エピローグ「エンディング後も物語は続く」
「ねえ、今日はどこ行くの幸一?」
「熱いから離れろ琴音」
校内で腕に手を絡めるな。
夏休みが終わり、鬱陶しい学校が始まっても、夏の暑さは未だ変わらず。
「夏休みが終わっても、二人の熱さも変わらないッスね」
鬱陶しいッス―と鈴音は夏の暑さよりも嫌そうな顔を俺達に向ける。
「幸一先輩、兄貴分として俺を頼れ! ってあの時、僕に言ったッスけど本当に。僕のお兄さんじゃないスッか……」
琴音の左手の薬指に着けている指輪を見てゲンナリする。
学校には着けてくるな言っているのだが琴音は聞かない。
「というか先輩、もしかして僕の兄になるために琴姉にプロポーズしたんスか?」
「嫌な予想すんじゃねえ。また誤解したらどうするんだよ?」
「大丈夫よ幸一。私はアンタの事を信じてるから」
そうですか。
「あーあー、はいはい。御馳走様デース」
俺と琴音が付き合い始めは喜んで祝福していた鈴音だが、夏休みが終わる頃には本当に鬱陶しくて仕方ない態度に変わっていた。
琴音のいない所で鈴音から聞いた話によると、毎日のように惚気られているらしい。
学校の玄関まで来ると鈴音が
「それじゃあ、僕はオカ研の手伝いに行くッスからこれで」
と言うと自分の学年の下駄箱の所ですぐに靴を履くと、俺と琴音を待たずにさっさと出て行ってしまった。多分、早く俺達から離れたかったのだろう。
「オカ研の手伝いって、まだ何をしてるんだ?」
真白とお姉さんの件はもう終わったのに。
「んーなんか人魚がこの町に来ているらしいわよ?」
「今度は人魚か……」
まぁ、もう驚かない。世の中、俺の知らない世界があるという事だ。
「それで、この後どこ行くの?」
玄関を出ると琴音が、また俺の行き先を聞いてくる。
「何? お前、付いて来るの?」
「そりゃ、そうでしょ」
そりゃ、そうなんだ。
「……今日は真白の様子を見に行くよ」
「じゃあ、オジサンの喫茶店に行くね」
「ちゃんと働いてんのかなあアイツ……」
心配だ……働いているところを見ているから余計に心配だ。
駐輪場に留めてある自転車に乗ると、琴音は俺の自転車の後に乗った。
「……降りろ」
自分の自転車があるだろ。
「『和』までならいいでしょ? 家まで乗せろとは言わないわよ」
「いや普通に重いっって!?」
殴られた。
「いいでしょ? 昔みたいに乗せて行きなさい?」
「はいはい、お嬢様」
もう反論しても無駄だと悟ってペダルを踏む。
しかし、昔みたいにって、いつくらいの前の話だろうか?
きっと、その時は琴音も俺より身長が低かったんだろうな。今よりもずっと軽くて。
「アンタ失礼なを考えてない?」
「全く?」
エスパーかよ。まあ神と対話出来るわけだからエスパーと言っても間違いではないかも。
「そういえば」
ゆったりと自転車を漕いでいると琴音が何か思い出したらしい。
「一年生のクラスに転校生が来るらしいわ」
「こんな高校に転校する物好きがいるのか?」
田舎の小さな高校だぞ?
「転校生の名前は神代黒子だって」
「あーそういうこと」
理解した。
「というか、何で一年なんだ?」
てっきり、先輩として入ると思ったけど。
「後輩ならアンタが甘やかしてくれるからだって」
これはまた扱い辛い後輩が転校して来たな……。
「あと、私が先輩として入らないように圧をかけた」
「なんで?」
「だって幸一、年下は恋愛対象じゃないでしょ?」
「全然信用されてねえな俺……」
何が「私はアンタを信じてる」だよ……。
まあ、そう簡単にトラウマとかコンプレックスは克服出来ないという事なんだろう。
「そういえば」
お姉さんが消えた次の日に俺の上に真白が乗っていたのは何だったのだろうか?
