皇竜ルブリウス
そのころアレンタの元老院では――
元老院はイシャールに「軍最高司令官」と「最高神祇官」の地位を永久に与えた。
それだけではなかった。
元老院議員ディオが、イシャールは「神の子 (Dei filius)」であるとの議決を元老院に求めた。
議決はすみやかに行われた。
全議員は賛成票を投じた。
ところが、イシャールはこの議決を断った。
「『神の子』という栄誉はこの私にはふさわしくない」
そう言って彼は辞退した。
議員たちはイシャールの謙遜さをほめたたえた。
しかし、議員たちはこの権威と名誉をぜひとも受けるようにとイシャールに迫った。
「元老院議員諸君、私は諸君らの熱意に服し、その権威を受け入れよう」
議員たちはイシャールの謙遜さを美徳と見なして称賛した。
かくして、イシャールは執政官であり、軍最高司令官であり、最高神祇官であり、さらに『神の子』になった。
元老院議員たちは喜んでイシャールに権力を送った。
しかしながら、もはや元老院は闇の魔法に染まりきっており、イシャールの操り人形にすぎなかった。
全てはイシャールが望み、かつ演出させたことであった。
そしてこの日、イシャールは『神の子』になった。
全ての議員たちはイシャールを礼賛した。
ベインを打ち破ったサージュたちはルブリウス城を上へ、上へと歩いていた。
「本当にこの城の中はひっそりとしているな。不気味なくらいだ」
「どこまで上に登ればいいのかしら? もう結構上まで上がってきたけれど……」
「この城の構造は上へ、上へと向かっています。根気よく登っていくしかないでしょう」
「リエンテは初めてこの城に来たのか?」
「ええ。わたくしもルブリウス城に来るのは初めてです。ですから、この城の中もよくはわかりません」
サージュたちは階段を登って廊下が現れる構造に慣れてきた。
すると今度の廊下には端にではなく中央に階段がついていた。
サージュたちはその階段を上がり、上に行った。
そこには一つの魔法陣が光を放っていた。
「魔法陣があるな」
「ここから先に行けるの?」
「おそらく、この魔法陣はルブリウスのもとに通じているのでしょう。最上階から地下に通じているんだと思います」
「なんか、緊張するな」
「サージュさん、ルブリウスは恐ろしい竜です。気をつけてください。さあ、では行きましょう」
サージュたちは魔法陣の中に入った。
気が付くと、サージュたちは薄暗い、大きな広間に出た。
「薄暗いな」
サージュは辺りを見わたした。
「我の城に何の用だ?」
「!? 声!?」
サージュは驚いた。
広間の奥に、一匹の巨大な深紅の竜がいた。
「なんて巨大なの……恐ろしいわ……」
サージュとイーシャはこの竜の威容に恐怖を感じた。
「皇竜ルブリウス、わたくしはあなたに話があって参りました」
リエンテはサージュとイーシャの前に出ると、毅然とルブリウスに言い放った。
「美竜王リエンテか」
ルブリウスは二本の屈強な脚で立っていた。
その体躯は頑丈そうで、威厳に満ちていた。
背には翼があった。
「美竜王よ、我に何の話があるというのだ?」
「皇竜ルブリウス、即刻この戦争をやめなさい。人間の国への侵攻などしてはなりません」
「それは不可能だ。我は人間の世界に侵攻し、竜族の帝国を築く。そしてその帝国に我は単独、唯一、絶対の存在として君臨する。ゆえに我は人間の国々と戦争をする」
「あくまで人間たちの世界を侵略し、戦争を仕掛けるというのですか?」
「そうだ。戦争によってのみ、我の帝国は打ち建てられるのだ」
リエンテは巨大な威容を誇るルブリウスに一歩も引かず、訴えた。
「皇竜ルブリウス、これが最後の説得です。人間世界への侵略、及び、人間に対する戦争をおやめなさい!」
「我は拒否する。人間どもの領地は我が領土として組み込まれるのだ」
「そうですか……ならわたくしはあなたを討ちます!」
リエンテとルブリウスは決裂した。
もはや残された道は実力行使以外なかった。
「フン、なめるな。この我が、おまえたちごときに倒されると思っているのか」
ルブリウスは口を開いて牙を見せ、サージュたちを威圧してきた。
ルブリウスは息を吸い込んだ。
「来るぞ!」
「サージュさん、イーシャさん、備えてください!」
ルブリウスは灼熱の息をはいた。
灼熱の炎が三人を襲った。
