帰還
「……普通に暮らしてるだけで幸せなのに、わざわざゲーム起動して痛い目に会う必要ない気がしてきた」
ほかほかの体でふかふかの布団に吸い込まれてからそっから先の記憶が無い。絶賛喪失してる最中なのに更に飛ぶとは思わなんだ。じゃあこの穴空き具合ってどんだけ寝たらそうなんの?
時刻は19日の25時と少し。畢竟、アレのサービス開始から一時間と少しである。
寝起きに思わずほざきが出るのは"楽しみにしていたゲームの発売日に寝坊して最速プレイが出来なかった時特有の捨て鉢な萎え"によるものでしょう。
「…………MMOで二周目プレぇ?」
ちらとベッド脇に鎮座するVRギアを見る。
『デイブレイク・エクスプロア』
VRMMOの中でも特異なバトルロワイヤルモードをメインコンテンツとする、剣と魔法の世界。
PVPが好きなユーザー達に受けがいい反面、ゲームの攻略や冒険が好きな大部分のユーザー達にはプレイされないのが特徴の…………まぁ一応、良作ではある。
「復讐はまぁしたいけど、逆に言えばそれにしかそそられなくね?」
この御時世、VRゲームなんて幾らでもある。そしてアナログゲームと違い、VRゲームはプレイ中にそれしか出来ない。
ソシャゲと違って掛け持ちが出来ない以上、ゲーマー達が求めるのは基本的に自分の性質に合っている分かりやすい神ゲーだ。
対人? 嫌いでは無い。
攻略? 好きではある。
──が、それらは初見であることが私にとって楽しむための大前提。
「なんでわざわざモンスもイベントもランカーの顔も知り尽くしてるMMOで二周目をやらねばいかんのか」
それ楽しい? と自問自答。内から返るのは「わざわざコレやる必要無くね?」という至極当然の結だった。
二年以上やったゲームのデータが消えた上でまた一からキャラ育てるの、想像しただけで普通に苦痛なんだけど?
「だるさと面倒臭さが差し引き復讐心に勝るー……前世……ぜんせ? でいいのか?……兎角、その記憶で無双出来ても刺激不足で退屈でしょ」
これが仮にデイブレじゃなかろうと私ってどうせ最強だし、輪をかけて虚無いの目に見えてんだよな。
……いや、どうせどのゲームだろうと無双出来るなら、デイブレで暴れても五十歩百歩ではあるか?
「思考がナチュラルに傲慢で草生ゆる」
机に無造作に置かれているパッケージを手に取る。
それは当にやり飽きたゲームの姿。
なんか見覚えのあるような無いような、ついぞ出会ったことの無い美男美女のキャラクター達が、剣と杖をこちらへ向けて交差させている。
背景は異世界といえばといった感じの緑豊かなテンプレの草原。雑魚MOBが小さな点のように見え、いかにも普通のVRMMOといった感じのパッケージイラスト。
「構図がクソ。発注者とゴーサイン出した奴誰? これじゃそもそものターゲット層にすら届かんだろ」
『はァ〜……』と無意識に怒り混じりのクソデカタメ息を吐いて……流れるように頭を抑えてから、自分のしたことに気付き『……ぷっ』と思わず吹き出した。
……こんなくっだらないとこに癇癪起こすとか、多少なりとも愛着は持ってはいたんだな?
「サービス開始に寝過ごす程度の重要度なのに」
起きなきゃと思ってないから普通にぐうすかしてたってのに、私もまだ存外に人間のようだ。
「うわぁ、そうなるとこれまでの言動全部ツンデレムーブに思えてきたじゃん。萌えキャラか何かなの?」
……まぁ、せっかくただで貰ったし、新しいソフトを買うには高いし、そして今他にやれることも無い訳だし?
フィルムを剥いてパケを開き、虹色に輝くディスクを手に取った。
たった40g程に圧縮された異世界への切符。たった40gの銀煌の死神。
とてとてと持って歩いて、埃の付いたVRギアのボタンをカチリ。機械音と共にそれから排出された別のディスクは、外に出るのはこの時間軸で半年ぶりだったっけ?
「うわ懐かし、アウェイキング・ワールドだ! ……サ終ぶりか? やってたのもう二年半も前になるのか」
初めて仮想仮説に出会ったゲームであり、初めてその終わりを看取った思い出のゲーム。……思えばこれのせいでMMOの二周目の苦痛を知ったのか、私。
これのパケどこやったかなぁ…………ダメだ自室が久しぶり過ぎて憶えてねぇ、もうデイブレのパケに嵌めとこ。
うん、これでよし。
「……どうせやるならなんか別のことをしたくはあるな」
ゲーム内は見飽きてはいる。対人はもう誰も私相手にならんだろうし……そうなるとゲームの外から"新鮮"を付与するしかないか?
例えばそう、はi……
『ジリッ……!』
「っ痛……脳が焼ける感触?」
──砂嵐のような幻聴が、刹那に頭の中を疾走る。
……慣れてはいるけど、気持ちのいいものでは無いよ? 亡くした記憶のどっかしらでも掠めたか?
「まあ思い出せないなら無いも同然だしどうでもいいや」
些事。
すぐさま忘れてヘッドギアを被り、愛する久しぶりの毛布様と共に横になる。
電源を入れて目を瞑る。
脳波が機械から発する電気信号と交流を開始、催眠に掛けられたかのように意識が落ちて……沈んで、行く。
偶に頭の中に過ぎていく電子情報の逆流。空気が実体を持って触れてくるような感覚は、まるで上位者がおっかなびっくり干渉してきているようで、少しこそばゆく、同時に不愉快。
誰にでも起こりえる、いつもの出来事。
そんなことは気にするべくもなく、やがて私は電脳の仮想空間に帰還する。
はてさて、今の私はどんな感情であの地に降り立つのだろう?
未知は無く、希望も無く、目的も薄く。
あるのは惰性と、下らない感傷と、ほんの少しの復讐心だけで。
「ああ、でも──」
──少しだけ、ワクワクがあるのも分かったよ。
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