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遺産

     第十一話   遺産



 基地に戻るとそこには多数の幌馬車と、見慣れぬ自動車のような何かが停められていた。

 どことなく店長の屋根付き自動車に似た雰囲気を感じさせる、鋼鉄の箱だ。だが、通常のタイヤではなく無限軌道。そして特筆すべきは、箱から長く飛び出した砲身。

「何だ?これ」

「これはアレイル様、素晴らしい勝利でしたね。これで帝国軍も暫くは攻勢に出られないでしょう」

 車の陰から、例の女軍人が姿を現した。

「げっ・・・」

 ファトシアが顔を顰める。やはり、何らかの確執があるのだろうか。

「ファトシアもご苦労様でした。流石、諜報局は煽動(アジテーション)に長けていますね」

「それって褒めてんの?」

「勿論です。大局を動かすに扇動者は不可欠。大統領も諜報局を高く買っていますよ」

「それはど~も」

 二人がぎこちない笑顔で視線を交わす。

 仲が良くないのは明白だ。

「あ~。で、この車?は何なんだ?」

 アレイルが流れを変えようと試みる。

「失礼致しました。こちらの車両はコードIN01-B、砲郭搭載式装甲戦闘車両、通称インペイラ。戦線を貫き突破する最新兵器です」

「そうこうせんとうしゃりょう?」

 初めて聞く言葉だった。

「我々も、基本的には略して『戦車』と呼称しています。これまで砲車で牽いていた火砲を自動車に搭載し装甲を施した物、と思って頂ければ」

 事務的な口調で、女軍人が解説する。

 それは、歩兵のライフル弾を受け付けず、鉄条網を破り、塹壕を踏破する夢の兵器であった。少なくとも設計段階においては、戦争を変える新兵器と目されていたであろう。

WW(ダブル)さえいなければね・・・」

 しみじみと、ファトシアが呟いた。

 そう。この兵器の革新的たる要件は、全てWWがそれ以上の水準で満たしてしまっているのだ。出遅れた最新鋭機、不遇の傑作、それがこの戦闘車両であった。

「逆に言えば、WWさえ出てこなければWWに近い戦果を挙げる可能性がある、ということです。全てが下位互換かも知れませんが、既存の兵に対する優位性、という面では同じ事ですからね」

「歩兵では倒せない。火砲を機動的に運用できる。戦線の突破。・・・うん。まぁ似たようなことは出来るのかな。流石に都市制圧は難しそうだけど」

 指折り数えながら、ファトシアが感想を述べる。

「それで、この戦車で何をするんだ?戦線ならさっき穴開けただろ?」

 戦線を貫く、というならその目的は既に達成済みだ。

「ええ。今回は帝国で言う騎馬砲兵の代用ですね。現在、戦線の穴から機動力に優れる騎兵隊を出しておりますが、そこに随伴させます。こちらの用途では上位互換と言って差し支えないかも知れませんね」

「あ、騎馬砲兵っていうのはその名の通り馬で火砲を牽引する兵種ね。ターマンでは、独立した部隊としては編制していないんだけど」

 ファトシアが補足する。

「いや、そこは別に聞いてないんだけど。・・・因みに、なんで?」

 意外に説明したがりなのだろうか。少女は満面の笑みを浮かべた。

「ナブラもそうだと思うけど、ターマンも帝国ほど軍馬が多くないんだよね。限りある軍馬だから騎兵を優先して、騎馬砲兵は編制してないんだよ。因みにアルム公国にはあるみたい──」