三人は水の魔法でバリアを張り、炎を防いだ。
「!? なんて熱なの!?」
イーシャが片目を閉じつつ言った。
サージュはルブリウスの血のような深紅の体に攻撃した。
剣で斬りつける。
「ぐう!? その剣は聖剣シャイネードか!? 美竜王よ、その聖剣を人間に渡したのか!?」
ルブリウスは腕で、サージュを攻撃した。
サージュはルブリウスの攻撃を見破ってかわした。
ルブリウスは長い首を伸ばし、サージュをかみつこうとしてきた。
サージュは間一髪でルブリウスの牙を回避した。
「そうです。わたくしは人と竜の未来、そして希望のために聖剣シャイネードを託しました」
「愚かなことだ。人間のような下等な種族に希望をゆだねるなどと。人間には奴隷の身分こそ、ふさわしい!」
ルブリウスは口を大きく開けて、咆哮してきた。
サージュとイーシャはまともにそれを受けた。
「くっ!? これが、皇竜ルブリウス!?」
「なんて威容なの……」
サージュはルブリウス相手に恐怖した。
ルブリウスの巨大な体は圧巻だった。
それだけではない。
ルブリウスの深紅の体はまるで血を思わせた。
サージュはルブリウスが今まで戦ったどの敵よりも強いと感じた。
サージュの体はすくんだ。
その恐怖が手にまで伝わった。
そしてイーシャもまた恐怖を感じていた。
イーシャはルブリウスに圧倒された。
それは今まで感じたことのない、心の底からの恐怖であった。
この竜には自分の魔法が通じるのか、大きな不安を覚えた。
「サージュさん、イーシャさん、決してルブリウスに動じないでください。確かにルブリウスは恐ろしい力の持ち主ですが、弱点もあります」
「弱点?」
サージュはリエンテに聞き返した。
「一つは聖剣シャイネードです。もう一つは彼の左胸に心臓があります。そこが彼の急所です。そこを貫ければ一撃で決着がつきます」
リエンテは冷静に述べた。
「わかった! そこを狙ってやってみる!」
全身深紅の竜は口から炎を弾丸状にはき出してばらまいた。
「うわっ!?」
「きゃあ!?」
サージュとイーシャは爆炎に巻き込まれた。
ルブリウスは体を回転させ、長い尾で薙ぎ払った。
「うっ!?」
「ああっ!?」
「ううう!?」
三人ともルブリウスの攻撃を受けてはじき飛ばされた。
リエンテは地下の広間の壁に叩きつけられた。
サージュは地面に転がった。
「いてててて……!?」
サージュにルブリウスの尾が振り下ろされた。
サージュはとっさに転がってよけた。
サージュは剣を拾うと、改めてルブリウスに斬りかかった。
ルブリウスは長い尾を使って応戦してきた。
ルブリウスの尾は地面に打ち付けるたびに大きな音と衝撃を巻き起こした。
ルブリウスは翼をはばたかせ、正面に向きなおった。
「くらいなさい!」
イーシャは水の弾丸をルブリウスに向けて撃ちだした。
ルブリウスは吠え掛かり、イーシャを威圧した。
「氷結の力よ!」
リエンテはルブリウスの周囲に猛吹雪を巻き起こした。
ルブリウスは氷に打ち固められ、ダメージを受けた。
サージュは水の力を剣に集めた。
サージュは剣を構えて、ルブリウスに走り込み、水の斬撃をルブリウスに放った。
「はっ!」
ルブリウスはサージュの攻撃を受けて悲鳴を上げた。
ルブリウスは翼ではばたいた。
そして、サージュを足で踏みつぶすように落ちてきた。
サージュは後ろに下がってかわした。
さらにルブリウスは両手の爪でサージュを切りつけてきた。
サージュはまたしても後方に下がって回避した。
「氷よ!」
リエンテは氷雪の波をルブリウスに命中させた。
ルブリウスに無数の氷が襲いかかった。
「凍てつく、氷の刃よ!」
イーシャは氷の魔法を唱えた。
氷の刃がルブリウスに降り下る。
ルブリウスはたじろいだ。
「ぐう……さすがにベインを倒しただけはあるな。だが、つけあがるな!」
ルブリウスは上に上昇した。
「竜王の力を、思い知るがいい!」
ルブリウスは床に魔法円を無数に出現させた。
「なんだ!?」
「なんなの!?」
「お二人とも、あわてないでください! これは大魔法です! すぐに、魔法円から退避してください!」
リエンテが二人に冷静な指示をした。
「爆炎よ、噴き上がれ!」
地面の魔法円から炎が噴出した。
炎は無数の魔法円から一度に噴き出した。
