卒業後は国立風雅学園に進学するつもりであること。

主にこの3つのことが分かった。

どういう経緯で、どんな会話をしたのかは、またおいおい説明しよう。


話が逸れたが、私は彼に会うためにここに来た。

感謝を伝えようとか、そういうのじゃない。

もちろん感謝がないわけじゃないし、むしろとてつもなく感謝している。

彼のライブに行き、彼と会話をしていなければ、今頃私はアイドルをやっていなかったし、こんな名門校に入学なんて、到底できなかっただろう。

だが私は、彼が感謝を求めているようには思えないし、感謝を伝える以上に彼と会話をしたい。

欲を言えば、彼に作曲というのを教えてもらいたい。

でも後者は、ほんとにただの願望にすぎない。

まずは彼と会って話す。

そのために、私は新入生の中から彼を見つける必要がある。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


昇降口に張り出されている、名簿が書かれた紙を確認する。

1-5と書かれた部分の下に、自分の名前を見つける。

他のクラスの名簿を見る限り、1クラス30人ずつの、計8つのクラスで構成されているらしい。

下駄箱に自分の靴を入れ、ゆっくりと教室へ向かう。

廊下を歩いている途中、すれ違う人のほとんどが自分に視線を向けているのを感じたが、慣れているので特に気にせず歩き続ける。

教室の扉の前まで来たところで、ふぅ...とひとつ息を吐き出し、表情を作り扉を開ける。


ガラガラカラッ


扉を開けると「ワッ!」と歓声に近い声が上がると、先に教室に着いてい数十人程が集まってくる。

「星原冬さんだよね!?」

「配信で入学するって言ってたけど、まさか同じクラスになれるなんて!!」

「連絡先交換しよ!!」

それまで1人で座っていた人達が一斉に声をかけてくる。

そして、やはりみんな1人は嫌なのだろう。

この機会に便乗して、何人かで連絡先を交換している。

「ごめんね、ちょっと席確認してもいいかな?」

一言そういうと、みんな大人しく自分の席に戻るか、その場に集まった人と数人で会話をしていた。

黒板と同じような大きさ、位置にあるモニターに表示されている席を確認する。

私の席は、窓から2番目の列の1番後ろの席だ。

そして、この席順は名簿順ではないらしい。

必ず異性が隣の席になるような席順となっている。

席替え等の手間を省くためだろうか。

自分の周りの席の人の名前を覚え、モニターから目を離す。

席に向かおうとしたところで、声をかけられた。

「ねぇ、星原さん!」

声を掛けてきた生徒に目を合わせる。

返事はしなくても、話を聞く、という意思は十分伝わるだろう。

「クラスでグループチャットを作りたいから、よかったら連絡先を教えてもらえないかな?」

仕事用と2つアカウントを使い分けているので、特に問題はない。

「もちろん!1年間よろしくね!!」

そう言い、スマホに自分の連絡先のQRコードを表示させる。

「やった!!ありがとう!!」

そう言って連絡先を交換すると、彼女は自分の席に戻って行った。

てっきり、いろんな生徒に連絡先を聞いて回っているものかと思ったが。

単に、忙しい人の連絡先は先に聞いておこう。

もしくは、有名人の連絡先を自分だけが入手し、優越感を得たい。

きっと今の行動はそのどちらかからくるものなのだろう。

そして、私は1つミスをしたことに気づく。

(しまった、名前を聞きそびれてしまった)