 嬉々として語るファトシアだったが、説明は咳払いで中断された。

「コホン。そろそろ良いですか?ファトシア」

「あ~。ごめんなさい」

 ファトシアが素直に謝る。

「兎に角、付近のWWが撤退した今が好機なのです。機動力を活かし帝国内部に深く侵入、その後工兵を送り込んで築城し、橋頭堡とします」

「要は、国境の向こうを攻めるための拠点が出来るってことだよ」

 再度、ファトシアが補足する。

 軍事的な知識に疎いアレイルとしては、正直ありがたかった。

「じゃあ、これでついに?」

「ええ。アレイル様のご希望通り、帝国内部への攻撃が可能となるでしょう」

「よし!」

 アレイルが拳を握り締めた。

 それは待ち望んだ復讐の時。イリアの、皆の恨みを晴らす時だ。

「で、ボクらはどこを攻撃する予定?」

 幌馬車を眺めつつ、ファトシアが尋ねた。

「まずは北上し、敵の前線への補給拠点となっているグレイニアを叩いて頂きます。その後更に北上し、こちらの後続と呼応してガルドを落として頂きたいと」

「ガルド!?難攻不落の城塞都市じゃないか!」

 ファトシアが驚愕の声を上げる。

「それは常識的な軍隊での話です。アレイル様とジャンクードなら問題は無い筈ですが」

 淡々と、女軍人が言う。

「いや、それはそうだけど・・・」ファトシアは尚も不満の色を見せるが。

「オレは構わない。帝国を叩けるなら、なんだってやるよ」

 アレイルが断言した。

 女軍人が僅かに口元を綻ばせる。

「そう言って頂けると信じておりました」

「一応確認だけどさ。それ、潜入しろってことだよね?」

 幌馬車を指しながら、ファトシアが確認する。

「そうなります。こちらの幌で帝国領内各所に適宜瓦礫や鉄屑を運搬しますので、その内のどれかに紛れて潜入。指示したタイミングで攻撃を開始して頂くことになります」

「待ってくれ。潜入って、オレは良いけどファトシアが危ないんじゃないか?」

 アレイルが異を唱えた。

 潜入という行為への不安が拭えない。

 自分が死ぬのは問題ないのだ。だがファトシアは。

 また、イリアの二の舞になるのではないか。

 仲間の死は、もう見たくはない。

「彼女は諜報員です。潜入には長けていますが?」

 軍人は、何を今更といった様子だ。

「いや、でも」

「アレイル様、都市への潜入ではファトシアは必要です。それとも、復讐は諦めて小競り合いを永久に続けますか?」

 冷徹な物言いだった。

 だが。

 復讐。その言葉を出されればアレイルの答えは一つだ。

 何を犠牲にしようとも、復讐は必ず果たす。それだけは絶対のルールだった。

 しかし、だからと言って積極的に犠牲を出すつもりはない。

「アレイル。心配してくれてるのかも知れないけど、ボクも構わないよ。本業だし、任務だからね」

「・・・わかった。でも、本当に、本当に自分の命を優先してくれ」

(そして、万が一死なせてしまったら本当にゴメン)

 心の中で付け加える。

 あの時イリアを送り出した店長は、こんな気持ちだったのだろうか。

 だが今回はただ見送る側ではない。同行するのだ。

 もしこの少女に危険が及んだならば、全力で彼女を守ろう。アレイルはそう決意した。

「決定ですね。よくご決断下さいました。では、詳細はブリーフィングルームで」

 そして女は、アレイルの葛藤など気にする素振りもなく基地施設内へと入って行った。



 ファルダ帝国某所に所在する宮殿。

 皇帝の離宮として造営された豪奢な建造物の前に、リウスは立っていた。

「わからんものだな」

 リウスが独りごちる。

 二度に亘る失態で、栄達の道は絶たれたと思っていた。

 にも関わらず、今自分は皇帝に招かれ宮殿にいる。

 平時なら、いや戦時であっても考えられないことだ。

『リウスよ、こちらだ』

 電子拡声器だろうか。思考を中断させるかのように、皇帝の声が響いた。

 声に導かれるまま、リウスが歩を進める。

 先には雅な庭園があった。名も知らぬ草花の脇を抜け、庭園の奥へと足を運ぶ。

「足労であったな」

 一陣の風に、花吹雪が舞い上がった。

「ははっ!」

 敬服の意を示し、リウスが膝を突く。

 そこには皇帝ファルド4世の姿があった。

 齢30半ばにして帝国の全権を掌握する、稀代の覇王だ。

「よい!ここには不敬だのと下らんことを抜かす輩はおらぬ」

「はっ!では失礼ながら」

 断りを入れ、立ち上がる。

 皇帝ファルド4世。

 これ程の至近距離で姿を見るのは初めてだった。

 精悍さと力強さ。人を圧倒する眼力。

 皇帝の身でありながら剣の達人でもあると聞く。

(この間合い、大逆の好機ではあるが)

 冷静に考える。

 皇帝は祖父の仇だ。

 もし(リアス)が望むなら、仇討ちも良かろう。だがリアスは未だ所在すら掴めてはいないのだ。現帝国を良く思っていないであろうことは想像に難くないが、弑逆を望んでいるかは不明だ。そもそも、高潔な妹が暗殺めいた手段を是とするものだろうか。

 それに、皇帝は金属製の肩当から垂らしたマントで身体が隠れており、装備が判らなかった。下に胸甲くらいは着用しているやも知れぬ。

(少なくとも今ではない、か)

