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氷の辺境伯と呼ばれる俺に嫁いできた氷の悪役令嬢があまりにも有能で尊い  作者: 篝火


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01.ワケあり公爵令嬢との縁談

全15話です。執筆済みなので、なるべく速やかに投稿していきます。

 とある森の中。

 森には似つかわしくない執事姿の少年が薄暗い獣道を息を切らして走っていた。


「全く……、ジーク様は、すぐに単騎で行ってしまうのだからっ! 領主であることをお忘れか?」


 執事少年は憤りながらも森の中にある開けた一角に辿り着く。


「ジーク様……! ジーク様、ワイバーンは……。っっ!?」


 執事少年は視線を上げた。


 水車ほどもある大きなドラゴンが横たわり、その上に、黒髪の男性が一人座っていた。

 ドラゴンは氷漬けになり、息絶えていた。


「じ、ジーク様、……また、お一人で?」


「ん? あぁ……。ノエル、ターゲットはこいつで間違いないよな?」


「……えぇ」


 ノエルと呼ばれた執事の少年は少し呆れたように相槌を打つ。


「そうか……。じゃあ……、久しぶりに領地に帰るか」


 ◇


「えぇ……、何あれ……」

「ドラゴンの頭……?」


 とある村はざわついていた。

 道の両端に集まった村人たちが、信じられないものを見るような目を向けている。


 さらさらした黒髪、鋭い眼光に、蒼い瞳。端正な顔立ちなわりに体躯の良い男が背中に凍結したドラゴンの頭部らしきものを背負って歩いていた。

 この男の名をジーク・エルファルトといった。

 ジークの後ろには、執事姿の少年がぴたりと付き、その後ろにも二人の人物が付いていた。


「あ、あれってひょっとして、氷の……」

「あー、聞いたことがある。どこかの没落貴族が領地をほっぽり出して、領主自ら傭兵みたいなことをしてるって」


 遠巻きに放たれる、遠慮のない嘲笑と侮蔑の視線。


「っ……、あいつら……!」


 村人たちの噂話を聞いた執事のノエルは眉間にしわを寄せる。

 が……、


「ノエル、構わん」


 ジークはそれを制止する。


「……ですが、ジーク様」


「……さっさと(こいつ)を王国出張詰所に提出すればここにはもう用はないのだから」


 ◇


「あー、ついに帰ってきましたね! ジーク様! もはや懐かしさすら覚える」


 よく手入れされた花壇のある屋敷の前で、ノエルが両手を広げて喜んでいる。

 その屋敷は氷の辺境伯などと呼ばれるジークが領主を務めるエルファルトの領主館であった。

 見慣れたレンガ造りの外壁を見上げながら、


(……確かに今回の遠征は少し長かったな)


 ジークも小さくため息をつく。と、

 勢いよく玄関の重厚な扉が開かれた。


「ジーク!!」


 ふわっとした長い髪、夕焼け色の瞳の垂れ目、フリルがあしらわれたドレス姿の少女が領主館から飛び出てくる。


「ジークぅうううう!」


 少女は我慢できない様子で、ジークの懐に飛び込んだ。


「ジーク! ジーク! 帰ってきてくれたんだね! 待ってたよ!」


「……フィナ」


「ジーク! ずっとずっと待ってたよ! さぁ、執務室に行こうね!」


(……だよなぁ)


「ノエル、助け……」


(もういねえよ、あいつ……)


 さっきまでそこにいたはずのノエルは危機を察したのか、すでに消えていた。


 ◇


 エルファルト領主館、執務室——。


「さぁ、ジーク、溜まりに溜まった執務をこなしてもらうわよ!」


 ジークを執務室に連行した少女、ことフィナが鼻息を荒くする。


「……はい」


 ジークは抵抗することなく、執務机の椅子に座る。


「はい、仕事!」


 ドン!