生徒会長を目指す上で、友人の多さというのも、印象を考える時の要素として含まれている。

今度からは聞こう、と少し反省し、改めて自分の席に向かう。

机の横にカバンを掛け、そっと席に座る。

周りの様子を見ると――


いや、見るまでもないか。

誰も一言も発していない。

入学初日。

しかもこの高校は容赦なく生徒を退学させる、というのは有名な話だ。

いつどこで、誰がどんな風に評価を下しているか分からない。

そんな中、1グループだけ話していたら嫌でも目立ってしまう。

だが、私は廊下から話し声が聞こえることに気づいた。

特段大きな声で話している訳では無いが、教室も廊下も、誰一人口を開いていないので、話し声がよく聞こえる。

廊下側の窓は曇りガラスが用いられてるのでどんな人物が会話をしているのか分からない。

だが話の内容を聞く限り、どうやら今日仲良くなったという訳ではなさそうだ。

友人二人とこんなレベルの高い高校に合格したのだろうか。

尊敬に値する程、素晴らしい友情だと思う。

そんなことを思っているとこんな会話が聞こえてきた。

「俺教室ここっぽいわ」

「そか、じゃまた後でなー」

どうやら1人は私のクラスメイトらしい。


ガラガラガラ


彼はゆっくりと扉を開けた。

教室にはざわめきのような反応が広がる。

そしてその姿を見た時、私は無意識にガタッと机を揺らしてしまった。


――彼だ。

彼が、Retu。

心臓の鼓動が早くなるのを感じる。

こんなにも会うのが待ち遠がったのか、と自分でも少し驚いている。

人形のように整った顔立ち。

見るものの目を引く真っ白な髪と肌。

ライブだと深く帽子を被っていて見えないが、彼は2年前会話をした時、確かに白髪だった。

そして両手につけている白い手袋。

2年前に見た時は、単なるライブの衣装だと思っていたが、どうやら違うらしい。

ただ私は、彼がRetuだと確信した上で、少し違和感を覚えた。

(あんな目つきだったっけ…?)

希望に満ち溢れたような、明るい目と視線。

ただどこか作り物のような、そんな印象を覚えた。

ただそんなことは些細な問題でしかない。

彼を見つけることができた以上あとは、2人きりになれるかつ、人目のない場所に呼び出して、話をする。

連絡先さえ交換してしまえば、おそらく可能だろう。


彼は教室を見渡すと、モニターに近づき席を確認する。

数秒見たあと、こちらに向かって歩き始めた。

鼓動がさらに早くなるのを感じる。

(え…!なんでこっち近づいてくるの!!)

向こうは”私と話したことを覚えてない”と思っていた。

なぜなら、彼と話した時、私はまだアイドル活動をしていなかった。

もしかすると違うのか。

だとしたらかなり嬉しい誤算だ。

話すきっかけや話題が広げやすい。

しかし彼は私の席の前を通ると、私の席の左隣に座った。

私に用があるわけではなく、ただ隣の席だっただけらしい。

少し気が早かったな、と思いつつ、先程覚えた数個の名前から彼の名前を思い出す。

(片山宮って言うんだ)

あまり見たことの無い名前なので珍しいなぁと思いつつ、彼の行動を横目で見てみる。

右手で口元の辺りを抑え、ボーッと前を見ている。

何か考え事をしているのだろうか。

そのような仕草に見える。

様子を伺っていると、急にこちらの方に体を向けてきた。

「星原冬さんだよね?アイドルの」

まさか向こうから話しかけてくるとは思ってもいなかったので、咄嗟に返事ができなかった。

ただすぐに気を取り直して、

「うん!そうだよ!」

短く、でも自分の性格が伝わるように返事をする。

「えー俺ちょーラッキーじゃーん」

彼はヘラヘラ笑いながらそう言う。

「えぇっと、かたやまみやくんだったっけ?」

私は名前を間違えてないか確認する。

「あー、名前覚えてくれたんだ。でもあの字で俺みやこって読むんだよねー」

彼は少し気まずそうに答える。

「あ…!そうなんだ、ごめんね」

「いやいや全然!よく間違えられるし」

彼の名前は宮とかいてみやこと読むらしい。

「なんて呼べばいいかな?片山くん?それとも、もっと別の名前?」

「んー、苗字で呼ばれるのあんまり好きじゃないし、宮でいいよ」

「じゃあ、宮くんって呼ぶね!」

(さすがにRetuって呼んでとは言わないか)

「ねぇ!良かったら連絡先交換してくれない?」

先程も言ったが、交換さえしてしまえばあとは簡単なはずだ。

「えーいいの?普通の一般人と交換して」

「うん!全然大丈夫だよ!」

「あーそうなの」

彼は少し躊躇う様子だったが、私は”仕事用のスマホに”自分の連絡先を表示させ、彼に見せた。

彼もすぐにそれを読み取り、連絡先を追加した。

「これからよろしくね!!」

「うん、よろしく」

彼は短く答える。

そして1つ質問を投げかけてきた。

「アイドル活動はどう?楽しい?」

私の両親は既に他界しており、唯一の血縁関係であった兄も2年前に他界しているる。

なので実際はどうなのか分からないが、この質問はまるで久々に会った肉親がするような質問なのではないか。

「うん!楽しいよ!」

「やっぱそうなんだ、楽しそうだもんねー」

やはり違和感がある。

先程までのヘラヘラした感じとは一転して、今の質問の時だけは2年前の彼と同じような印象を感じた。

どこか後ろめたさを感じているような、でも無理やり前に進んでいるような。

そんな印象だ。

(なんでだ…?少し踏み込んでみるか)

「宮くんはなんでこの学園にきたの?」

2年間抱えていた素朴な疑問を投げかけてみる。

「うーんと、いろいろあるけど…」

何を言うか悩んでるというよりは、言うのを躊躇っている様子に感じた。

「会いたい人というか、会わなきゃいけない人に会いにきたって感じかなー」

「えー!誰なの!?」

(ほんとに誰なんだ?)

