20 心酔のヴァンパイア。
ズザンッ!!!
荷台の格子が、大きな音を立てて、壊れた。
あまりにも急で、瞠目してしまう。
その場にいた男達も、戸惑いを顔に浮かべていた。
顔を上げたが、まだ朝陽がある。火傷を負ってしまう。
「シロ! クロ!」
掠れた声で呼ぶが、返事はなかった。
厚手の布が二つになり、一つが動き出して、大男の元に加速の魔法を使ったかのような速度で移動したかと思えば、五つの刃がはみ出る。鋭利な白い刃。それが、大男に突き刺さった。
「ゴフッ」と血を吐く大男が、崩れ落ちる。
見るともう一つの厚手の布は、他の男達を切り裂いていた。こちらは、鋭利な黒い刃。そして五つの刃だ。
まるで、それは、爪だった。剣を爪にしたみたい。
白い刃の方が、近付いた。私の方にだ。
「……」
敵意を感じなかったから、ポカンと見ていた。
鋭利に光る白い刃を持つのは、厚手の布を被ったシロだ。
そっと目の前にしゃがんだシロには、足が二本あった。昨日までなかったはずなのに。
「大丈夫ですか?」
穏やかに問うのは、やはりシロだ。
布の下で、青い瞳が怪しく光っている。
「可哀想に……血が出ているじゃないですか……」
とろんとした目で、見つめてきた。青い瞳は、私の額の血に向けられている。
右手を伸ばしてきて、私の頬を撫でた。それから、私の顎を上げて血を舐める。
ぺろり、と長い舌を舐め上げた。
「ずるい」
布を被ったクロが、軽くシロを蹴る。彼にも足があった。
クロもしゃがむと、ぺろぺろと子犬みたいに舐めてくる。
もちろん、額の傷口だ。
「えっと、何、なんで? 足が?」
血を舐めてくるのは、ヴァンパイアだからしょうがないとして、どうして足が生えているのだろう。
今日は、まだ治療していない。
「アメジスト様の魔力を注いでもらったおかげです」
「様?」
「頭を強く打ったのですか? 意識は、はっきりしていますか?」
「はっきりしてるけど……様? って何?」
別に脳震盪は起こしていないと思う。
「我々の救世主、アメジスト様」
にっこりとシロは笑ってみせた。
救世主とは、大袈裟だ。
「あの、クロ。もう舐めないでくれる?」
「もったいない」
「魔法使うから、離れて」
執拗にぺろぺろと額の傷口を舐めるクロを押し退ける。
「”ーー浄化ーー”」
先ずは浄化。清潔にしてから、傷を塞がなくてはいけない。
「”ーー癒すーー”」
軽い傷だと思うから、この魔法で済ませた。
あ、緑色を想像することを、忘れていた……でも傷は治ったらしい。
クロは残念そうな表情で、私の前髪を撫でた。
「んー、ローズの香りがします」
すぅっと、シロが肩に凭れて、匂いを吸い込んだ。
クロまで肩に凭れてきた。重い。
刃物があるから、危ないと考えが行き着く。でも刃物が伸びていた左手は、背中に回されている。刃物はなさそう。
疑問に思ったけれど、私は首を傾げることが出来ない。
「何があった?」
「あっ、ラク?」
ラクシアスの声がしたけれど、確認できない。
布を被ったヴァンパイア二人に、挟まれているからだ。
「殺したのか? おい」
「息があるでしょう」
「致命傷だ、死にかけている」
「治癒魔法でもかけてやればいいでしょう。言っておきまずが、奴らはアメジスト様を痛めつけて、奴隷として捕まえようとしたのですよ。死んでも当然の報いです」
「……殺していい理由にはならない。大丈夫か? アメジス」
「わ、私が治癒魔法をかけまふっ」
シロとラクシアスの話を聞いて、私は慌てて手を上げようとしたけれど、むぎゅっと抱き締められた。
「君自身に怪我は?」
「ないです」
「なら、そのヴァンパイア二人を木陰に移動させてやるんだ」
「わかりました」
ラクシアスが治癒魔法を行使したようで、リンリンと鈴の音を耳にする。
