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VTuber事務所《FMK》 ~宝くじで10億当たったからVTuber事務所作ったらやべえ奴らが集まってきた~  作者: へいん
Chapter 4 "The World is Not Enough"

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優しい檻

 幽名が休止する。


 その報せを本人の口から聞かされた瞬間、瑠璃は目眩に襲われた。

 視界がぐらりと傾き、背中から倒れ込みそうになる。


 ――あの女だ。


 ナキに卒業しろと迫ってきた、あの電話の女。

 あの女が、今度は幽名に何かしたのだ。


 怒りで頭に血が昇る。

 同時に、それと同じくらいの重さで、罪悪感が胃の辺りを締め付けた。


 自分のせいだ。

 自分が卒業を拒んだから、幽名まで巻き込まれたのではないか。


 悪い感情が頭の中でぐちゃぐちゃに混ざり合う。

 それでも瑠璃がその場に崩れ落ちなかったのは、幽名との通話がまだ繋がっていたからだ。


 幽名だけには、無様なところを見せたくない。

 それに、確認しなければならない。


 何があったのかを。


「きゅ、休止って……な、なんで?」


 絞り出した声は、自分でも信じられないほど掠れていた。

 情けないくらいに震えている。


『……驚かせてしまい、申し訳ございません』


 電話越しにも瑠璃の動揺が伝わったのだろう。

 幽名は本当に申し訳なさそうな声音で、そう謝った。


『ですが、本当に少しの間だけですわ。ちょっと、所謂野暮用というものがございまして。しばらく旅行のようなものに出掛けようかと』


「りょ、旅行? え、どういうことなの?」


『実は、わたくしの両親が見つかったかもしれませんの』


「両親が……?」


『ええ。ですから、わたくし自らお父様とお母様をとっ捕まえて参ります。それまで、少しだけお休みを頂こうかと。代表様にも、先ほど許可を頂きましたわ』


「そう、なんだ」


 蒸発していた幽名の両親。

 ずっと両親を探していた幽名にとって、それは何よりも優先されるべきことなのだろう。


 その話が本当なら、喜ばしいことだ。

 本当なら。


「……うん、分かった。そういうことなら止めない。姫衣のやりたいようにやるべきだと思う」


『ええ。ありがとう、瑠璃』


「詳しい話も聞きたいから、直接会いたいんだけど。今、事務所?」


『ですわ』


「じゃあ、後で行く」


 通話を切った瞬間、瑠璃はすぐに別の相手へ電話を掛けた。


 呼び出し音が十秒ほど続く。

 その時間すら、今の瑠璃には異様に長く感じられた。


『瑠璃か』


 ようやく繋がった電話の向こうから聞こえたのは、兄の声だった。


『そろそろ掛かってくる頃だと思ってたよ』


「じゃあ、用件も分かってるよね。姫衣のことなんだけど」


『まあ、その件だよな……ふぅ。ちょっと待ってくれ』


 電話越しの声には、濃い疲労が滲んでいた。


 スタッフが減ったせいで、二期生オーディションの選考も滞っているのだろう。

 蘭月はともかく、地味に有能だったフランクリンが抜けたのは痛いに違いない。


 その上、所属ライバーが立て続けに休止することになった。

 代表としての心労は、想像するだけでも重い。


 急かしたい。

 今すぐ問い詰めたい。


 それでも瑠璃は、兄が息を整える数秒を奪うことが出来なかった。

 代わりに、太腿を軽く抓る。


 痛みで、自分をその場に繋ぎ止める。


『すまん。待たせた』


「姫衣の両親が見つかったって、本当なの?」


 兄の声が聞こえた瞬間、瑠璃は食い気味に尋ねた。

 もう、これ以上は待てなかった。


『……分からない』


 返ってきたのは、そんな曖昧な答えだった。


「分からない?」


 兄と同じ言葉を反芻する。

 しかし瑠璃の声色は、明らかに変わっていた。


 赤い。

 苛立ちの色だ。


「分からないって、なに?」


『幽名の両親に似た人を見たっていう目撃情報があったんだよ。確証は取れてない。ただ、可能性があるって話だ』


 百パーセントではない。

 だから、分からない。


 兄の言っていることは、理屈としては理解できた。

 確かな情報ではない以上、断言できないのも当然だ。


 けれど、瑠璃には確信があった。


 その情報は、恐らくニセモノだ。


「誰なの?」


『誰って、何がだ?』


「情報源。誰が言ってたの」


 短い沈黙が落ちた。


 ほんの一秒ほど。

 けれど、含みを持たせるには充分すぎる沈黙だった。


『……信頼できる情報筋だよ』


 隠している。


 瑠璃は、直感した。

 兄は何かを隠している。


「だから、それが誰なのかって聞いてるんだけど」


『いや……それは別に、どうでもいいだろ』


「よくない!!」


 思わず大声が出た。


 自分の声が耳の内側で反響する。

 それでも、この時の瑠璃には、興奮を抑えるだけの理性がほとんど残っていなかった。


『っ、大声出すなよ。そんなムキになることじゃないだろ』


「はぁ? 私に隠し事してるそっちが悪いんでしょ!」


『……それは』


「この間の、事務所の窓ガラスが全部割れたって件も! 結局、何があったのか私、ちゃんと聞いてないし!」


