始章:Re.Start
更新開始
──毛布とは、人類史上最高の発明品である。
柔らかく、軽く、そして暖かい。そんな幸せのハッピーセットに抱かれて、そんなこの世の真理に気付く。
睡眠というのは人間にとって必要不可欠の行為であるが、おちおち寝てもいられず、そも満足に寝る場所すら無い世界在住の私にとって、肌から得る情報は麻薬となんら変わりがなかった。
ふわふわだ。そしていい匂い。五体が満足してるのに動けないなんて本当に初めてだ、頭も冴えなければ体も軽いしなんだこれ?
「…………んぁ?」
曲げた指が空を切る。もぞもぞと周辺を両手で探るが、手に残るのは柔軟剤に揉まれたタオルの感触のみ。気持ちいいなぁから認識が更新を辞めた。
……何この思考デバフ? 代わりに本能が違和感を察知し、肉体に目を開けろと命令して……瞳が光に晒された。
……光量以前に、色彩が明るい?
薄らと広がっていく90°傾いた世界。もぞもぞと幸せから這い出て0へと戻し、しぱしぱする目を慣らして景色を脳へダウンロード。
解析が終わって漸く正常に認識した空間の名は『現実の私の部屋』だ。
………………
「はぁ?」
微睡みが消し飛ぶ。
……催眠でも掛けられた? 或いはそもそも夢?
怪奇現象には慣れたものだが、それにしたって今回のは脈絡が無さすぎる。
思わず頭を手で抑えてから自分が素手であることに気付き、連鎖的に今の格好がパジャマであることを把握。
現代にしか存在しないジャージの上下は私の装備の見る影も無く、内にある肉はあまりにもぷにぷにで。
困惑と共に記憶を掘り返そうとするが……ここに至るまでの過程はブツ切りな上、あちこちが虫食いのように……記憶そのものが、消えている?
「武器どこ……あだっ!?」
移動を出力した筈が無様にもベッドからずり落ちて、それを追うように伸縮性のある固体と毛布が背後から私を飲み込んだ。
い、痛過ぎる……肘と頬を床に打ちつけただけでこんなにダメージ入るのおかしくない? 普通に涙出て来たんだけど……?
毛布から頭だけ出した亀のような体勢の私の前には、都合良くヘッドボードから落ちてきたスマホがあった。
"まさか"と充電コードと格闘し、のそのそとパスコードを打ち込めば……表示された数列は現状をとても分かりやすく教えてくれた。
そして……
「──ねぇどしたのお姉、下まで音響いてきt…………え、本当になにしてんの?」
"がちゃり"と音を立て、雑把に開かれたドアの向こうから懐かしい声が聞こえた。
捉えたそれは久しく見なかった、本来もう会えるはずの無い顔だ。
君に次会うのあの世だと思ってたんだけど、まさか現世で再会するのは予想外が過ぎるなぁ?
