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     第九話   打算



 一箇月の時が過ぎた。

 アレイルはターマン共和国首都、政府直轄の宿泊施設にて療養していた。

 命と身体機能にこそ別条は無かったが、熱傷、擦過傷、撲傷など、アレイルが受けたダメージは多岐に亘っていたからだ。

 本来ならば、一介の民間人に過ぎないアレイルに対するものとしては過分な待遇であったが、そこにはアレイルを抱き込みたいターマン政府の意図があった。

 ひと月の間にナブラは実質的な帝国属領と化しており、先の一戦で大敗を喫したカロンにも期待できないことから、ターマンは単独で帝国に対処せざるを得なくなっていたのだ。

 圧倒的な戦力を誇る帝国機動兵器への対抗策として、ターマン政府はアレイルと宝珠を欲していた。

 アレイルもその打算には気付いていたが、アレイルもまた帝国と戦うための後ろ盾を求めていた。宝珠の力があるにせよ、アレイル自身は無力な少年に過ぎない。ターマン政府の援助が無ければ、今日の食事にすら事欠くのだ。

 また、ヴァンスの件も懸念事項だった。ターマン政府はヴァンスの捜索を続けてはいたが、その行方は杳として知れない。恐らくは、帝国軍の車両に連れ去られたのであろう。それがターマン政府の見解であり、アレイルもそれには同意せざるを得なかった。

 であれば帝国内を捜索しなければならないが、アレイルに潜入スキルは無い。どこにいるかも判らない店長を求めて帝国中を巨人で踏み荒らすというのも無理な話だ。

 いずれにせよ、ターマンには頼らざるを得ない。それがアレイルの出した結論だった。

 こうして両者の打算による共闘関係が成立したのである。



「それで、宝珠はどうだったかね?」

 広い執務室の中で、ターマン大統領が声を発した。

「はい。やはり現状ではアレイル氏に任せるほかないかと思われます」

 女が答えた。ナブラ領国境でアレイルと接触した女だ。

 アレイルの療養中に、宝珠に関する調査を行っていたのだ。

「そうか、彼は必要か。こちらで使えるなら宝珠を買い取ってしまえば、と思っていたのだがな」

 残念そうに、大統領が呟いた。

 宝珠の力は現状のあらゆる兵器を超越する。帝国との戦争に限らず、将来的にも宝珠は所有しておきたかった。

「概ね、パナックの情報通りでした。言ってしまえば、宝珠はゴミを集めるだけの珠です。それで戦闘行動が可能なのは、アレイル氏の特性と言わざるを得ません」

「ふむ。そこが今一わからんのだがね。それほど難しい話かね?」

 顎に手を当て、大統領が問う。

「主な要因は2つあります」

 女が淡々と答える。

「聴かせたまえ」

「まず一つ。収束した廃棄物のコントロールについてです。廃棄物のコントロールは所持者の意志によって行われますが、所持者には抵抗や手ごたえのようなものが一切ありません」

「手ごたえ?」

 大統領は首を傾げた。

「つまり、操作している実感が得られないのです。言語化するのが難しいのですが。集中力に優れる軍人数名で試しましたが、緻密な動きは実現できず、些細な意識の乱れで収束した廃棄物は瓦解します。実用に堪えるとは思えません」

「操作している実感。ふむ。他人の手を使ってトランプタワーを作るような感じかね?」

 大統領が尋ねる。触覚なしで繊細なバランス感覚を要するトランプタワーを作るとなれば、それは神業だろう。

「難易度的には、既にバランスを失ったトランプタワーを支えながら積み上げるようなものです」

 大統領の喩えに女が応えた。

「それを他人の手で、か。成程それは無理だな」

 納得したように頷き、大統領が言う。

「では、もう一つは?」

「自身を核とした巨人化が実現できません。宝珠の性能は所持者の認識と意志に左右される訳ですが、常人の感性では自分を心の底からゴミだと認識することなど出来ないのです。付け焼き刃的な思い込みや言い聞かせでは宝珠を誤魔化すことは出来ませんでした」