 メートル単位の紙の束が机の袖に置かれる。


「お、おい、嘘だろ? フィナ」


「嘘じゃありません! ジークがいない間、可能な限り、領主代理で妹のあたしが執務をこなしてはいるけどさ、ちゃんとジークにも目を通してもらわないと! ジークは領主なんだから!」


「……それについては助かってるよ」


 父が亡くなってから、このエルファルト領は、妹で長女のフィナが切り盛りしてきたと言っても過言ではなかった。要するに宰相である。


(まぁ、フィナがちゃんとやってくれてるからね……。右から来た書類を左へ受け流していく簡単な仕事さ……。量は多いけども……)


 それからしばらくジークは右から来た書類を左へ受け流していく。


(…………)


 そんな作業をしていたジークは、あることに気がつく。


「…………ふと気づいたのだが、フィナ」


「なに?」


 横で次の書類の束を準備していたフィナが顔を上げる。


「……俺の婚約者、いなくなってないか?」


(確かにいたはずだ。遠征前に、婚約者が……。確か、子爵家の……)


「…………遅っ!」


 フィナは目をひん剥く。


「いないことに、気づくの、遅すぎでしょっ!」


「あー、えーと、そうだな……。すまん……」


「出て行かれましたよ。あの人は私に興味がないみたいです、と泣きながら……。はい、これ、婚約解消合意書、サインして、どうぞ」


「あ……、はい……」


 ジークは書面にさらさらとサインを書き込む。


 実はこれが初めてではなかった。

 一応、伯爵と爵位がまぁまぁ高いこともあって、主に家格が下の家からの縁談が稀にあった。

 そんな話が来ると、フィナは「チャンス!」などといって、受け入れた。

 しかし、実際に来てみると、領主はほとんど領内に不在……という現実から、これまで全ての婚約が破断となっていた。


「もう! ジーク! せめて手紙くらい寄こしなさいよ!」


「す、すまん……。忘れてた……」


「あほジークー! そんなんじゃいつまで経っても独り身だろー! まぁ、今回は結果オーライということで……」


(……結果オーライ?)


「でもまぁ、……別に……、フィナがいるから大丈夫だろ……」


「っっ……!」


 ジークのその言葉に、わぁわぁ言っていたフィナが一瞬、鎮まる。

 フィナの頬はいくらか赤く染まっていた。


「……あたしだってそろそろ適齢期なんだが? お兄ちゃん、あたしがいなくなったらどうすんのさ……」


「っっ……!」


 今度はジークがはっとする。


(…………確かに。フィナがどこかへ嫁ぐ……か。あまり考えたことも……、いや、考えないようにしていたのかも……)


 サラサラサラ……。


「今、サインしましたね?」


「へ……?」


 フィナは、ジークが今しがた無意識にサインした書類を高速で取り上げ、そしてニンマリする。


(え……? 何……?)


「これ、新しい縁談です!」


「な、なんだと……?」


「不思議だと思いませんでした? 今回、婚約解消されたのに、あたしがあんまりわぁわぁ言わなかったことが!」


(まぁ、多少は不思議に思ったけども……)


「それはもっと美味しい話が舞い込んできたからです! 見てください、ジーク。これ! ()()()のご令嬢です!」


「こ、公爵家!?」


(……なんで、また公爵家なんて、高位のご令嬢が……?)


「公爵家なら、いろいろと支援してくれるはず! うちの領もこれで安泰! 今度こそ、絶対、逃がさないでよ! ジーク!」


「あ、あぁ……」


(明らかにわけありだろ。ご本人は納得しているのだろうか……)


 ジークは少々、不安になるのであった。


 ◇


 それからしばらくして、エルファルトの領主館前に馬車が到着する。

 飾り気のない、長旅の土埃にまみれた質素な馬車だった。


 馬車から一人の少女が降りて来た。


(……)


 肩くらいまでの白銀の髪、アメジストのような鮮やかな紫の瞳。

 とても綺麗な人であった。

 だが、それ以上に、どこか硝子のような、すぐに壊れてしまいそうな儚げな危うさがあった。


「…………シャルロット・ローゼンベルグと申します」


 公爵家の令嬢シャルロットは、微かに震える声でぺこりと頭を下げた。


(……)