ピンピンしながら私服で声を掛けてくる妹を見て、漸く現状を確信する。
「…………物理的な幸せに包まれてる?」
"2024/07/19/水"
そう表示されたスマホを手に、"あぁ。私、二年前にタイムリープしてるわ"と。
「……なんでずっと毛布にくるまってるの? 頭でも打った?」
「ふわふわを噛み締めてる」
「獄中生活でもしてたのあんた?」
すげえ、大体合ってる。終身刑だった筈なのに無罪放免ひゃっほうて感じだよ? 今。
リビングにて対面に妹が座る中、フォークでつついているのは目玉焼き。一口が小さいから黄身が遠いが、白身食ってるだけで涎止まらないのが我ながら面白い。味に飢えすぎだろ私の精神。
(……自分の体以外の物、食べるのマジで久しぶりだなぁ)
現状把握には手間取ったけど、情報が揃ってみれば「へー」で私のリアクションは終了した。我ながら実にどうかしてる。
タイムリープなんて非科学的なことを普通に受け入れちゃってるのは傍から見ればおかしいのだろうが、こんなん一々気に留めてたらキリ無いし、起きてしまったで終わらせてそれからを考える方が建設的だ。
てかそもそも論、足掻く手段が現状無いしね。出来るのは取り敢えず"生きる"の実行だけ。
故に、私が気持ちいい毛布にくるまりながら普通のご飯を楽しんでいるのも、極めて建設的かつ合理的行動なのである。
現実逃避? 思考放棄? 知ったことじゃねぇよそんなもの。頭痛いこと考えたところで"今"は何も幸せにならねぇじゃん。
「ごはんがおいしい」
「良かったね。冷蔵庫に作り置きあるから暫くはそれ食べて」
「? なんかするの?」
「はぁー……前々から言ってたじゃん、デイブレのサービス開始が0時からって」
「………………マジで?」
日付を再確認して記憶と照合……うわマジだ、じゃあタイムリープしてきた今日ってアレのサービス開始前日かよ……
デイブレ……正式名称『デイブレイク・エクスプロア』
社運の賭けられた完全感覚没入型VRMMOが乱立するこのご時世で、他とは違う特色を売りにしたその作品は、言ってしまえばこれから人類を絶滅させるクソゲーだ。
それなりに足掻いた末に、私以外の人間を全員死滅させた電脳の故郷。
私の記憶上で数分前まで居たはずの仮想世界への扉が、なんとあと数時間後に開くらしい。
(……あーだんだん思い出てきた。そういやこの子に無理矢理押し付けられて私もアレ始めたんだっけ?)
蓮コラみたいにズタボロな記憶から辛うじて思い出す。そういやコイツ、このゲームのβテスターだったっけ。
抽選式のそれに当選した後、テスト報酬で余ったやつが何だかんだで私に流れたんだっけ? うわーなんか懐かしい、なら元を辿れば私が苦しんだ理由の根源ってコイツじゃねぇか。え、やばい腹立ってきた。ここまで妹にイラッときたの初めてでは? 目玉焼き美味いから許すけど。
「じゃ、私、寝るから」
「んーおやすみー」
「──折角渡したんだから、お姉ちゃんもやってよね?」
「ゑ?」
そう言い残して自室へ帰っていく妹様。
一人になったリビングで、ぽつんと取り残される可哀想な私。
(……タイムリープねぇ)
食べ終わった食器を流しに放り、ノイズが消えたのでちょっと真面目に思考する。
……改めてこれ、何が起きてんの?
思い出せる限り最後の時系列は……神へ玉砕特攻かましたとこか? で、負けた結果死神が起動して……そっから先の記憶がなんか不自然に途切れる。
(で、じゃあなんでそこから過去に飛んでんの私?)
頭ん中完全に?で埋まってるけど、寧ろ何も分からなすぎて逆に面白くなってきた。ミステリー小説か何かかな? スプラッタとかコメディの方が好物ではあるんだが。
「……敗北の未来を変えるために記憶保持して過去に戻るとか、そういう物語はクソほど見覚えはあるけども」
所々記憶が抜け落ちていようとも、明確な詰みの起点となる出来事は覚えている。
タイムリミットにパンデミック、人材不足に根城の特定。死と倫理観の狭間に狂い、壊れて混乱のドツボにハマっていく間違いの記憶。
それを憶えているが故に、今の私はあらゆる問題の誤答を最短で正してくことも可能なわけなんだけど……
「ま、心底どうでもいいな」
別に私は楽しかったからケチ付ける気は無いし、あのポストアポカリプスエンド。
そんな必要性の無い諸々はさておいて、今考えるべきは二周目のこの世界をどう楽しむかだろ!
「なんにせよまずは風呂と惰眠かな、風呂キャン期間長すぎて湯船の禁断症状出そう」
肉の体がある以上、人としての堕落と尊厳は味わって然るべきだ。
「……ゲームなんざいつでも出来るしね」
──雨宮霖、現16歳。
先天性色素欠乏症が転じて完全感覚没入型VR廃人となった私にしては、たかがタイムリープした如きで随分と冷めたことを言えるようになったものだ。
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