インペラトル
執政官イシャールは軍を率いて、アレンタから出撃した。
そのころ、竜族軍は都市キプルスを攻撃、破壊し、人間たちを無差別殺戮した。
「フン! どうやら愚かしくも、我々に戦いを仕掛けようとしているようだな、アスカニア軍は」
ベインが言った。
竜族軍は先の会戦の勝利で、勢いに乗っていた。
イシャールはその竜族軍相手に会戦を挑んだ。
「フッ!」
イシャールは竜族軍の布陣を見て、不敵な笑みを浮かべた。
アスカニア軍は会戦の態勢を整えた。
「フン! アスカニア軍などひねりつぶしてくれるわ! 砕け散れ!」
双方会戦の布陣で対面した。
戦いはアスカニア軍重装歩兵の突撃と、竜族軍第一戦列の突進によって始まった。
アスカニア軍の主力と竜族軍がぶつかり合った。
「敵の弱点は頭だ。各人敵の頭を狙え!」
イシャールは重装歩兵にそう命じた。
このイシャールの戦術は大きな効果があった。
小型の竜たちはたじろぎ、後退した。
さらにイシャールは左翼、右翼の騎兵部隊を突撃させた。
アスカニア軍の騎兵部隊は竜族軍の両翼を突破した。
「そのまま敵軍を包囲、殲滅せよ」
イシャールは淡々と告げた。
敵の両翼を突破した騎兵部隊は竜族軍を背後から襲いかかった。
「なんだと!? こんなバカな!?」
「フッ、我々の勝利だ」
アスカニア軍は竜族軍を三方から攻撃した。
今度はアスカニア軍の一方的な攻撃となった。
アスカニア兵は竜族軍を殺戮した。
まるで前の戦いの復讐のようであった。
竜たちは次々とアスカニア兵によって殺されていった。
戦場は竜たちの死骸であふれた。
「くっ! 我々が、人間ごときに!?」
ベインは退却を全軍に命じた。
それはもはや総崩れであり、敗走であった。
この戦いで竜族の損耗率は90パーセントであった。
アスカニア軍の損耗率は5パーセントであった。
完全にイシャールの勝利であった。
この戦いではベイン自身も負傷した。
それほどまでに激しい戦いだった。
「アスカニア軍、大勝利!」
この報告はます元老院に、それからアレンタの市民たちにもたらされた。
イシャールとアスカニア軍は勝利の凱旋をアレンタで受けた。
市民たちは「執政官イシャール」を熱烈に礼賛し、ほめたたえた。
アレンタの中でイシャールは不敵な笑みを浮かべ、市民たちにふるまっていた。
その様子はサージュたちも宿の窓から眺めることができた。
「イシャール……」
サージュはイシャールを見つけた。
イシャールは馬に乗っていた。
それに気づくようにイシャールはサージュの姿を発見した。
「フッ、サージュ」
サージュはけわしい表情でイシャールを見送った。
アスカニアの市民たちはアスカニア軍の勝利をただ、喜んでいた。
イシャールの凱旋は一種のパレードであった。
この時リエンテは一つの結論を出していた。
「インペラトル・イシャール万歳!」
アレンタ市民たちは大歓声でイシャールを呼んだ。
インペラトル(Imperator)――すなわち軍最高司令官と。
リエンテはサージュとイーシャを自分の部屋に招いた。
リエンテは二人に話をするつもりだった。
「お二人とも、来てくださりありがとうございます」
「どうしたんだ、リエンテ?」
「それで、話というのは?」
「わたくしはこれから竜の国に行こうと思います。人間と竜の戦争をやめさせるためにです。わたくしは竜の国に行き、皇竜ルブリウスと直接話をするつもりです。そこでお二人にもついてきていただきたいのです」
リエンテは真剣に改まって答えた。
「わかった、俺もいっしょに行くよ」
「私もいっしょに行くわ」
「ありがとうございます」
「俺にも人間と竜の戦争は人ごとには思えないんだ。俺にできることがあるなら何でもやるさ」
「サージュさん……」
「リエンテさん、ルブリウスが説得に応じなかったらどうするの?」
「その時は彼を討つしかありません。そのためにもお二人に同行していただきたいのです」
「ただ、俺にはもう一つ気になることがあるんだ」
「サージュは何を気にしているの?」
「イシャールのことさ」
「イシャール……どうやら今の彼はアスカニア元老院の執政官のようですね。凱旋帰還を果たした彼は軍最高司令官すなわちインペラトルも務めたようです」
「執政官っていうのは?」
「執政官はアスカニア最高の公職です。元老院議員の中から選出され、任期は四年です。
「じゃあ、今のイシャールはアスカニアで一番偉い地位にあるというわけね?」
「必ずしもそうは言えません」
リエンテは首を横にして答えた。
「え? どうして?」
「アスカニアにおける最高に機関は元老院なのです。元老院こそがアスカニアで最高の権威を持つ存在なのです。したがって執政官は元老院から国政を担う権限と統治を委託されているにすぎないのです」
リエンテは窓からアレンタの中枢、首都機能が集まる官庁街を眺めた。
「つまり執政官といえども、元老院を無視して国政を行うことはできないのです。執政官は戦時においては軍の最高司令官を務めます。それでも執政官は元老院議員中の第一人者でしかありません。ちなみに元老院議員の定員は300人です」
「でも、あのイシャールが国政の権力を手にしてそれで済むとは思えない」
「私もそう思うの。イシャールは闇の魔道士よ。その彼が平和裏にアスカニアを治めるとは思えないの」
「わたくしも彼がアレンタに凱旋した時の様子を見て、いささか不安を覚えました。彼からは邪悪な力を感じましたから……彼が悪しきことを考えているにしても、今のところは元老院を尊重しているように見えます」
「今はイシャールより、ルブリウスの方を優先しよう。ルブリウスがまた竜の軍勢を送り込んでくるかもしれない」
「それじゃあ、竜の国に行くのね?」
「ああ、そうしよう。ところで、竜の国はどこにあるんだ?」
「竜の国はアスカニアの北東にあります。『竜の国』と言っても漠然とした領域です。明確に国境線が敷かれているわけではありません。おおよそ、このくらいの領域といったところでしょうか」
「じゃあ、どうやってルブリウスのところに行く?」
サージュがリエンテに質問した。
「それは私がルブリウスの城まで送ろう」
「白竜?」
「なんだ?」
「さっきの声は?」
白竜からのテレパシーはサージュとイーシャにも聞こえた。
頭に直接響くようだった。
「白竜、あなたがわたくしたちを竜の国まで運んでくださるのですか?」
「もうすでに来ている。私はアレンタの郊外にいる」
「もう来ているのですか?」
「私は竜の庭でただ黙ってみていることができなくてな。人間と竜の戦争も見た。双方共に流血と殺戮を行ったようだ。だから私も手を貸そう。だが、私にできることは竜の国まであなたがたを送り届けることだけだ。ルブリウスが聞く耳を持っているかはともかく、私はあなたがたが作る希望と未来を見てみたい」
「白竜、わたくしは心から感謝します」
「準備と用意ができ次第、私のもとに来るがいい」