木陰に移動した。とはいえ、二人に抱えられるような形で移動させられたのだ。
とりあえず、厚手の布を深く被らせて、彼らが火傷を負わないようにした。
私達は、布を被っている状態。
「……」
挟まっている。もうぴったりと寄り添って、シロとクロが私を挟んでいるのだ。
「……アメジスト様」
「えーっと……何?」
私の肩に凭れたシロが口を開く。
むずむずするなぁ。様付けは。
「私達をあなたの従者にしてください」
「……従者?」
「はい。おそばに置いてください」
「いいか?」
シロとクロは、すりすりと媚びるように肩に頬擦りをする。
ぽっかーんとしてしまう。
主従関係を結びたいと提案されている。
ヴァンパイア二人を従者にする、か。
なんとなく、わかるけれども……。
「ごめん、それは断る」
「えっ」
「……」
二人の間から抜け出して、見てみれば、二人とも眉毛を下げて情けない表情をしていた。
座り込んだ私は、肩を竦める。
「二人とも、私に恩を感じているのはわかっているけれど……そこまでしなくていいんだよ? ちゃんと帰って。ね?」
「「……」」
「そうだ、帰れ」
ラクシアスは、拘束をした奴隷商人の仲間達を連行していった。
それを見送った私は、再びヴァンパイア二人と向き合う。
ギョッとしてしまった。シロが泣いている。
「ぐすんっ、帰る場所はないです……」
「……どうして?」
「ないのです……」
「……そう、なの」
シロとクロは、帰る場所がない。
それってどういう意味なのだろう。
もしかして、人間に襲われた時に家も失ったのだろうか。
私と同じで、帰る家はない。気の毒に思う。同情だ。
「でも、だからって、私の従者にならなくてもいいんだよ? 他にも選択肢はあるでしょう? 故郷である魔族の国で立て直すとか」
「私達がヴァンパイアだから、疎ましく思っているのですか?」
「そばに置きたくないのか?」
ヴァンパイアだから、と二人は拒まれていると思っているもよう。
「違うよ、二人とも。ヴァンパイアでも人間でも、私に従者は必要ないって話」
「私達は不要の存在ですか?」
「えぇー……友だちじゃだめなの?」
「そばに置いてくれるか?」
「いやでも、私のそばって言っても……私も家ないよ?」
私は山に住んでいる。それもドラゴンの楽園だ。
連れて行くのは、まずいだろう。
諦めるように理由を上げるけれど、二人はうるうるした目で見つめてくる。
「先ず、利点がないじゃん?」
「あなたのそばにいたいです」
「君の魔力と血が、心底気に入った」
ゴツン、と白状したクロに、シロが頭突きした。
「君の心にも、心酔している」
クロは怯むことなく、そう答える。
「……クロの言う通り、私達はあなたに心酔しているのです。深く尊敬し心を奪われました。だからどうか……そばに置いてくれないでしょうか?」
「……」
深く尊敬し心を奪われた。
そんな言葉をかけられても、私は戸惑ってしまう。
「生きる理由は、あなたです。アメジスト様」
生きる理由を見付けて、とは言ったけれど……。
じっと見つめてくる二人から、顔を背けて頬を掻く。
ポン!
爽快な爆音が聞こえたかと思えば、目の前には布を被った大蝙蝠がいた。
左には、白い毛並みと青い瞳の大蝙蝠。
右には、黒い毛並みと赤い瞳の大蝙蝠。
二匹とも、きゅるるんっとしたうるんだ瞳で見てきた。
蝙蝠をこんな間近で見るのは、初めてだ。それも大蝙蝠は。
結構可愛い顔立ちをしていると思うのは、もしかしてうるんだ瞳のせいかも。
でも本当に可愛い。尖った耳が大きくて、鼻が突き出た顔。子犬みたい。
私は両手を伸ばして、もふもふの頬に触れた。
白い方はふわふわしてて、黒い方はしっとりしているみたい。
「わかったよもう!! 好きなだけ一緒に居ればいいよ!!」
むぎゅっと、抱き締めた。
私は負けたのだ。
20200501