 あまりにも弱々しいその様子に、ジークは言葉を失いかける。

 公爵家の令嬢といえば、もう少し傲慢に振る舞うものだと想像していた。


「……ジーク・エルファルトだ。わざわざこのような辺境まで来ていただき、ありがとうございます」


 戸惑いを隠し、ジークは努めて落ち着いた声でそう返した。


「っっ」


 ジークのすぐ後ろで女性が声にならない声を漏らす。

 フィナである。

 そして、ジークの耳元で小さな声で騒ぐ。


「じ、ジーク、ど、どうしよう、あの人、めっちゃ……、めっちゃ美人っ、やばっ、きゃーーー」


「……?」


 シャルロットはその様子を不思議そうにじっと見る。と、


「ようこそエルファルト領へ! 私はジークの妹で、フィナと申します」


 フィナは手をこねこねする。


「……! はい、シャルロットです。何卒よろしくお願いします」


 シャルロットは再び頭を下げる。


「まぁ立ち話もなんですし! あたしが部屋を案内しますね! さぁさぁ、中へ!」


 フィナがパンッと手を叩いて明るく振る舞う。

 フィナに促されるまま、シャルロットは静かに足を踏み出し、領主館の敷居を跨ぐのだった。


 ◇


(どういうことだ……?)


 一人、執務室に戻ったジークは執務机の椅子に座り、額に手を当てる。


(……シャルロット嬢…………今のところ、全くワケあり感がない)


 公爵家などという高位の令嬢が嫁いでくるとなれば、なんらかの(いわ)くつきであるはず、ジークはそう思っていた。

 しかし、これまでの立ち振る舞いからはそういったところは感じられなかった。


(…………しかし、まぁ、見送りが簡素……ではあるか……)


「……」


(……仕方ない。あの方に少し聞いてみるか)


 ジークは銀の装飾がされた手の平大の水晶を取り出し、そこに魔力を注ぎ込む。

 そしてしばらくすると、


『お、久しいな、ジーク。ワイバーンの討伐はうまくいったみたいだな。ありがとう』


 快活な雰囲気の男性の声が聞こえてくる。

 その水晶は、遠隔会話の魔道具であった。対となる水晶を持つ相手と遠く離れていても会話が出来る極めて貴重な宝具であった。


「いえ、殿下、お役に立てたようでよかったです」


『そんな堅苦しい言い方はしなくていいのだがね……』


「……そうもいきませんよ」


『……そうか。それにしてもジークの方から連絡してくるとは、珍しいな。ひょっとして、例の件かな?』


「……殿下、なにかご存じで?」


『シャルロット嬢の件……で、あっているかな?』


「流石です、殿下……」


(……やはりワケありなのか)


『シャルロット嬢は先日、派手に、ラドルッチに婚約破棄されてな……』


「第四王子に……!?」


『あぁ、それでまぁ、ローゼンベルグ卿がシャルロット嬢を見限ったのだろうな』


「道理でこんな僻地に……、お可哀そうに……」


『おいおい、随分と他人事だが、例の婚約破棄には、ジーク、君も少し噛んでいるのだぞ?』


「え、自分が……?」


(なんで中央のいざこざに俺が……?)


『ラドルッチがシャルロットを婚約破棄した理由。それが君と婚約破棄したセシリア嬢にご執心だからだよ』


「…………」


(……あ、俺の二人目の婚約者か。例のごとく、気が付いたら破談になっていた……。確か子爵家のご令嬢だったはず。そこから第四王子を射止めるとは、すごいなぁ……。成り上がりだなぁ)