「ふむ。まあ我が国では自信過剰なくらいが好まれる傾向はある。自分をゴミだと信じているような人材は、まあ見当たらんだろうな」

 ターマンは商業の国であり、商談に限らず交渉事では強靭なメンタルが重要だ、というのが伝統的な価値観だ。自己肯定感の欠如した人間は、この国では埋もれてしまうのだろう。

「はい。あの年であの認知。一体どのような体験をすればあそこまで自己肯定を放棄できるのか」

 女が、若干の感傷を滲ませる。

「とはいえ、それが今回は役に立つ訳だ。今後の人事の参考としようか」

「は・・・いえ、アレイル氏の境遇に同情すべき点はあるかとは思いますが、組織人として優秀かと問われれば甚だ疑問です」

 賛同しかねる、といった様子で女が僅かに首を振る。

 自己否定と復讐心の塊が、組織や命令系統に馴染むとは到底思えない。無理に組織に組み込めば、遠からず孤立し問題を起こすだろう。

「ふむ。まあ人事の問題は後で良い。それはさておき、だ。アレイル君が必須であるならば、彼に働いて貰うしかない訳だ。・・・選定は済んでいるかね?」

 大統領が尋ねる。

「は。ファトシアで宜しいかと」

「彼女か。アレイル君には丁度良いかも知れんな。あとは、そうだな。一応、“インペイラ”も用意しておきたまえ。出す場面があるかも知れん」

 その言葉に、女は一瞬絶句した。

「・・・よろしいのですか?国家機密ですが」

「出し惜しみが出来るほど戦況は良くない。それに、今後の良好な関係のためにも、誠意を見せておく必要は有ろう」

「了解致しました」

「我が国のために、役立って貰わねばならんのだからな」

 大統領の眼光が鋭く光った。



 アレイルは宿泊施設の敷地を歩いていた。

 敷地内からの無断外出こそ禁じられていたものの、政府直轄なだけはあり、敷地内だけでも充分に散歩が出来るだけの面積を備えていたのだ。

 部屋でじっとしているだけでは気力や体力が損なわれる気がした、というのもある。

「あなたが、アレイルさん?」

 唐突に、声を掛けられた。

 見たところアレイルとほぼ同年代だろうか。この辺りでは珍しい黒髪の少女だ。身長は、イリアよりは若干高そうに見える。

「そうだけど、君は?」

 肯定の言葉を聞くや、少女が安心したように大きく息を吐いた。

「ああよかった。ボクはファトシア。キミのサポート担当だよ。よろしくね」

 ファトシアと名乗る少女が、急に砕けた口調になる。

 砕けた口調の少女。外見は明確に違うが、アレイルはイリアを想起していた。

「君は、貴族?」

 思わず尋ねていた。

「貴族?なんで?」

 きょとんとした表情で、少女が問い返す。

(喪失感って、こういうことなんだろうな)

 アレイルが自嘲気味に笑う。

 確かに突拍子もない質問だった。客観的に見て、初対面の少女と貴族とを結びつける要素は無い。もし自分が言われる側ならば相手の正気を疑うレベルだ。

 ただ。

 ただ少し、イリアを感じただけなのだ。

 きっとこれはただの思い込みだ。もう存在しないイリアを、万象の中に探してしまう。

 そして、イリアの不在を改めて心が認識するのだ。

「いや・・・。知り合いの貴族が、似たような雰囲気だったからさ」

 言葉に詰まりつつも、アレイルが弁明する。

「ふ~ん。貴族かぁ。あんまりよくわかんない感覚だな。ターマンには世襲の特権階級なんていないしさ。偉い人の子供も偉くなる、とかはあるけど尊い血筋、なんてのは解んないや。先祖の誰かが優秀だった、以上の意味は無いよね」

