11 . 夜を駆ける三人の魔法使い
「まだ初日ですので、もう少し散策してみます」
『…わかりました。くれぐれも、“奴ら”に悟られないよう気を付けてくださいね』
陽が落ちて月が出てきた夜―――――――王都の路地裏にある一画にて、一人の冒険者が魔晶石に向かって何かを話していた。
フェイドゥでは、魔法使いが造る魔晶石に様々な機能をつける事ができる。
この冒険者が使用している魔晶石は、遠くにいる人物と会話をするための機能を持つ魔晶石だろう。
「こんばんは」
すると、冒険者の男の前に、一人の女性が現れる。
月光を浴びると少し煌めく銀髪に、琥珀色の瞳。その顔を見た途端、男の目が見開かれた。
「……何か用っすか?」
男の額に冷や汗が浮かぶ。
「用…ね。私は特にないけど、敢えて言うなら…」
男に対して、私は薄い笑みを浮かべながら答える。
そして、この時初めて男の方に視線を向けた。
フレイプの言う通り、昼間道具屋で見かけた時よりも“気配”が濃く解りやすくなっている…!
私は、間合いの外くらいの距離にいる冒険者に対して、相手の正体を確信したのである。
「…私の連れの方が、貴方に用があるみたいですよ」
「…!!」
私が問いかけに返答した頃には、男の後方にフレイプが立っていた。
今まで全く気配に気が付かなかった男は、瞬時に背後へ振り返る。
「ぐっ!!?」
男が後ろへ振り向いた瞬間、苦悶の表情に変わる。
振り向いた一瞬の内に、男の両足にあるふくらはぎに雷で出来た細長い針のような物体が突き刺さっている。
無詠唱による、魔法の発動…。やっぱり、この女性って…!
私は、無詠唱で魔法を発動したフレイプに対し、一つの確信を得た。
以前、“観測者”の仕事で剣武神・グンニルと会談した際に彼の話に出てきた人物。先代の勇者・バッシュには、苦楽を共にした徒党の仲間がいた事。フルネームこそ判明してはいないものの、“無詠唱で魔法を使えるエルフの魔法使い”としてフレイプという女魔法使いの話をグンニルから聞いていた。
「…フアム大陸でも増えてきて困っているっていうのに、この国ではかなり堂々と活動しているのね」
フレイプは、ため息交じりで呟く。
一・二歩ほど足を進めるが、彼女はそれ以上の距離は詰めていない。
「昼間道具屋で遭遇した際に、魔力は隠していたんだろうけど…。獣のような視線は、隠し通せなかったみたいね」
「…その男性からの視線を感じてはいたけど、まさかこんな人類だらけの場所にいるとは思いもしなかったです」
フレイプと私は、それぞれ昼間の道具屋で感じた事を述べる。
「…そんな事でばれるとはな…!」
痛みで冷や汗が流れ続ける男から、変化が見える。
暗闇の中で、男の頭上には二本の小さな角が現れる。この世界において、人間のような姿形を持ち、角を持つ生物は一種族しかいない。
「魔族…。魔法で人間に化けて潜入している、密偵的な奴ね」
「この姿を見た以上、生かしてはおけん!!」
私が男の正体を口にすると、正体を現した魔族が私の方へ向かって襲い掛かってくる。
私もフレイプも、遠距離からの攻撃を得意とする魔法使いだ。そのため、間合いに入り込めば勝てるとでも思っていたのだろう。男は手刀ですぐ近くにいる私を殺し、その後逃走しようとしていたのだろうがーーーーーーー完全に、相手が悪かった。
「これは…!!?」
突然、男の周囲を無色透明の立方体が取り囲む。
男が拳で強く叩いても、その立方体を破壊する事はできなかった。
「…昼間に“追跡”と“看破”の魔法を、わざわざかけたんだ。用意もなしに、現れる訳ないだろう?」
その台詞と同時に、男の斜め後ろにある家屋の壁が揺らぐ。
水面のように揺れた壁の中から現れたのは、魔法で壁の中にずっと隠れていた魔法使い・デューラだった。
私がかけた“看破”の魔法は、二人がお店去った後にかけたのに…。よく気が付いたよな…
私は改めて、この場にいる二人の魔法使いの底知れぬ凄さを見せつけられていた。
昼間の道具屋にて人間の冒険者に化けていた魔族がお店に入ってきた際、私に向けていた視線で魔族だと悟ったフレイプが、“ある程度の離れた距離にいても捜し出す事ができる”という“追跡”の魔法を行使。その後、ナハトに話しかけられた際に私が“変身や幻といった魔法によって変わった事象を看破する”効果のある魔法を、男に対して行使した。
それによって、正体が判明したのである。
「これ…は…!!」
動揺する魔族の頭上から、緑色の煙が立ち込める。
煙が鼻に近づいた時点で、それが何かを魔族は悟ったようだ。その慌てた表情を見たデューラが一瞬、不敵な笑みを浮かべる。
「魔族や魔物向けに私が開発した、わずか数秒で昏倒する霧だよ。致死性はないから、その場でお寝んねするだけかなー…」
そう告げるデューラは、表情や口調こそ軽く笑みすら浮かべているが、瞳が笑っていない。
男は霧から逃れようと結界の壁を叩いたり爪で引っ掻く素振りを見せるが、霧が立方体の結界を覆い尽くす頃には既に意識を失っていたのである。それを目の当たりにした私は、その場で深呼吸した。
「…お疲れ様、アビちゃん」
「フレイプさん…」
気が付くと、少し離れた場所に立っていたフレイプが、一歩ずつこちらへ近づいてきていた。