 リウスは不穏な考えを払った。

「ふむ・・・さてリウスよ」

 皇帝が口を開く。

 その瞬間、リウスを目掛け上空から巨大な何かが落ちて来た。

「なっ!?」

 反射的に数歩跳び退る。

 落下物は正確に、一瞬前までリウスが居た場所を潰していた。

 僅かでも反応が遅れていたら、或いは大逆に着手していたなら、自分は潰れて死んでいただろう。

「ふはははは!良い反応だ!やはり貴様で正解のようだな」

 皇帝が哄笑を上げる。

「陛下!?これは、一体!」

「くくく、慌てるでないわ。良く見よ」

 皇帝が落下物を指し示す。

「こ、これは!WW!?」

 それは確かにWWのようだった。だが細部の形状も異なるし、通常のWWと違い全身が蒼く輝いている。『遺産』のような輝きだ。

「オリハルコン・ダブル」

 皇帝が、厳かに告げる。

「オリハルコン!あの伝説上の・・・?」

「本物かどうかは知らぬ。これが伝説のオリハルコンなのか、或いは別の新金属なのか。オリハルコンの現物が伝わっておらぬ以上確認のしようもない。だが技術部はオリハルコンだと言っておる」

「このようなものが存在するとは」

 殺されかけたことも忘れ、茫然と呟く。

「貴様にくれてやろう」

「はっ!・・・は?」

「くれてやろうと言うのだ。これは並みの着用者(ウェアラー)では使いこなせぬ。だが普通のWWでは『遺産』には勝てまい?だから貴様にくれてやろうと言うのだ」

「光栄なお話ですが、何故?」

 リウスが尋ねる。自分は、無様に逃走した敗残兵なのだ。

「貴様が、『遺産』の恐ろしさを知っているからだ」

(恐ろしさ・・・?)

 皇帝の意図を計り兼ねるリウス。

 一呼吸置いて、皇帝が語り出した。

「もう十年以上前のことだ。ナブラとの間に聳える山脈の中、誰も住む筈のない奥地に人を見たという噂があった。天の人か。地の人か」

「地の人?」

 思わず問い返す。本来であれば、皇帝の言を遮るなど不敬も良いところだ。

 しかしどうやら皇帝はリウスの反応を観察し、楽しんでいるようだった。満足そうに頷き言葉を続ける。

「そうか、知らぬか。天の人に従う者達のことだ。地の人は、天の人に与えられた『遺産』を管理し守る役割があるという」

「では、『遺産』とは」

「天の人の技術。神話の領域だな。神などという存在が実在するのかは知らぬが、少なくとも神を名乗る超文明が存在したことは確かだ。その文明では、都市が天空を舞い、兵器は大地を切り裂き、大いなる光が世界を焼き尽くしたという」

 伝承では、この世界(サーヴ・ガイア)は神々が創り出したとされている。天の人が何者であるかは諸説あるが、中には神々と同一視するものもあるらしい。

(やはり、神代の代物か)

 『遺産』という言葉に疑念はあった。リウスの知る限り、こんなオーバーテクノロジーの文明が存在した歴史など聞いたこともなかったからだ。500年前に滅びた大帝国の記録ですら、ここまで常識外れな物は存在しない。

「伝承は眉唾であったが、地の人がいるのであれば話が変わる。もし地の人が実在するのならば、天の人の『遺産』も実在を疑わねばならぬからだ」

 『遺産』を守るために地の人がいるのであれば、地の人がいればそこには『遺産』もあることになる。確かに道理だ。

「そして数年後。余が密かに編成した捜索隊が、山中に遺跡を発見したのだ。現代の技術では決して再現できぬ、高度な文明の遺跡だ」

 リウスの様子を窺うように、言葉を区切る。

 しかし、あまりにも常識を超越する話に俄かには言葉が出なかった。

「余は恐怖した。もしこのような遺跡が各地に存在するのであれば、我らの技術など児戯に等しい。『遺産』一つで世界が覆るのだ」

「・・・そのために、ナブラとの戦端を?」

 辛うじて絞り出した言葉は、それだった。

「然様。技術は急速に進歩しておる。我らが遺跡に辿り着いたように、遠からず各国が遺跡を発見するであろう。それでは遅いのだ。疑わしき地は、全て我らが領土とせねばならぬ」

 ようやく腑に落ちた。

 不可解な開戦。不自然な作戦。

 ナブラの占領より『遺産』を優先したのも今なら理解出来る。

 皇帝が欲していたのは国でも領土でもなく、未だ人の手の及ばぬ山脈だったのだ。そして万が一既に遺跡が発見されていたならば、そこから出たであろう『遺産』の確保。

「では件の宝珠は」

 『遺産』があったということは、ナブラも遺跡を発見していたのか。

 だが、皇帝は首を横に振った。

「初めはナブラに遺跡があると考えた。しかし、それにしてはナブラは無力過ぎた。恐らくは、偶然世に出回った天の人の遺産なのであろう。或いは地の人の管理が杜撰なのかも知れぬ」