 思いのほかドライな感想だった。

「そうかな。・・・そうかも」

 案外そんなものなのかも知れない。先祖のことを意識しつつ、アレイルは同意する。

 アレイルの先祖は『天の人』と交流があったとは言うが、だからといってアレイルと天の人に繋がりがある訳ではない。少なくとも、アレイルはそう思っていた。家訓として天の人を敬ってはいるが、それは血筋ではなく、後天的な教育の影響だ。

 であれば、貴族もまたそうなのではないか。即ち、尊く生まれるのではなく、尊い家柄に生まれたが故に尊く育つのだ。そして、後天的な問題であるが故に、尊く育たなかった者が利権や欲望で堕落していくのだろう。

「あれ、なんか考え込んじゃってる?」

 ファトシアがアレイルの顔を覗き込む。

「あ、いや。なんか分かる気がして」

「そうでしょ?こう見えてボクは意外と賢いからね。真理を衝いちゃうんだよ」

 少女は自慢げだ。

(あ、これはイリアとは全然違うな)

 アレイルは、幻想から目が覚めた気がした。

 自慢げな発言はイリアもすることがあったが、イリアの自慢は常に冗談めいており、羞恥が透けて見えるのだ。

 恐らくは、それがイリアの考える高貴だったのだろう。

 イリアは、誇り高いが誇らないのだ。

「ごめん、さっきの訂正。やっぱ貴族っぽくはないや」

「あ、なんか馬鹿にされてるかな?まあ良いや。馬鹿にするってことは、油断するってことだからね」

 妙に哲学的に聞こえる発言だった。

「ていうか、それは別に良いんだよ。さっきも言ったけど、キミのサポート担当になったよって話」

 ファトシアが強引に軌道修正した。

「話が見えない。サポートっていうのは?」

「ん?ああ、キミと協力して帝国と戦うってこと」

 事もなげに言ってのける。

「君が?」

 アレイルが思わず問い返す。見たところは、ただの少女だ。

「あ、子供に見える?これでもちゃんと大人だよ」

「大人!?」

 少女はどう見てもアレイルと同程度だ。とはいえ、イリアもああ見えて年上だった訳だが。

「そんなに驚く・・・あ、そうか。キミはナブラ人だもんね。ターマンでは15で成人なんだ」

 察した様子で、ファトシアが補足した。

「そうなのか・・・というか、成人年齢って国によって違うんだな」

「ターマンは元々商業の国だからね。行商も多いし、店番もあるし、さっさと大人扱いしないと社会が立ち行かないんだってさ」

「てことは、この国だとオレも大人なのか」

「少なくとも、一人前だとは見做されてると思うよ。子供が戦うなんて、とか誰も言わなかったでしょ?」

「確かに言われてないな。でも店長だって・・・あ」

 考えてみれば、店長もターマン人なのだ。戦う覚悟については問われたが、それはつまり、アレイルの決断を尊重してくれたということでもある。少なくとも、年齢を理由に何かを否定されたことは無かったように思う。

「みんな、オレを大人として扱ってくれてたのか」

 フィダスはナブラ人だったが。パナックはどうだったか。

「そういえばキミってパナックさんと一緒にいたんだよね?どうだった?凄い人だった?」

 唐突に、ファトシアが尋ねた。

「え?なんでパナックさんを知って・・・ああ、そうか。元々ターマンの人だったのか」

 パナックは店長が行商を始めた頃からの付き合いだと聞いた。店長が政府御用達の技師であったのならば、店長の知人もまた政府に近いところの人間だったとして不思議はない。

「あれ?聞いてない?パナックさんはボクたちの先輩。歴とした諜報局員だよ。まあボクは直接会ったことないけど」

「ちょ、ちょっと待って。情報が多過ぎる」

「あ~。聞いてないならそうかもね。パナックさんは元々諜報局員。イノヴァンス氏の下野に同行して、利敵や国害がないか見張ってたんだよ。勿論身分は秘密に、だけど」

「パナックさんが、スパイ?」

「う~ん。まあそういう言い方もするね」

 スパイなど、物語の中でしか見たことも聞いたことも無かった。とても実感が沸くものではない。

「ん、ていうことは君も?」

「そうなるね。まあでもボクはさ。情報を盗み出すとかじゃなくって、キミのサポートだから。帝国への潜入、戦闘行為、工作。今後どんな状況になるか判らない以上、なるべく多芸な人材がサポートに付かないといけない。そんな人、諜報局にしかいないよねっていう」