そうして、意識を失った魔族に視線を落とす。
「囮みたいな事をさせちゃって、ごめんなさいね」
「いえいえ、お二人のような優秀な魔法使いがいてくれたおかげでそこまで怖くはなかったですよ」
「…うん、やっぱり君は肝が据わっているよね」
私やフレイプの会話に、今度はデューラも入ってくる。
「ともあれ、この魔族。王城の方に引き渡さなくちゃね…。デューラ、そっちの方は大丈夫かしら?」
「勿論!…って、あ!こっちでーーーーす!!!」
捕まえた密偵をどうしようかという段階だが、当然この後の手はずも整っている。
デューラが、こちらへ近づいてきた人影に対して手を振る。すると、私の後ろから複数名の兵士が現れ、その内の一人には見覚えのある腕輪を手に持っている。
「その結界、かけた対象は物理攻撃も魔法攻撃も使えなくなるけど、対象以外は結界を透過する機能もあります。なので、早急に腕輪をその男の嵌めてください」
「わかりました」
フレイプによる結界の説明を受けた兵士は、すぐに倒れている男の右腕に腕輪を嵌めた。
「この腕輪って…」
「ああ。君も扱った事があるだろう、魔力封じの腕輪だ。捕まえてすぐ、その場で爆発されても困るしな」
「爆発…。それって…」
「口封じ…それと、証拠隠滅も兼ねているのでしょうね」
私が目にした腕輪は、卸売業者で仕入れと納品をした事のある”嵌めると魔法が発動できなくなる“という効果を持つ魔道具だ。
その道具をすぐさま使う理由を聞いた途端、私の眉間に皺が寄る。
フレイプ曰く、ここ数年で現れている只人に化ける魔族は、身体のどこかにある条件を引き金に対象を爆散させる魔法の魔法陣が彫られているらしい。これは、スパイが敵に捕まった際に余計な情報を吐かせないようにする口止め・口封じを兼ねた処置だろう。下手すると、魔族を捕えた人々まで爆発に巻き込まれてしまうため、遅延魔法を発動させないためにも、デューラが兵士をこの場所へ呼び出す際に腕輪を渡していたようだ。
3からの報告書にあった通り、本当に潜り込んでいる魔族が活発化しているようね…
私は、兵士達が気絶している魔族を縄で拘束し、大通りの方に停めている馬車にその男を積み込むまでの一連の作業を見守りながら、観測者が先日提出していた報告書について考えていたのである。
「皆さん、密偵の捕獲へのご協力ありがとうございました」
一連の作業を終えた後、兵士の一人が私達へ礼を述べる。
それに対して、私は軽く会釈を。他の二人は特に何をするまでもなく首を一瞬だけ縦に頷いていた。
「今回の件は急だったため、報告書をまとめ次第、皆さんに謝礼をお渡ししましょう」
「…では、その手渡しの方は文官のクルーア・アジ氏を通して私が受け取りますね」
「解りました」
謝礼の話が出たため、ここは王城の役人とも交流がある私が話に入ってきた。
クルーアが私を含む商人ギルドの面子を担当しているのを知っていたのか。あるいは、私が“道具の運び屋”である事を知っているのかは定かではないが、兵士は私の提案に対してすぐに理解を示してくれた。
「…さて」
兵士達が馬車を引っ張って退散した後、頃合いを見計らってデューラが口を開く。
「“夜遊び”のメインイベントは終わったけど、せっかくだし呑みに行く?」
「どこの酒場も、そろそろ閉店でしょう。呑むなら、私が泊っている宿屋とかかしら…?」
「…すみません、明日も仕事なので私は遠慮します」
デューラがこの後に「夕飯食べた時はお酒を飲まなかったので」と言いそうになった所を、私が制止するかのように発言をした。
その台詞を聞いた二人の魔法使いが、私の方へ視線を向ける。
「せっかく一仕事終えたんだから、君も一緒に呑もうよー!」
「そうね。同じ魔法使いに会ったのも久しぶりだから、アビちゃんと呑んで色々とお話してみたいけどねー」
口々に告げる彼女らの視線は、正直痛いような感覚がする。
しかし、私も曲げる事はできない。
「怖くなかったとはいえ、敵は私に襲い掛かろうとしていた訳だし…。そんなかんじで今日は疲れたため、またの機会にお願いします」
「あらら、残念…」
少し申し訳なさそうな表情で断りの返事をすると、フレイプとデューラは本当に残念そうな表情をしていた。
…それに、フレイプさんも酒豪な予感がするし、酔ったデューラさんは話が長くなるから、尚の事行きたくない…
そんな本音が私の脳裏を過ったが、流石にそれを口にすることはなかった。
こうして二人と別れた後、私は明日の仕事や先程の出来事を思い返しながら、自宅へと戻るのであった。
いかがでしたか。
今回、3人の魔法使いの大活躍な回でしたね!
前回言っていた「夜遊び」がこうなり、筆者としても書いていて少し楽しかったです。
実は、デューラが魔族を気絶させるのに使った結界魔法。あれも前作で似て非なる魔法が出てきていて、それを参考に書きました。「結界魔法の中に霧を流し込む」という、皆麻が考えたオリジナル魔法でもありますがね。
さて、とりあえず王都に侵入していた密偵の捕獲に成功。これが今後、アビ達にどのような影響をもたらすのか?次回もお楽しみに★
ご意見・ご感想があれば、宜しくお願い致します(__)