黒子も一週間の記憶はないと言っていたがどうも怪しい気がする。
「どうしたの?」
「いや何でもない」
触れるな危険だ。触らぬ神に祟りなしでもある。
学校から五分程、自転車を漕いでいると喫茶店『和』に到着した。
ドアを開けるとカランコロンとベルが鳴る。
カウンターに座っていた少女が立ち上がりパタパタと走って近付いてくる。
「いらっしゃい」
いつもの様に愛想のない接客をしているが今日の店員、真白は笑顔だった。
ただ、もの凄くぎこちない笑顔だ。頬がひくひくしている。
「おい、嬢ちゃん。もっと自然に出来ねえのか?」
「むう」
不満そうだ。
店員が案内してくれないので勝手に空いているカウンター席に座る。
「真白の調子はどんな感じ?」
「あん? うーん……」
なんか歯切れが悪いな。
「接客は見ての通りんだけどな……」
横で真白は俺の隣に座った琴音と笑顔の練習をしている。ぎこちないな……。
「真白の嬢ちゃんが来てから、客が増したって言うのが何とも言えねえよなぁ」
「あー」
夏休みの終わりくらいに真白の保護者となったオッサンの店で働いている。
「学校でもちょっと噂になってた……」
近くの喫茶店に可愛い子がいる、って……このロリコンどもが!
「変な奴を近づけさせんなよオッサン」
「なんでお前が保護者面なんだよ」
妹みたいなもんだからな。
「ちゅうもん」
相変わらず突然来る奴だ。琴音と練習したおかげか少しマシな笑顔になっていた。
今日も相変わらず胸元には桜貝のネックレスをぶら下げている。
「じゃあ、ブレンドコーヒー」
「あ、私も! 砂糖とミルク多目で!」
「ん」
オッサンにも聞こえているだろうが、ちゃんと横まで行って、真白は注文を伝える。
別に不真面目ではないんだよな。
「オッサン、コーヒー」
「なあ嬢ちゃん。何回も言うけどな、店ではマスターって……」
「まほう、おおめ」
「何だよ魔法って? ……まあいいや」
諦めんなよ、マスター……。
まあ真白はこれから仕事も常識も覚えていくのだろう。
頼むぜオッサン、真白の将来はオッサンに懸かってるんだからな。
「何か嬉しそうね幸一」
「ん? そうか?」
まあ、そうなのかもしれない。
貴重な高校の夏休み、一週間分の記憶がなかったり、神様に出会ったり、神様を救ったり、プロポーズしたり、全然宿題してなかった事を思い出したり……。
本当に濃い夏だった……。
「おー」
真白はいつの間にか俺の隣に座ってサイフォンを眺めている。
「ぬ?」
真白の髪を撫でる。
お前が消えなくて本当に良かったよ。
真白だけじゃなくて、黒子もそうだ、鈴音の我儘も叶えられたし、そして何より―
「ん? 何だよ琴音?」
「べ、別に?」
コッチを見てたくせに。
誰かのハッピーエンドは誰かのバッドエンドになりうる。
神宮先輩はそう言っていたが、ゲームに例えると言うのなら、エンディングはハッピー
エンドとバッドエンド以外にも、皆が幸せに終わるトゥルーエンドが在ってもいいはずだ。
重要なのは物語をどう終わらせるか。
俺は今回の物語をトゥルーエンドで終わらせる事が出来て本当に良かった。
―カランコロン、とドアのベルが鳴る。
ドアを開けたのは真白と同じくらいの見た目で、こんがりと栗色に日焼けした少女。
「七瀬幸一殿はおりますか!」
殿?
「幸一のチビッ子ズの一人?」
「いや」
知らない子だ。誰かの友達か?
「拙者。流れ者の人魚でござるが! どうかお助けてくだされ!」
「人魚って……」
俺の知らない世界の話のはずだよな……?
―俺はこの夏休みに起こった物語を皆が幸せ、という形で迎える事が出来て良かった。
本当に良かったが……。
どうやら、その後の俺の物語は普通の人生から大きく道を逸れていくようである。
読んでくださいありがとうございました!
またすぐに別の物語の連載を始めると思うので、私の作品が目に止まる事があれば、楽しんでいってくれれば幸いです。それでは!