「理屈は解るけど、諜報員って身分を明かさないものじゃないのか?パナックさんのことだってさ」

 スパイにしては、あまりにも無防備に喋り過ぎではないか。

「だからさ。キミをサポートする上で、ボクのことを信用して、信頼して貰わないと困る。だから隠し事は基本的にナシ。なんなら体のサイズとかでも教えようか?」

「いらないよ!」

「なんか、それはそれで失礼だな」

 ファトシアは不満げだ。

「あ、それと」

 ファトシアが音もなくアレイルに近寄り、耳打ちする。不意な距離感に、アレイルが身を強張らせる。

「パナックさんのことはナイショね。ターマン内部でもキミの存在については意見が割れてるんだ。ボクは運命共同体としてキミへの情報提供を惜しまないつもりだけど、気にする人もいるからね」

 言い終えると、ファトシアは数歩距離を取った。

 そして、先程までより大きな声で続ける。

「兎に角、そういう訳でボクがキミのサポートをするよ。了解して貰えたかな?」

「あ、ああ。うん。一応」

 困惑しつつ、アレイルが返事をする。

「おや、自己紹介は終わりましたか?」

 横合いから声が掛かる。

 ナブラ国境で会った女が、近付いて来ていた。

「細かいところはまだですが、主要な部分はバッチリです!」

 意図的に全身を強張らせて、ファトシアが挙手の敬礼を行う。軍人を揶揄するかのような仕草だ。

「それは結構。今後は行動を共にするのですから、コミュニケーションはしっかりとするように」

「了解!」

「芝居掛かった動作は結構です。・・・まったく、これだから諜報局の人間は」

 ぶつくさと、小声で文句を言う。

 内部派閥でもあるのだろうか。あまり諜報局に良い印象は持っていないようだ。

 だが、そもそもこの女性はどういう立場なのだろうか。

 ナブラ国境では軍人のように見えたが、諜報員に指示する辺りどうもただの軍人ではなさそうだ。

 視線に気付いてか、女性がアレイルに向き直る。ナブラでも見た、事務的な表情だ。

 やはり、無感情なのではなく、努めて無感情を装っているのだろう。

「さて、改めましてアレイル様。医師からも報告を受けていますが、お身体はもう大丈夫そうですね」

「いや、もともと大丈夫だったけど。でもありがとう」

 アレイルが礼を言う。

 実際のところアレイルは療養を望んでいなかったのだが、礼は礼だ。

「いえいえ。共に帝国に立ち向かう戦友となるのですから、万全を期さなければ」

 愛想笑いを浮かべながら、女が続ける。

「では早速本題に入りますが。『作戦案』が出ました」

 作戦案。

 ターマンと手を組むにあたり約束していたことだった。

 ターマンは効果的に帝国に打撃を与えるため作戦を立案する。

 アレイルは自己の判断でその作戦の採否を決定する。

 両者は対等な関係として相互の利益を尊重する。

 とはいえ、軍事知識に乏しいアレイルがターマンの作戦を拒むのは難しい。これは、平等を謳った不平等な口約束だ。

 だが、それでも闇雲に戦いを挑むよりは良い。

 ターマンとて、帝国打倒のためにはアレイルが必要なのだ。であれば、然程無茶な作戦を強行する訳にも行くまい。

 結果として、ターマンはアレイル以上にアレイルを尊重し、効率的に活用する筈だ。

 アレイルの望みはそれで叶うだろう。

 蛮勇で全てを失うのは、もう沢山だった。

「ようやく、始まるんだな」

「ええ。逆襲開始と参りましょう。期待しております、アレイル様」

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