日本のNo.1アーティストにもなると、会いたい人は誰でも会えると思うんだが。

「いつか教えるよ」

はぐらかされてしまった。

なら別の疑問にしよう。

「えー、じゃあなんで手袋つけてるのー?」

「えーとね、これは――」


キーンコーンカーンコーン


彼が質問に答えようとした時、丁度チャイムがなってしまった。

「チャイムなっちゃったから、また教えるね」

そう言って、彼は体の向きを前に変えた。

(んー、結構距離とってくるなぁ)

なかなか踏み込ませてない。

普段の人との会話は基本受け身なので、どうすれば上手く踏み込めるのかが分からない。

ただ連絡先は交換できたので、後で連絡しよう。

そんなことを考えていると、教室の扉が開き、教室が入ってきた。

30代前半くらいだろうか。

髪は肩口で切りそろえられており、歩く度に少しふわりと揺れる。

教壇の前に立つと、こちらの方に体を向け、口を開いた。

「これから1年間、このクラスの担任を受け持つことになった棚島優子だ」

威圧的な口調で自己紹介を始める。

「これからの学校生活の説明をする前に、まずは入学式に出席してもらう」

一瞬で自己紹介を終えた棚島は、生徒を体育館へ移動させ始めた。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


入学式を終えた私達は、教室に戻り各自の席に着いた。

「これからの1年間の説明は、明日以降行われる学年での交流会の時に説明する。今日はこのクラス内での交流の時間とする。各自好きなように席を立ち、誰と話してもらっても構わないし、いつ帰ってもらっても構わない。ただ、クラス内での立ち振る舞いは、教師として印象をメモしておくし、来年のクラス替えでの指標にもなる。それだけは覚えておいてくれ。」

この学園の高等部の1年生は、特に他の高校の1年生の1年間と変わりはない。

ただ2年生になると、他クラスと競い合う試験や行事が始まり、クラス替えも3年に上がる時には行われない。

なのでこの1年で、教師からどういった評価を受けるかが非常に重要になる。

例年通りだと、優秀な生徒から順に1組、次に2組といった格付けとなる。

そして首席クラス、というのが2年からは常に存在し、どのクラスもそのクラスを目指して競い合うことになる。

もちろん生徒会長を目指す上で、首席クラスに在籍していることが条件と言ってもいいだろう。

「ではこの学校の校則や、1年間の行事予定表などが書かれた資料を受け取った者から自由に行動してくれ。私は教室から1人もいなくなるまではここいる。なにか質問や困ったことがあれば聞くように」

そう説明すると、先生は前の席から順に資料を配っていく。

最後尾まで資料が行き渡ると、私と宮くんの席の周りに一斉に人が集まってきた。

「星原さん連絡先交換してください!!」

「名前なんて言うのー?連絡先交換しよー!」

「星原さんと話してたけど、まさか知り合いなのかお前……」

この質問責めはしばらく続いた。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


質問責めを彼が受けているのを見ている中で、いくつか分かったことがある。

まず彼、宮くんは、とてつもなく人と会話する、というのが上手であるということ。

相手の欲しい言葉、欲しい反応を全て理解して会話を進めている。

そしてもう1つ。

おそらく彼は、とてつもなく打算的に人を品定めしている。

少ない会話や相手の仕草から、その人がどんな人物で、自分や周りにどんな印象を抱いているかを的確に把握してくる。

それも相手に悟らせないようにだ。

とてもじゃないが真似出来ない。

気づくことはできても、それを阻止したり、逆にこっちが把握し返したりなんてとてもじゃないが不可能だ。

だがなぜここまで打算的に会話するかが分からない。

さっきも言ってた、会いたい人に会うのに必要なことなのか。

それとも彼の性格が元々そういう風なのか。

ただ2年前の彼からは、私のことを探っているような雰囲気はなかった。

とすると、やはり意図的に把握してると見ていいだろう。

なぜそこまで打算的に動くのか。

あまりにも2年前と様子が違いすぎる。

2年もあれば性格や考え方は変わるだろうと思う人もいるかもしれないが、彼の場合は絶対的な軸があった。

2年では到底変わるほどのないもの。

だが変わってしまったのなら仕方がない。

(もう少し、彼について観察してから連絡してみよう)