 堰を切ったように、言葉が溢れ出す。


「トレちゃんとbdがいなくなった理由も、蘭月さんとフランクリンが揃っていなくなった理由も! ちゃんと説明してくれてないじゃん!」


『だからそれは、お前……トレちゃんは家の都合で一旦国に帰って、bdはメンテで――』


「嘘吐かないでよ!」


 瑠璃は叫んだ。


「本当は何かあったんでしょ!?」


 あの女のせいだ。

 あの女のせいで、トレちゃんたちはFMKから消えた。


 事務所が襲われた。

 あるいは、それに近い何かが起きた。


 そしてその裏には、ナキに卒業を迫ったあの女がいる。


 瑠璃が持っている情報を繋ぎ合わせれば、そう考えるのが自然だった。

 少なくとも、瑠璃にはそれ以外の答えが見つからなかった。


 後に知ることになるが、この時の瑠璃の推理は、ほとんど真実に近かった。


 ただし、代表はまだ知らない。

 裏で糸を引いている女の存在を、この時点では掴めていなかった。


 そして瑠璃もまた、知らない。

 トレインやbdたちが背負っていた事情を。

 彼らがFMKから消えた、その本当の意味を。


 互いに真実の一部だけを握っている。

 けれど、肝心な部分が噛み合っていない。


『分かったよ……説明する。すればいいんだろ』


「なんで逆ギレしてんの?」


『してねえよ。そっちこそ喧嘩腰なのやめろよ。何回も言うけど兄妹である前に、事務所の代表とタレントだからな』


「事務所の代表とタレント、ね。へえ」


 だったらあの写真はなんだと、瑠璃は言ってやりたかった。

 口だけ偉そうにしておいて、ワケのわからん輩にすっぱ抜かれてちゃ世話ない。


『なんだよ。言いたいことあるなら言えよ』


「………………別に」


 喉まで出かかった言葉を飲み込む。

 言えば、脅されていることまで全部説明しなくてはならなくなる。


 誰にも言うなと釘を刺されているわけじゃない。

 助けを求めれば、兄は全てを差し置いて妹優先してくれるだろうという自惚れもある。

 だからこそ言いたくないのだ。


 兄は、きっと自分を危険から遠ざけようとする。

 危ないから関わるなと、知らなくていいと、また隠し事をして距離を取る。


 昔からそうだ。

 今だって変わらない。

 自分一人が傷付けば、それで全部丸く収まると思っている。


 最悪の場合、兄が自ら責任を被ってFMKを去る可能性もある。

 脅しの材料になっているあの画像……兄と幽名の逢瀬の証拠。


 兄があの画像を見たら、きっと自分を悪者にする。

 代表の立場を利用して幽名に手を出そうとしていたことにして、証拠も噂も自分で用意して、自分で暴露する。

 そうすれば、画像は脅しの道具ではなくなる。幽名は被害者になり、瑠璃も解放される。

 代わりに兄は、FMKの代表という立場も、築いてきた信用も、全部捨てる。


 そういうことを、本気でやりかねない人なのだ。


 ……ダメだ。お兄ちゃんには話せない。


「言いたいことなんて、ないし」


 今はまだ言えない。

 この問題は秘密裏に解決しなきゃならない。

 あの女は自分でどうにかするしかない。


 だがどうやって?

 こっちは相手の正体すら掴めていないというのに。

 せめて何かヒントがあれば……。


「それより、結局何があったの。全部話してくれるんだよね」


 あの女に繋がる手掛かりがあればと、藁にも縋る思いで瑠璃は兄を急かした。


『説明はする。ただ、お前が信じるかどうかが問題だな』


「なにそれ。いいから早く説明してよ」


『実はトレちゃんの正体は人工的に創られた超人戦士で、bdは米国が研究開発してた殺戮AI兵器なんだ。で、この間はbdを狙うテロ組織が事務所を襲撃してきたせいで窓ガラスが全部割れた。トレちゃんと蘭月と忍者が頑張ってくれたおかげでなんとかなったけど、bdは本体にウィルスを入れられてシャットダウン状態。そのメンテのために米国に戻ってる感じだ。トレちゃんは怒り心頭で世界中のテロ組織撲滅するってどっかに行っちまった。蘭月もそれを追いかけて、今頃どこにいるやらだ。あとフランクリンはbdを見守るためのアメリカの手先だったんだけど、もうFMKにbdはいないからって理由で強制帰国させられた』


「……」


『ってことなんだが、理解してくれたか?』


「……嘘つくなら、もうちょっとマシな嘘にしてよ!!」


『いやだから嘘じゃ……』


 瑠璃はそこで通話を切って、スマホをベッドに叩きつけた。


 兄は頼れない。

 自己犠牲されても困るし、何より妹にまで隠し事をする。

 自分は一回たりとも、そんなふうに守ってくれと頼んだことはないのに。

 まるで鳥籠の鳥みたいに。真実を取り上げるための優しい檻に閉じ込めてくれと、いったいいつ誰がお願いしたというのか。


 兄に傷付いて欲しくない。

 兄だけじゃない。FMKの誰にも傷付いてほしくないと、瑠璃はそう思っている。


 だからもしも、どうしようもなくなったその時は――。


「……姫衣に話を聞かなきゃ」


 瑠璃は重い足取りで部屋を出る。

 悲壮な決意を胸に抱きながら。

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生きとったんかワレェ
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