21 お母さん。
私は無心になる。
すりすりと頬擦りをしてくるヴァンパイアの青年二人が、私を人形のように抱えて膝に乗せているのだ。
上機嫌な二人は、今にもゴロゴロと喉を鳴らしそう。
好きなだけ一緒に居ていいという言質を取られた私はなす術なく、すりすりをされている。
美麗の青年二人に、だ。……肌、すべすべ。
「何をしている? アメジスを放せ。ほら、水浴びをして、着替えろ。血生臭い」
「「……」」
確かに血生臭いと気付く。
袖や裾を切ったから、二人の格好がボロボロだ。
「二人とも、着替えて」
「はい」
「わかった」
私が言うと、すんなりと従った。
やっと離れた二人は、私の目の前で着替え始めるものだから、両手で目を覆う。
もう朝陽ではなくなったみたいだ。近くに落ちた布を被って、私は背中を向けた。
「奴隷商人の仲間はどうしたんですか? ラク」
「以前の仲間と同様、檻行きだ」
どのくらい入るのだろう。訊いてみようかと思っていたけれど。
被っていた布を取られた。顔を上げれば、ラクシアスが緑色のマントをそっとかけてくれる。
キラキラと金色に艶めく白金髪の三つ編みが垂れた。綺麗で眩しい。
隣に腰を下ろすので、肩が並んだ。
「本気かい? 白いドラゴンの楽園に、ヴァンパイアを連れていくのか?」
「そう約束してしまったので」
苦笑をもらす。
「奴らの狙いは、白きドラゴンの生き血じゃないのか?」
「シロとクロの言葉に、嘘があると思うのですか?」
「……」
無言を返すのは、嘘をついていないとラクシアスも判断しているからだ。
ただ私のそばにいたいと思ったことは、嘘じゃないのだろう。
「着替え終わりました、アメジスト様」
マントが外れたかと思えば、ふわっと爽やかなミント系の香りとともに包まれた。
この声、シロのようだ。
「もう臭くない?」
今度は目の前から、クロに抱き着かれる。
イケメンヴァンパイア二人に、サンドされた。
この態勢が、暫くは続くのだろうか。
「爽やかな匂いがするね」
そう言って、頭を撫でてみた。ちょっとだけ湿った漆黒の髪だ。
すりすりっと、純白の髪のシロが頬擦りしてきた。
「じゃあ、帰りますか? アメジスト様の帰る場所へ」
シロは楽しそうに、笑いかける。
「もうここに用はないでしょう? それに長く帰っていないようですし、帰りましょう。ね?」
「……現実問題」
「そうそう、家がないということで、私達が朝陽を避けれる場所もないか確認したいですので、帰りましょう」
現実問題というより、死活問題だと思う。
私が帰る場所としている白いドラゴンの楽園には家と呼べる建物はない。だから、朝陽で火傷を負ってしまうシロとクロは、避けれる場所を見付けなくてはいけないのだ。
それに嫌われているナナドの街に行ってもしょうがない。
ここは帰るという選択肢を取ろう。
ドラゴン達、私の顔を忘れていないといいんだけれど。
「じゃあ、帰ろうっか」
「はい」
それに帰ったら、すぐにお母さんに魔法をかけ人間の姿に変えて話を聞きたい。
「ラク。帰りますね。また来ます」
「……わかった。気を付けるんだぞ」
微笑んだラクシアスは、私の頭をそっと撫でた。
「気安く触らないでください」
その手をぺしっと払いのけるシロ。
バチバチと火花を散らすような視線の交わり。
ラクシアスとシロも、これ以上一緒にいると戦いそうだ。
帰るの一択だ。
「あ、でも、私がお母さんに乗って帰ると、シロとクロはどうすればいいの?」
お母さんを呼ぼうとした私は、疑問が浮いて問う。
「それなら、影の中に入れてもらえれば、問題なくついていけますよ」
「影? って、私の?」
「はい、そうです。許可をください」
シロが、許可を求めた。
「影の中に入られるなら、陽射しを避けられない?」
「他人の影にしか入れないのです。許可を得た方の。それに長時間入ると眠ってしまうのですよ」
「へぇ……まぁいいよ。入って」
長い間入っていると眠ってしまう。そこまで心地のいいのだろうか。
首を傾げながらも、私は許可を出す。
「ありがとうございます」とお礼を言うと、シロは影に触れた。ずうんっと、私の影に沈んだ。
小さな影なのに、吸い込まれるように消えてしまう。クロも続いた。
私の影の中に、二人のヴァンパイアがいるのに、別に重さなどを感じない。
ぴょんぴょんっと、飛び跳ねて確認してみたり。
お母さん、呼ぼう。
手首に手を当てて、私は念じた。少しして、お母さんが羽ばたいて降りる。
「お母さん、帰ろう」
手を伸ばして、笑いかける。
お母さんも微笑むように目を細めると、首を差し出した。
ぎゅっと抱き締めてから、乗せてもらう。
ひゅーっと風の中を進んで、空を飛ぶ。
久々である。この浮遊感。風を切る気持ちよさ。
暫くして、鬱蒼としたヴァルーンの森のそばの山。白きドラゴンの楽園だ。
「ただいまー!」
お母さんから降り立って、私はドラゴン達に告げた。
私のことを覚えてくれているかな。
どきまぎしながら、遊び相手の幼いドラゴン達を見る。
あ。全然、来てくれない。そばに来てくれない。
本当に、忘れたのかな……?