この考えが、後で一瞬で吹き飛ばされることを、私はまだ知らなかった。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


クラス内での交流会のようなものが終わり、私は1度家路についたところで、学校に今日配られた資料を忘れたことに気づいた。

(もーめんどくさいな)

校則等が書かれている資料を1度も目を通さないのは非常にまずい。

ただ、今日連絡先を交換したクラスメイトを頼るのも得策とは言えない。

まだお互いに第一印象を与えあっている段階で、忘れ物をした人、という事実ができてしまうのはよろしくない。

なので1度自分の足で、校舎に資料を取りに戻ることにした。

校舎の前まで辿り着いたところで、警備員らしき人に声をかけられた。

「あー、お嬢ちゃん新入生?この時間は一般生徒はもう入っちゃダメなんだよ」

40代後半くらいに見えるその人は、めんどくさそうにこちらを帰らせようとする。

(でも残念でしたおじさん。私は一般生徒じゃないもーん)

「大丈夫です。私は推薦入学者です」

私はスマホに登録されている電子の学生証を見せた。

おじさんは、驚いた顔をしてこちらの顔を凝視してきた。

「私、アイドルとして活動しているんです。教室に忘れ物を取りに行くだけなので、ここを通していただけませんか?」

「え?あぁ、そういうことなら…」

推薦入学者にはいろいろな特権が与えられている。

今のもその内の1つだ。

おじさんは渋々学校の敷地内への門を開け、私を校舎まで案内してくれた。

そしてどうやらめんどくさがった理由はこれらしい。

校舎の扉の前で待っている必要があるようだ。

ただもう私を案内した警備員とは別でもう一人、扉の少し横で座って待っている人物がいる。

私はその人物への違和感と警備員への申し訳なさを少し感じつつ、校舎の扉を開け、中へ入り階段を登り始めた。

5階まである少し長い道のりを歩いていると、遠くから声が聞こえてきた。

(え……?)

階段を登るにつれ、どんどんはっきり聞こえるようになってきた。

私はその声に1度聞き覚えがある。

正確には、歌声だ。

歌声と、それと共に聞こえてくるアコースティックギターの音と同じように、私の心臓の音も階段を上がるにつれどんどん大きくなる。

(いる……上に彼が……!!)

私は気づいたら駆け出していた。

忘れ物のことや、待っていてくれている警備員のことなど、とっくに頭から抜け落ちていた。

そして登っている間に思い出す。

2年前、私を救ってくれた歌声。

今もうすぐそこにある。いる。

3階を登った辺りで、歌詞が聞き取れるようになってきた。

「溢れる……も」

私はこの曲を知っている。

2年前は彼のライブで聞くことはなかったが、この曲は彼の1番好きなアーティストの曲だ。

「…ヨナラべぃべぃ〜」

もちろん、現代の曲ではなく、日本人楽曲全盛期の時の曲。

私自身も好きで、何回も聞いた。

「あなた……て…なら」

5階につき、この声の主が1-5にいることを直感的に理解し、そこへと全速力で向かう。

そして確かこの曲の名前は――


曲名を思い出したところで、1-5の教室に着いた。

扉は開いていたので、そのまま視覚情報がすぐに入ってくる。

「まじでサヨナラべぃべぃ〜」

教室の中には、夕暮れを背景にアコースティックギターを両手で持ち演奏している、片山宮の姿があった。

彼はこちらに気づくと、こちらの目を見て演奏を続けた。

私の頬にはいつの間にか、涙が伝っていた。

(あぁ…この人が……)

2年前、兄を失って絶望のどん底にいた私を救ってくれた。

目の前にいる。

私は彼の演奏が終わってから、頬に伝った涙を拭った。

私が落ち着くのを待って、彼が話しかけてくる。

「…忘れ物?」

彼がそう聞いてくる。

ようやく会えた。

2年間機会を伺い続けた。

今から私は、2年越しの想いを彼にぶつける。

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