『あ、ちなみにだが、シャルロット嬢は氷の令嬢なんて呼ばれてたぞ?』


「こ、氷の……?」


『ははは、図らずも氷の伯爵とか呼ばれてるお前と同じだな! まぁ、意味合いはちょっと違うと思うが……』


「どういう意味です?」


『物理的かどうかの話だな』


「…………聞いてもわからないのですが……」


『お前は物理的に氷、シャルロット嬢は内面が氷ってこと』


「……はぁ」


『まぁ、それはそれとして俺がシャルロット嬢だったら普通に嬉しいけどな』


「……なんでです?」


『だって、お前の嫁になれるんだろ?』


「……よく意味はわかりかねます……が、情報は有難うございました。またご依頼がありましたら、ご連絡ください」


『あー、それなんだが、多分、しばらく依頼ないぞ?』


「え……? な、なぜです?」


(依頼がない……? 殿下からの依頼は、我が領の貴重な収入源……。なくなるのは普通にまずい……)


「な、なにか、ご無礼がございましたでしょうか?」


『いや、そういうのじゃなくて……、あれ? 言わなかったか? 今回のワイバーンを討伐すれば、国内の厄介な魔獣はいまのところ最後だと……』


(…………言っていたような気もする。が、いつもなんだかんだ新たな依頼が……)


『まぁ、そういうわけだから、お前も領で少しゆっくりするといいさ。んじゃなー』


 プツン。


 通話が切られた。


(……やはりワケありだったか)


 ジークは眉間にしわを寄せる。


「……」


(……だが、まぁ、だからといって、特にこれまでと変わることもないのだろうな……。しいて言うなら、シャルロット嬢の婚約破談歴が増えてしまうのだけは気の毒に思うが……。あ、いや、それより依頼がしばらくないって本当か……?)


 ジークは頭を抱える。


「……さて」


 ジークは未だ山となっている書類に目をやる。


「ひとまずはこれをなんとか片付けないとな……」


 ジークは溜息をついた。

 その時であった。


 バシッと執務室の扉が開く。


 フィナである。


「え!? な、なんでジー……お兄様、お仕事をされているのでしょうか?」


(お前はなんでちょっと猫被ってるんだよ)


「お兄様が自ら執務をこなそうとするなんて……、シャルロット様! お兄様はシャルロット様を意識されています!」


 フィナの後ろからシャルロットがおずおずと顔を出す。


(いや、フィナよ。それ、シャルロット嬢を褒めているようで、俺のこと下げてるから、トータルで見たらマイナスだぞ)


「……シャルロット嬢、館の様子はどうでしたか? 公爵家と比べるといささか見劣りするものかもしれませんが」


「いえ、そんなことは。とても素敵な館です。だからこそ、申し訳なく……っ」


 とまで言って、シャルロットは口を噤む。


「……?」


(……何が申し訳ないのだろうか)


 とジークが思った時のことであった。


「あ……」


 書類の束が決壊した。


「あぁあああ! ジーク! 何してんのー!?」


「……す、すまん」


「もうーー、シャルロット様、すみませんが、ちょっと待っててくださいね」


 そう言って、フィーナは書類をかき集めはじめる。


 当然、ジークも腰を沈める。


 そして、シャルロットも。


「しゃ、シャルロット様、大丈夫ですよ。私達でやりますから!」


「いえ、そういうわけには……。機密文書はないでしょうか?」


「あ、はい……、この中にはないはずだ」


 ジークが応えると、シャルロットは小さく頷き、書類を集めるのを手伝ってくれた。


 そうして三人で書類をかき集める。


(……)


 地面に膝をついて懸命に書類を集めるシャルロットを、ジークは無意識に一瞥(いちべつ)する。


 そして、ふと思う。


(…………第四王子ラドルッチ殿下は、なぜシャルロット嬢を選ばなかったのだろう……)


「……」


 そして、ハッとする。


(いかんいかん、人の好みに口出しするものじゃないな……)


 ジークは書類集めに集中する。


 三人で床に落ちた書類をかき集め、しばらくすると、ふいにシャルロットの手が止まった。


 じっと書類を眺め、そして呟く。


「…………あれ? これって……」


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