すると、ぬっと私の影からシロが出てきた。
「我々の匂いがついているので、警戒しているのでしょう」
なるほど、とシロの言葉に納得する。
すると、あの青っぽい幼いドラゴンが、突撃した。
タックルだ。これはタックルである。
攻撃? 攻撃なの?
わなわなとダメージを受けたお腹を押さえていれば、シロに心配された。
それから、ぬっと出てきたクロが、青っぽい幼いドラゴンを唸る。
「コイツ、食べていいか?」
「だめだよ!?」
クロが睨みながら言うものだから、私は即却下した。
「私の友だちなの!」
慌てて、青っぽい幼いドラゴンを抱き締める。
「……落ち込んでいるようですよ」
「え? なんで?」
「……」
落ち込んでいるらしい青っぽいドラゴンに、疑問を持ってしまう。
とりあえず、なでなでしてみた。そっぽを向かれる。
あ、私を覚えているなこれ。なんか確信した。
「皆、ヴァンパイアのシロとクロ。暫く一緒にいるって。いいかな?」
私はそう注目をしてくれているドラゴン達に声を上げる。
しぶしぶといった様子で、頷きをした。
あれ、意外とあっさりだ。
「……じゃあ、シロとクロの朝陽を避ける場所を探す?」
「その前に、魔法を教えましょう」
「え?」
「ドラゴンを人に変える魔法です。そのお母さんと呼んでいるドラゴンを変えたいのでしょう?」
シロが屈みながら、お母さんに目を向ける。
「その手首の翼の理由も気になるでしょうから、早いうちに問うてみましょう」
まだ時間があるから、そうさせてもらおうか。
「じゃあ、呪文、教えてくれる? シロ」
「はい、かしこまりました」
シロから呪文を教えてもらった。
私はなんとかそれを覚えて、お母さんと向き合う。
念のため、もう一度確認したら、お母さんは頷いてじっと見つめて待った。
「じゃあ、やってみるね」
私はパンッと両手を合わせて、魔力をこねる。
その手をお母さんの顔に当てた。
「ーー”ナスキ・アラギメント・アラギメント・エセレスロポス”ーー」
魔族語のこの呪文を三回唱える。
天使のような翼を持つもふもふの白いドラゴンの姿のお母さんが光を纏う。
その光はやがて姿を変えて、ライトグリーンに艶めく羽根が一つ、落ちた。
そうすれば、目の前に彼女が現れる。
美しい女性だ。
優しい笑みを浮かべた女性は、ペリドットの色で縁取られた黒い瞳を細めていた。
純白に見える長い髪は、ライトグリーンに仄かに艶めく。ハイネックのもふもふを着ていて、ロングスカートを履いていた。
お母さんが、人間になったらこんな感じだろうか、と思っていた通りの姿。
「アメジスト」
不思議そうに自分の姿を見下ろしたあと、お母さんは優しげに私を呼んだ。
「アメジスト、アメジスト、アメジスト」
嬉しそうに連呼して、私を両腕で抱き締めた。
あ。お母さんだ。
もふもふした感触。いつもと同じ。認識をしたら、照れ臭くなった。
そう呼んでくれて、嬉しい。私を呼ぶ声は初めてのような気がしなかった。
「お母さん……」
ギュッと私は抱き締め返す。
私の、お母さん。
「こうして喋れるのは、嬉しいわね」
くすくすっと優しく笑って、お母さんは私の頭を撫でた。
「う、うん……」
くすぐったいなぁ。
「……お母さん。これって、何?」
手首から巻きつけた布を外した。
ぴょんっと手首の翼を広げる。
お母さんとよく似た翼。
「ああ、これね」
私の手を取る手つきも、また優しい。
「これは私と繋がった証。私の娘である証」
そう笑って告げるから、胸があったかくなる。
お母さんの娘である証に、くれたもの。
繋がっていたんだ。やっぱり。
母子として、繋いでくれた証。
私は、大事に抱えるように手首を押さえた。
「あ。それと」
思い出したように、お母さんはこう付け加える。
「ドラゴンの女神である私の力を授けた証。どんなドラゴンもあなたに従うの」
私は目を飛び出すぐらい真ん丸にしてしまった。
「とんでもない証だったー!!?」
特別すぎる証。
えっ? ドラゴンの女神の力も授かっているの?
えっ? どんなドラゴンも従えちゃうの?
それってとんでもない特別な証じゃないの?
お母さんは、ただ朗らかにニコニコしている。
手首の翼が、ぴこんぴこんと動いた。
普通の幸せを欲したけれど、実の両親に捨てられてしまった。
だから、特別な幸せを手に入れることに決めた私は。
何やら特別な力を授かってしまったみたい。
特別な幸せを手に入れるために、この力は導いてくれるのだろうか。
一章完。
20200529