「では、WWも?」

「山中の遺跡より運び出したものだ。どういう訳かは知らぬが、遺跡に踏み入っても地の人は我らの前には姿を現さなかった。長き歴史を経て、地の人とて滅びかけているのやも知れぬな」

 つまり、WWは盗掘品という訳だ。

 そして、これだけの数が出てくるということは、本来WWは何の稀少性もない大量生産品に過ぎなかったのだろう。

 それはとても恐ろしい事実だ。『遺産』一つで世界が覆るというのは、誇張でもなんでもなく言葉通りかも知れない。

 実際、ナブラで見た瓦礫の巨人は神の如き力を発揮していた。もしあの力が世界を掌握せんがために揮われたなら、それは大陸全土の脅威だ。その虞から先んじて遺跡を独占しようというのも理解は出来る。

(やられる可能性があるから先にやってしまえ、ということか)

 酷い暴論だが、軍の中にもそういう思考の者はいる。

 奪われる側に立つくらいなら奪う側に立て。ファルダ北西の一部地域では、そのような教えもあるらしい。

 この大陸の不幸は、最初に遺跡を発見したのがファルダであったことだろう。

 もしこれが他国ならばどうだったであろうか。

 世界に盾たる、を自称する専守防衛のアルムなら。

 本気で魔術などというまやかしを研究する時代錯誤なカロンなら。

 交渉と交易こそが人間の営みだとするターマンでも、こうはならなかったかも知れない。

 だが、既に戦端は開かれたのだ。始まってしまった以上、帝国軍人の為すべきは勝利することのみ。

(武力とは恐ろしいものだ)

 リウスは思う。

 一国で大陸全土と戦える程の武力があれば、理性も、人道も、国際法も、その国を止めることなど出来ないのだ。まさに今、帝国がそうしているように。

(或いは、帝国は瓦礫巨人に屈するべきなのか?)

 ナブラで見た通り帝国軍の暴虐は目に余る。とはいえ瓦礫巨人の善性を期待するには判断材料が足りない。少なくとも、かの巨人は帝国兵を嬉々として叩き潰していたようにも見えたのだ。

 リウスの心は揺れていた。

「そう言えば、貴様の妹は行方不明だそうだな。ケーニスから聞いておる」

 唐突に、皇帝が話題を変えた。

「はっ。仰せの通りにございます」

「断言は出来ぬが、ターマンに連れ去られた可能性が高い」

「ターマンに?!何故!」

 衝撃的な言葉だった。

 家と帝国を見限っての失踪と思っていたが、拉致だったというのか。

 動揺するリウスに、皇帝が言葉を続ける。

「3年前のことだ。我が帝国にはターマンの技師が行商と称して潜入しておった。我らは当然技師を監視していたが、それに気付いてか技師は国外へと逃亡した。貴様の妹が消息を絶ったのもその時だ。状況的に、逃亡のための人質だったのであろうな」

 初めて聞く話だった。だがまだ納得は出来ない。

「では何故、誰もが口を閉ざしたのでしょう」

 両親も、使用人たちも、誰もが妹の失踪について知らぬと言ったのだ。拉致されたのならば、そうはしない筈だ。

「亡命の疑いを払拭出来なかったのだ。貴様も知る通り、貴様の家は我が帝国に歯向かった過去がある。軍上層でもその声は出ていた。反逆者の家系がまた反逆者を輩出した、とな。事件を公にすれば貴様も処分せざるを得なかったかも知れぬ。緘口令を敷いたのもそのためだ。ターマンめ、恐らくはそれを承知で連れ去ったのであろうよ」

 ケーニスが事情を知っている風だったのはそのためだったのだ。

「では・・・では!ターマンが我が妹を!」

 そうであれば辻褄は合う。長らく疑問ではあったのだ。失踪が事実だとして、何故妹は自分にすら連絡を寄越さないのか、と。

 或いは自分も失望されていたのかと思い悩みもしたが、そういうことだったのだ。

(なんということだ!長く思い違いをしていたとは!・・・許せ、リアスよ!)

 この3年間、妹は助けを待っていたに違いない。悪辣で小狡いターマンのこと、妹がどんな仕打ちを受けていたか分かったものではないのだ。

「おのれターマン!許してはおかぬ!」

 すっかり激情に囚われたリウスが、怒りを露わにする。

「加えて言うならば、例の巨人はターマンに付いたらしい。未確認情報だが、かの技師の手引きだという話もある。オリハルコン・ダブル、必要であろう?」

 ファルド4世が問い掛ける。

「是非に!」

 縋り付くような勢いで、リウスが答えた。

(御しやすい男よ。余に楯突いた煩わしいシール家の血族め。存分に使い潰してやろうではないか)

 内心冷ややかに、皇帝はリウスを眺めていた。

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