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泥舟に乗った気分

「ハァ……」

「辛気臭い溜息ばっかついてんじゃねえよ坊主」

 オッサンがキッチンから呆れた口調で声を掛ける。

「ちょっと女に振られたくらいじゃねえか」

「振られてねえよ」

 ……多分。

「女心って分からん」

 二人とも幼馴染なのに。二人とも何を考えているのか分からない。

「ハァ……」

「だから溜息ついてんじゃねえよ。放り出すぞ」

 それなら溜息つかすような事を言わないで、慰めてくれ。

「おかわり」

「ちょっと食い過ぎじゃねえのかお嬢ちゃん?」

 いいけどよ―と、オッサンは真白の皿によそった白米にカレーかけた。

 祭の次の日、俺と真白は昼飯を『和』まで食べに来ていた。

「なあオッサン。ネックレスを作って欲しいって店に来た時、何か言ってなかったか?」

 真白が持っている桜貝のネックレスについて知りたかったからだ。

「あん? 何だったかな? でも琴音の嬢ちゃんに渡すって言ってたのは確かだぜ?」

「え? 琴音に?」

 てっきり、覚えてないと言われると思っていたのだが。

 真白に渡す物なら、オッサンはその時の事をほとんど思い出せないハズだと思ったのだが、琴音に渡すため? 元々、真白が持っていた桜貝を琴音に?

「つうか、何でそのネックレスを嬢ちゃんが着けてるんだ? てっきり琴音の嬢ちゃんに告白する時に、渡すつもりだと思っていたんだが」

 真白のネックレスの事を言っている。自分で作ったネックレスの見分けはつくのだろうが、俺が琴音に? だからあの時、オッサンはサプライズなんて言ってたのか。

「いや、実はこの桜貝は元々真白の……」

 物だ―と言い掛けて止まる。俺の部屋から無くなった桜貝の事を思い出す。

 このネックレスの桜貝が、俺の持っていた桜貝という可能性は?

 いや、だとしても意味が分からない。それを何で俺が琴音に渡すつもりになったんだ?

 それに、じゃあ今度は真白のネックレスはどこに行ったんだ?

 俺のでも真白のでも、どっちだとしても、一方が消えた事実は変わらない。

 ……消える? 

 もしかして、真白が持っていた桜貝は神様と一緒に消えた?

 海で真白と会った時から桜貝を持っていた。つまり、あのネックレスは神様の物で、真白の物ではない? だから一緒に消えた? と考えられないか?

 だとしたら、今、真白の着けているネックレスは俺の持っていた桜貝だ。

 だが結局、琴音に渡そうとした理由が分からない。

 小学時代の夏休みを思い出せればいいのだが、全然思い出せない……。

 思い出せれば、俺が桜貝を渡した相手が本当に真白だったのか……というか、真白だったとしたら、俺が覚えてないのは当たり前なのか。

 神様が消えたら記憶が無くなるのだから。

 思い出そうとしても思い出せないこの状況はこの前の記憶喪失と同じなのでは?

 そういえば、琴音は、俺が『覚えているわけがない』と言っていた。それは俺にとって取るに足らない思い出だからではなく、記憶が無くなっているからという意味か?

 それなら、夏休みの事を話してくれた、琴音も鈴音も記憶が残っている事になる。

 巫女の姉妹だからか? だとしたら、神宮先輩が何者かという事になる。

 それに、二人の記憶が残っているとして、琴音が真白を見て激昂したのは分かるが、鈴音は何をしようとしてる? アイツがハッピーエンドに向かうために俺に自分の記憶が残る事を隠したのは何でだ?

 分からない。アイツらが考えている事が。

 ただ、正直そんな謎を解かなくとも。

「なあオッサン。どうやったら琴音と仲直り出来ると思う?」

 それが俺にとって一番大事な事だ。

 ハッキリ言って琴音と元通りになれば過去の事はどうでもいい。

 俺のハッピーエンドは琴音と仲直り出来ればそれでいいのだ。

 ただ琴音にとって過去の出来事は、頭にこびり付いて離れないでいる。

 琴音が俺のせいで過去に囚われ続けているのなら、その過去を俺は清算しなければ。

 でないと本当の意味で俺と琴音との関係は解決出来ないのだろう。

「あん? 知らねえよ」

「使えねえオッサンだなあ」

「なんだとテメエ!」

 おっと声に出ていた。

 一応俺の保護者なんだから真面目に相談に乗ってくれよな。

「たく。じゃあ坊主、琴音の嬢ちゃんが一番お前に何をして欲しいか分かってるか」

 琴音が俺にして欲しいこと……


「早く私を―選んで」


 祭の夜、琴音に言われた言葉を思い出す。

「選んで欲しい」

「答えが分かってるじゃねえか」

 でも俺は選んでいる。好きだと琴音に伝えた。

 琴音はその言葉を信じてくれなかった。

 それは琴音にとって証が桜貝で、自分は彼女のように桜貝を貰っていないから。

 そのトラウマとなった相手と同じ姿の真白に俺は再び桜貝を渡してしまったのである。

「ホントに何してんだ俺は……」

 そりゃ琴音も怒るし信用も出来ないよな。

 今でもその桜貝のネックレスは真白が着けている。

 気に入っている真白に返してと言えずにいた。

 このどっちつかずの態度が俺への疑念を抱かせているのだろうな……。

「何を一人で反省してんだよ」

「一番大切で特別だって信じて貰う方法はないかなって」

 鈴音の言うとおり琴音に桜貝を渡すしかないのだろうか?

 ただ俺はそれで琴音の気持ちが晴れるとは思えないのだが。

「……なぁ坊主。琴音の嬢ちゃんの事―好きか?」

「な、何だよいきなり!」

「いいから、好きかって聞いてんだよ」

 何で急にそんな恥ずかしい事を聞いてくるんだ? しかも今更なんの確認だよ?

「す、好きだよ」

「ずっと一緒にいたいか?」

「いたいに決まってるだろ?」

 恥ずかしい。保護者の前でこれは拷問じゃないだろうか? 悶え死にそうだ。

「そうか」

 オッサンは優しく笑う。

「なら教えてやるよ。取って置きでも何でもない一番大切だって相手に伝わる方法をな」

 ただ―とオッサンは言う。

「俺はこれをやって振られたけどな」

 泥舟に乗った気分はこういう事を言うんだろうな。

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