サージュ、イーシャ、リエンテの三人はうまくかわし切ることができなかった。
「うわああああああ!?」
「きゃああああああ!?」
「あああああああ!?」
三人は炎の直撃こそまぬがれたものの、大きなダメージを受けた。
「くっ!?」
サージュは膝をついた。
「今、回復させます!」
リエンテは杖から水のしずくを全員に浴びせた。
三人とも傷は癒された。
「これが、皇竜ルブリウス……」
サージュは立ち上がり、剣を構えた。
ルブリウスは着地した。
そして大きく咆哮を放った。
風が通り過ぎた。
ルブリウスの咆哮はサージュとイーシャをすくみ上らせた。
「なんて、力なの……」
「切り裂く風よ、ここに!」
リエンテは杖を前に出し、風の魔法を唱えた。
無数の風刃がルブリウスに切り付けた。
「氷の槍よ!」
イーシャが氷の魔法を唱えた。
ルブリウスの上から無数の氷の槍が襲いかかった。
「くらえ!」
サージュは聖剣でルブリウスを斬りつけた。
「まだだ!」
サージュはさらに追撃をしていく。
ルブリウスはサージュを右手で押しつぶそうとした。
「おっと!」
サージュは後ろに下がってよけた。
ルブリウスは長い首を伸ばしてサージュにかみつこうとした。
サージュは横にそれてかわした。
ルブリウスは口から灼熱の息をはき出し、薙ぎ払った。
サージュは水の刃で炎を中和した。
イーシャは水の膜を作って防いだ。
リエンテは水の盾を出して、身を守った。
「この余を相手にここまで相手ができたことはほめてやろう。だが、おまえたちの抵抗もこれまでだ!」
ルブリウスは口を開いた。
ルブリウスを中心として魔法円が展開された。
魔法円が回転する。
「今度は何が来るんだ!?」
「まだ、何かあるの!?」
サージュとイーシャは驚愕した。
上方から隕石が現れて、降り注いだ。
無数の隕石が地面に落ちてくる。
そしてさらにひときわ大きな隕石が落下し、周囲に大きな衝撃を巻き起こした。
地面は隕石の衝突によって穴だらけになった。
「うっ!? ……イーシャ、リエンテ、無事か?」
サージュは煙の中でほかの二人に呼びかけた。
「なんとか、無事よ……」
イーシャの声が返ってきた。
「わたくしもなんとか生きています……」
リエンテは杖にすがって立っていた。
「待ってて、今回復させるから!」
イーシャはワンドを横に振った。
癒しの光が三人を包み込んだ。
「ほう、まだ、立っていられるのか。なかなか粘る奴らよ」
ルブリウスは地面を震動させた。
「なんだ!?」
地面に赤いマグマが現れた。
「噴き出してきます! よけてください!」
地面に円形をした噴火口がいくつもできた。
噴火口からマグマが噴出した。
三人はマグマをよけ、何とかやり過ごした。
ルブリウスは口に炎をたくわえた。
「炎の息が来るわ!」
イーシャは水の魔力を集め、全力で大きな水の球を作り出した。
それからルブリウスの頭をめがけてイーシャは水の球を発射した。
ルブリウスは灼熱の炎をはき出した。
水と炎が激突し、相殺し合う。
しかし、ルブリウスの炎が圧倒した。
「いけません!」
リエンテは杖から水の光線を放った。
今度はリエンテの水とルブリウスの炎が衝突し、爆発が起こった。
サージュはルブリウスの懐に跳びこんだ。
そしてルブリウスの左胸を、聖剣シャイネードで貫いた。
ルブリウスはすさまじく大きな悲鳴を上げた。
ルブリウスは体をよろめかせると、轟音を立てて、地面に倒れこんだ。
皇竜ルブリウスは死んだ。
「決まったな……それにしても恐ろしい敵だった。弱点がなかったら倒せたかどうか……」
サージュは剣をルブリウスから引き抜いた。
「サージュ!」
「サージュさん!」
サージュのもとにイーシャとリエンテが駆け寄ってきた。
「イーシャ、リエンテ……」
「皇竜ルブリウスは死んだようですわね」
「これで竜が人間の国に来ることは阻止できたのね」
「ああ、これで人間と竜の戦争も終わるさ。うう!?」
サージュはよろめいた。
「サージュ、大丈夫!?」
「何とかね……平気ってわけじゃないけど……緊張が切れたからかな」
「皇竜ルブリウスが死んだことで竜の国の竜たちが人間世界に侵攻することはないでしょう。人間と竜の戦争は終わりました。お二人のおかげです。わたくし一人ではとても彼を倒すことはできませんでしたから……」